2019年5月20日月曜日

変わりゆく故郷

約一週間のご無沙汰です。

先週の火曜日(2019年5月15日)から、日本に一時帰国をしております。移住してから通算3度目で、家族三人全員揃ってというのは、今回が初めて。例によって、友達や親戚との再会に忙しく、ブログも少々滞っていた次第。

多忙というだけでなく、兵庫県尼崎の実家に、自分の部屋がもうなくなっていて、じっくりパソコンに向かう環境がないのも、ご無沙汰の原因。鉄骨造りの3階建で、日本平均からすると決して小さな家ではないんですが、床面積の割には部屋数が多過ぎな上に、80代の両親が長年溜め込んだ家財道具でぎゅうぎゅう詰め。

しかも、私の帰国に合わせて、二人の弟が、それぞれのパートナーやら子供やらを連れて帰って来たり。瞬間最大風速的とは言え、フィリピンの自宅に比べると、ちょっとした難民キャンプの様相を呈しております。

そんなわけで、到着翌日から会食続き。ネグロスではなかなかお目にかかれない、本物の職人さんが握るお寿司や、すき焼き、手打ちそば、カツオの叩きや天ぷら、などなど。何を食べても美味しいけれど、虎の子の円も、すごい勢いで財布から消えていきます。



それにしても、梅田、三宮、万博公園、どこへ行っても海外からの観光客が多いですね。新しいマッキントッシュのパソコンを買いに、心斎橋に出たら、すれ違う人が話すのは中国語6割、韓国語2割、残りが英語と日本語、みたいな状況。薬局店先の張り紙も、簡体字が目立つ。

ただ、中国を始めとする海外からの観光客が多いこと自体は、私はいい事だと思っております。あの人たちがいなければ、道行く人は中高年で、ショッピングモールは寂れ、駅前にはシャッター街ばかり。

実際、観光客が来ないような、私の実家がある尼崎の阪急塚口界隈は、昔に比べるとたいへんな寂れ具合。駅南側の一番いい場所にある旧ダイエーの三つ建物のうち、一番賑わっていた三号館が取り壊されて、更地になっていたのには、少なからずショックを受けました。

まぁ、私たち家族が日本にいた7年前、すでに地階の飲食店街はほぼ閉鎖状態だったし、テナントも歯抜け。そこそこお客さんがいるのは、1階のスーパーぐらいだったので、仕方がないでしょうね。

思えば、約40年前、私が中学生の頃に、駅前再開発でオープンした「塚口さんさんタウン」ことダイエー。買い物、食事、デートの待ち合わせ。ずいぶんとお世話になりました。時代の流れとは言え、寂しい限り。それだけでなく、自宅から徒歩数分の私立幼稚園がなくなっていたり、子供のころからのお馴染みで、最近も帰国時には必ず寄っていた蕎麦屋さんが店を閉めていたり。


ダイエー跡地は
マンションが建つようです


園田学園幼稚園だった場所

唯一の救いは、まだ両親が寝込みもボケもせずに健在なこと。私自身も、子供が中学生ということもあり、実年齢はもう数年で還暦にもかかわらず、30代ぐらいで止まっているような錯覚すら感じます。朝食もちゃんと作ってくれるし、これは本当に感謝しないといけませんね。

今、裏庭に建設中のゲストハウス。元々は高齢の両親を引き取ることが前提でした。でもこの調子だと、まだ10年やそこらは、その必要がなさそうです。今日も夫婦でゴルフに出かけたし。


2019年5月14日火曜日

フィリピン投票者のための祈り


フィリピン統一選挙の投票が、私たちがシライ市内では、目立った混乱もなく終了したようです。日本と違って、即時開票、深夜には大勢が判明、という具合には行きませんが、どうやらシライ市長は、現職のマーク・ゴレツ氏が再選された模様。我が家のメイド、ライラが支持する、対立候補のオティさんは落選の憂き目に。

さて投票日の前日、日曜日の朝。いつもと同じように、教会のミサへ。その最後に信徒全員で「投票者のための祈り」なるものを唱えました。

数週間前から始まった、このお祈り。要約すると、選挙活動に不正や不和がなく、投票者が正しく、その義務を果たせますように、みたいな感じ。「民主主義の果実を受け取るために、責任を持って投票を」と結ばれているのが素晴らしい。

日本人の感覚では、カトリック教会で政治的に関する内容を祈る、というのは少々違和感がないでもない。でも、特定の候補者や政党に関することではなく、国民の義務を正しく果たせるように神に願うのは、アメリカでも同様でした。

英語による全文は、こちらからどうぞ。ーー> A Filipino Voter's Prayer

ただ、わざわざ「不正がないように」なんて祈るのは、現実には不正が満ち溢れているから。選挙権がない外国人の私が、あれこれ批判するのは、あまり意味はないけれど、マークさんが勝ったのも、結局のところは資金力の差。それも、公に許されるお金ではなく、売票のための。

もちろん、選挙での買収行為は、この国でも犯罪。今回もフィリピン国内では逮捕者が出たとの報道もありました。まぁ、よっぽどドジ踏んだ連中だけなんでしょうけど。

何はともあれ、ようやく通常運転に戻った、今日5月14日の火曜日。行商の魚屋さんも、ゴミ収集車がちゃんと来てくれたし、ライラも出勤。隣家の新築工事も再開。先週の雨漏り騒ぎで、雨樋の交換を依頼した、屋根材セールスの兄ちゃんからは、見積もりを持っていきますとの連絡が。

それを横目で見ながら、今度は私たちが、ちょっとした非日常ということで、明日から2年ぶりに日本への一時帰国です。すでにこのブログを書いているお昼前の時点で、フライトのネット・チェック・インは完了。

今回は、イミグレーション混雑のひどいマニラを避けて、マクタン・セブ経由の日本往き。空港ターミナルも新しくなったことだし。少しだけ心配なのは、シライ〜セブの国内便の到着から、セブ〜関空の乗り継ぎが1時間しかないこと。

欠航や遅延が恒常的なセブ・パシフィックではなく、フィリピン航空だし、シライ・セブの朝一フライトは、まず遅れないので、多分大丈夫だろうとは思いますが、そこはフィリピンのこと。油断はできません。

私としては、「フィリピン投票者のための祈り」じゃなくて、「日本一時帰国者のための祈り」を唱えたい心境です。


2019年5月11日土曜日

仕事を休んで投票しよう

1ヶ月余りも続いた、2019年フィリピン統一総選挙のお祭り騒ぎ。本日5月11日の土曜日で、ようやく終わりとなりました。投票日は明後日の5月13日。なぜか日曜日ではなく月曜日。投票24時間前の選挙活動は禁止なので、明日は久しぶりに(比較的)静かな日曜日になりそうです。

投票日が平日でも、大統領令によって特別休日になるのがフィリピン。今年はずいぶんと直前にアナウンスがあったようです。最初から休みになるのは分かっているので、特に問題にはなっていない様子。

