2019年9月17日火曜日

京都芸術大学が二つ?

フィリピンには全然関係のない話題で申し訳ありません。

今日は、私が34年前に卒業した大学、京都市立芸術大学のお話。1985年3月に、この大学の美術学部デザイン学科というところを卒業して、専攻したプロダクト・デザインをそのまま活かして、工業デザイナーとして就職。

専門学校でもないのに、ここまで学校での勉強と、その後の職業がシンクロすることの方が珍しいかも知れません。つまり、京都芸大と専攻の教授方には随分と恩義を感じているし、人一倍、母校愛を持っている。特に当時、助教授だった先生からの言葉は、今でもたくさん覚えているほど。ほんと、お世話になりました。

京都芸大の歴史は古く、1880年(明治13年)創立の京都府画学校が母体。当時、明治維新の影響で、政治も文化も皇居までも、新首都の東京に移ってしまい、地盤沈下を危惧した京都市民の間から、近代的な美術家養成機関を作ろうとの声で、生まれたそうです。

ちなみに私が入学した時(1980年)の、入試問題の課題の一つが、創立100年を記念したモニュメントのデザインをするというものでした。

卒業生には、著名な日本画家、洋画家、陶芸家、染色家、彫刻家など錚々たるアーティストが名を連ねています。それ以外にも、東京オリンピック(1964年)の施設シンボルデザイン、ロングピース(煙草)のパッケージデザインで知られた田中一光さん、サントリーウィスキーのCM「アンクルトリス」で有名な柳原良平さん。

音楽学部からは、ベルリンフィルの客演指揮者を務められた、私の少し先輩の佐渡裕さん。ちょっと変わった経歴では、在学中はデザインを専攻しながら、卒業後、作曲家になった宮川泰さん。宮川さんは数々の歌謡曲の作曲だけでなく、宇宙戦艦ヤマトの音楽担当としても活躍されました。


京都市西京区にある
京都市立芸術大学キャンパス

さて、何気なく大学の略称を使って「京都芸大」と書きました。学生や卒業生、関係者、地元の京都市民の人々は、もっと縮めて「京芸」(きょうげい)と呼んだりもします。

その親しまれた名前を、京都市内にある別の美術系大学が名乗ろうと発表したのが、今年(2019年)の8月。前身の服飾学校から、1977年(昭和52年)に京都芸術短期大学として発足し、1991年、4年制大学になった私立の京都造形芸術大学。来年(2020年)4月から、校名を「京都芸術大学」とするそうです。

発表前に打診された、京都市長も本家の京都市立芸術大学の学長も「それはアカんやろ」と、再考を促していたのに、無視する形で一方的に発表されました。造形大学の内部でも寝耳に水の事後報告だったらしく、卒業生だけでなく、現役の教授や在学生から疑問視。どうやら理事長の独断による決定のようです。

この理事長、経営者としてはなかなか遣り手で、実績のあるデザイナーとのコラボレーションや、企業との連携、派手なところでは、2013年まで秋元康さんが副学長で、その関係から、秋元さんが校歌を作り、それを歌うAKB48の衣装を在学生がデザインしたり。話題作りには事欠きません。

現在、京都造形芸術大学の在籍者数は1万人を超え、京都市立芸術大学の10倍以上。ビジネスの観点だけで見れば、はるかに大規模。私が嫌だなぁと感じるのは「規模も大きいし、金持ちになったんだから、由緒ある名前を名乗っても文句はあるまい」みたいな、傲慢な態度が見え隠れする点。そうでなければ、わざわざ創立140年になろうかという、同じ市内にある大学に、ここまで似せた名前にしようとは思わないでしょう。

それにしても理解に苦しむのは、その意図。典型的「誰得?」というやつ。両大学の関係者だけでなく、一般のマスコミからも疑問や非難があがり、私がツィッターでフォローしている、噺家の立川志らくさんが、コメンテーターを務める番組の名前を例に取って、「ひるおび!の裏番組、ヒルナンデス!が、ヒルオビナンデスと改名したようなもの」と皮肉。

私も、フィリピンで日系企業っぽい名前を冠した「アカリ」「ペンソニック」などの中国製ブランドを思い出してしまった。

しかも、すでに30年近い歴史を持つ、「造形芸術大学」の名前を捨てる意味が分からんと、在学生や卒業生から、かなり辛辣な反対意見がネットに投稿されています。さらに在学生が発起人となった反対署名運動まで起こる始末。

そしてとうとう9月2日、京都市立芸術大学が「京都芸術大学」の名称使用の中止を求めて、大阪地裁に提訴。まぁ一連のやり取りを見ていると、これも仕方ないなぁ。

ということで、フィリピンやネグロス島の話題を期待しておられる、読者の方々には申し訳ありませんが、あんまり頭に来たので、母校が巻き込まれた名称問題について投稿しました。


南国映画館「この世界の片隅に」


本当に遅ればせながら、やっと観ました「この世界の片隅に」。日本で公開されたのが3年前の2016年。その時にはもう私はネグロス島に住んでいたので、ネット経由だけながら、それでもかなり話題になってました。

まず、クラウドファウンディングを使って、四千万円近くの製作資金を集めたというのがすごい。映画を観てから、キンドルで原作のコミックを読んだところ、確かに監督の片渕須直(かたぶちすなお)さんが惚れ込むのも分かるし、これをアニメで観たいと思う支援者がたくさん集まったのも、無理はないという出来栄え。

私がこの映画のDVDを購入したのが、一昨年(2017年)に一時帰国した時。去年、姪っ子が英語留学で我が家に逗留してた時に「これ観たい」と言われたけど、時間が取れず。

実は、原爆を扱ったものなので、何となく観るタイミングを逸してたというのが正直な所。恥ずかしながら、小学生の時に読んだ「はだしのゲン」がトラウマになっていて、一人で観るのを躊躇ってました。家族と一緒にしても、それなりに気合いが必要で、結局2年以上も居間の棚に放置状態。

満を辞してDVDを開封したのが、今年(2019年)の広島原爆の日8月6日。結果から言うと、もちろん一部に被爆直後の悲惨な描写はあったけれど、全体としては、何とも温かくて切なくて、心が安まるような映画。この作品を評するには、もう散々使われたであろう表現ながら、たとえ住んでいる国が非常時でも、人々の暮らしは同じように続き、嬉しいことも悲しいことも、平時と変わらなかったんですね。

広島弁の発音にも、相当な神経を使ったとのこと。そのせいか、まったく違う作風ながら、全編に方言を使い、とてもリアルに大阪の下町を再現した「じゃりン子チエ」を思い出してしまった。私は原作もアニメも、ネグロスに持って来てます。

さて、戦時中の日本というと、国中が上から下まで年中ピリピリ緊張していたようなイメージがあって、当時を舞台にしたドラマや映画では、誰もが戦争協力を第一に振舞っていた(あるいはそう見せるようにプレッシャーがかかっていた)と描かれることが多い。

でも考えてみたら、朝から晩までそんな状態なわけはなくて、実際、当時小学生だった両親の話を聞くと、辛い体験がある反面、意外と疎開先・信州の田舎生活を楽しんだ思い出もあるようです。そりゃそうですよね。

そして、原作にも映画にも一貫してるのが、日常生活のリアリティ。食材をどうやって調達し、料理し、衣服は、住居は...。ちょっとした一コマでも、おそらく当時の写真や書物を探したり、体験者からの聞き取りをしたりなど、たいへんな労力が必要だったでしょう。

