2020年3月23日月曜日

チキン・ウォーズ


実はここ最近、世間のコロナ騒動を余所に、向かいの家と揉めておりました。原因はフィリピンでありがちな騒音。それも、本当によくある鶏の鳴き声。ただし、自宅で食べる卵や鶏肉のために、2〜3羽ぐらい飼ってるなんて、生やさしいものではありません。

向かいに住む腰の曲がった婆ちゃん。元呪医さんで、今でも頼まれたら祈祷したりしてる、至って温厚なご老人。問題は、この婆ちゃんではなく、その娘さん。娘と言っても、私とそんなに歳の変わらないおばさん。

一緒に寝泊まりしているのではなく、娘さんは昼間の間だけ「通勤」しているらしい。なかなかの商売上手で、婆ちゃん宅をオフィス代わりに、10人乘りの自家用車ハイエース1台を使って、シライ市街地と空港間のシャトルサービスをやったり、近所で働く大工さん相手のトロトロを経営したり。

ところが、それだけでは飽き足らず、今度は何を思ったのか、こんな高級住宅地のど真ん中で養鶏場を始めてしまいました。それも、食用ではなく、闘鶏用の雄鶏を約10羽も。

フェンスのない家で、我が家に向いた側の庭で飼うもんだから、遮蔽物のない道一本隔てただけの距離で、コケコッコーを聴かされる羽目に。

鶏が時を告げるのは、朝だけじゃないんですよ。昼間だろうが深夜だろうが、一羽が鳴きだすと、輪唱やハモりが始まってしまいます。もちろん早朝は破壊力が倍。特に気の荒い闘鶏なので、鳴き声がデカい。

最初は、フィリピン暮らしで鶏の声に文句を言うのは情けないと思い、ひたすら慣れようと耐え忍んでおりました。でも、メイドのライラに訊いてみたら、闘鶏を集団で飼育するには、敷地が狭すぎるとのこと。普通はもっと広い、農場みたいな場所で飼うものなんだそうです。

そう言えば、反対側の隣家でも一時期、闘鶏がいたなぁ。庭だけで軽く1,000平米はあろうかという大邸宅。雄鶏との距離もずいぶん離れていたので、その時は、気になりませんでした。

そうこうしている間に、私は不眠が続いて、動悸や手の震えなどの症状が出始めてしまい、遂に我慢の限界を超えた数週間後。直接苦情を言いに行くと、その場で大喧嘩になるのは必定なので、ライラや家内に頼み、何とかならないかと泣訴。

最後は、しばらくバコロドのホテルに泊まると、自宅から出て行かざるを得なくなりました。さすがにこうなると、騒音問題では私との温度差が著しい家内も、真剣に交渉してくれたようです。

ということで、外泊する前に「鶏はもういなくなったから、帰ってきて」と携帯メッセージが届き、無駄な出費はせずに済んだのが、約1週間前。帰宅して、あまりの静けさに(遠くで下手なカラオケや、工事中の騒音はあっても)感動してしまったという次第。

中途半端に音に敏感な日本人である私は、フィリピンに住むには少々厳しいと、改めて感じた出来事。騒音に限らず、食べ物の味や清潔さの感覚など、鈍感なぐらい方が幸せだったのかも知れません。


0 件のコメント:

コメントを投稿