現在進行中の裏庭のゲストハウス建設工事。当然ながら大工さんは全員お休み。ついでにメイドのライラも同様。3年に一度の投票日には、我が家の関係者だけでなく、遠方に働きに出ている出稼ぎ者も、わざわざ住民登録されている田舎に帰るのが当たり前。海外からも投票できるシステム。

この話題になると、毎回思うのは、日本の投票率の低さとの比較。民度が低いだの、後進国だの、フィリピンを馬鹿にする日本人は多いけれど、私が見る限り、一般的なフィリピン人の方が、よっぽど民主主義の根幹を理解し、実践していると思います。

買収などの不正があったとしても、投票に行かないよりはるかにマシ。動機はどうあれ、政治に対して、能動的に関与するだけ立派なもの。

日本の場合、私が不思議でしょうがないのは、給与は低く、年金は貰えるかどうか分からない、現在の政策に一番不満を持っているはずの、20〜30代の若年層が投票しないこと。英語留学やNGOへの参加で、我が家に来てくれる学生さんに話を聞いても、政治に無関心なのがディフォルト。

それに対して、私を含む50代以上、特に年金は満額支給で、数千万円もお金を溜め込んでいるような、70代〜80代の投票率は高い。

そりゃ、候補者からすれば、投票所に来てくれる、ジジババが有利になるような公約を掲げるでしょう。いくら若者にアピールしても無駄。20年ほど前に「平成維新の会」を立ち上げた大前研一さんが、若者の未来を賭けて東京都知事選に打って出た結果、対立候補の青島幸男さんに惨敗したのも、これが原因。

こうして見ると、直接大統領を選ぶシステムも相まって、ドゥテルテさんのような、本気で大改革をやれるリーダーが、日本ではなくフィリピンから出たのも、当然のことかも知れません。だって、フィリピンは若者が多くて、みんな投票に行きますから。

今にして思えば平成時代、日本の最大の失敗は、経済的なことより、政治について語ること自体をタブー視して、若い世代に選挙の大切さ、政治参加の重要性をきちんと教えなかったことでしょうね。

ということで、大工さんが投票のために工事を休む話をメインにしようとしたのに、書いているうちに、ついカっとなってしまいました。

さて実は私、来週の水曜日から、2年ぶりの一時帰国。月曜休んで火曜だけ仕事、その後1週間、工事ストップにするつもりが、それなら火曜日も休みにしてくれとなって、今日が投票日前の仕事納めみたいなことに。再開は再来週の木曜日。

その間、他の仕事に浮気されては困るので、給料とは別に、休日手当として一人1000ペソを支給しました。休んでお金を貰えるとあって、みんな大喜び。


ブロック積みが完了に近づき
建物の存在感が出てきました。

5/5〜5/11の出費

鉄筋50本、コンクリート釘5キロ:7,015ペソ
コンクリートブロック700個、砂6立米:12,300ペソ
大工さん給料:15,050ペソ
休日手当:6,000ペソ

計:40,365ペソ

本日までの合計:359,060ペソ


2019年5月9日木曜日

雨だ、雷雨だ、雨漏りだ〜

順調にブロック積み作業が進む、裏庭のゲストハウス建築。昨日からは、上部梁の鉄筋を組み始めました。

ところが、それを狙っていたかのように、今日(5月9日)午後、突然の雷雨。最後にいつ、まとまった雨が降ったか、思い出せないぐらいのかんかん照り続きだったので、久しぶりの恵みの雨...と言いたいところなんですが、2階ベランダで、エゲツない雨漏り。



ここは後付けで作った大屋根で、問題の箇所は、元からあった雨樋。かなり前から漏っていた場所を、数週間前に修理してもらったばかり。原因ははっきりしていて、雨樋に枯葉が溜まり、そこから腐食して穴が。


もう1ヶ月もしないうちに雨季になるネグロス島。修理を済ませて一安心と思ってたら、今日の雷雨で、もっとひどい雨漏りになってしまった。修理前には洗面器一つで事足りてたのに、今日はご覧の通りの有様。


ようやく隣家のラジオ騒音が、私が怒鳴った甲斐あって、静かになったばかり。何かとトラブルが起こる、想定外事件多発のフィリピンライフですなぁ。

とは言え、誰かの居室というわけでもなく、生活に困るようなレベルでもない。そして幸運なことに、大工さんなら裏庭に6人もいる状況。即刻、雨宿りで作業を中断してるリトに見てもらい、明日にでも、こっちを優先で修理してもらうことにしました。

ちなみに、フィリピンの貧しい子供たちに、将来の夢は?と尋ねたら、「大人になったら、パパとママのために、雨漏りのしない立派な家を作る」なんて話を聞いたことがあります。

日本だったら、隙間風の入らない、とでもなるかも知れませんが、寒い冬のないフィリピン。天候に関係した貧しさの象徴は、雨漏りなんでしょうね。降るとなったら、すごい土砂降りになることが多いので、家が流されたわけでもないのに、家財道具がびしょ濡れになることもしばしば。

そこまでひどくなくても、やっぱり床に置いた洗面器に落ちる水音って、なんとも貧乏臭く、惨めな気持ちになります。

ということで、今日は、フィリピン暮らしでは避けて通れない、雨漏りのお話でした。


2019年5月7日火曜日

ネグロスで一番の高級家具店

ゲストハウス建設も軌道に乗ったようで、現場の方は、始終監視していなくても大丈夫な状況。建材の買い付けや納品、新しい作業に掛かる時に見ていればいい感じ。100パーセント信用できるわけではないけれど、フィリピンでの家作りも2回目ともなると、失敗や間違いのパターンは、ほぼ読めます。

ただ、連日の暑さは相変わらず。このブログも含めて、日中に何かしようとすると、エアコンなしでは気力が湧きません。さらに苛立つのが、ゲストハウスとは反対側の、お隣さんの自宅新築。

工具の音や、砂埃がすごいのは我慢するしかないものの、少し前に投稿したように、やっぱりラジオをガンガン流しながらの作業。都度「Stop Radio!」と文句を言って、その時だけは静かになるけど、翌日には元の木阿弥。家内を通じて、宅地の管理事務所や警備員にクレーム入れても、一向に動いてくれない。とうとう昨日の昼前に、ブチキレてしまいました。

下っ端に言っても埒が開かないので、フォアマン(現場監督)をつかまえて、「何遍、おんなじ事言わせんねん、こら!」という意味の内容を英語で。

本当は、あんまり良くないんですよね、こういう言い方。逆ギレされるかも知れないし。でも、低姿勢に「プリーズ」を付けてると、こちらが本気で迷惑に感じていると理解してもらえない。そして度重なること3ヶ月以上だし、結局頭ごなしに。教室で騒ぐ子供を黙らせるのと同じ。

黙ってるのも怒鳴るのも、実に気分が悪い。

そんな気分を転換する意味も含めて、5月6日の月曜日、日本では10連休最後の振り替え休日。しばらくの間、現場は棟梁のリトに任せて、息子と二人で、州都バコロドへ買い物に出かけました。

