もう一週間以上も経ってしまった今年の8月15日。言うまでもなく1945年に日本が先の大戦に敗北を喫した日。戦後17年目に生まれた私も、父母・祖父母の世代から生々しい戦争体験を聞かされて育ったし、戦争を題材にした映画やドラマ、ドキュメンタリーなどを散々見たこともあって、今でもこの日には感慨深いものがあります。
さらに、戦争当事国でもないのに、日本が大変な被害を与えたしまったフィリピンに在住。このブログで何度も書いている通り、ここネグロス島は、マニラ市街戦・レイテ沖海戦に次ぐ第三の激戦地。日本の将兵だけでも8,000名が命を落とし、そのほとんどが病死、餓死だったという悲惨さ。巻き添えで亡くなったフィリピン人も多かったでしょう。
以前は、日本で反戦というと、いかに戦争を「起こさない」ようにするかが主な課題。それを是とするか否とするかは別として、日米安保がある限り、他国が一方的に日本に攻め込むというのは、考えにくいとされてきました。ところが昨年、日本の隣国でもあるロシアが、ウクライナに侵略戦争を仕掛けました。
若かった頃の私は、たとえ紆余曲折があっても、歴史というのは概ねポジティブな螺旋を描くと思っていたんですよ。特にベルリンの壁が崩壊し冷戦が終わり、差し当たっては核戦争の脅威が去った頃までは。ところが人間のアホさ加減は、そう簡単に矯正できるものではないらしく、21世紀も20年以上経過した今でも、独裁者が自国民の自由を奪ったり殺害したり、隣国を侵略したりの愚行・蛮行は、ちっとも無くなりません。
そして、フィリピンに住んでると、隣の覇権国家からの圧迫を嫌でも感じてしまいます。領有権で揉めている島を平然と埋め立て、滑走路を作っちゃうという暴挙が、すぐ近くで行われている。ニュースでも頻繁に取り上げられてますから、地元の人々にも危機感はあると思います。ほんと、ウクライナは他所事ではありません。
ところが比較的若いフィリピンの人たちって、意外なほど過去の戦争について無知なんですよね。さすがに第二次大戦中は日本に侵略されて、多くの民間人が犠牲になったことは、何となく知っていても、それ以上はまったく興味すらない様子。おかげで対日感情はすこぶる良好で、日本人であることを理由に差別されたり嫌がらせを受けたりしないのは、とてもありがたいんですが、ちょっと複雑な心境です。
そもそも高校でも、系統だったフィリピン近代史や世界史は教えていないらしい。というのは先週のイロンゴ語のレッスンで「日本人にとっての8月15日」みたいなテーマでA4一枚のイロンゴ作文を書いたところ、20代で教員免許もあるエイプリル先生は「へぇ〜、それは知りませんでした。」の連発。知ってたのは、戦犯の判決で絞首刑となった山下大将の名前ぐらい。それも日本軍が密かにフィリピン国内に隠したと噂される「ヤマシタ・ゴールド(山下財宝)」の影響。
まぁ日本だって、歴史教育に関してはお世辞にもきちんとしているとは言えませんけど、フィリピンはそれに輪をかけた状況。太平洋戦争どころか、まだ40年も経っていないエドゥサ革命ですらちゃんと知らなかったりする。なので「マルコス時代は、フィリピン経済が発展した良い時代だった」なんて、あからさまなフェイク・ニュースを信じた有権者が、その息子を大統領に選んだりしちゃうわけです。
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