前回、政治向の話が続いたので軽い話題を...と言った舌の根も乾かぬうちに、韓国でたいへんな騒ぎが起こってしまいました。フィリピン人にもトラウマになっている「戒厳令」が、21世紀になって25年近く経った今、再び人々の耳目を集めることになろうとは。
フィリピンでも、Kポップや韓国発のネットフリックスドラマは人気です。さらに、たくさんの韓国人観光客が押し寄せるため、日頃から韓国への関心はとても高い。さらに偶然ながら、ちょうど1960〜80年代に、戒厳令を悪用したリーダーによって国民が苦しみ、80年代の中頃に民主化を果たしたという共通体験があるせいか、この事件もテレビやネットで大きく報道されました。家内も夜中までスマホ片手にニュースを追いかけてましたね。
結果的には、大統領の暴走、あるいはクーデターとも言える戒厳令は、国会によって否決され、一夜明ければ戒厳令解除。おそらく大統領は早晩、その職を追われることになるでしょう。NHKのインタビューに応えた、神戸大学教授の解説によると、政治的に追い詰められた大統領が、周囲をイエスマンだけで固め、現実的な思考ができなくなり、北朝鮮の謀略が背後にあると本気で信じて、今回の暴挙に至ったのではないか、とのこと。これでは、YouTube動画で陰謀論を妄信してしまう、そこら辺のジイさんと同じです。
もちろん大統領一人の思いつきではなく、軍や警察など治安に当たる組織の上層部が同調したのは間違いないんでしょうけど、フタを開けてみてば、現場の指揮官が見事にトップの思惑を裏切り、あっさりと国会に議員を入れてしまったのが失敗の原因。まだ光州事件の記憶も生々しいですから、ある意味当然の結果だったのかも知れません。
かたやフィリピンも、決して他所事ではありません。こっちは副大統領のサラ・ドゥテルテが、大統領の暗殺を仄めかし、弾劾を受ける状況となっているし、10年近い戒厳令で独裁をほしいままにしたマルコスは、現大統領の実父。韓国が、国会でのブレーキはあったとは言え、戒厳令発布の権利を大統領に残したままだったのに驚きましたが、ここフィリピンでは、つい数年前にドゥテルテ前大統領が、ミンダナオ限定ながら戒厳令を出したばかり。こちらも、やろうと思えばできる状態なんですよね。
もし同じようなトップの暴走があった場合、フィリピンではそれを止める安全装置的な法律やシステムはあるんでしょうか? 家内曰く「よう分からんけど、最近はアホが多いから、たぶん止まらんと思う」だそうです。怖ぁ。韓国人と違い、歴史から学ぶのがあまり上手とは言えないフィリピン人。マルコス独裁の苦い経験を、若年層に伝えることに見事に失敗してますからねぇ。
そしてわが母国の日本。高校の日本史で、日本で戒厳令があったのは、関東大震災と二・二六事件だけと習いましたが、今回ネットで調べてみると他にもいくつか例があり、かつ、韓国やフィリピン、その他外国と比べたら、厳密な意味での戒厳令とは違うらしい。ただ少なくとも、今の日本国憲法下では皆無。
しかしながら、隣国でこういうことがあると、やはり気になるのが改憲の動き。一般的な解釈として、現行憲法では国による戒厳令を認める「国家緊急権」は無い、とされているんですが、自民党による改憲草案には「緊急事態条項」が盛り込まれ、私個人としては「これはヤバいんじゃないの?」と思いました。
もし緊急事態条項が実現してしまうと、今回のような衆議院での与党過半数割れがあった場合、総理大臣が血迷って「これは某国の陰謀だ、緊急事態だ!」となる可能性も否定できません。今回の韓国での騒動を見て、その思いを強くした次第。
ちなみに、数年前のコロナ禍による緊急事態宣言を、戒厳令と同じだと勘違いしている人がツイッターなどで散見されますが、まったく違います。本気の戒厳令なら憲法が一時停止されて、国家が危険人物と認定したら、その人は即拘束されて軍事法廷送りですからね。