2016年6月22日水曜日

3年目の一時帰国 ちょっとだけ浦島太郎

私の父は、1970年代に足掛け七年に及ぶドバイでの単身赴任の経験者。当時はもちろんインターネットはなく、国際電話もとんでもなく馬鹿高いので、そうそう使えない時代。最後には日本の親会社が倒産して、自力で現地で仕事を見つけて、帰国の飛行機代を稼いで帰って来たという苦労人です。

おそらく帰国後は、何から何まで変わってしまい、浦島太郎状態だったでしょう。息子である私が、小学生から高校生になっていたので、それが一番の変化だったかもしれません。

そんな時代に比べると、今ではフィリピンにいても、ほとんど日本にいるのと同じぐらいに情報が入ってくる。しかもフェイス・ブックやツィッター、LINEなどなど、動画で会話もできる。日々の近況など私が福岡に住んでいる時より、関西在住の友人知人とは連絡が密になっているぐらい。

とは言っても、前回の投稿のように、食べ物の味はその場に行かないと分からないし、親戚の子供の成長具合や、街並みの変化については、やはりちょっとだけ浦島太郎気分。

今回は、東京へも足を伸ばし、同窓会や旧知の人たちとの再会の合間に、大型の電気製品量販店へ。中国・韓国からの観光客が多いとは聞いてましたが、噂に違わぬとはこのこと。平日の朝、開店時間にはもうたくさんのお客さんが並んでるし、聞こえてくるのは中国語や韓国語ばかり。そういえば、前日待ち合わせをした品川駅でも似たような雰囲気でしたね。


昔も繁華街では時々中国からの団体客を見たものですが、失礼ながら当時は服装もダサく、見るからに田舎者丸出しの人が多かった。ところが、今では見た目は日本人の家族連れと大差がない。(友人に言わせると女性のメイクが違うらしいんですが。)

電気店でも駅でも、案内表示は日英に加えて中韓の4ヶ国語表記が当たり前。私は有楽町のビックカメラで少し買い物をしましたが、フィリピンでやたら韓国人に間違われるので、日本人と思ってもらえるか、ちょっと緊張してしまいした。



地元では、万博公園にできたエキスポシティが
一番変化が大きかった場所でした



3年目の一時帰国 世界最強の食事

一時帰国の投稿、三回目です。
帰国前に「食べたいものリスト」など書いたように、海外在住の日本人は、大抵日本食を恋しく思うもの。フィリピンのように、多少割高でも日本の食材がかなり入手できて、その気になれば、あんまり国内にいるのと変わらない食生活ができるとはいえ、やはり日本での食事、特に外食産業の圧倒的な質の高さは、格別。

極端な話、コンビニ弁当や、おにぎりですら驚くほど美味しく感じられます。これは、私が特別に敏感になっているというだけでなく、例えばフィリピン人の家内が、18年前の初来日時、何を食べさせても美味しい美味しいと言っていました。それもファミリーレストランとか、普通に駅前にある蕎麦屋さん。餃子の王将、天下一品、家族亭は、家内の大のお気に入りで、フィリピンでも絶対売れると力説していました。

そして、スーパーの品揃えもすごい。もちろんフィリピンのスーパーも大きいところだと、品数は日本に比べて遜色はないのですが、生鮮食料品、特に野菜の種類の豊富さは、フィリピンで暮らしてみて分かりました。これに関しては、自分で毎日食事を作るようになってから、実感してます。

ということで、今回はたくさんの友達や親戚に食事をご馳走になりましたが、メインはフィリピンではなかなか食べる機会がない、お寿司や刺身が中心。それ以外にもうな丼やら、鯛の煮付け。中華料理もすごく美味しかったし、ご自宅で頂いた、手作りの家庭料理も涙が出るほどでした。





要するに何を食べても感動レベル。もちろん天下一品と家族亭も制覇。心残りだったのは、王将に行けなかったことと、あんまり出歩いてばかりで、母親の手料理をほとんど口にできなかったことぐらいでしょうか?