素人ながら、時々イラストを描いている経験からすると、モデルのコスチュームや持ち物、背景など、かなりきちんと調べないと、想像だけでは全然リアルな絵にならない。たった一枚描くだけでそうですから、戦争を知らない、私とほぼ同世代の、こうの史代さん(原作者)と片渕須直さん、およびスタッフの熱意と苦労が偲ばれます。

さて、一緒に観た、中学一年生の息子の反応。
途中で飽きてしまわないかと思ってましたが、「スターウォーズ」や「宇宙戦艦ヤマト2199」に対するのと同様の集中力を最後まで維持。なるほど、子供には歴史の教科書より、よっぽど伝わるもんですね。良質な映像作品の持つ力を実感しました。今大学生の姪っ子が、絶賛してたのも頷けます。

それに、ただ昔の日本を興味深く、だけでなく、各所に今のフィリピン暮らしと重なる部分があって、同じシーンで親子がニヤリ。例えば大事に仕舞ってあった砂糖壺にアリがたかる場面。フィリピンの家庭では、映画と同じく、食材の入った器を水盆に置いたりするんですよね。

ところで、この映画、原作ではとても重要なピソードのひとつが、ほとんど丸ごとスキップされてました。当初から片渕監督は、もし映画がヒットしたら、その部分を追加した映画を作る、という意味の発言。

その言葉の通り、映画館によっては2年以上に及ぶ、異例の大ヒット・ロングランを記録し、世界中に配給。約束を守って、この12月、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」として、「完全版」が公開されるそうです。今度はネグロスの映画館でも観られるでしょうか?


2019年9月14日土曜日

どかんと支払い15万円

大詰めを迎えた、裏庭でのゲストハウス建設。
屋内の作業は、洗面台や便器、温水器の取り付けと、それに伴った配管の仕上げ。配線はほぼ終わっていて、外からの電線を引き込むための電柱を作ろうという段階。ガスに関しては、フィリピンではプロパンで自前供給なので、これが出来れば電気・水道の2大インフラが完備。ネットを含む電話と、テレビはまだでも、その気になれば住むことができます。


ただし電気の方は、電力会社に申請して工事をしてもらう関係で、電柱が立ったからすぐに...という訳にもいかないのがこの国のつらい所。そんなこんなで、9月中には何とか竣工という読みは、ちょっと微妙になってきました。

そんな中、先日、窓をお願いしているガラス&アルミニウムの業者さん、シライ市内では品物も価格も最高級の「ファガン」さんに、ようやくの支払い。すべてオーダーメイドのスライド窓7箇所、ルーバー窓5箇所、玄関と勝手口、大窓2つのための合計4枚のスクリーンドア、合わせて67,000ペソ(約15万円)。

何分にも金額が大きいのと、カード支払いができないことがあり、経営者のミスター・ガン本人に、自宅まで集金のご足労を願いました。いつものように、秘書みたいな女性を同伴して車で乗りつけたガン社長。毎度のことながら元気なオっちゃんです。開口一番、「支払いは、現金ですか?小切手ですか?」

なるほどなぁ。カード払いがまだまだ一般的ではない田舎のネグロス。高額な支払いでは、小切手も普通に選択肢の一つ。私が子供の頃の日本では、小切手なんて、余程の金持ちか、自分で商売でもやってなければ、まず縁がないものでした。

実はフィリピンに移住してから、一度だけ使った小切手。6年前に自家用車を購入した時は、トヨタのディーラーですら、カード払いが不可。さすがに代金の80万ペソを現金で持って行くのは恐ろしくて、メトロバンクのシライ支店で発行してもらったのが、生まれて初めての自分名義の小切手。何だか、大金持ちになったような気分でした。

それはともかく、67,000ペソでもネグロスでは十分な大金。この日のために2回に分けて銀行ATMで下ろして準備したキャッシュ。何度も書いているように、最高額紙幣が1,000ペソなので、67枚もの札束。やっぱりこれはすごい物量感。

さぁ、これで窓の方は目処が立って、9月中には何とかなりそう。でも、窓と同じぐらいの見積もりが出ている、4箇所の特注のアコーディオンドアが、まだ材料が入荷してません。何でもマニラに注文しているそうです。こちらは、もうちょっとかかるかも。


そして土曜日の今日(2019年9月14日)、長らく地面が剥き出しだった前庭に、ようやくコンクリート打ち。他にも多少、コンクリートを打つ場所は残っているものの、面積が大きいのはこれが最後。そこに敷設予定の560枚のタイルは購入済みなので、今週で大きな山を越した感じ。出費合計も、200万ペソのほぼ9割近くに到達しております。




押入れの棚や特注の家具も
次々と出来上がってます


9/11〜9/14の出費

窓一式製作・取り付け費:67,042ペソ
コンクリートブロック、土砂など:8,250ペソ
鉄筋追加:6,990ペソ
塗料関係:4,475ペソ
配線関係:1,600ペソ
大工さん給料:21,713ペソ

計:110,070ペソ

本日までの合計:1,767,244ペソ


2019年9月12日木曜日

停電のこと

21世紀の日本で、広域で何日も電気が止まるなんて、そう起こることではないでしょう。

今月(2019年9月)9日、関東地方に上陸した台風15号は、記録的な強風を伴っていたそうで、ネットによると、千葉市内で瞬間最大風速が50メートルに達したとのこと。この風が千葉県下の各所で送電線を切断し、この投稿を執筆している時点で、まだ約34万戸で停電しています。

台風での停電と言えば、私たち家族がネグロス島に移住した年(2013)の11月に、フィリピン中部の、ネグロスを含むビサヤ諸島を横断したスーパー台風「ヨランダ」(30号台風)が記憶に新しいところ。

この時の瞬間最大風速は、日本の気象庁による解析では、何と90メートル。上陸した台風としては、史上最強・最悪でした。ただ、最も深刻な被害をもたらしたのは、風雨もさることながら、レイテ島の州都タクロバンを襲った、津波レベルの高潮。フィリピンだけで死者6,300名の大惨事。

ここネグロスのシライでも、日本では体験したことのないような強風が吹き荒れ、停電は2昼夜に。島の北岸をかすめた程度でも、たいへんな影響。



ヨランダ通過直後の夕食風景

当時は、直撃でもないのに、こんなに長いこと電気が止まるなんて、やっぱりフィリピンのインフラはまだまだと思ったのですが、千葉ではもう停電が4日目。しかも、まだ復旧の目処が立ってない。50メートルの強風って物凄い威力だったんですね。

ヨランダの時は、事前に「前例がない被害をもたらす恐れあり」「風速60メートル超」の情報が。それでなくても停電の多いネグロス。電気がなければ、水も止まるのは分かっていたので、飲料水とシャワーやトイレに使う水を貯めておいたのは、言うまでもありません。また、食料もかなり買い込みました。

それでも、3日間に及ぶ停電だと、食料はともかく、生活用水はかなり逼迫。そんな不安に加えて、夜間に灯りがないのと、ネット不通の状況は、心理的に相当堪えました。それに懲りて、その後、自家用の発電機を購入したほど。千葉県では、あの状態が4日も続いているんですね。それは本当に大変だ。

それにしても、最近は台風に限らず、自然災害で日本のことを心配することの方が多い。災害とまではいかなくても、真夏の暑さが、フィリピン在住の日本人がビビるほどの気温って、一体どうなってるんでしょう。

実はフィリピン移住を決めた時、海外の友人から「東日本大震災があったから、日本から逃げ出すの?」みたいな見方をされたことがあります。もちろん、そんなことはなくて、もう10年も前から準備をしていたフィリピン移住。

ところがここ数年というもの、そんな話が、冗談では済まなくなって、少々怖くなっております。


2019年9月10日火曜日

フィリピンで見つけた洗浄便座



ついに在フィリピン日本人待望の、洗浄便座がフィリピン市場に。と、一人勝手に興奮しております。ネグロス島暮らしの田舎者なので、ひょっとしてマニラ首都圏やセブなどの大都会では、もう広まってたりするんでしょうか?

