2022年10月31日月曜日

治水が進まないのは誰のせい?

 前回の投稿で、相変わらずの洪水被害について書きながら考えたこと。

もう何十年も同じ場所で繰り返される洪水被害。素人考えながら、ちゃんと治水工事をすれば、かなりマシになりそうなもの。ところが実際には、市街地の道路冠水の大きな原因とされる、レジ袋の投棄による排水溝の目詰まりさえ、清掃をするすると言いながらまったく進んでいないのが現実です。

なにも、埼玉県に建設された「地下神殿」として知られる、首都圏外郭放水路ほどの大規模な治水設備を作れと言うのではありません。せめて、市内の繁華街や住宅密集地だけでもカバーできる下水システムを作ればいいのにと、いつも思ってます。

河川の堤防も同じ。東日本大震災後の津波を防ぐ防波堤じゃないんです。まずは河岸に住むしかない貧困層に、引っ越しできるまともな宅地を用意して、最低限の高さの堤防を作るぐらいは、いくらフィリピンの地方都市でも何とかなりそうなもの。同じネグロスでも、一部とは言え州都バコロドなどで、すでに立派な堤防が築かれています。

こんな具合に、誰が考えても明らかな市民の困り事解決に、お金が使われないのは、フィリピンの選挙に問題があるんじゃないでしょうか。

家内を含めて、私がフィリピンで知り合った人たち(多くは大卒以上のインテリ層)は、あからさまに政治家を泥棒呼ばわり。最近は、ドゥテルテ前大統領やロブレド前副大統領のように、少なくとも金銭に関してはクリーンなイメージが先行する人もいるものの、大半はそうではありません。

それならば、選挙でダーティな候補を落とせばいいようなものなんですが、残念ながら多くの有権者が、同様にダーティなんですよね。要するに金品のバラ撒きを期待して、金をくれる候補者に群がるという悪い習慣が、21世紀に入って20年以上も経った今でも、相変わらず変わっていない。

聞くところによると、一票が数百から数千ペソなんて、地域毎の相場があるそうで、前回のシライ市長選で現職だったゴレツ氏が負けて、新人のガレゴ氏が辛勝したのは、最終盤でゴレツ氏のバラ撒き資金が底をついたから、と言われています。

こういう選ばれ方をした政治家が一度当選してしまえば、利権と無関係な貧困層のための政策を優先させるわけがありません。私のような、たかが10年足らずしかシライに住んでいない外国人が見ても、明白な市民の困り事はほぼ放置。

私が戦前生まれの母から聞いた話では、今のフィリピン・シライ市の状況って、母が若かった70〜60年前の日本にそっくり。下水が未整備で、ちょっとまとまった雨が降るとあちこちで冠水。私が小さい頃ですら「床上浸水」って言葉を、ニュースでよく耳にしたものです。特に1950年(昭和25年)のジェーン台風による高潮は、大阪や私の故郷である尼崎に壊滅的な被害をもたらしました。


ジェーン台風の被害を受けた尼崎市
出典:南部再生

その後、決して裕福ではなかった尼崎で、高潮対策として築かれた長さ12.4kmの防潮堤。建設には5年を要し、予算を巡っては、当時の市議会でずいぶんと紛糾したそうです。それだけの苦労の甲斐あって、その後の高潮被害は劇的に減ったんだとか。

ここ最近は、昔に比べると異常な雨の降り方になって、毎年のようにどこかで水害が発生する日本ですが、もし先人の努力がなかったら、もっと悲惨なことになっていたのは、想像に難くありません。

つまり、日本でもフィリピンでも、政治家がやる気になって予算をかき集めれば、ある程度の治水はできるはず。結局のところ、水害多発の現状に甘んじているのは、政治家を選ぶ立場である市民の意識の問題に帰結するんでしょうね。

と書くと、「日本はエラい」の上から目線ですが、次回は公平を期して、日本の有権者(もちろん私も含めて)のダメさ加減について言及したいと思います。



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