とはいえ、滞在期間が一週間そこそだったので、これほど幸せに感じられたのかも知れません。ものの一ヶ月も居れば、それが当たり前になってしまうんでしょうね。


大阪福島のカレー専門店「パンニャ」も最高でした。


2016年6月20日月曜日

3年目の一時帰国 聖歌爆唱 武庫之荘教会


一週間ちょっとの一時帰国で、ちょうど真ん中あたりが日曜日。素行不良の信徒ではありますが、これでも一応カトリックなので、やはり日曜の朝はミサに与ります。日本にいる頃、最後に所属していたのは福岡の西新(にしじん)教会。今回は関西と一泊だけ東京というスケジュールだったので、地元、尼崎市内の教会に足を運びました。

この日にお邪魔したのはカトリック武庫之荘教会。高校の同級生で、割と最近になって再会したK君が所属する教会で、私にとっては初めての場所。それほど大きくはないけれど、日本の教会らしく清潔で掃除が行き届き、何よりも明るい。フィリピンの教会は、スペイン統治時代のスタイルそのままで、大抵は薄暗く、大きな聖堂になるほど、埃っぽいところが多い印象です。

K君曰く「プロテスタントの教会みたいやろ」とのことですが、フィリピンの教会を見慣れた私にとっては、典型的な日本のカトリック・チャペル。

そして小規模な日本の教会ではよくあるように、信徒さん同士がお隣さんのように、親しくご挨拶。ただ、やはり日本のカトリック全体と同じく、平均年齢はかなり高め。もう50代の半ばである私やK君が、まだまだ中堅に感じられます。

さて、いよいよミサの始まり。三年ぶりの日本語でのミサに備えて、この日に歌われる聖歌の番号をK君に教えてもらって、フィリピンで練習してきました。我ながら気の小さいこと。

練習の甲斐あってか、気持ち良く歌うことができましたが、変に目立ってしまいました。以前にいた西新教会とまったく同じ状況で、高齢の方が多く、どうしても歌声は控えめ。しかも、十名ほどおられた聖歌隊のメンバーは大半が女性で、バリトンの男性がお一人。テナーで声量だけはある私の声が浮くのは、仕方がないですね。

早速ミサの最後に、フランス人の神父さまに、聖歌隊へのお誘いが。身に余るお言葉でしたが、残念ながらフィリピンに住んでますとお伝えすると、苦笑いされてました。

実は、この教会とのご縁は、友達のK君がいただけではなく、何とK君の友人で、フィリピンのネグロス島(!)在住のMさんの所属教会だったということもありました。このMさん、娘さんの留学のために、親子で東ネグロス州に住んでおられます。私たちの住む西ネグロス州からは、島の反対側。こんな偶然もあるんですね。世界も狭くなりました。

当日は、これまた偶然にも同じ時期に、Mさんと娘さんも一時帰国されていて、ミサの後、お昼ご飯をご一緒させていただきました。これも神さまのお導きということでしょうか?


2016年6月18日土曜日

3年目の一時帰国 ほんとに少子化?

一週間ちょっと、日本に帰っていました。三年ぶりの日本。日頃、もう日本に住みたくないとか、散々ほざいておりましたが、こうして観光客っぽく訪れる日本は、殊の外いい国だったりします。何が良かったかは、追々書いていくとして、まずは第一印象。

私が移住する前から、日本では少子化・高齢化が深刻な社会問題だと、テレビでもネットでも大騒ぎしてました。しかし、私の子供は離日時に小学校1年生を終えたところで、家に子供の友達が遊びに来たり、近所に小学校や幼稚園があって、ちっとも子供が少ないという感じがしません。

フィリピンに来て、道端でも子供が溢れるような状況で、さすがに日本よりは圧倒的に子供が多いと思ったものの、またこうして日本に戻ると、空港でも実家の周囲でも、当たり前に子供はいます。

今回は、十三組もの親戚や友達と会って、お宅にお邪魔したり、一緒にちょっとした観光をしたりしましたが、そのうち七組がお子さん連れ(それもほとんどが小学生以下)。生後1年ちょっとの赤ちゃんが一人、二人兄妹が二組、二人姉妹と二人兄弟が一組づつの二組、三人姉妹が二組。なんだか、ずっと子供と一緒にいたようでした。
正直、事前知識なしだったら、日本が少子化なんて嘘やろ?と思ったでしょう。

実は私、若い頃は大の子供嫌いで、電車内で赤ちゃんが泣きだしたりしたら、迷わず次の駅で降りてしまうほどの脆弱さ。ところが自分が父親になってからというもの、すっかり人変わり。さらに子供がウジャウジャのフィリピンで三年間を過ごして、いつの間にやら、子供大好きのオッさんになってしまいました。

日本で会った子供たちも、親御さんに「この子が初対面の人に、こんなに懐くなんて見たことない」と嬉しいことを言ってもらえるほど。これは、日頃たくさんの子供たちと接している方ならばお分かりのように、相手と同じ目線になって、相手を大人扱いというか、同い年の友達に話すように接するのがコツ。