先日の日曜日(9月8日)、最後の大物建材購入のため、行ってきた高級ホームデポのウィルコン。何を取っても全部価格が高めに設定されていて、タイルなど、数がたくさん必要なものは、シティ・ハードウェアやハンディマンなどの量販店で済ませてますが、洗面台、便器、バスタブの三点セットだけは、多少値が張っても、後悔のないものを選びたい。

バスタブは採寸の関係で、数ヶ月前に先行購入して、残るは洗面台と便器。母屋の時は中国ブランド(それでも決して安くはない)の洗面台を買って、1年もしないうちに不具合続出。なので、今回はヨーロッパかアメリカ製にと決めてました。そうなると、お店はウィルコンの一択。

サービスは大したことないけれど、品揃えはさずが。前回バスタブを選んだコーラー( KOHLER )、イタリア資本のポッジィ(Pozzi )、アメリカン・スタンダード(American Standard )などの商品が、メーカー別にずらり。店頭では気付きませんでしたが、TOTOも扱っているらしい。そこで見つけたのが、冒頭に書いた洗浄便座。


ウィッキペディアによると、日本では、一般住宅での普及率が2015年で80%近いそうです。私が日本にいた7年前でさえ、駅や商業施設などでも当たり前のように設置されてたし、洗浄便座がないからと、海外旅行に二の足を踏む若い人までいるらしい。

最近でこそ生活必需品になった洗浄便座。1980年代頃までは、キワモノのイメージがありました。一躍普及のきっかけになったのが、TOTOウォシュレットのテレビCM。今では伝説となった、戸川純さんを起用した「おしりだって洗ってほしい」。リアルタイムで見ていた人には説明不要の、衝撃的な内容でした。



その後、INAXやパナソニックが参入しましたが、やっぱり定着しているのはTOTO「ウォシュレット」の登録商標。ウォシュレットだけで、累計販売台数が3,000万台を超えているそうです。

今住んでいるネグロスの我が家は、この文明の利器はありません。その代り、多くのフィリピン住宅と同じく、トイレとシャワーが併設なので、用が済んだら水洗い。ちょっと面倒ながら、もう6年もこれなので、すっかり慣れました。

そもそも、排便後におしりを水洗いするのは、フィリピンでは昔からの習慣。場所によっては、トイレにシャワーが付いています。ただこれを使うと、トイレの床がビショ濡れになってしまいますけど。それに石鹸もなしで、素手で洗うことになる。普通の日本人には心理的なハードルが高い。

ちなみにおしりを洗う手は左。左手が不浄だと言ったり、握手は右手に限られているのは、このように深ぁい訳があるのです。と、すっかりフィリピンスタイルに染まったようなことを書いてますが、たまに帰国すると、やっぱり日本式の洗浄便座は便利。できればフィリピンでも使いたいと思うのは人情。

さて、ネグロスに移住して、初めて店頭で見た洗浄便座。よく見ると電動ではなく、温水は出ない。当然、暖房機能もなし。要するに、水道栓につながったノズルがついているだけのシンプルな構造。値段も4,000ペソちょっとなので1万円もしない。メーカーはアメリカン・スタンダード。




まぁ、寒い冬のないフィリピンで売るんだから、水も便座も温める必要は皆無だし、シンプルで安いのはいいこと。これは買いです。

ということで、設置するまで、実際の使い心地は分かりません。まだ配管が完了するまで10日やそこらはかかりそうなので、ちょっとドキドキしながら待っております。


造り付け家具


八割から九割方の作業が終わり、遠目にはほとんど最終形に近づいてきた、自宅裏庭に建設中のゲストハウス。当初見積もり額200万ペソの、およそ80%に到達し、残り作業の主だったものは、敷地三方のフェンスと作庭、そして造り付けの家具。

フェンスについては、既にある母屋と同じ構造で塗装も同じ。一応図面は描いたものの、それほど詳細ではない概略図。棟梁のリトも「勝手知ったる」感じなので、危なげなく見ていられます。ちょっと心配なのは、造り付け家具。

造り付け家具と言っても、日本式家屋では珍しくもない、押入れの棚。日本の大工さんなら、それこそ大体の寸法さえ伝えれば事足りるレベル。ところがフィリピンでは、正確に押入れという概念を、共有するベースが希薄。

敢えて訳せば、クローゼット。でも襖がないし、布団の上げ下ろしをするわけでもない。使い勝手がちょっと違う。特に今回は、竣工後、近所にある日本人向け英語学校の学生宿舎として貸すことも考えて、学生さんが夜間や休みに個人デスクとしても使えるよう、少し変則的な押入れにしようというアイデア。

なので、2段の棚板の下は、床からの高さが75センチと、普通の押入れに比べるとかなり低め。左右は約1メートルごとに縦板で区切り、壁面には電気のコンセントを完備。もちろん、洋服を掛けたりもできるように、ハンガーをかけるバーも付けます。

さすがに、ここまでやると、略図と口頭だけの指示では心許ない。その上、フィリピンの大工さんって、読図能力がイマイチな人が多い。ウチに出入りしてる大工さんは、ここネグロス島のシライ市でも、かなり腕のいい部類に属するのは間違いないけれど、こればかりは信頼して任せるのは少々不安。

たかが棚を作るだけにはやや大仰ながら、正面図だけでなく、組み立てを説明するイラスト(アイソメ図〜 Isometric Projection)を併記。日本の職人さん相手にこんなことしたら、「馬鹿にしとんのか?」と怒られそう。

また、ついでに母屋で使う本棚や、壊れてしまった家内の鏡台の作り直しも頼むことにして、12枚の図面+イラストをパソコンで描画。まさにこのブログを書いているのと同時進行で、プリントアウトしたものを見ながら、大工さんが合板を切ってるところです。







ところで本棚。これは日本で買ってもそうなんですが、しばらく使ってると、棚板が反ってしまう華奢な作りのものが多い。普通は、端から端までぎっちり本を並べないものなんでしょうか? しっかりした本棚があっても、ずいぶん高価だったり。それもあって、特に本棚は、材料の組み方も指示しないと、思った通りの出来上がりにならない可能性が多分にあります。

ということで、着工6ヶ月目の9月も中旬。10月までには終わるかどうか、微妙な感じです。


9/6〜9/10の出費

コーナーモール、カーテンバーなど追加:4,397ペソ
電気給湯器 × 2:14,200ペソ
洗面台・便器セット:18,500ペソ
土砂、コンクリートブロック500個:11,650ペソ
鉄筋・セメントなど:18.376ペソ
大工さん給料:17,600ペソ

計:84,723ペソ

本日までの合計:1,657,174ペソ


2019年9月7日土曜日

水圧は自前で上げるフィリピン

最初に書いておきますが「ライフライン」を電気、水道、ガス、あるいは通信、交通などのインフラ設備を指して使うのは、典型的な和製英語。本来は「命綱」を意味する言葉です。ちゃんと分かって書いてますと言わないと、鬼の首を取ったかのように指摘する人がいるんですよね。

