2021年9月28日火曜日

騒音を気にしないのは特殊能力?

もうすぐ9年が経とうという フィリピン・ネグロス島暮らし。日本にいた頃に比べたら、心の平安は取り戻せたし、毎日の筋トレ・サイクリング、そして歌の練習のおかげで、身体も健康。概ね満足度は高いものの、やっぱりストレスに感じることも多少はあります。

その代表格が各種騒音。もう何度このブログで、取り上げたことやら。

野犬・飼い犬問わず、昼夜ワンワンやるし、夜中でも雄鶏は時を告げる。発情期の猫に牛の遠吠え。深夜、雷鳴と豪雨が屋根を叩く音で目が覚めることもしばしば。それに加えて、人間の出す騒音がすごい。

音楽好きなのは分かるし、私だってブログ書いたり、イラスト作業中はBGMかけます。ところが、フィリピンの一般ピープルは、自分が聴くだけでは飽き足らず、周囲にも聴かせたくて仕方がないらしい。

ラジオでもテレビでも、ボリューム最大がディフォルトで、わざわざバイクや自転車にどデカいスピーカー積んで、重低音を撒き散らしたり。ウォーキングやジョギングの人は、ヘッドホンじゃなくて小型ブルーツゥーススピーカー。聴かせる人も強制的に聴かされる人も、それが迷惑と思ってないのがすごいところ。

音楽に比べると数は少ないけれど、バイクや車のエンジン空ぶかしも時々あります。何ブロックも離れた家の、駐車スペースでやってるのがとんでもない轟音で、何時間もやるから、風向きによっては結構聴こえちゃうんですよね。

とまぁ、今まではもっぱら被害者意識満載で「フィリピンの悪しき慣習」っぽく書き連ねたわけですが、彼らの側に立って考えてみたら、当たり前のこと。どうして日本人は、この程度の音が不快なのか、理解に苦しむと思ってるでしょう。

実際、半年ほど前、近所の宅地で畑仕事してるオっさんのラジオがうるさいと文句言ったら、「居候の日本人が、フィリピンの文化にケチをつけるな」とばかりに、バランガイに訴えられてしまいましたから。(バランガイからの召喚状

以下、私の推測。

生まれた時から、犬・猫・牛・ヤギ...の家畜に囲まれているし、隣からは爆音でカラオケ。赤ちゃんって、最初から大人と同じ感覚が備わっているのではなく、見るのも聴くのも、少しずつ獲得していくもの。なので、こういう環境が聴覚に影響を与えないわけがない。

言わば、環境音として順化していくので、それがないものとして普通に生活できるようにもなるでしょう。ものすごい騒音のジプニー車内で、ちゃんと相手の言葉を聞き分けて会話したり、隣家の騒音なんかまったく気にせずグゥグゥ眠れたり。ここまで来ると、一種の特殊能力と呼べるかも。

だからと言って、難聴なわけでもなさそうで、ギターなどの楽器を器用に弾きこなす人が多いことからしても、耳は悪くないんですよね。うっかり聞き逃しで、仕事を指示通りにしてくれない人はいるけど。(苦笑)

乳幼児期から培われる音への感性って、意外なところで気付いたりします。鈴虫やコオロギの声は、一般的な日本人にはリラクゼーション・サウンドですが、これが耳について眠れない人もいる。フィリピン人の家内に尋ねたら、虫の音はいいけど蛙の鳴き声はダメ。オバケが出そうで怖いとのこと。ふ〜ん、そうなのか。



0 件のコメント:

コメントを投稿