関西人的にいうと、恥じらわず大胆にボケて、躊躇わず全力でツっこむこと。まず、親を笑わすぐらいの勢いでないと。

そんなこんなで、昔からの友達や、久しぶりの親戚に会うのと同じぐらい、子供たちにはパワーを分けてもらい、実に幸せな一週間を過ごすことができました。みんな次は、フィリピンにおいでな。オっちゃん、待ってるで。


日本はちょうど紫陽花が見頃の季節でした


2016年6月4日土曜日

読んだはずだった「精霊の守り人」

少し前、NHKで「精霊の守り人」が実写ドラマ化されました。まだ本編を見てませんが、主演の綾瀬はるかさんの演技も含めて、なかなか好評だったようですね。

最初、この話を聞いた時、てっきりシリーズ最初の一冊だけだと思い込んでましたが、なんと3年かけて、全10巻の全部を映像化するんだとか。これは快挙というか、無謀というか、よく企画が通ったと思います。しかし、原作の上橋菜穂子さんが関わっていて、シーズン1の出来栄えにかなり満足されているようなので、いずれはDVDで大人買いして、じっくり見てみたい。

私は、この作品に神山健治監督のアニメ版で出会いました。(こちらもNHK製作)主人公の短槍使いバルサが、攻殻機動隊の素子のイメージに被り過ぎの感はありましたが、神山さんらしい、背景と設定の隅々まで丁寧に創られた素晴らしい作品で、とても気に入ってます。

そして、原作にも興味を持ち、移住前にシリーズ前半の5作品、「精霊の守り人」「闇の守り人」「夢の守り人」「虚空の旅人」「神の守り人(前/後編)」を購入。一気読みした、と思い込んでたら....。

フィリピンに移住して3年。小学生の息子が、だんだんと日本語を読み書きする機会から遠ざかってきたので、児童文学としても名高いこのシリーズを読ませてやろうと、久しぶりに手に取って読み返してみました。ところが2冊目以降、全然覚えてない。あれぇ、まるで初読みたいだと思いつつ、それでも作品世界にぐいぐい引き込まれるように、一気読み。

やっぱり移住前に読んだのは、1冊目だけだったようです。最近、年齢のせいか、以前に読んだことをすっかり忘れて、同じ本の2度買いとか3度買いなんて、情けないことやってますが、これほど面白い内容を、いくらなんでもそう簡単には忘れません。まぁ、読んだのを忘れるのも、読まなかったのを忘れるのも似たような事ですけど。

そんなこんなで、読み終わった分を片っ端から息子に「払い下げ」。息子も面白かったようで、私とそう変わらないスピードで、どんどん読んでいきます。本当にちゃんと読んどるんか?と思って、筋書きを尋ねたら、一応は理解している模様。

予定していたよりずっと早く手持ち作品を読了してしまい、先月、日本に出張した家内に頼んで、後半の「蒼路の旅人」「天と地の守り人(三部作)」を買って帰ってもらいました。

残りが減っていくのを惜しみながら読むという感覚は、学生時代以来。実に面白かった。しかも息子とほぼ同時進行で楽しみをシェアできるとは。移住先で、しかも日本語の作品で、こんなに幸せな時間を過ごせたのは、予想外の喜びでした。


ところで、この作品にはいろいろな架空の国が登場します。中でも4冊目の「虚空の旅人」に出てくる、南国の島嶼国家「サンガル」が私のお気に入り。熱帯に位置し、国王より妃が、王子よりも王女が国の実権を握っているという描写が、なんとなくフィリピンみたいで、サンガルの女性たちが、顔見知りのフィリピーナとダブって、仕方ありませんでした。文化人類学者の肩書きも持っている上橋さん、そんな事情もちゃんと分かって、執筆されたのでしょうか?


2016年6月3日金曜日

大河ドラマの最高傑作「黄金の日日」


今年NHKで放送中の大河ドラマ「真田丸」。先日、この真田丸の劇中人物として呂宋(るそん)助左衛門が登場し、松本幸四郎さんが演じるという記事を読みました。若い人には何のことやら分からんでしょうけど、呂宋助左衛門といえば、ほぼ40年前の大河ドラマ「黄金の日日」の主人公。それを演じたのが、松本幸四郎さん(市川染五郎)です。

黄金の日日は、1978年(昭和53年)放送で、戦国時代の堺とフィリピンのルソン島を舞台に活躍した商人、助左こと呂宋助左衛門の半生を描いた物語。当時高校生だった私は、毎週ワクワクしながら見たものです。思えば、フィリピンという国を意識したのは、このドラマがきっかけ。もちろん、その後フィリピン女性と結婚し、ついにはフィリピンに住むことになるとは夢にも思いませんでしたけれど。