主目的は、ようやく大量入荷した日本食材の買い出し。加えて、年初から放置していた頭髪が、ボサボサになってきて暑いので、バッサリと散髪。そのついでに訪れたのが、ネグロスで一番高級との噂も高い、家具屋さんです。

店の名前が、ソニア・インテリア。シライからバコロドへ向かう幹線道路のラクソン・ストリート沿いに店を構えていて、前から気になってました。


マニラなどの大都市ならともかく、ネグロスみたいな地方だと、良い家具を探すのは、結構苦労します。シライ市内で買える家具と言えば、超安物のハリボテみたいな品物か、ちゃんとしたものだと、竹を編んだものぐらい。

バコロドにはすっごく高い、輸入家具などを扱う店もありますが、ガラスを贅沢に使った飾り棚や、宮殿の寝室にでも置くんか?という、天蓋付きのベッドみたいなことになりがち。イケアで売ってるような、モダンな高級品は、決して多くない。イケアまで行かなくても、せめてニトリが欲しい。(ちなみにイケアは、マニラへの出店が決まっているそうです。)

その点、このソニア・インテリアは、値段は高くてもシンプルな家具がメイン。嬉しいことに、オーナーがデザイナーで、カスタムメイドも受け付けるとのこと。私も一応、工業デザイナーの端くれ。スケッチや図面ぐらいは描けます。




今一番欲しいのは、電子レンジやトースターも置ける食器棚。日本ならば定番中の定番みたいなラインナップなのに、残念ながらネグロスでは、実用に耐えそうな既製品が見つかりません。それなら一丁、図面持ち込みで発注してみよう。値は張るでしょうけど。

ということで、久々に創作意欲を掻き立てられ、散髪も済ませて、かなり気分も持ち直しました。

追記:昨日たっぷり怒鳴ったせいか、今日は朝からラジオの音はしませんね。(笑)


2019年5月4日土曜日

炎天下の電気材料買い付け

本当に暑い日々が続くネグロス島。地元の言葉で「暑い」を意味する、イニット(Init)を連発している毎日です。体感温度では軽く40度ぐらいは、あるんじゃないでしょうか?

それでも、日本で住んだ、大阪や横浜、福岡での真夏の蒸し暑さ、不快指数に比べると、多少ともマシなんじゃないかという気もします。国内のニュースによると、この晴天と高温は、ほとんどフィリピン全体を覆っているようで、マニラやセブを含む、41もの州で旱魃になっているらしい。

今の所、ここシライ市内では、渇水の話は聞かないけれど、水の使用量はたいへんな量になっていると思います。工事中の大工さん6人用の飲料水が、1日で2ガロン(重さが8キロ近く)という早いピッチ。メイドのライラは、これなら水道水でもいいじゃないですか?と言うぐらい。多分気付かないだろうけど、お腹こわして、仕事休まれたら困るしなぁ。

そんな炎天下、昨日の金曜日、隣街の州都バコロドへ、配線工のサルディと一緒に電気材料の買い付けに行って来ました。以前と違って、他の建材ならば、地元のシライ市内で大体は入手可能ながら、やっぱり電気関係は、あんまり安物だと怖い。また、家一軒分の配線なので量も多いし、それなりの品質のものを納得価格という条件だと、50万都市のバコロドで、となるわけです。

朝9時の約束が、きっちり1時間遅れのサルディ。スマホのアプリで呼べる、Grab(グラブ/カーシェアリング・サービス)の車で20分。やって来たのは、中国系のオーナーが経営するKLS電気サプライというお店。


中国系と聞くだけで、変な色眼鏡で見るバカな日本人もいますけど、はっきり言って、ビジネス関係だと、中国系の人の方が、時間にもお金にも、そして品質にもシビア。金に汚いなんて、まったくのデマとしか思えません。

前回の母屋建設の時から、多くの中国系経営者と付き合ってきました。シライ市内最大手の建材屋さん、窓枠メーカー、バコロドの塗料店、そしてこの電気材料のお店...。少なくとも私の経験で、お金や品物を誤魔化されたり、納期が遅れたりした試しがない。信頼度は高いですよ。しかも、どこも商売繁盛。

東南アジア各国で、経済が華僑に牛耳られてる、と言いますが、それは単純に華僑が堅実な商売をするから。陰謀でも何でもない、シンプルな事実だと思います。ただ、儲かると妬みを買うのは、世界中どこでも同じなので、それが偏見の元なんでしょうね。特にビッグビジネスになると、競争は苛烈。

ということで、たくさんのお客さんでごった返す店先で、商品を注文したのがお昼前。それからお昼休みを挟んで、午後2時ごろに品物が届く手筈。想像するに、郊外にでも倉庫がある模様。下町にある狭い店舗では、そんなにたくさんの在庫は置けないし。

さぁ、2時間もの待機。仕方がないので、近所にあるアヤラ・モールで、昼飯と時間潰し。ゴッツいオッちゃんのサルディが相手では、そんなに楽しくもないけど、仕方ないですね。ランチを済ませた後は別行動で、私は、ゲストハウス完成後に導入の、家具や家電製品の下見。

2時前に店に戻っても、まだ品物が揃うまでしばらくかかりそう。西陽に炙られながら、ただ待っているのも芸がないので、久しぶりのバコロドの裏路地などを散策。一応日陰を歩いたものの、やっぱりかなりの暑さでした。



3時前に、ようやく揃った電気材料。困ったのは配達サービスがないこと。バコロド市内だったら何とかしてもらえるけど、シライはちょっと遠い。タクシーに積むにも、長さ2メートルぐらいある樹脂パイプがたくさん。


こういう時に、48歳の経験豊富なサルディは頼りになります。どこからともなく、プライベートのトライシクル(オート三輪)を見つけて来て、シライまでの配送を依頼。サルディはそれに同乗して、私は往路と同じくGrabで帰宅。

結局、戻ったのは夕方4時過ぎ。電気材料を買い付けるだけで、ほぼ半日。暑さが堪えた1日がようやく終わった感じです。


5/3〜5/4の出費

電気材料一式:45,580ペソ
電気材料運送費:700ペソ
グラインダー交換部品等:295ペソ
大工さん給料:11,850ペソ
サルディーの手間賃:300ペソ

計:58,725ペソ

本日までの合計:318,695ペソ


2019年5月2日木曜日

積むぞブロック、フィリピンの大工


狂犬病の予防接種やら、日本の改元の話題を投稿している間も、裏庭でのゲストハウス建設は、順調に推移しております。先週後半辺りからは、フィリピン的家作りのハイライトとも云うべき、ブロック積みが急ピッチ。

日本で鉄筋コンクリートの施工って、あんまりよく知らないんですが、普通は、壁もパネルで囲って、柱や梁と一緒にコンクリート打ちしませんでしたっけ? 一般住宅の壁で、ブロック積むやり方は、あんまり見た記憶がありません。

まぁ、日本での施工方法はともかく、フィリピンで家を建てるとなると、鉄筋コンクリートで柱や梁を作り、壁はブロックが一般的なようです。第二次大戦前などの古い住居では、一階をコンクリート、二階を木造、というスタイルも残っているものの、これらは、すべて、大金持ちの豪邸や商業建築。作りがしっかりしていて、手入れも行き届いているからでしょう。