それはともかく、日本でライフラインと言われ出したのは、確か1995年の阪神淡路大震災の報道からだったと記憶しています。私がいた尼崎でも停電。比較的早い時間で復旧したものの、人生最長の電気のない時間でした。それから20年足らずで、その記録は、ネグロス移住直後の2013年、スーパー台風ヨランダであっさり更新。あの時は、丸二昼夜でしたからね。

まぁ、史上最強・最悪の台風では仕方ないにしても、ネグロスのライフラインは本当に頼りない。ここ最近は計画・計画外を含めて、矢継ぎ早の連続停電。短ければ10分とか30分。長ければ12、3時間も電気が止まる。このブログでも何度もボヤいてます。

電話・インターネット、ケーブルテレビもイマイチ。通信障害は日常茶飯事だし、停電時に相手がPLDT(フィリピン長距離通信、日本ならばNTTみたいな会社)だと通話できなかったり。電力は発電機で賄っても、途中の配信設備がダウンするせいか、テレビをつけても砂の嵐。

ガスは、最初から配管自体がありません。どこの家でもガスボンベを常備して、ガスがなくなったら、近所のガソリンスタンドや、ガス専門店でボンベごと新しいものと交換。下手にインフラ依存していないので、皮肉なことに、ガスが一番安心かも知れません。ただ深夜や早朝にガス欠は困るので、我が家ではボンベは二つをローテーションさせてます。

そしてメインの話題は水道。
裏庭に建設中のゲストハウスのために、先週の日曜日に購入したのが、水道水を加圧するためのポンプとタンク。井戸水でもなく、ちゃんと水道があるのになぜ必要?と思われるかも知れません。

フィリピン在住でも、コンドミニアム暮らしをされているとピンとこないかも。実はフィリピンの水道は、とても水圧が低い。水道局は「盗水」つまり、勝手に配管をいじって水道水を盗む輩が多いからだと説明してます。それも多少はあるでしょうけど、おそらく、きちんとメンテナンスができてなくて、漏水が多いんじゃないかと推測。

特にシャワータイムの朝に、水が出なくなるのはとても困る。なので、経済的に余裕のある家庭なら、水道水を貯めてポンプで加圧する設備を自前で購入するのが一般的。ホームデポに行けば、自家用の発電機と共に、いろんなサイズのポンプとタンクが並んでます。

と書くと、何やらすごい機材が必要なのかと思いきや、直径40センチで高さ1メートルちょっとのタンクと、私でも持てる程度の小さなポンプがあれば、普通の家の生活水は十分カバーできます。値段も両方合わせて、数万円程度。畳半畳分のスペースがあれば余裕で置ける。



ただ、ここまで準備しても完全ではありません。つい最近もあったのは、たまたまタンク内の水が少なくなったタイミングで長時間の停電があると、ポンプが動かず我が家だけ断水。ちょうど発電機が不調で、修理しようとしてた矢先だったので、本当に困りました。

もっと言えば、今年夏にマニラ首都圏やセブで起きたような渇水になれば、いくらポンプを用意しても意味はありません。実際に高級コンドミニアムでも断水したそうです。

それにしても電気や水道も、安定供給には自助努力が必要なのは、さすがのフィリピン。その昔、日本人は水と安全はタダと思ってると、外国から批判されたりしました。今では批判する側の気持ちが、何となく分かってしまいます。


2019年9月5日木曜日

ガラス&アルミニウム

9月に入ってから、初めてのゲストハウス建設レポートです。

タイル張りは、あと数日程度で完了の見込みで、塗装も外装・内装含めて、仕上げ塗りの段階。今日はいよいよ、窓の取り付けが始まりました。

日本の住宅ならば、アルミサッシでスライド式の窓が一般的。サイズも決まっていて、カタログから選ぶことが多いでしょう。ここフィリピン・ネグロス島の場合、よく見かけるのがルーバー窓。短冊状ガラスの角度を変えて、開口面積を調整できるタイプ。こちらでは「ジャロジー」と呼ばれています。

スライド式に比べて、気密性を保ちにくいけれど、寒さのないフィリピンの平地。それより、大きなガラスが不要で安く上がり、ほぼ全開放にできるから風通しも良好。防音(外からも中からも)を気にする人も多くなさそうだし。

でも、我が家の場合、気密性も防音も、普通に気になる日本人(つまり私)がオーナー。そんな要望を満たすべく、母屋を建てた時に一番業者探しに苦労したのが、窓屋さんでした。

まず既製品は、私の感覚からすると、よくこれで商品として売ってるなぁ、というレベルもちらほら。いくらジャロジーでも、ガラスの間の隙間が大き過ぎ。その割にはずいぶん高い。ならばオーダーメイドの窓屋さんは、と言うと、こちらもいいお店が見つからない。

職人さんの人件費が、ざっと日本の1/3〜1/4かそれ以下なので、さほど工賃を気にする必要はないにしても、技術レベルがまだまだ。第一、お客さんの要求水準が、日本に比べると段違いの低さ。(日本が厳し過ぎとも言う)

何とか探し当てたのが、シライ市内で一番、ひょっとすると、西ネグロスでも3本の指に入りそうな「ファガン」。決して大規模な業者ではなく、従業員全部合わせて10人ながら、経営者のガンさん(中国系メスティーソ)は、もう70歳になるというのに、まったく爺さんっぽくない、バリバリのビジネスパーソン。

信頼度は高いようで、店先のホワイトボードには、個人住宅だけでなく、商業施設や公共建築などのスケジュールが、いつもいっぱい。フィリピン全体が好景気で建築ラッシュなので、ずいぶんと儲けているらしい。いい車乗ってるし、最近自宅を新築したそうな。

日本からの輸入アルミ材も扱っていて、私が知る限り、シライで自宅の窓を任せられる唯一の「ガラス&アルミニウム店」。こちらでは、窓やショーケースなどの専門店をこう呼びます。

その代わり、やっぱり高い。スライド窓7つ(床までの大きなものを2つを含む)、ジャロジー5つで、見積もりが金額が 7万ペソ(約15万円)。追加でアコーディオンドア4箇所を頼んだら、そちらが6万ペソ(約13万円)。合計 13万ペソか〜。こりゃ、屋根一式とほぼ同額。ちなみにアコーディオンドアは、押入れの襖代わり。サンプルを確認したら、プリント鋼板を使った、なかなかいい品物。

家内は「高過ぎる」とお冠ですが、日本で同じ数のアルミサッシ窓とアコーディオンカーテンを全部オーダーメイドしたら、とてもこんな金額では収まらないでしょう。

ということで、そのファガンさん。塗装とタイル張りがだいたい終わったのを見計らって、本日(9月5日)、まずはスライド窓のインストール。まだ仮付けでコーキングは明日以降ながら、窓枠がはまると佇まいがすいぶん変わるもんですね。建具の印象って、建築デザインでは、とても大切な要素だと再認識。






そしてその傍らでは、最後のコンクリート構造物となる、外周のフェンス敷設。一番最初の基礎工事と同じく、またも穴掘って、鉄筋を立てて。3メートル毎に立てる柱が20本。


もう作業は終盤に差し掛かかり、ファガンさんへの支払いが済めば、あとは家具や家電製品になる見通し。この調子で、何とか9月中には、終わってほしいところです。


8/29〜9/5の出費

鉄筋・セメントなど:41,423ペソ
塗装関連:8,040ペソ
追加タイル約800枚、水道加圧用ポンプなど:65,421ペソ
バス、洗面関係備品:12,036ペソ
大工さん給料:20,475ペソ
その他:805ペソ

