今年(2024年)の6月から、フィリピン・ネグロス島の我が家に滞在していた88歳と87歳の両親が12月初旬に一時帰国します。父は、耳が遠いものの、日常再活はほぼ問題なくできるのに対して、足腰が弱り認知症の症状が出始めた母は、コロナ禍の時期に日本の介護施設に入っていました。ところがその後、ケアマネージャーさんもびっくりの、要介護3からの奇跡的な回復を経て、フィリピン渡航となった次第。その経緯は昨年の投稿をご覧ください。(お試し介護移住)
ただ回復したと言っても、かろうじて自分で歩ける程度。ほぼ終日、テレビを付けっぱなしでベッドでうつらうつらで、会話もなかなか成り立ちません。ところが食事だけは、以前の半分程度ながらしっかり食べる。私が毎日作る料理、炒め物でも揚げ物でも、ラーメン・焼きそば・炒飯などなど、自分の皿に盛った分は、毎回完食。食事時は、表情もそこそこあって、会話は続くかないものの、分かりやすい冗談などには反応して笑顔を見せます。
父に言わせると、日本の実家にいた頃よりは顔色がずいぶん良くなったし、そもそもまったくの無表情だったらしい。手前味噌ながら私の作る料理は、かつての母譲りの味付けなので、食事のおかげで多少なりとも状態が改善しているんしょう。シャワー時など、家内が献身的に介助してくれているのもあるし、平日の昼間はメイドさんもいる。
ちなみに両親が寝起きしているのは、私たちのいる母屋とは完全に独立した、2LDKの一軒家の離れ。つまり、600平米の土地に、丸々2軒の家を建てたわけです。こんな贅沢なことができるのも、フィリピンの、しかも田舎のネグロス島なればこそ。
ところで認知症の件。実際に両親の介護をする前の私の知識といえば、かなり極端な例ばかり。暴力的・攻撃的になったり、出歩けばそのまま徘徊。実際、父の兄(つまり伯父)は、行方不明になったきり。果ては排泄物を全身に塗りたくるなんてことにも。
実際には、いきなりそんな悪夢のようなことになるわけではなく、悪化するにしても段階を踏むもののようです。母の場合、まだ自分でトイレには行けるし歯も自分で磨いている。そして私や家内、孫である私の息子に対しても敬語を使うようになりました。攻撃的なところはカケラもなく、大人しくて扱いは実に楽。
むしろ、まだ頭も身体もしっかりしてる父の方が面倒で、難聴者専用のスピーカーまで買ったのに、それを使わず近所中に響き渡る大音量でテレビ見たり、窓全開でエアコンかけたり。さすがに最近は注意しても逆ギレはしなくなったのは良いけれど、数日もしたらネジが巻き戻るように同じ事の繰り返し。これが老人を相手にするってことなのか。(と書いてる私も、もう62歳なんですけどね)
ということで12月の一時帰国。日本からフィリピンへは、1ヶ月間はビザなし入国可能。さらに1ヶ月、3ヶ月後に、最寄りの入国管理局に行って手数料を払って更新すれば、最大半年までは滞在できます。その決まりに従って、最初から半年で一旦帰国の予定でした。本当はギリギリまで引っ張れば年末までOKなのですが、クリスマスや正月前後にマニラの空港で飛行機乗り換えるのは、どう考えてもたいへん過ぎます。
...と、用意周到に準備したつもりが、つい最近になって滞在可能期間が半年から3年に大幅延長。3ヶ月の更新時に作ったI Card(アイカード)で、そのまま3年間大丈夫になっちゃいました。何じゃそりゃ。
とは言え、本格移住に向けて、父の仕事の整理(まだ仕事やってたんですよ)やら、各種の手続き、実家の整理などもあるので、いずれは帰国しなければいけなかったんですけどね。