もしネグロスで、日本式に木造建築作ったら、まず大部分は、シロアリにやられること間違いなし。材木への薬品塗布で何年かは凌いでも、年中、高湿・高温なので、結局は10年かそこらで、建て替えを余儀なくされそう。

前回、母屋建設の時と同じく、ブロック積みになった途端、大工さんが生き生きしているように見えます。作業もぐんとスピードアップで、100〜200個単位で購入するブロックが、すごい勢いで減って行く。袋詰めのセメントも同様です。

機嫌よく仕事をしてくれるのはいいけれど、相変わらずブロックの積み方は雑ですね。今回雇った大工さんが、特別に下手なわけではなく、他の現場でも似たようなもの。どうせ最後にはセメントで塗り込めてしまうので、丁寧にやっても無駄、ということなのか。

この時期になると、施主 兼 現場監督として気を付けるのは、窓や扉の位置確認。あんまり考えずに、どんどん作業を進めるもんだから、下手をすると、窓のない監獄のような家になってしまう。ここ何日かで、数カ所の間違いを指摘しました。

そんな荒削りな仕事振りでも、壁で区切られると、素人目にも間取りがはっきりしてきます。さすがに図面を書いた本人である私は、だいたい予想していた通りとは言え、このタイミングで、家内に確認を取るのは、重要なプロセス。

よくあるんでしすよね、図面で納得していても、現物ができてくると、「思ってたより狭い」とか「こんな筈じゃなかった」なんてのが。この段階で、間取りの根本的な変更は無理でも、内装が進む前なら、それほどの手間とお金をかけず、多少、壁や扉の位置を動かすことも、できない相談ではない。

その点、今回のように、大工さんを直雇いなら、かなり融通か効きます。建設業者に丸投げ・先払いの「パッキャオ方式」だと、大揉めになるかも。タチの悪い相手なら、とんでもない額の追加請求とかもありそう。

ちなみにこのゲストハウス、以前にも書いたように、間取りは、私が生まれた時から30歳過ぎまで住んだ、兵庫県尼崎市内の実家を再現したもの。夕方、大工さんが帰った後など、一人佇んで、昔の思い出に浸ったり。ここの縁側から落ちて怪我をしたとか、この柱の前で、かぁちゃんに布団叩きでシバかれたとか...。


4/27〜5/2の出費

ブロック・タイプ4(400個):4,400ペソ
ブロック・タイプ6(200個):3,600ペソ
砂(各9立米):5,850ペソ
セメント(50袋):11,100ペソ
グラインダー替え刃(30枚):330ペソ
ブロック切削用替え刃:165ペソ

大工さん給料:14,700ペソ

計:40,145ペソ

本日までの合計:259,970ペソ


2019年4月30日火曜日

フィリピンで迎える平成最後の日

まぁ実際問題として、20世紀から21世紀、昭和から平成になったと言っても、何かが変わったわけではないんですよね。何年、何十年と経ってから、20世紀は「ナントカの時代」だったとか、「激動の昭和」なんて、それらしく意味づけできても、リアルタイムには無関係。特に今の私は、日本から離れてフィリピン、ネグロス島に住んでいることもあり、蚊帳の外状態。

ただ前回の改元時、昭和天皇崩御の当日のことは、かなりはっきりと覚えています。1989年の1月7日、私は26歳。あの日は土曜日で、週末には、当時付き合っていた彼女のアパートにお泊まりするのが習慣になってました。我ながら、若かったですねぇ。

もう天皇の病状は絶望的で、いつ亡くなるか時間の問題。朝、少し遅めに目を覚まし、FM大阪の番組を聴こうと、ラジオのスイッチを入れた瞬間、「異変」に気づきました。この時間なら、桂文珍さん(上方の落語家)がDJを務める番組のはずが、クラシック音楽のみ。阪急百貨店のコマーシャルもなし。(文珍さんの番組は、阪急百貨店がスポンサーでした。)

テレビを見ても報道番組ばかりで、これまたCMシャットアウト。これが、何日も続くことになる「自粛」の始まりでした。インターネットは普及前で、仕方なくレンタルビデオ屋さんに行ったら、考えることはみんな同じ。目ぼしい映画は全部貸し出し中。天皇が亡くなると、日本はこうなるのかと実感した次第。

自宅に戻ってから何をしてたかの記憶は、さすがに定かではありませんが、昼過ぎか夕方にテレビで生放送された「平成」発表のシーンだけは、脳裏に焼き付いています。それを発表した官房長官、後に「平成おじさん」と呼ばれた、小渕恵三氏の顔も。

あの日は、書道の師範免状を持っている母が、近所の子供を自宅に集めての書道教室の日。家でテレビを見ていたのは私だけだったので、隣室の母に「新しい元号は『へいせい』やて」と教えに行きました。「なんか変な語感やなぁ」というのが、私も母も共通に感じたところ。すぐに慣れましたけど。

さて、同衾する彼女と、1月初旬の寒い朝に迎えた昭和最後の日。それから30年後の平成最後の日は、真夏のフィリピンで、前日と変わらぬ、熱帯の太陽が昇る朝からスタートということになりました。


今日、平成31年4月30日朝の風景
ほぼ快晴で真夏の青空です。

さて、新しい今上陛下は、私より2つ年上なだけ。「現役」の重圧から解放されて、呑気な退職者生活を過ごしている我が身と比べて、これから、ものすごい重責を同世代の人が背負っていかれることを思うと、何とも言いようのない気持ちになってしまいます。


2019年4月28日日曜日

10連休のインパクト


今年は天皇の生前退位と、新天皇の即位という特別な行事で、日本は10連休なんだそうですね。ネットの記事を見ているだけでも、かなり前から、10連休をいかに過ごすか、どこへ行くかと、ずいぶんとざわついてました。

私が日本に住んで働いていた頃、図体のデカい会社に所属していたこともあり、9〜10連休は珍しくなかった。こう書くと、各方面から反感を買いそう。

私が勤めていたのは、某電気製品メーカー。1980〜90年代の前半ぐらいまでは、海外生産が進んだとは言え、まだ相当な規模の工場が国内で稼働していました。休日の基本はこの工場労働。要するに生産ラインの効率的な運用が最優先。

飛び石連休だからと、日替わりで動かしたり止めたりは、非効率的。なので、一斉年休や特別休日を設けて、ゴールデンウィーク、盆休み、年末年始は、無理やりにでも1週間以上の連休にしてしまう方が経費の節約になるという理屈。

ところが、工場は全部海外に出て行って、オフィスワーカーばかりなのに、この古い慣習が続いたのはご存知の通り。こうなると、形骸化した休みのフレームを守るためだけに、連休中は下請けさんに仕事を丸投げ。盆暮れでも中小企業は休めないという、よくある話になってしまうわけです。