計:148,200ペソ

本日までの合計:1,572,451ペソ


2019年9月1日日曜日

私的フィリピン美女図鑑 マイティ・フィリピーナ 再び


2017年の7月でしたから、もう2年以上前のこと。「私的フィリピン美女図鑑」と題して、このブログにフィリピン美女のイラストを投稿し始めて、その第2回目に描いたのが「マイティ・フィリピーナ」。

これは私が勝手に考案した、フィリピン版のワンダーウーマンみたいなヒーロー。2年前は、まだ今ほど手の込んだ描き方はしておらず、線画に塗り絵風のシンプルなもの。それこそコミックみたいな感じ。

まさか2年以上も続けるとは思ってなかったので、初期の6作ぐらいは、あまりにも牧歌的と言うか、簡略化し過ぎ。最近は、折あらば再描画したいものだと考えるようになりました。

そして、セカンド・トライのマイティ・フィリピーナ。アメコミヒーローは、見るからに「腕力で問題を解決します」的な、金筋肉隆々の男性が多いけれど、フィリピンだったらやっぱり女性がヒーローでしょう、みたいなことを書いてましたね。

改めて見直したら、あんまり強そうではなく、女子プロレスのコスプレっぽい。背景をごちゃごちゃさせて、お茶を濁してるなぁ。

ならば、今度は正面から「強い女性」を描いてやろうじゃないかとばかりに、女性ボディビルダーの写真を、ずっと集め続けてました。ただ、あんまり筋肉が付き過ぎて、ドーピングっぽいのは頂けない。美女図鑑らしく、バランス良く美しく。少なくとも女性から見てグロテスクにならないように。

コスチュームは、オリジナルを踏襲。キャプテン・アメリカが星条旗をモチーフにしているのに習い、フィリピン国旗をアレンジ。星と太陽は、胸元に輝く光点と後光にして、抽象的に表現してみました。このやり方は、以前に「バスケのリナ」て用いた手法を若干変えての転用。

さて、満を辞しての筋肉美。これこそ本物の「ナイス・ボディ」。いろいろ理屈を捏ねていますが、要するにムキムキの美女を描いてみたかったんですよ。

最初はもっと童顔を組み合わせようかと思いつつ、やっぱり度を越すと趣味が悪い。最近のネット上で悪ノリした2次元美女は、顔は小学生の童女で、巨乳に超くびれ、なんてのが多い。男の私が見てもドン引き。

ということで、強く優しく美しく、かつ大人の女性。バージョンアップされたマイティ・フィリピーナが完成しました。作者の意図は反映されてますでしょうか。



過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。
王女カンシライ
マイティ・フィリピーナ
クリスティン
サウンド・オブ・パラダイス
フィリピーナ in キモノ
マニラ・ガール
スーパーの警備員
タクロバンの薔薇
ジュリア・バレット
オフィレニア5人姉妹
ホワイトレディ
メイン・メンドーサ
スーパーの警備員 再び
日比カップル
人造人間キカイダー
ゴースト・イン・ザ・シェル
白いノースリーブ
聖母マリアの青い服
モスラの小美人

2019年8月30日金曜日

祟りでお休み、我が家のメイド

一般の日本人には馴染みの薄いメイド文化。もうかれこれ我が家のメイド雇用も6年目で、今働いているライラで、5人目。それでもメイド・ネタは尽きません。

20代や、ティーンエイジャーだった過去4人に比べると、抜群の安定感を誇る40代のライラおばさん。クウェートでの出稼ぎ経験があり、今現在も中学生の息子さんを子育て中。よく喋るし面倒見もいい。

ちょっと気になるのは健康面。年齢的なものもあるのか、乾燥した暑い日が続くと、呼吸器系にトラブル。まるで日本の花粉症みたいにくしゃみと咳。おそらく、サトウキビの焼畑で出る煙に、アレルギーがあるようです。そして今の季節。雨季で朝晩が涼しすぎると、てきめんに風邪を引く。まぁ程度の差はあれ、私も毎年、軽く罹りますけどね。

もう一つが膝の痛み。これは持病のようで、時々右足を引きずって、つらそうに階段をの昇り降り。こういう姿を見ると、病弱な使用人をこき使う、鬼の雇い主になったみたいで、何となく罪悪感。メイドを雇い慣れていない日本人クライアントの気の弱さ。

それでも、不調で休む時は、ちゃんと家内の携帯にテキストが来るのは助かります。月曜から金曜、朝8時半から夕方6時半が勤務時間。なまじ住み込みでないく、近所のおばちゃんが手伝いに来る、みたいな気安さがいいのかも知れません。

この7月で勤続1年を超えて、かなり信頼度も上がってきた矢先、珍しいことに週明け月曜日の無断欠勤。こちらからテキストを送っても返事なし。あれ?どうしたんだろ。事後連絡はあっても、丸24時間も音信不通なんて、今までなかった。

3日連続の無断欠勤になってしまった水曜日。前週の金曜日に、高齢のお母さんが高血圧で、お医者さんに薬を貰いにいくと早退したライラ。最高血圧が240とか言ってたので、これは尋常じゃない数値。ひょっとして、お母さんにもしもの事が...。それよりライラ本人が倒れて、連絡取れないとか。

どっちにしても、いないといろいろ不便なほど、メイド依存率が上がってしまった我が家。最悪のケースに備えて、裏庭でゲストハウス建設中の大工さんに、誰か知り合いや親戚で、メイドさんをやってくれる人はいないか、軽くリクルーティング。

やっとライラからテキストメッセージが届いたのは、水曜日の夜。ずっと膝が痛くて、寝てたんだそうです。携帯が壊れて返信もできず。やれやれ、生きててよかった。

ちなみに「携帯が壊れた」とは、大抵の場合、プリペードのお金がなくなったという意味で使われます。ネグロスでは、月々の携帯契約している人は少数派。私も含めて、街角の雑貨屋さんでも購入できる、プリペード(通称ロード)で電話やテキスト。ネットは屋内のWiFiか、必要な時だけデータ通信をオン。肝心な時にロードが無くなることも多い。

そして6日ぶりで元気に顔を出した、昨日の木曜日。歩き方も普通だし、何もなかったかのように、洗い物に掃除・洗濯をテキパキとこなしていきます。と、それはいいんですが、なぜか仔犬を同伴出勤。


連れてきた白いチビは、ケージに入れられてガレージへ。こうなると先住犬の我が家の飼い犬、ゴマが黙っていません。「テリトリーの侵害だ」とばかりに、吠える吠える。ライラに話を聞くと、隣家で4頭の生まれた仔犬のうちの1頭。もうすぐ完成するゲストハウスの番犬にと、気を利かせて連れて来たらしい。

ドラマなど、身寄りのない子供を引き取るかというシーンで「犬の子じゃないんだから」みたいなセリフを聞きますが、本当の仔犬でも、相談もなしにいきなりは困るなぁ。しかもゴマの弟だから「ゴミ」と、勝手に名前まで付けてる。(ライラは日本語の意味は分かってません)

でも、こういう事って、ネグロスでは結構多いんですよね。何しろ犬好きな人がいっぱいで、自分で飼ってなくても、野良犬に餌をやるのが珍しくない。その割には獣医の数が少なく、去勢することもないから、繁殖し放題。牝犬の飼い主は、年に何回も仔犬の里親を探す羽目になる。また、気安く貰う人が結構いるし。

そういえば、今住んでる母屋が完成した時も、当時のメイド、18歳のカトリーナが仔犬2頭を連れて来ましたね。すぐに死んじゃいましたが。(「引越しおわっても工事中」)

夕刻、家内が帰ってきて、仔犬を見せたら、案の定「ノー・サンキュー」。敢えなくゴミくんは、スーパーのレジ袋に入れられて出戻りと相成りました。ほんまの生ゴミ状態。



その犬を挟んで、ライラと家内が何やら長話してるなぁと思ったら、ライラの膝のこと。なかなか良くならないので、呪医(ウィッチ・ドクター)に診てもらったんだそうです。すると、呪医さん曰く「働いている家にいるカマカマ(子供の精霊で、フィリピン版の座敷わらし)を間違えて蹴っ飛ばしたから、その祟りじゃ」。

ちょっと待て。それなら、我が家にはカマカマさまが住み着いているんですか?


