2022年8月31日水曜日

疑似恋愛のすすめ

 いきなり釣りっぽいタイトルで申し訳ありませんが、飽くまで「擬似」ですからね。そこんとこ、お間違えなく。

日本では人生100年時代なんて言われ出して久しい昨今。ものすごく個人差はあれど、私が子供の頃だったらとっくに「老人」カテゴリーに入ってるはずの60代や70代の人が、まるで20年ぐらい年齢詐称しているんじゃないかと言うぐらい、普通に活躍してます。

昨年だったか、宮崎美子さんが61歳でビキニ姿を披露して、そのあまりの美しさにブッ飛んだのも記憶に新しいところ。この週末には、ふとしたきっかけで桜井浩子さんのユーチューブチャンネル「ROCO TALK」を丸一日かけて一気見。桜井浩子さんのお名前では馴染みがなくても、科学特捜隊のフジ・アキコ隊員なら、私と同世代の方々にはお分かりでしょう。

私が幼稚園児の頃に、ウルトラマンに出演していた桜井さんは、もう御歳76。さすがに、それなりの佇まいにはなっておられますが、どう見ても実年齢より、余裕で20年は若く見える。語り口も軽快で、1960年代から始まった円谷プロによる特撮テレビシリーズの、ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンに始まり、東宝の怪獣映画のスタッフや出演者のゲストとのお喋りが実に楽しい。

そんな調子なので、つい59歳という自分の年齢も忘れがち。感覚的には、まだ40代の半ばぐらいなんですよね。自慢たらしくなって恐縮ですが、まだ頭髪は量も黒さも十分で、肥満ということもない。50歳でフィリピンに移住してからは、ほぼ快食・快眠・快便の日々。

ただ、良い面ばかりでもなく、年齢に応じて性格が丸くなったりは全然しない。相変わらず、くだらないことにもムキになって、家内に呆れられたりもしています。日本では、些細なことでもブチキレる「老害」が話題になってますが、共感は無理でも想像はできます。

本来ならば、身も心も適度に枯れて然るべき年齢なのに、歳不相応に体力は残っている。それなのに、過去の社会的身分にしがみつき、老人扱いされたと曲解して、いちいち腹が立って仕方がないんでしょうね。

老害の件はさて置いて、年齢を重ねても心身共に健康かつ平和に過ごす秘訣を私なりに考えてみますに、いつまでも恋愛感情を忘れないっていうのは、かなり大事。もちろん、妻子持ちが他所の女性に手を出せという意味ではありません。

実のところ、家庭を顧みなかったり、最初から独身でそれ相応の金銭的余裕があれば、老人でも恋愛(と呼べるかどうかは微妙ながら)の成就はかなりハードルが低いフィリピン。それを目的に渡航してくる日本人も少なくはないのが現実です。私にも、その手の誘惑がまったくないと言うと嘘になるぐらい。

いい歳して、本気でフィリピン女性と恋に落ちるってのも、悪くはないけれど、そうではなくて、魅力的な異性と接する機会を大事にしたいということ。高校生が初デートする時の、ちょっとときめく感じとでも言いましょうか。

これはなかなか説明が難しくて、ただの助平と思われたら身も蓋もないんですが、下心を持って接したりすると、一発で見抜かれるし、それではこちらも疲れてしまいます。一緒にお茶を飲んだり、せいぜい食事ぐらいまでで、相手を笑わせ、楽しませることに徹する。それなら同性の友人でもいいものの、そこはそれ、やっぱり隠し味というかスパイス的なときめきが欲しい。なので「擬似」恋愛。

私の場合は、その延長線上で、女性のイラストを描いたりしているわけで、モデルがリアルでの知り合いでも、有名女優であっても、描いている間だけは、描画対象と擬似恋愛を体験しているつもり。そうでなければ、こんな面倒な作業を対価なしで続けられません。

結果として、このときめき感が、心と身体の老化にブレーキをかけてくれてるのは、日々実感しております。魅力的な女性を見て、1ミリもときめかなくなったら、死期が近いのかも知れません。


2022年8月30日火曜日

新しいメイドさんが見つかりました


 我が家で約4年間働いてくれた、メイドのライラおばさんが来なくなってから丸3週間。あちこちの友人、知人に声をかけまくって探していた後任のメイドさんが、昨日(8月29日)英雄の日の祝日に、やっと見つかりました。紹介してくれたのは、誰あろうライラおばさん。

ライラは突然いなくなったわけではなく、暑い中、買い物に出かけたりするのが体調的にキツくなってきので、10月に辞めますとの意思表明。次の人を探しますと言ってたのに、いきなり翌週明けから失踪状態になったのは、このブログでも書いた通り。

これってフィリピンあるあるなんですが、ライラに限らず、電話一本、テキスト一行送るってのができない人が本当に多い。てっきり、歴代の若いメイドさん同様、嫌になってバっくれちゃったのかと、家内など相当頭に来てた様子。