これだけインターネットが普及して、多くの職種・職場で、在宅勤務やフレックスタイムも導入できるんだから、別に土日とか国民の祝日に縛られず、従業員の都合で変えられるようにすればいいのに。これが本当の「働き方改革」のはずで、労働時間、残業時間に枠を嵌めることじゃないだろうと思います。

そもそも、なんで全員一斉に同じ日程で休もうとするんでしょう。ものすごい混雑の中、必死の形相で新幹線に乗ったり、行列に並ぶためのようなテーマパークに出かけたり。昔から不思議で仕方ありません。

それもかつての日本や、今のフィリピンのように、遠方に離れて暮らす、家族や親戚が年に数回集まる、とか言うのならともかく、義理親には会いたくないと、大量の恨みつらみがネットに投稿されるご時世。現代日本人の休み方は、「みんなで不幸になりましょう」キャンペーンにしか見えない。

ちなみに来月、私たち家族は、移住後7年目にして、初めて家族3人で同時に一時帰国をします。そのために家内は、勤め先のフィリピン教育省を2週間お休み。手続きには手間がかかったようですが、別にルール違反でもなく、日本のような「空気を読め」プレッシャーは皆無。

もうそろそろ日本も、周囲と違う日に休むのは当たり前に、また、長時間労働より、他人より早く仕事を終わらせることに価値を見出す社会になっても、良さそうな時代なんですけどね。10連休程度で大騒ぎするのは、ちょっと情けない気がします。


2019年4月27日土曜日

狂犬病の「戸別訪問」予防接種

今を去る事かれこれ24年前の1995年。生まれて初めての東南〜南アジア業務出張。当時勤めていた会社が置いていた、マレーシア・クアラルンプールの拠点を中心に、シンガポール、バンコク、ジャカルタ、そしてマニラ。さらにインドのデリーとムンバイを回って1ヶ月。日本を出たのが金木犀の季節で、帰ったらもう師走というタイミングでした。

これが忘れもしない、私のフィリピン初渡航。インドと並ぶニノイ・アキノ国際空港の暗さ、汚さや、交差点で車が信号待ちをする度に集まってくる子供の物乞い、現地駐在社員に連れて行かれた、夜の街の猥雑さ...。思い返せば悪い印象の方が断然多かった。

中でも、どこにでもいる野犬の数には、かなり驚きました。もっともこれはマニラだけの話ではありませんが。都市部の野良犬って、どこの国に行っても痩せて、生活に疲れたような顔つきばかり。皮膚病を患っている個体も目立ったし。

それから四半世紀近くが経ち、いろんな成り行きが重なって、私はフィリピンに住んでいます。景気が上向き、大統領が代わって、昔に比べればずいぶんと暮し向きが改善。場所によっては、かつてのスラムが、小綺麗な住宅地に変わったり。それは田舎のネグロスも同様。

ところが野良犬に関しては、ほとんど状況に変化はなさそう。私がいるサブディビジョンは、生活に余裕があって、野犬に餌をやるような人もいるので、あんまりガリガリだったり、皮膚がボロボロというワンさんは少ないけれど、相変わらず、小さな子供ばかり外で遊ばせることはできません。

言うまでもなく、これは狂犬病を恐れてのこと。

私は犬が苦手ではなく、自宅でも「ゴマ」と名付けた雑種を一頭飼ってます。でもさすがに、いくらおとなしそうでも、飼い主がいない犬に近づいたり、触ったりする気にはなりません。


我が家のゴマ

JICAのレポートによると、フィリピンでは今でも年間200〜300名もの死者を出している狂犬病。WHO(世界保健機関)が「顧みられない熱帯病(Neglcted Tropical Disease)」に指定しているそうで、マラリアやデング熱などに比べると、対策が遅れている熱帯性の感染症ということらしい。発症すれば、死亡率ほぼ100パーセントという恐ろしい病気です。

そのJICAの協力もあってか、最近は、このネグロス島でも狂犬病撲滅に向けての取り組みが活発化しています。

飼い犬を連れていけば、予約なしで予防接種をしてくれるサービスというのが、その一つ。もちろん無料。「近所でこんなのやってるよ」と家内に教えてもらい、それなら今度メイドのライラにゴマを連れて行ってもらおうと思って、何となく忘れてたら、先週「訪問」予防接種が来ました。

アポなしのいきなり訪問だったので、タイミングが悪く私はトイレ中(しかも大)。子供に「ゴマの予防接種に来たよ」と扉越しに言われても動けません。まぁ、そのうちまた来るだろうと、急ぐこともなく用を足し終わったら、予防接種は済んでました。

メイドのライラに聞いたら、やって来たのは一人で徒歩。カバンに注射器を忍ばせての往診(?)だったみたい。「今日、シャワーはだめね。」と言い残したそうです。日本で戸別訪問はあっても、呼ばなけれ来ないでしょう。

でも考えてみたら、こうでもしない限り、フィリピンで自発的に飼い犬を予防接種に連れてくる飼い主は少数派(特に貧困層)。いつまで経っても、狂犬病撲滅は実現しないんでしょう。

ちなみに野良犬の捕獲もたまに実施されているらしく、シライ市内で、捕まえた野良と思われる犬を、荷台の檻にたくさん積んだ、軽トラックを見たことがあります。やっぱりみんな殺処分されちゃったのかなぁ。


2019年4月26日金曜日

呪術的な地鎮祭


鉄筋の柱が立ち、地中梁設置の作業も進み、今週は、ちょっと遅めの地鎮祭となりました。母屋を建てた時と同様に、生きた鶏の首をはねて、血を敷地に撒く儀式。土地の精霊に、お騒がせの謝罪をするという趣旨は、日本の地鎮祭そのもの。ただし血を汚れとする日本の神道ではありえない、とても呪術的なやり方。

6年前にも投稿しましたね。(これがフィリピンスタイル

今回はそれだけでなく、コンクリート打ちに先立って、柱の根元にお供えも。何を供えるかと言うと、櫛に綿、そして25センタポ硬貨。このコインは金色で、ぱっと見が金貨っぽいためか、結婚式でのお祝いに使われたりもします。一種の縁起物みたいなものなんでしょうね。

分からないのは櫛と綿。私の想像では、精霊は女性で、お化粧の道具をお供えすると、機嫌が良くなるからかも知れません。こういう事になると、やっぱり地元の人に任せるのが一番。平日の日中は仕事で不在の家内に代わって、メイドのライラに、必要な物を買いに行ってもらいました。



ふ〜ん、お供えの櫛だから手作りかと思ったら、プラスティック製の派手な色。それを綿とコインをビニール袋に詰めて、柱の数だけ用意するんですね。ちょっと安っぽい感じ。ちなみにこの儀式、カトリックとは何の関係もないようで、神父さんではなく、大工さんが自分で執り行います。

ということで、無事、地鎮祭も済んで、残った鶏さんはありがたくお昼のおかずに化けました。さばくのも料理も、これまたライラに一任。パパイヤや野菜と煮込んで、美味しいチキンスープの出来上がり。大工さんにも振舞います。


