いやもうびっくりですよ。1年ぶりに家族旅行で訪れたセブで、コンドミニアムの大火災に遭遇するとは。
今回のセブ行きは、二泊三日。ちょうど昨年の今頃に、失効していた息子の日本パスポートの申請と受け取り以来。その時は二人だけだったので、家内を含めて三人で泊まりがけ旅行というのは、考えてみればコロナ禍以降初めて。
面倒だったのは、気候は真夏なのに学校は夏休みではなかったこと。3年に渡る学校閉鎖で、すっかり学期スケジュールが狂ってしまい、今は8月前後に休み期間が移行。教育現場からは「こんなに暑いのに、授業なんてやってられるか」と非難轟々なのに、管轄役所の教育省は「変更の予定はない」と木で鼻を括ったような塩対応。ちなみに冷房完備の学校なんて、少なくともここネグロス島のシライ市内では、聞いたことがないなぁ。
だからと言って、雨季真っ只中の8月に旅行したら、リゾートを楽しむどころか、大雨でホテルから出られないなんてことにも。やっぱり4月・5月が出かけるにはベストシーズン。
なので、当の教育省勤務の家内は、遊びに行くのは職場には内緒。学校にも尤もらしい理由を申請して金曜日は休みにしました。とは言え、ほんとうは皆んな分かっていて「表向きは」ってだけなんですけどね。
さて、当日は6時発のフィリピン航空の早朝便で、7時にはもうマクタン・セブ空港に到着。折角なので、国内線の出口から徒歩5分にある、ウォーターフロントというお高ぁ〜いホテルのビュッフェで食事。
一人700ペソ(約1,500円)で食べ放題は、こっちの感覚だと相当な値段ですが、料理とサービス、場所のクオリティを勘案すれば、十分の納得プライス。これぞアーバン・リゾートの朝食ってヤツを満喫しました。家内は元を取ろうと「これだとまだ400ペソ分しか行ってない」とか言って、サラダやフルーツをガっついてましたけど。
いきなり高級路線に走ったのは、この旅行が私たちの銀婚式祝い(25周年)を兼ねていたから。もうバックパッカーやる年齢ではないし、あんまり貧乏臭いのも何ですし。
さてその夜は、銀婚式祝いのメインイベントとして、セブ在住の美しき日本人の友人Mさんと一緒に、セブ市内の日本料理レストラン「宮内」へ。聞くところによると、ここのオーナーシェフは、以前からMさんのお知り合い。日本人コミュニティがある大都市って、こういうところがいいですね。
宮内へ行く前に立ち寄ったのが、家内の幼馴染のオフィス。このブログに度々登場するマジョリーは、今やフィリピン最大の健康保険会社の偉いさん。ホテルの上層階にある職場に招かれました。プライベートのトイレがある個室で執務って、すごいなぁ。そしてその窓から見えたのが、もうもうと立ち昇る火災の黒煙。
ちょっと待ってぇな。それって今から行くレストランの方角やんか。
グーグルマップで調べると、同じ方角どころか、ほとんど隣接したコンドミニアム。後で知ったのは、2棟あるうちのまだ建設中の1棟の35階から出火。溶接作業の火花が、大量に保管されていた塗料に燃え移ったのが原因で、上から下までほぼ全焼。消防車の梯子が18階までしか届かないから、放置して鎮火を待つしかなかったということらしい。
Mさんからはメッセージが来ていて、お店は問題なく営業中とのこと。家内は怖がって「場所を変えましょう」と言いますが、変えるにしてもまずはMさんと落ち合わないと。
さぁ、それからがちょっとした難行苦行。何しろ、セブ島中の消防士が集結したんか?というほどの消防車の数で、幹線道路は大渋滞。距離は1キロあるかどうかだし、歩い方が早い。でもフィリピンの歩道って、バリアフリーを鼻で笑う凸凹のアップダウン。その上暑いし、沿道は野次馬で人集り。
家族三人、30分ほども歩いたでしょうか。時々泣きが入りそうな家内を励ましつつ、到着したレストラン宮内。炎上中のコンドは、炎が見えるぐらいの距離ながら、想像したほど近くはないし、こっちが風上だったので、煙や悪臭は皆無。予定通りにMさん夫妻と落ち合って、久しぶりの日本食をお腹いっぱい満喫。
帰りは、Mさんのフィリピン人の旦那さんが、ちょっと離れたITパークに駐めた車で、ホテルまで送ってもらい、楽をさせていただきました。途中見えた火事場は、まるでビルそのものが巨大な松明のよう。こりゃ、タワーリング・インフェルノやなぁ。
幸い、死者や怪我人はなかったものの、翌日になっても燃え続け、被害総額は40億ペソに上るそうです。火災が多いこの国で、私も何度か延焼中の家屋を目撃したことはありますが、こんな特大級は初めて。強烈な印象を残した銀婚式祝いでした。
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