2019年8月28日水曜日

玄関出来たら日本のお家

1週間前にタイル張り開始の投稿をしましたが、その作業もトイレと浴室以外は、ほぼ完成に近づきました。特筆すべきは、今日のタイトルにある玄関周り。

何度かこのブログでも指摘した通り、一般的なフィリピンの家屋には、いわゆる日本的な意味での玄関はありません。私が実際に入れてもらったことがある、アメリカやヨーロッパの家と同様に、ちゃんとした家でも、扉を開けたらいきなりリビングだったりするパターンがほとんど。

広ければ、エントランスからソファセットや食卓が並ぶ場所まで距離があるので、そんなに奇異な感じはないけれど、小さい家だと「タグバラーイ(ごめんください)」と言ったすぐ目の前で、家の人がテレビ見てたり、ご飯食べてたり。移住して7年近く経った今でも、これは慣れません。

フィリピンの庶民的感覚から言うと、突然の来訪者にでも食事を勧めることがあり、「タポス・カ・ナ・パニャーガ?(お昼ご飯食べた?)」が挨拶になるようなお国柄。こう書くと、何となく大阪のオバちゃんっぽい。人と人の距離が、心理的・物理的に近いので、敢えてお客さんとの間に、ワンクッション入れる必要がないのかも知れません。

さて、5年前に建てた自宅には、一応「玄関ホール」と呼べる程度の空間を設けています。入ってきた正面の壁面に靴箱を置き、その上には切り花や、日本から持ち込んだ博多人形を飾ってます。竣工後に「祝福」をしてもらった神父さんには「すごくユニークな間取りですね〜。」と感心されてしまいました。

そして、内装工事が七割方出来た、今建設中のゲスト・ハウス。こちらは、私が育った日本の実家の間取りを再現しているので、ほんの一坪強(約4平米)程度ながら、和式の玄関そのもの。

もちろん木造ではなく、畳を敷いているわけでもないけれど、三和土(たたき)と框(かまち)があるだけで、間違いなく玄関。いくらタイル張りでも、日本で生活していた人なら一目瞭然の懐かしさ。

そこでこれを機に、家屋に日本的なもの感じるには、どんな要素があるかと考えてみました。一番に思いつくのは建具。障子や襖があれば間違いなく和風でしょう。さらに畳があればダメ押し。とは言え現代日本では、こうした道具立が、必ずしも郷愁を感じさせるとは限らない。

一戸建てでもマンションでも、テーブルと椅子、ベッドの生活が一般的になり過ぎて、新築の建売りなら、襖や畳がある部屋が一部屋あるかどうか。特に都心部では、畳の間に置いたちゃぶ台でご飯たべて、毎日布団の上げ下ろしをしてる、サザエさん一家みたいな人の方が少ないと思います。

今回、昔の間取りを再現して分かったのは、私にとって家屋の日本らしさの代表は、玄関がある間取りと、三和土と床面の段差だと実感。マンションでは小さくなっても、段差が無くなりはしない。靴を脱いで、外と内の境界を成す、大切な場所ですからね。

ということで、その段差の、框に相当する部分に、階段用のステップ・タイルを使い、三和土にはやや高価なタイルを選びました。おそらく大工さんにすれば、この空間だけでも無駄なのに、さらに手の込んだ細工をするのは、何のためだと思ったでしょう。



こちらは勝手口

概念の説明から入って、小さなミスは何回かあったものの、ようやく姿を現した日本風の玄関。仕上がりには、かなり満足しております。


8/23〜8/28の出費

セメントなど:6,315ペソ
土砂・コンクリートブロック:9,300ペソ
配線材料:2,015ペソ
角材50本:7,250ペソ
大工さん給料:18,525ペソ
電気工事料:3,500ペソ

計:46,905ペソ

本日までの合計:1,424,251ペソ


2019年8月25日日曜日

私的フィリピン美女図鑑 ドロンジョさま〜


フィリピン美女図鑑、今日のモチーフは、白鳥のジュン(ガッチャマン)以来、2度目となるタツノコ作品からの登場人物です。アニメファンにはあまりにも有名な悪役キャラで、説明の必要もないと思われるドロンジョ。

ドロンジョは、昭和52年(1977年)から同54年(79年)まで、全108話の放送回数を誇る「ヤッターマン」の敵役。頼りにならない悪漢二人、ボヤッキーとトンズラーを従えて、インチキ商売や泥棒を生業とするドロンボー一味の女ボス。

土曜日の夕方6時半という放送時刻で、子供向けアニメにも関わらず、このドロンジョはスタイル抜群で露出度が高い、超セクシーなコスチュームとマスクを着用。主役で、恋人がいるはずのヤッターマンに口説かれたり、ポロっときわどいシーンがあったり。

放送当時の私はもう高校生。思春期真っ只中だったはずなのですが、その時はあんまり印象に残ってないんですよ。やっぱり基本ストーリーがギャグ仕立てだったし、同じタツノコプロでも、ガッチャマンや新造人間キャシャーンほど、リアルな描写でもなかったからでしょうか。

ただ数あるタツノコ作品の中でも人気は高く、放送終了後も、根強いドロンジョ・ファンが多いようです。2000年以降のアニメのリメイクや実写映画化などの際にも、ドロンジョのビジュアルが注目されました。「ドロンジョ」で画像検索したら、役に扮した深田恭子さんの写真がたくさんヒット。

そういうことで、イラストを描く上での資料には事欠かないドロンジョ。ところが、実際にポーズを決めて、例の衣装の下描きを合わせてみると、これがどうにも様にならない。胸が大きくて腰がキュっと締まってるモデルさんでも、アニメのイメージそのままに描くと、貧弱で安手のコスプレみたいになってしまう。

つまり、アニメで誇張されたナイスボディだから似合ってたんですね。写実的なタッチで仕上げようとすること自体に無理がある。深田恭子さんが映画で着用している衣装も、ずいぶんアレンジしたもの。

どうしたものかと、散々ネットで探しまわった挙句に見つけたのが、テラ・パトリック嬢。(Tera Patrick

実はこの方、2000年代初めに活躍したポルノ女優。(女性読者のみなさま、申し訳ありません。)お父さんがイギリス人でお母さんがタイ人のテラは、まるでフィリピーナのような美貌の持ち主。ドロンジョ・スタイルでも全然衣装負けしない堂々たる体格。これこそリアルなドロンジョさま。

そして、ポルノ女優の枠を超えて、ラジオ番組やアニメに出演したり、格闘ゲームのキャラクターになったり。日本で言うと、にっかつロマンポルノの女優だった美保純さんや、今、Netflixのドラマ「全裸監督」で再び脚光を浴びている、元AV女優の黒木香さんに近いポジションなのかも知れません。