おかげで、精霊さまのご加護もあってか、工事は順調に推移。セメントも鉄筋もガンガン消費して、ATM通いの毎日です。


相変わらずヘルメットなしの
サンダル履きで高所作業

以前にも書いた通り、カード2枚を使ってATMで下ろせるキャッシュの上限が1日6万ペソ。そしてフィリピン紙幣の最高額は1000ペソなので、1回ATMに行くと札束状態。日本円なら13万円ぐらいでも、手に持った感じは100万円相当。輪ゴムで止めたら自立しました。


数年前、振り込まれた退職金の一部300万円を、諸般の事情で現金化してカバンに入れた時の緊張を思い出します。ただ、フィリピン紙幣って何となく玩具っぽい。一万円ほどの重厚感はないので、緊張も半分くらい。

4/18〜26の出費

角材 2x2 100本、1x2 30本:18,400ペソ
鉄筋 150本とワイヤー:35,200ペソ
鉄筋 20本追加:3,920ペソ
砂利・砂(各6立米)・ブロック200個:15,900ペソ
セメント 50袋:11,100ペソ
大工さん給料:6,000ペソ

計:90,520ペソ

本日までの合計:219,825ペソ


2019年4月24日水曜日

やっぱり地震は怖い


地震で倒壊したスーパー
出典:ABS-CBN

聖週間休暇が明けたと思ったら、いきなり地震二連発に見舞われたフィリピン諸島。月曜日はマニラ首都圏を含むルソン島で、火曜日には、東ビサヤのサマール島。両方ともマグニチュードが6を超え、震度は3〜4。場所によっては震度5に達したという情報も。

過去、このブログでも何度か取り上げた、フィリピンでの地震。日本と同様、火山島の集まりのような国土なので、当然のように噴火も地震も多発します。ただ、相対的に日本ほどの頻度ではないせいか、歴史的に大地震があった場所でも、災害に対する警戒度はずいぶんと低い。

私たち家族が移住した2013年にも、ネグロスの隣島ボホールを震源として、セブなどに死者を出す被害をもたらした地震があったばかり。それなのに、建築物の設計・施工の際に耐震基準を厳しくした、なんて話は、ついぞ聞いたことがありません。

折しも、私は新しい家を建てている真っ最中。せいぜい100平米もない平屋でも、鉄筋コンクリートの地中梁を採用を要望したら、申請図面を書いてもらった地元の建築士には驚かれ、家内には「お金がもったいない」と嫌な顔をされました。やっぱり自分と家族の安全は、自分の意思で守るしかないのが、フィリピンということでしょうか?

確かに梁を増やせば、鉄筋、セメント、砂利に砂、枠を作るための角材や合板、加えて手間が増えるのは間違いありません。日々、建材屋さんに材料を注文し、その度にキャッシュで支払っているから、その実感はすごくあります。

ということで、話は移って工事について。
4連休明けになった昨日の月曜日。どうも休み明けに弱いフィリピンの人々。案の定、大工さんが6人来る予定なのに、3人だけの片肺飛行。

今までも聖週間やクリスマスなどの1週間前後の休みの後、住み込みメイドが田舎から帰ってこないことが多かった。数日から時には1週間もズルズル休暇が延長。うち2人のアミーとネルジーは、結局そのまま辞めちゃったし。

オフィスでも似たような事情で、「会社行きたくない病」が蔓延するらしい。まぁ気持ちは分かりますけど。

地震のことも重なって、何となく嫌ぁな雰囲気の週明けでしたが、火曜日には新規加入の2名を含めて、6人全員が元気に出勤。一人は力仕事専門のヘルパーさんで、もう一人がバイクに乗って颯爽と登場した大工さん。金槌などいい道具を持参し、なぜか作業中は麦藁帽子。

ちなみにフィリピンでは、道具を持たない大工さんも多くて、クライアントが貸したり買ったりするケースもあります。


マンパワーが5割り増しの昨日、例の地中梁の作業も一気に進みました。ヘルパーさんが人間パワーショベルの如く、溝をガンガンと掘って行き、棟梁のリトが鉄筋を組んで、新しい大工さんが仮枠を作っていくチームプレー。ただの空き地が、見るからに「工事現場」の様相を呈してきました。




この調子で、少々の地震にはビクともしない、丈夫な家をよろしくお願いします。


2019年4月21日日曜日

炎熱ホーリーウィーク

今日(2019年4月21日)はイースター。十字架で死んだイエス・キリストが3日目に復活したことをお祝いする日曜日です。カトリック信徒が人口の8割を占めるフィリピンでは、このイースター前の1週間、ホーリーウィークは、時期的に日本のゴールデンウィークのように、里帰りや旅行が集中します。

4〜5月が夏休みなので学校はもちろんお休み。オフィスなども水曜日か木曜日から休業になる場所が多く、特にイエスさまが亡くなったとされる「聖金曜日」は、スーパーや個人経営の商店に至るまで、ほぼ全面的にクローズ。

金曜日夜から土曜日の日中は、1年に1度だけ神さまが不在。教会でミサが行われない日。さすがにカラオケや屋外ディスコも、この24時間だけは鳴りをひそめる、フィリピンでは貴重な静かさが訪れます。

そんな例年通りのホーリーウィーク〜イースターだったのですが、今年はやけに暑い。前述の通り、フィリピンでは真夏で連日暑いのは当たり前ながら、2013年1月の移住以来、一番暑いような気がします。

お天気アプリを見ると、ここネグロス島シライの最高気温は30〜34度。最近の日本、特に大阪や東京などの大都市なら、盛夏には35〜40度が珍しくなくなったので、それに比べるとずいぶんマシだと言われそう。


その上、地面を全部アスファルトやコンクリートで固めた大都市とは異なり、市街地以外は、全島サトウキビや森林に覆われたネグロス島。日中はいくら暑くても、日が沈むと一息つけるぐらいに気温は下がります。夜中でも30度超え、みたいなことはありません。

それでもやっぱり、暑いものは暑い。自宅新築後5年目の昨年、ようやく4つの全寝室に取り付けたエアコンが、この夏は大活躍。この新しく買った日立の機種は、なかなかのヒット商品みたいですね。日系メーカーなのに安いし、運転音が静か。何より電気代控え目。今建てているゲストハウス用にも、3台まとめ買いをしようかと思っています。

ちなみに、ネグロスでは、ちょうど工事を始めた4月の第2週は、毎日曇ったり、夜間には土砂降りだったりが続きました。マニラやセブでは、酷暑や水不足に悩まされていることを思うと、ここは恵まれているのかも知れません。

ということで、ホーリーウィークも終わり、明日からは工事も再開です。少々の暑さは凌ぎますので、この晴天を活用して、作業がはかどりますように。


2019年4月18日木曜日

柱がにょきにょき

この日曜日(4月14日)に、カトリックの暦では「枝の主日」を迎え、キリストの復活を祝うイースター前の「ホーリー・ウィーク」(聖週間)に入りました。

フィリピンでは、聖木曜日の今日4月18日から週明けまでがお休み。我が家のゲストハウス新築工事も、ついでに反対隣の大工さんたちも4連休。やかましいラジオに文句を言わなくてもいいので、かなりホっとしております。

