まったく申し訳ないことに、気がついたら最後の更新から丸3ヶ月も経ってしまいました。2013年にこのブログを始めてから、ここまで放置したのは初めてです。
実は今この文章は、私の生まれ故郷の尼崎の実家で書いております。昨年末に申し上げた通り、本当に日本に帰って来てしまいました。とは言え、フィリピンに愛想を尽かして見切りを付けたわけではなく、ネグロスの自宅で介護している実の両親の一時帰国に、たまたま時期が重なり、それに同行しているだけ。
この4月で移住後13年が経過して、14年目に入るタイミング。今までの一時帰国が1週間からせいぜい10日程度だったので、もうそろそろ本格的に「日本成分」を補給しても良いだろうという判断でした。早い話が、自分のメンタルを労ってのガス抜き。
これは、日本で生まれ育ち、年単位で海外在住の方には、実感として理解いただけると思うんですが、理由は何か嫌なことがあったというよりも、溜まりに溜まった心の澱、と言うか、塵も積もれば...的な、押し殺してきた不満を解消するような感じ。ただ一つの大きな理由というわけでもないんですよ。そもそもそんな大きな問題があれば、最初から移住という選択はしてなかっただろうし。
まぁ敢えて言うなら、隣人の騒音で揉めたとか、日本語教師の仕事が上手くいかなかったとか、あるいは台風被害で1週間の停電とかが、たまたま昨年(2025年)に相次いだってのはあります。それが直接のトリガーと言えなくもない。でも、それがなくても、来年(2027年)には、年金の受け取りが始まる都合で、長めに帰国しようかなと思ってました。
そういう流れで、最後のブログを書き上げた数日後の年始早々には、隣街の州都バコロドで、関空までの片道チケットを購入し、2月の中旬に約3年ぶりの一時帰国とあい成った次第。正直に言うと、こんな真冬でなく、4月以降にしたかったっんですが、そこまで都合良くはいきませんでした。
ただ、今シーズン一番の寒波だった、バレンタインデー前後は運良く外れて、セブ空港経由で夕暮れ関西国際空港に降り立ったのが2月18日。この日は「灰の水曜日」と呼ばれる、カトリックでは重要な日で、4月のイースター(復活祭)に向けての準備が始まるとされます。(移動祝日なので、毎年日付は違います)なので本当は、断食とか、それが無理でも3食中の2食は質素な献立が奨励されます。ところが私は、朝昼を空港でガッツリ。夕食は帰国直後に我慢できず、大好きな天下一品の豚骨ラーメンを炒飯セットで食べちゃいましたけど。神さまごめんなさい。
とまぁ、ここまで書いただけで、すでにバレてしまいましたが、フィリピン暮らしで最大の欲求不満要素の一つが食事。何もフィリピンの食べ物がマズいと言いたいのではなく、おそらくどんな国に住んでいようとも、慣れした親しんだ故郷の味から10年以上も遠ざかれば、日本人に限らずそうなるでしょう。
特に、最近はグルメ大国として世界中の旅行者たちにその名が知れ渡った日本食。何がすごいって、純和食だけでなく、日本風にアレンジした外国料理でも、そのオリジナルの国から来た人が驚くほど美味しいこと。最近のユーチューブで定番になってるのが、イタリア人にナポリタンとか、インド人にカレーとか。自国の料理とは別物と言いつつも、美味しい美味しいと食べてしまうんですよね。
そう言えば、まだ家内と日本に住んでた頃、梅田のホテルのレストランで「フィリピン料理フェア」なる催事があって、夫婦で出かけた時のこと。材料や基本的な調理方法は、間違いなくフィリピンのそれなんですが、おそらく日本のシェフが日本人の舌に合わせてアレンジしたんでしょうね。かなりのお値段だったこともあり、フィリピン人の家内が「フィリピンで食べるより美味しい」と太鼓判。
プロの料理人には遠く及ばないながら、この13年間、一応自分で日々の料理をこなしてきた私。当然実家でも、自分の食べる分は自分で用意。今回は数ヶ月の滞在予定なので、そうそう外食ばかりという訳にもいかないし。
ネグロスでの朝食は、判で押したようにトースト2枚に目玉焼きとハムだったのが、さすがの日本。納豆はあるし、卵は生食できる。フィリピンでは輸入食材で高かった味噌も梅干しも当たり前に売ってる。ついでに焼き魚や野菜の煮物なども、スーパーのお惣菜で安くに買える。これでは朝から、つい二品・三品とおかずを増やしてしまいます。まるで久しぶりの海外旅行でテンションが上がり、朝からホテルのビュッフェで料理を山盛りにしてしまう、アホな観光客みたいなことを、毎日やってます。ゲプ。
ということで、まずは食べる話から入ってしまった、今回の長期一時帰国。次回からは、その詳細について、日本のフィリピンを比較しながら、13年がかりで半ばフィリピン人化した視点で書いていきたいと思います。