とまぁ、話がエラい方向に飛んでしまいましたが、最適の素材が揃ったお陰で、描き始めると数日で完成してしまった、ドロンジョさまのイラスト。美女図鑑史上、最も肉感的な仕上がりになったようです。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。
王女カンシライ
マイティ・フィリピーナ
クリスティン
サウンド・オブ・パラダイス
フィリピーナ in キモノ
マニラ・ガール
スーパーの警備員
タクロバンの薔薇
ジュリア・バレット
オフィレニア5人姉妹
ホワイトレディ
メイン・メンドーサ
スーパーの警備員 再び
日比カップル
人造人間キカイダー
ゴースト・イン・ザ・シェル
白いノースリーブ
聖母マリアの青い服


2019年8月22日木曜日

キッチンがっちり買いまショウ

その昔、1963年(昭和38年)から1975年(昭和50年)の12年間、大阪の毎日放送で制作・放送されていたゲーム形式の買い物番組「がっちり買いまショウ」。上方漫才の至宝と呼ばれた、今は亡き夢路いとしさん、喜味こいしさんが司会を務めました。

私が生まれた翌年から、中学生になるまで続いた長寿番組。日曜日の午後は「がっちり買いまショウ」を見るのが、我が家では、当たり前の習慣。今でも「5万円、7万円、10万円、運命の分かれ道」という、いとし師匠の掛け声は耳に残っています。

この番組は毎回3組のペア(基本は夫婦)が、百貨店のようにスタジオに並べられた商品を、決められた金額で購入するというスタイル。もちろん値札はついておらず、メモを片手に(その後、電卓に)値段を推測しながらのお買い物。見事、設定金額幅に収まれば、選んだ商品はプレゼント。安過ぎても高過ぎても、失格で全部没収。

今にして思えば、実に単純なしくみの番組ながら、当時、絶好調だった日本経済を象徴するような内容。見ている側も収入が右肩上がりで、物欲の塊状態。干支一回り続いたのも、分かる気がします。そしてオイルショック(1973〜)による不況と時期を合わせるように、終了となりました。

若い人には全然ピンとこない、半世紀前の番組について延々と説明したのは、一昨日、建設中のゲストハウスに使う建材の購入が、まるで「がっちり買いまショウ」みたいに感じたから。

私たち夫婦が口座を持っているメトロバンクは、カード1枚につき1日に下ろせるキャッシュが3万ペソまで。二人合わせて6万ペソになります。それに加えて、カードで支払えるのは1日に5万ペソが限度。前日に現金を用意しておいても、11万ペソがマックスということに。

銀行窓口で、何十万ペソも引き出しておく方法はあるものの、そこまでの現金を持ち歩くのは、少々恐ろしいフィリピン。

そして、その日は平日。家内が年休を取って息子は学校。久しぶりに夫婦二人だけでお買い物。州都バコロドにある、大手建材店シティー・ハードウェアの店内を、フロアマネージャーと思しきオジさんを従えて商品選び。番組と違って時間制限はないけれど、決まった金額内で、それなりの品質で建材を選ぶのは、なかなかスリリング。

もちろん今までに、似たような状況は何度もありましたが、メインの目的がキッチン・キャビネットに天板。まるで新婚カップルが、新居用に家具調度を選ぶような雰囲気だったので「がっちり買いまショウ」を思い出した次第。

いつもなら、値段以外は私にお任せの家内も、それなりのこだわりを持つ厨房周りとなると、品定めも厳しめ。(移住してからは、8割方、私が料理担当なんですけど)本当は、5年前に母屋を建てた時に買ったキャビネットと、同じリアルウッドを使った商品にしたかったところ、残念ながら在庫がない。

結局、ダークなオーク調の樹脂製に決定。天板は石材をカットしたもの。それを職人さんに頼んで、流し部分だけをくり抜いてもらうことにしました。ここまでで軽く1時間が経過して、お買い上げ額は7,7000ペソ(約156,000円)。


そして、巾木(壁面の一番下に取り付ける、細長い板)と照明器具を家一軒分、一括購入。こちらは量の割にそれほど高くもなく、送料600ペソ込みでの総額が、95,531ペソ(約20万円)。

なんとか10万ペソ以下に抑えて、支払い完了。本当に「がっちり買った」気分で、建材屋さんを後にしました。


8/16〜8/22の出費

キッチン周り:7,7062ペソ
巾木、照明器具など:18,469ペソ
ステップ・タイル:5,320ペソ
セメント20袋:4,430ペソ
給・排水用パイプ、配管関係:9,033ペソ
グラインダー(工具)一式:2,320ペソ
土砂・コンクリートブロック:5,000ペソ
塗料:8,410ペソ
釘など:962ペソ
大工さん給料:19,712ペソ

計:150,718ペソ

本日までの合計:1,377,346ペソ


2019年8月21日水曜日

永住ビザ更新で日帰り弾丸ツアー




完成したばかりの
バコロド港・新ターミナルビル

昨日(8月19日)は、来月に有効期限を迎える私の永住ビザ更新のため、ネグロスの隣島パナイの州都イロイロまで、慌ただしく日帰りの弾丸ツアーを敢行。距離にして片道ざっと50km。

私の実家、兵庫県尼崎を起点にすれば、ちょうど淡路島の洲本までと同じような距離。ただし、明石海峡大橋も鉄道もないフィリピン・ビサヤ諸島なので、フェリーボートが唯一の交通手段。近すぎて空路も無し。

本当なら一泊して、ついでに観光やショッピングを楽しみたいところ。でも平日で子供は学校。土日はオフィスが閉まっているし、裏庭でのゲストハウス建設が追い込みに入っている段階。やっぱり宿泊はできそうにありません。

ただ、自宅も目的地のイミグレーション・オフィスも、港から車で30分程度。海が穏やかで船が時間通りならば、片道3時間ぐらい。家内はフィリピン大学のイロイロ・キャンパスの学生だった頃は、ほぼ毎週末、シライの実家に戻っていたそうです。

ちなみに東ネグロス州のドゥマゲテには、車で山越えの5〜6時間なので、同じネグロス島の西と東なのに、マニラへ出かけるよりも大仕事。それに比べればイロイロが何と近く感じることか。ネグロス東西では言葉が通じないけど、西ネグロスとイロイロが同じ方言なのは当たり前の感じ。

さて、私が永住ビザを取得したのは移住翌年の2014年。フィリピン人の配偶者資格で、こちらでは「13a」と呼ばれています。申請は移住後すぐにしましたが、1年間の仮ビザ経て正式発給。当時は申請も受け取りも、パナイとは反対側、隣島セブのイミグレーション。

このお役所、運転免許を管轄するLTO(フィリピン陸運局)や警察に比べると、外国人向けということもあり、はるかにマシなサービスを提供しています。でも、そこはやっぱりフィリピン。即日交付とか、ネット申請などは夢のまた夢レベル。せめて、各州都(日本ならば都道府県庁所在地)ぐらいでは受け付けてほしい。

と思っていたら、さすがにバコロドでは無理でも、ネグロス近傍ではセブだけだったのが、つい最近イロイロにオフィスを開設。

ネグロスからセブだと直通フライトがあり、イロイロへ行くのと変わらない距離感ながら、なにせセブには在比外国人が多い。いつ行っても窓口は満員で、平気で朝から夕方まで待たせて、結局5時までに終わらず翌日また来い、となることもありました。

今回初利用となるイロイロのイミグレーション。この手の対応は、家内に任せるのが常の私。フィリピン人の中では、相当なインテリに属するであろう家内でも難物。提出物はホームページに書いてあるのに、念の為電話で訊いたら、追加で必要な書類やら何やらがボロボロ出てくる。

そして、早朝5時おきで7時半の船、1時間半の船旅を経て午前10時前にイミグレーションに着くと、案の定、まだ提出物が不完全。書類を分類するために用意した紙ファイル。家内の好みでピンクだったのがNG。白でないと受け取れないとのこと。