先週、ずいぶんたくさん建材を買ったので、今週はもう大丈夫だろうと油断していたら、セメントの配達が遅れるし、棟梁のリトからは「鉄筋が足りない」との直訴。仕方がなく急場凌ぎで、近所のお店で材料購入。手持ちの現金がかなり寂しくなってしまった。これでは砂利と砂、コンクリートブロックの支払いができません。

大慌てでシライ市内の銀行に走ったところ、タイミングの悪いことに、その日は3ヶ月に一度の4Ps(フォーピース)の支給日にぶち当たり、どの支店も建物を人が取り囲むほどの大行列。あっちゃ〜〜。

フォーピースとは、Pantawid Pamilyang Pilipino Program(フィリピン家庭の架け橋プログラム)の頭文字、4つのPから来た愛称。かんたんに言うと、貧困層の子育てを支援するために、年に4回、14歳までの子供一人につき、政府が1,500ペソを支払う制度。

私も詳しくは知らないけれど、最寄りの指定金融機関が窓口なんでしょうね。我が家のメインバンクであるメトロポリタン銀行を始め、大手の銀行はどこも、エラいことに。

それでもツケで配達をしてくれるのは、事情をよく知るご近所の業者さん。また「日本人=お金持ち、金払いがよい」という、フィリピン国内に今も流布する神話にも助けられた格好。おかげさまで工事が滞ることもなく、聖週間休み前に鉄筋の柱9が、にょきにょきと立ちました。




遅れて配達のセメント50袋
炎天下、すごい重労働

水曜日には無事、銀行でお金を下ろすこともできて、大工さんへの週給含めて、支払いは全部完了です。

4/15〜17の出費

セメント6袋:1,350ペソ
セメント運送費(トライシクル):50ペソ
コンクリート運搬用コンテナ4個:200ペソ
鉄筋20本:6,920ペソ
砂利・砂(各3立米)・ブロック200個:8,500ペソ
大工さん給料:6,000ペソ

計:23,020ペソ

本日までの合計:129,305ペソ


2019年4月17日水曜日

私的フィリピン美女図鑑 白いノースリーブ


このところ10日から2週間ぐらいで、コンスタントに更新しているフィリピン美女図鑑。今回は、アニメ・キャラクターのコスプレとか、映画・ドラマの主人公などのバックストーリーはやめて、シンプルにフィリピンの有名な女優さんを描いてみました。

以前にも、宇宙戦艦ヤマトの、スターシャ森雪になっていただいたリザ・ソベラーノ嬢(Liza Soberano)の再登場です。

フィリピンに住んでいる方なら、テレビCMやポスター、映画にドラマなどで、一度は見たことがあるはず、というほどの今が旬の人気女優。フィリピン人の父と、アメリカ人の母を両親に持つ、アメリカ・カリフォルニア生まれの21歳。13歳の頃からフィリピンでテレビに出ていたそうなので、この若さにしてもうベテラン女優。

素材の魅力は申し分ないし、コスチュームに関する制約も取っ払ったので、このイラストについては、私個人が感じる「萌え要素」をてんこ盛りに。

まずは白いノースリーブ。
きわどいビキニとか、セミヌードに近い女性ばかり、立て続けに描いていたせいか、ほんの少し手や胸元が露出した姿が、妙にセクシーに感じてしまいます。特に白い服は、ボディラインがはっきり出るので、さらに効果が高い。もう視点が完全にオっさんそのもの。

そして長い黒髪は、フィリピン女性の定番で、それに加えてポニーテールにしたところがポイント。これだと「うなじ」や「後れ毛」を自然なポーズで表現できます。

最初は髪飾りやピアスなど、凝ったアクセサリーを付けようかと思ってましたが、描いてみると、それも不必要に思えてきました。


ということで、今日はイラストそのものだけでなく、解説文もあっさりシンプル。たまには、こういうのも悪くないですね。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。
王女カンシライ
マイティ・フィリピーナ
クリスティン
サウンド・オブ・パラダイス
フィリピーナ in キモノ
マニラ・ガール
スーパーの警備員
タクロバンの薔薇
ジュリア・バレット
オフィレニア5人姉妹
ホワイトレディ
メイン・メンドーサ
スーパーの警備員 再び
日比カップル
人造人間キカイダー
ゴースト・イン・ザ・シェル




2019年4月15日月曜日

やまかしい現場


今日は自分が施主をやっている方ではなく、2月から新築作業が始まった、反対側の隣家について。

工事現場がやかましいのは、どこの国でも当たり前。コンクリートをミキサーで混ぜたり、グラインダーで鉄筋を切ったり。いくら神経質な私でも、そんなことに目くじら立てたりはしません。勘に触るのは、大音量で流されるラジオ。

フィリピンの人たち、特に貧困層生まれの場合、音に対する感覚が大らかと言うか、相当なボリュームで音楽を流していても、まったく気にならない人が多い。おそらく、子供の頃から隣近所でカラオケやってたり、野外ディスコで騒ぐことに慣れてるからでしょうね。

仕事中にBGMが必須なのは、私も同様ながら、大声出さないと会話もままならないようなレベルとなると、もはや音楽ではなく騒音。前述の機械的なノイズは聞き流せても、歌声やDJの語りを、音量を振り切ったひどい音質で聴かされては、堪ったものではありません。

そもそも人間の耳って、人の声には敏感に出来ているみたいですね。

また、隣人が雇った大工さんは「ステイ・イン」。住み込みメイドさんをステイ・インと呼ぶように、現場の敷地内にトタンと角材で建てたバラックに、大工さんが住み込むスタイル。工事時間中だけでなく、深夜や早朝までラジオ三昧。

さすがにこれでは、摩擦を起こしたくない私でも、文句を言わざるを得ない。

最初は「音量を小さくしてください」と下手に出てました。その時には対応してくれても、しばらくすると、あるいは翌日には元の木阿弥。こっちの口調もキツくなってくる。

そうなると家内から、まるで私の方に落ち度があるように、喧嘩になるから宅地の警備員に言ってと、レフェリーストップ。なんか以前にも同じようなことがありましたね。(深夜の轟音、隣の鶏舎)ついには、宅地の管理事務所にクレームを入れるまでに。

それから1週間ほどは平和だったけれど、また数日前からラジオの音。困ったことに、家内もメイドのライラも、私とは騒音への耐性がまったく異なっているようで、私がなぜ腹を立てるのか理解不能。孤立無援なつらい状況となっております。今朝も6時頃に、とうとう「ラジオを止めろ!」と直言。

建て込んだ住宅地のど真ん中なら仕方ないですが、それが分かっていて、閑静さが売り物の、シライ市内で一番の宅地で、さらに一番高額な物件を購入した経緯があります。つまり静けさを買ったようなもの。