大河初の海外ロケで大きな話題になり、視聴率は、歴代大河の第3位。そして今見ると、ものすごい配役。緒形拳(豊臣秀吉)、高橋幸治(織田信長)、鶴田浩二(千利休)、丹波哲郎(今井宗久)、児玉清(徳川家康)、宇野重吉(小西隆佐)、津川雅彦(天王寺屋)、十朱幸代(ねね)、桜木健一(秀次)、近藤正臣(石田三成)、鹿賀丈史(高山右近)、根津甚八(石川五右衛門)、川谷拓三(善住坊)、栗原小巻(美緒)、島田陽子(細川ガラシャ)、夏目雅子(モニカ)、竹下景子(桔梗)、名取裕子(梢)...。

根津甚八さんや鹿賀丈史さんは、当時はまだそんなに知られてませんでしたが、存在感ありましたね。特に根津さん演じる五右衛門が最後に捕らえられて、釜茹でにされる直前の一人芝居は、鬼気迫るものがありました。

これに加えて、フィリピン側の配役も、当時のそうそうたる俳優が起用されたらしい。助左衛門がルソン島で出会う、トンド族の族長を演じたビック・バルガスは、後で家内に聞いたら、なんと家内の母、つまり私の義母が若い頃の憧れだったんだとか。

真田丸の脚本家、三谷幸喜さんは私と同世代。やはり「黄金の日日」にハマったそうです。三谷さんにとっても、私と同様、この作品は大河の最高傑作の一つだったんでしょうね。最近は、大河ドラマを見なくなり、移住後は、まったくのご無沙汰の私ですが、呂宋助左衛門登場の回だけは、ぜひ見てみたいものです。


フィリピンまで持ってきた
黄金の日日 DVD BOX


フィリピン式ご近所トラブル解決法


3か月ほど前に、隣の養鶏場の騒音について投稿しました。鶏の鳴き声ではなく、闘鶏の訓練用とかで、早朝や深夜にディスコのような轟音で、音楽を流していた件。その後は、それほどの音量ではなくなり、平和な日々が戻ったかと安堵していたら...。

3週間ほど前から、またまた始まってしまいました。それも今度はスピーカーの性能が上がったのか、音量の割には低音がズンズンと響く。これを朝5時前から夜暗くなるまで、毎日。無指向性の音なので、養鶏場方向の窓を閉めても、ちっとも遮音できない。

例によって、同じ敷地内のサリサリストア(雑貨屋さん)のおばちゃん経由で、静かにするように頼んでも、完全スルー。さすがに精神的に参ってきて、ついに先週の早朝、警察に通報しました。

ところが、その返事は「それは、バランガイ・キャプテン(町内会の会長)に文句言ってくれ」でおしまい。仕方がないので、バランガイの事務所に行ってみてもキャプテンは不在で、いつ戻るか分からない。数日待って、やっと電話で話し、養鶏場に電話してみると言われましたが、その後、何の音沙汰もなしで、騒音は相変わらず。

できるだけ事を荒立てたくない家内の意向で、我慢してきたものの、不眠症寸前まで追い詰められて、とうとう家内が行動を起こしました。意を決して、その養鶏場に直談判。私が同行するとケンカになりかねないので、家内一人。

朝9時頃に出かけて、昼前に帰宅した家内。時間はかかりましたが、かなりの収穫はあったようです。まず、養鶏場の扉を叩いたけれど、オーナーは不在。そこで家内が顔見知りの、養鶏場の隣のお宅を訪問。その家もかなりの資産家で、シライ市内のあちこちに土地を持っています。そして奥さんが私たちのチャーチ・メイト。つまり同じ教会に通うお仲間。

事情を話すと、やっぱり奥さんもうるさいと思っていたとのこと。さらに、養鶏場のオーナーとも友達で、いろいろ内輪話を教えてくれました。

それによると、養鶏場のオーナー夫妻は不仲で、妻は別居中。旦那さんはパーキンソン病で、ほとんど身動きできない状態。養鶏場は、使用人に任せて放置されているらしい。なるほど、だから使用人連中で、好き放題にやってるわけですね。結局、教会友達の奥さんが、オーナーに電話して、静かにするよう頼んでくれることになりました。

さて、翌日。
ピタッと騒音がおさまりました。もう、お見事としか言いようがないですね。これがフィリピン式のトラブル解決法ということか。要するに、お金持ちの友人に頼めばいい。そういう友人がどれだけいるかで、フィリピンでの住み心地が変わってくる。この国では、警察やお役所、法律は守ってくれないということが、改めてよ〜く分かりました。