出来立てのきれいな窓口
写真撮ったら
ガードのおじさんに怒られた

そんな物、だいたい役所側で用意して然るべきだし、ホームページでファイルの色は記載してない。フィリピン人の家内でさえ、頭に来るほど。さらに、書類添付用の顔写真も必要。それも書いてなかったぞ。

まぁ役人の融通が利かないことは、程度の差はあれフィリピンに限ったことでもないし、ここで怒鳴っても、百害あって一利なし。イミグレーションは、真新しい商業ビルの3階に入居していて、本屋と文房具店を兼ねたナショナル・ブックストア(紀伊国屋書店みたいなお店)が1階にあるので、ファイルの方はすぐに差し替え。

ところが、近くに証明写真を撮ってくれるスタジオがない。仕方がないので、タクシーを飛ばして、最寄りのSM(大手ショッピングモール)まで往復。その日は、書類を提出するだけだから、せいぜい30分ぐらいと思ってたら、やっぱり2時間半もかかってしまった。

両手の指全部の指紋を取られて、やっと提出完了。同じビルで昼食を摂ったら、もう1時過ぎ。帰りの船は2時にイロイロ港発なので時間切れ。コーヒーも飲めないし、買い物なんて全然無理。あ〜あ。救いは、終日好天で波は静かだったこと。イロイロ市内の渋滞もそれほどではなく、移動時間にロスはありませんでした。

ということで、無事日帰り弾丸ツアーを終えて帰宅すると、裏庭の建設現場では床のタイル張りが始まってました。疲れてるけど確認だけはしておこうと、玄関に入った途端に間違い発見。日曜日に購入した、ステップタイルではなく、普通のタイルが。




口頭では何度も説明したんですが、やっぱり玄関の框(カマチ)や三和土(タタキ)という概念がないフィリピン。現場現物で指示しないと、こうなるわけです。幸い張ってすぐで固まってなかったので、問題なく直してくれました。

これ、もしイロイロで一泊してたら、ステップタイルと普通のタイル、それぞれ何枚かづつ無駄になってたところです。

ビザの交付は35日〜40日後。代理人の受け取りもできるとのことなので、次回はご苦労さんながら、家内一人で行ってもらうことにしました。今度こそはゆっくり一泊して、イロイロ在住の大学時代の友達と会って、喋り明かして来なさい。


2019年8月18日日曜日

多忙なる日曜日

先週の週末から水曜日にかけて、自己診断「プチ鬱」で引きこもっておりました。その前は、フィリピン東岸を通過する熱低や台風に加えて、この時期特有の、南からの強いモンスーン(季節風)の影響で長雨。今日は、ほぼ3週間ぶりでシライ市外へ。

降らないとなったら、1週間も晴天ばかりのネグロス島。熱波襲来中の大阪や東京に比べたら、はるかに凌ぎやすいとは言え、それでも連日30度以上の真夏日。今朝も青空です。


午前7時過ぎ、起きていきなりの停電。もっともこれは事前にセネコ(CENECO ネグロス中央電力)から、フェイスブック経由で通達があった計画停電。何ヶ月に一度か、土日のいずれかに、朝から夕方まで電気を止めてメンテナンス。いつも思うんですが、止めずに点検って、できないのかなぁ?

今回はやっと発電機が使用可能。バッテリー充電でダメでバッテリーを交換したら、今度はフィルター部分の溶接が破損。これってエンジンのマフラーに相当するものだったようで、ものすごい騒音(というかほとんど爆音)。運良く裏庭では、大工さんが溶接機で作業中だったので、修理してもらえました。なので、朝から快調に発電機は運転中。

そして、発電機の始動と時を同じくして、職人さんが二人やって来ました。これはゲストハウス新築に伴い、邪魔になった庭木を切ってもらうため。庭木と言っても、宅地を購入時点ですでに自生していた、推定樹齢20年の大木。

本当は何とか残そうと、枝打ちだけでと思ってましたが、やっぱり無理。大工さんからの依頼で、敢え無く切り倒されることに。誰かが家にいる必要があって、9時からの教会ミサは私と息子だけで、家内はお留守番。

さて、10時半頃に帰宅すると、まだ木はほとんどそのままの姿。完成が近い家のすぐ脇なので、チェーンソーで豪快にブッ倒すわけにはいかず、少しづつ枝や根を切るしかないそうです。どうせ伐採することになるなら、更地の時に頼んでおけばよかった。


昼食まで1時間以上あるので、私はもう一回外出。ゲストハウスの工事が進み、明日の月曜日からは床のタイル張り。唯一未購入の玄関の框(かまち)などに使う階段用タイルを見に、最近歩いて行ける場所にできたタイル屋さんへ。


こんな田舎街のお店にはまずないだろうと思っていたら、意外なことにちゃんと目立つ場所に商品展示。ただし高いのなんの。幅40センチ長さ120センチのタイルが、蹴込み部分とセットで800ペソ!(約1,700円)必要な枚数買ったら、2万5千円ほどにもなります。ということで当初の計画通り、昼食後に州都バコロドの大手建材店まで足を伸ばすことに。


お昼は暑かったので
素麺と卵焼き

それにしても今日は暑かった。自宅からタイル屋まで片道徒歩15分ほどで、すっかり汗だく。地元の人はまず歩かず、トライシクル(オート輪タク)に乗るのが常識と思われる距離。

バコロドまで安く上げるなら、前述のトライシクルで停留所まで行き、そこからバスかジプニー(ジープを改造した中型乗合バス)。本来なら自家用車を使うべきところ、先日の事故以来、すっかり自分で運転するのが怖くなり、Grab(スマホアプリで呼べるカーシェアリング)を利用。これで片道300ペソ前後。

最近お馴染みの建材店、シティ・ハードウェア(City Hardware)では、シライで見つけたものよりシンプルで半分のサイズが4種類ほど並んでます。その値段が190ペソ。その他にもタイル張りの際にコーナーに使うモールが1本20〜30ペソ。さっきの店では85ペソで売ってたぞ!う〜ん、あのタイル屋、田舎モンを騙して商売しとるな。


ということで、即決でタイルを買い、なんとか車に乗せられる量だったので、帰りもGrabカー。雨も降ってないし楽チン。ちなみに配達を頼むと600ペソ。これは高過ぎ。

帰宅したら、そろそろ発電機がガス欠。あと2時間ぐらいで停電終了予定の5時ですが、今にもエンストしそうな音だったので、仕方なく大汗かいて給油。10リットル補給で満タンにしました。

さて、伐採の方はようやく終了したようで、二人が半日かかりの作業で、切り株まで掘り起こして料金1,500ペソ(約3,200円)。相変わらず、人件費は安いフィリピン。


その後、週末恒例のカレーを作って家族で夕食。ところが暗くなっても電気は戻らず。我が家は発電機があるので、少しの騒音さえ我慢すれば平常通りの生活。でも平均すれば、発電機を所有している世帯なんて、数十軒に一軒もあるかどうか。


週末カレー

いくら停電慣れしているネグロスの人々でも、朝から12時間以上も電気を止められたら、ずいぶんと不便。と、ここまで書いて現在時刻は午後8時前。まだ家の周囲は真っ暗。

それにしても、今日は久しぶりに忙しく体も動かし、ほどよい疲れ具合。今晩はぐっすり眠れそうです。メンタルが弱っている時は、これが一番ですね。


【追記】送電は、13時間経過した午後8時過ぎに復旧しました。