隣の工事が終わるまで、おそらくまだ3〜4ヶ月はかかるでしょう。しばらく、不毛で不快な闘いが続きそうです。


2019年4月14日日曜日

最初の給料日


この土曜日(2019年4月13日)は、裏庭でのゲストハウスの工事が始まって以来、最初の給料日でした。

日当制で、棟梁リトの1日500ペソ(約1,100円)を筆頭に、大工さんは470ペソ、ヘルパーと呼ばれる力仕事専門の人は350ペソ、という具合に分けています。本来ならば、毎日手渡しても良さそうなところ、6年前に母屋を建てた時と同様に、週に一回、まとめて支払い。

これって、フィリピンのどこでもそうなのか、それともネグロス島とかシライ市のローカル・ルールなのかは不明。

まぁ、毎日渡したら、家に帰る前に酒代に消えてしまう人も多そうだし、一月待たせると、マジで家族の食費がない、なんてことも。そう考えると週給にするのが、一番妥当なやり方なのかも知れません。まず大工さんって、銀行に口座持ってる人は、滅多にいなんじゃないかと思います。

工事の方は、掘り方がだいぶ進んで、合計15本のうち、13本分の柱の基礎部分は終わり、金曜日午後に納品した鉄骨を、切ったり曲げたりの作業にも着手。週明けには、地中梁の掘り方に移行できそうです。



ちなみに、こちらでは何も言わないと、鉄筋コンクリート2階建ての住宅でも、柱周囲や底だけを固める、独立基礎にしてしまうらしい。日本ほど地震は多くないフィリピンとは言え、ネグロスや隣島のボホール、セブでも、ここ10年ほどの間に、建物の倒壊で死者が出るような地震が散発。

なので、今住んでいる母屋もそうだし、平屋の新規ゲストハウスも、地中梁にしてくれと、申請図面を描いてもらう時にお願いした次第。その図面を見ても、リトは地中梁だと思ってなかったみたい。

そして今日、日曜日。カトリックではイースター(復活祭)の1週間前に当たる「枝の主日」。作業はお休みですが、朝8時から、レギュラー4人の大工さんとは別に、6名のヘルパーが集合。敷地のど真ん中に設置してあるバンブーハウスを、工事の邪魔にならない位置への仮移動です。

いくら竹製でも、4人では運べない重量なので、大工の一人、マーロンくんの従兄弟たちに声をかけてもらいました。そのために前日、竹4本を購入済み。これを適当な長さに切って差し込み、お神輿のように担ぎ上げるわけです。この仕事には一人200ペソ。1時間もかからず完了。




ということで、久しぶに施主役の、最初の長い1週間が終わりました。

4/12〜14の出費

大工さんのサブディビジョン(宅地)入門ID制作費:300ペソ
大工さんの給料:8,450ペソ
竹4本+運送費:700ペソ
バンブーハウス移動工賃:1,200ペソ

計:10,650ペソ

本日までの合計:106,285ペソ


2019年4月11日木曜日

疲労困憊の現金払い

昨日と今日(2019年4月10〜11日)連続で、新築するゲストハウスのために建材を買いに走りました。

現在作業中の4人の大工さん。その棟梁、リトに書いてもらった建材リスト。ベニヤ板、コンクリートブロック、材木、各種サイズの鉄筋などなど。そんなに大きな家ではないけれど、何十、何百の単位で購入するから、結構な金額が必要になります。

昔に比べれば、ある程度はカードを使える店が増えたとは言え、ショッピングモールや大きなレストランばかりで、建材屋さんとなると現金のみがほとんど。建設業者をパートナーにする大手の総合建材店ですら、キャッシュカードだと割高になったりする。

結果、私のように業者を通さず、大工や職人を直雇いする施主は、大枚の現金をカバンに忍ばせて、あちこちのハードウェア店(こちらでは建材屋さんをそう呼びます)を駆け回ることに。今日のように、買い付け先が隣街の州都バコロドなんて日には、マジでドライバーと私設秘書が欲しいぐらい。

そんな貧乏施主の買い付けは、早朝、銀行のATMで現金を降ろすことから始まります。なぜ早朝かと言うと、ビジネスアワーだと混むんですよ。銀行はざっと10店舗はあるシライ市内でも、各店には1〜2機しかATMがありません。それもすぐに現金がなくなって「オフライン」。

1箇所がダメで次へとなると、昼間ではどこも長蛇の列。特に月に2回の給料日直後とか、年金の支払い日に重なると、もう絶望的な状況。人の少ない時間帯でも、深夜に現金を持ち歩くのは、危なすぎる。なので早朝、となるわけです。

しかも、カードで降ろせる金額は、1日30,000ペソ(約7万円弱)が上限。家内のカードを併用しても60,000ペソまで。何とかなりませんかね、この不便さ。

さらに追い討ちをかけるように、フィリピン紙幣の最高額が1,000ペソ。ATMだと500ペソが混じることがあって、60,000ペソも降ろすと、財布がパンパン。まるで100万円ぐらい持ってる感じで、それだけでも恐ろしい事この上なし。

さて、今日行ったバコロドの建材店の名前が「トライアンフ(Traiumph Hardware)」。「勝利」とか「大手柄」を意味する少々古めかしい言い方の英語。ここ何年かの好景気と建築ラッシュで、名前の通りの大成功を収めているようで、6年振りに行った店は、専用の大きなビルに移転してました。ちょっとしたホテルのロビー並みでびっくり。以前は小汚い村役場の受付、みたいな風情だったんですけどね。

そこで、リトが書いたリストそのままに注文したら、総額8万ペソ以上!。全然足りんがな。仕方がないので、量を半分に減らし、残りはまた来週ということに。電話での発注もできなくはないれど、支払いは銀行経由になって、かなり面倒。やっぱりもう一度、足を運ばないとダメのようです。

ちなみに昨日は、大工さん1名を伴ってシライ市内の建材店3箇所のハシゴ。ある店では、量が半端でトラックによる配送を断られて、道を走っているトライシクルを捕まえたり、砂利と砂では足し算間違えで、2,000ペソも過剰請求されたり。一瞬も気を抜けません。


超フィリピン的な
ベニヤ板の運送風景


ちょっと使い方が違うような気が...。


すごくフレンドリーなブロック屋さん


コンクリートブロック
こちらでは通称ハロ・ブロック
(Hollow Blocks)



そんなこんなで、夕方には疲労困憊。晩ご飯調理の途中にヘタリこんでしまった。食後は、犬の餌やりも忘れて、7時過ぎには爆睡。曇りがちの天候で、時折雨の蒸し暑さもあったし、何より気疲れでしょうね。久しぶりの10時間睡眠。

ということで、しばらくは週一程度で、建材の買い付け仕事をこなす日々となりそうです。


4/10〜11の出費

申請図面への弁護士確認の諸費用:1,900ペソ
ベニヤ板10枚:3,500ペソ
ベニヤ板運送費(トライシクル):100ペソ
角材(2x2x10)100本:16,000ペソ
砂利3立米・砂3立米・ブロック100個:7,400ペソ
シャベル等の工具一式:1,355ペソ
鉄筋、コンクリート釘等(トライアンフ):42,000ペソ
大工さんへの支払い:2,000ペソ

計 74,255ペソ

本日までの合計 95,635ペソ(約200,000円)