2023年6月6日火曜日

なぜ50歳で日本から脱出したか

 今回のテーマは、このブログの核になる命題。今までも機会がある度に散発的に書いてはきましたが、改めての自己紹介代わりに、ひとまとめに記そうと思います。

なぜ50歳で日本から脱出したか? 身も蓋もなく単刀直入に言うと、日本で働くのがもう無理になったということに尽きます。まさしく脱出。口の悪い人は、日本を捨てたとか逃げたなんて後ろ指を指しますが、まぁ何とでも仰ってくださいまし。

とは言え、選択肢は無限にある脱出先。その中からフィリピンを選んだのは、妻がフィリピン人だったのが唯一の理由。そしてフィリピンの中でもマニラでもなくセブでもなく、増してやアンヘレスでもバギオでもボラカイでもボホールでもない、ここネグロス島の、さらに州都ですらない、地方都市シライ市に住んでるのは、その妻の実家があったからに他なりません。

日本に比べると物価が安いとか気候が温暖だとか、英語留学の謳い文句に出て来るような有象無象は、全部後付けの理屈でございます。もっとはっきり言ってしまうと、家内以外のフィリピンの人々が、他の東南アジアの諸国民と比べて、飛び抜けて好ましいと思ったわけでもありません。

もし家内がタイ人だったら、あるいはヨーロッパのどこかの国の出身だったら、おそらく、よほど住むのが難しい場所でもない限り、少なくとも妻の故国は、どこであれ移住先の候補にはなったでしょう。

さて、本題に戻ってなぜ日本ではもう働けないとなってしまったか。正確には「日本では」はちょっと大き過ぎて、当時在籍していた会社では、と書くべきでしょう。なんて言うと、さぞやひどい労働環境だったのかと思われそうですが、話はそれほど単純ではありません。

ちなみにその会社。日本でも有数の大企業で、従業員は海外含めると数十万名。給与水準は業界でもトップクラスだし福利厚生も決して悪くない。日本から来る就活中の若い人たちにこの話をすると、「どうしてそんな勿体ないことしたんですか?」と驚かれます。

ただ図体がデカいだけに、その内部はまさに日本社会の縮図。部署や上司に極端なほどの当たり外れがあるのも事実。実際40代の頃に在籍した職場は、転職者や心を病んで休職者が相次ぐブラック職場。かく言う私も、転勤半年で休職者リストの仲間入り。結局その部署の責任者でブラック総元締めのようなオっさんは、私が別の職場に異動後そのポストを外されて退職しました。

その経験が、直接的には日本脱出の引き金になったのは間違いないんですが、もっと前から感じていたのは、その会社の、と言うより、日本の大きな組織特有の不条理さ。とにかく物事がすんなり決まらない。一つの商品の仕様を決めるにも、根回しのために膨大な資料を用意。その挙句に何ヶ月もかかって関連部署と積み上げた合意を、会議に欠席したトップの、後出しの一声で全部やり直し。これは相当メンタルがタフな人でもキツい。

それでも業績が良くて、日頃の労苦も報われる額の賞与が出るうちは頑張れたんですが、2000年代に入ると、中国や韓国メーカーの猛追を受けて業績が悪化。給料が目減りするのと同時に、やれコンプライアンスだセキュリティだと社内ルールがどんどん厳格に。ただでさえ物事が決まりにくかった会議に、「エビデンス」流行りで資料がどっと追加になる有様。行き着く先は、お決まりの希望退職者の募集というわけです。

そもそも30代の後半には、出世レースから早々に降りてしまった私。管理職ではなかったお陰で、幾許かのボーナスは貰っていたと言うものの、元より条件が整えば、いつでも辞めてやろうと待ち構えていました。当時は希望退職ではなくても、50歳到達と同時に退職金が相当額の上積みになるシステムもありましたから。

そんな具合に、最上段に振りかぶっていたところに、飛んできた絶好球。タイミングもぴったりの50歳になったその年。募集開始日にフルスイングして28年間のサラリーマン生活に終止符を打ったわけです。

もちろん、いきなりその結論ではなく、何度か転職のトライはしました。ただ会社を変わっても、同じレベルの給料となると、転職エージェントが紹介してくるのは、日本国内の同じ業界になってしまいます。かと言って中国や韓国メーカーは提示する報酬が高い代わりに、求められる能力も高いんですよね。

結局のところ私は、日本式の組織に不適合だったんでしょう。専門職としての手腕も大したことはなかったし。なので早期退職してフィリピンに移住したことには、まったく後悔はありません。むしろ、もっと早くに日本から脱出すれば良かった。

本当に正直に言って、日本で機嫌良く仕事ができて収入もそこそこあり、子育てや老後の暮らしに大きな不安がなければ、還暦を母国で迎えていたのは間違いない。決して挑戦的に前向きに移住したのではなく、進退極まって文字通りの脱出。

ということで「なぜ」の問いには一応答えたので、次回は「いかに」を語りたいと思います。



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