2026年6月2日火曜日

日本で再就職


実家屋上からの景色

 2月の半ばに一時帰国で日本に戻って来て、早や4ヶ月近く。前回「あと1ヶ月、引き続き日本滞在期を投稿します」なんて書いてましたが、実は私、まだ実家の尼崎におります。それだけでなく、なんと日本で再就職して住民票を戻し、マイナカードも作ってしまいました。とは言え、本帰国してフィリピン永住を諦めたわけでは全然なくて、本人は、飽くまで「一時」帰国が延長されただけと思っております。

その理由なんですが、いろいろ端折って単刀直入に説明すると、生活資金が心細くなってきたから。家族とフィリピン・ネグロス島にいるだけなら、年金が貰える65歳まであと1年半。これを食いつなげば大丈夫だし、極端に切り詰める必要もないけれど、日本に残してある預金が厳しくなってきたんですよ。

これって、各種のサブスクだとか、時々、日本のアマゾンで買い物したり、あるいはクレジットカードの維持、そして一時帰国したときの経費などなど、無くなるとちょっと困ってしまうことが多々あります。それに加えて、今年大学2年生の息子の学費。学費無料の国立フィリピン大学も受かってましたが、マニラ生活のための仕送りを考えると、近所の私大、ラ・サール大の方が安い。何より息子が勉強したい学科が、ラ・サールにしかなかったので、仕方がありません。

もちろん、日本の私大に比べると桁違いに安い学費であっても、ネグロス暮らしの生活費って、日本のざっと1/5程度。元々の総額が小さいので、この辺りのわずかな読み違いが、意外と大きな金額差になってしまいました。なので、15年保たせるはずだった預金+退職金が、13年半経過したところで、ちょっと心配になってきたという次第。

そこで、今回の一時帰国中に考えたのが、日本での再就職。最初は63歳にもなって、ロクな仕事があるわけないと、まったくダメ元で人材登録してみたら、思いがけなくいろんな求人がありました。試してみたのが、日本の子供を対象にした英語教師、外国人観光客相手の日本文化紹介、フィリピンでの英語留学のスタッフ、ついでに、滑り止めのつもりでファミレスのアルバイトなんてのも。

何件かは面接まで行きましたが、最終的に決まったのが、外国人からの労働者(いわゆる技能実習生)に日本語を教える仕事。思いがけずフルタイムの正社員雇用してもらい、4月末から、もう働き始めております。決して高給とは言えないけれど、一人暮らしして、多少の貯金とフィリピンへの仕送りぐらいは、何とかなりそう。

この仕事の内容については、別投稿で述べるとして、今回の超久しぶりの就活で実感したのが、日本の人手不足の深刻さ。本当に年齢を気にしてられない求人側の切迫した状況が、よく分かりました。断られた仕事も多かったけれど、結果的に人材登録して丸1ヶ月も経たないうちに、還暦オヤジが就職できたんですから。

もちろん誰でもOKということではなく、長年の海外暮らしの経験や、英語ができたこと、短期間ながらフィリピン人に日本語を教えたことがあった等々、今の仕事をする上で有利な条件が偶然重なったのは大きいでしょう。流行りの言い方をするなら「伏線回収」だったのかも知れません。それでもやっぱり、60代で正社員は、我ながら驚きました。

ということで、年に一度ぐらいは「逆・一時帰国」で、ネグロスに帰るつもりですが、最低でも年金が貰えるまで、あるいは息子が大学を卒業するまでぐらいは、日本に居続けることになりました。ただ、日本語を教える相手が、一部ながらフィリピンからの実習生。まだまだフィリピンの関わりは途切れていないので、「ネグロス島 永住日記」の看板は下ろさず、番外編の扱いで投稿を続けたいと思っています。