現在、フィリピン・ネグロス島の私の家には、日常的に出入りしている他人さんが4人います。
まずメイドのライラおばさん。この人が、一番長い時間を我が家で過ごしていて、朝8時過ぎから夕刻6時の月〜金の週5日。
家を建ててからの約8年間、ほぼずっとメイドを雇ってきて、ライラが5人目。高校卒業してすぐというようなの若い女の子たちは、なかなか長続きしなかったのに対して、不惑で海外労働経験者のライラはもうすぐ丸3年。最長雇用の記録を更新中です。
週一で来てくれてるのが、私のイロンゴ語(西ネグロスの方言)の家庭教師バンビ。レッスンは土曜の朝の2時間だけながら、宿題をメッセージでやりとりしたり、歌の歌詞をイロンゴ語訳してもらったりで、チャット会話は頻繁です。しかも家内を除くと、私の歌を嫌がらずに聴いてくれる、貴重なオーディエンス。
家庭教師もかれこれ5年で、バンビが4人目。そして先日投稿したように、バンビ多忙時の助っ人として、姪っ子のエイプリルが参加したので、こちらも5人目となります。
次が運転手さん。
定期的ではありませんが、隣街の州都バコロドに自家用車で移動する時にお世話になってるのが、ライラのご近所さんの、ナルシソおじさん。おじさんと呼んでますが、私と同い年の還暦なので、お爺さんと言うべきか?実際、お孫さんもいるそうだし。
ナルシソは4年目で、私には初めての運転手。英語はほとんど喋れないものの、この頃は、私がイロンゴ語で何とか意思疎通。ただ運転するだけでなく、年に一度のエミッションテスト(フィリピンの車検みたいなもの)も任せられるので、助かってます。
そしてようやく今日のお題のマッサージ・セラピスト。
日本ならマッサージ師なんでしょうけど、フィリピンでは少々勿体ぶって「セラピスト」と呼ぶ習わし。そんな名前では、なんだか悩み事を聞いてくれそうですが、マッサージ以外は、世間話をするぐらい。
以前は、近所のマッサージ屋さん、こちらの名称は「スパ」に料金が割引になる昼間の時間に、週一で通い。ところがなぜかコロナ禍前に潰れてしまい、以来、出張マッサージで自宅に来てもらってます。このセラピストもライラと同世代の不惑のラケルおばさん。通算で3人目となります。最初の2人はもう少し若くて、マッサージの腕前も別に悪くなかったけれど、田舎のネグロスでは稼ぎが少ないらしく、ビーチリゾートとして有名なボラカイへ転職。コロナの時は勤め先のスパが閉鎖されてたいへんだったようです。
足掛け3年ほど、毎週1時間の全身マッサージを頼んでいるラケル。勤務態度は至って真面目で、滅多に遅れないし、遅くなる時は必ずメッセージが来ます。それも最近は、省略だらけの超ネイティブなイロンゴ語なので、私の語学の実地トレーニングにもなってる。(苦笑)
そんなラケルが、珍しく2週続けて休むと言うから、何か問題でもあったのかと思ったら、短期のアルバイト的な仕事でセブに行ったんだとか。これは想像ですが、長かったコロナ禍が下火になって、観光客の受け入れを再開したフィリピン。名前の通ったリゾートのセブ辺りでは、セラピストの需要が急増したんでしょうね。
そんなわけで、丸々3週間ぶりとなった今週のマッサージ。これがなんと、その日のうちに、腰に揉み返しが来てしまいました。
ネットで調べてみると、血行が良くなり過ぎて、筋肉が炎症を起こすことによって生じるのが揉み返し。施術者が下手で、刺激が強すぎることも原因の一つだそうですが、ラケルのマッサージはいつもと同じ。久しぶりだったので、こっちの身体がやや過剰に反応したのかも知れません。
お陰さまで、今回の揉み返しは「好転反応」だったようで、三日も経つと痛みは無くなりました。ただ、場合によってはヤバい状況になることも。
以前、日本に住む両親が、ネグロスの我が家に遊びに来た時のこと。一週間ほど滞在の最後に、マッサージでも呼ぼうかとなって、父だけでなく母も施術してもらったら、翌日に強烈な揉み返しになって、足が痛くて歩けなくなってしまいました。
今にして思えば、80歳近くになって、ほぼ初めてのマッサージだったのが悪かった。しかも痛みは、10年ほど前に骨折した箇所。いろんな悪条件が重なって、古傷に強い刺激をかけちゃったんでしょうね。
慌てふためいて、近所に住む家内の友人から急遽車椅子を借りて、州都バコロド市内にある総合病院に母を連れて行ったのが、帰国の前日。年齢的に骨折の心配もしましたが、レントゲンの結果は異常なし。取り敢えず処方してもらった痛み止めが、霊験新たかなほどに効いて、母は無事帰国のフライトに搭乗できました。
ということで、揉み返しにまつわる、苦ぁ〜い思い出についてでした。
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