そこまでの経緯はともかく、曲がりなりにもは約束を果たしてくれたので、まぁ良しとしましょう。

そのライラが連れて来たのが、シライの北隣のビクトリアス市に住むという、3児の母にして38歳のマリアさん。ニックネームはギンギン Gingin。家内の叔母にもいましたね、ギンギンさん。フィリピンではよくある愛称。どういう関係かと言うと、ライラのご近所さんで、ライラを紹介してくれた大工のマーロン君の妹さん。

びっくりしたのが、ギンギンの風貌。誠に失礼ながら、どう見たって還暦間近の私より老けて見えるんですよ。48歳のライラより10年も若いはずなのに、知らなければライラの、ずっと上のお姉さんと言われても信じたでしょう。超童顔の家内と並ぶと、逆転親子みたい。

あまりの多産と生活苦で、こういう老け込み方をする人って、フィリピンの田舎では時々見かけるんですが、3人の子供なら多過ぎというほどでもありません。それだけでなく、紹介者のお喋りで声のデカいライラとは対照的に、とてもおとなしそうな雰囲気。

まぁ、外見は関係なく、メイドの経験もあるそうだし、ちゃんと仕事をしてくれれば問題はありません。むしろ若過ぎて、変に色気があるよりもメイドに向いているとも言えます。今回は、通いだったライラと違い、ビクトリアスの山間部在住のギンギン。当然ながらの住み込みとなりますから。

それよりも心配なのが、この時期になってまだコロナのワクチンを未接種だという点。どうやらフィリピンに流布されている、ワクチン接種したらゾンビになる、なんて類いのデマを信じたらしい。

さすがに、もうそんなデマを盲信はしていないようですが、ビクトリアスでの次のワクチン接種は9月になってからなので、我が家に来るまで、あと2週間はかかるとのこと。大丈夫かなぁ?

ということで、多少の不安は残るものの、メイドさんの目処が立ったのはやれやれです。家内と分担はしてても、やっぱり炊事・洗濯・掃除は確実に時間を取られるもの。しばらく滞っていたイラスト描きも、ボチボチ再開しましょうかね。


コーヒー豆専門店シライにオープン

 もうかなりの旧聞になっちゃうんですが、3〜4ヶ月ほど前、私の住むネグロス島シライに、コーヒー豆の専門店がオープンしました。

だからどうしたって言われそうですが、人口がわずか12万人の地方都市シライ。この手の、中流クラスの人がある程度いないと成り立たないビジネスって、つい最近まで、ここでは難しかったんですよ。

コーヒー豆だけ売るってことは、インスタントじゃなくて、コーヒーメーカーなりドリップで、それなりの時間をかけてコーヒーを楽しみたいコーヒー好きがいないと、お話にならない。1日数百ペソ(1,000円以下)の日銭で暮らしてる人たちが買いに来るとは考えにくい。

また、ちょっと足を伸ばして、隣街の州都、50万人都市のバコロドに行けば、大きなショッピングモールはあるし、自家用車のある人ならば、そちらで用が足りてしまう。つまり、こういう店が出来たってことは、シライの経済がずいぶんと底上げされた証明だとも言えます。

コーヒー豆に限らず、最近シライで開業した店では、ペットのための動物クリニックとか、このブログでも取り上げた、サイクリング自転車専門店。甘過ぎないケーキを売るカフェも増えました。もう少し規模が大きいところでは、シライ市内に2軒目の家電量販店もできましたね。

フィリピン人にも分かりやすいのは、何と、決して広くもない繁華街エリアに、ジョリビーが二ヶ所もあるところ。

さて、そのコーヒー豆屋さん。店の名前がケンスカ・グラウンド・コーヒー(Khenska Ground Coffee)。公設市場の一角にできた、ほんの四畳半ほどの狭いお店。いつも店番には、すっごくスキニーなヘソだしルックのお姉さんがいます。



壁にはけっこう色んな種類の、市販のパッケージに入った豆が並んでますが、メインで売っているのはの3種類。ネグロス島ネイティブの「ロブスタ Robusta」「エクセルサ Excelsa」そしてケンスカのオリジナルブレンド。お姉さんに頼むと、量り売りで紙袋に入れてくれます。お値段は、いつも買ってるロブスタ1kgで400ペソ(約1,000円)。極小ながらテーブルと椅子があって、その場で試飲っぽく一杯いただくことも可能。


ちなみにオーナーは、学校の先生。フィリピン教育省のシライ分室勤務の家内の友達なんだそうで、家内がここでコーヒー豆を買ってきてくれたのが、最初の出会い。

実はケンスカ開店以前にも、シライでコーヒー豆を売ってる場所はありました。大手スーパーのガイサノやセイブモア。あるいは、創業100年を誇る老舗カフェ/ベーカリーのエル・イディアルなど。ただ供給が不安定で売り切れが多く、肝心の味も及第点スレスレな感じ。

小さいながらもいつ行っても好みの豆が買えるケンスカは、私にとって実に貴重な存在。ネグロス島でここより美味しいコーヒーが飲めるのは、私の知る限り、数年前にバコロドにオープンした、日本のUCCぐらいですから。

ということで最近は、ここで買ったロブスタ豆を毎回挽いて、二度濾ししたちょっと強めのコーヒーを飲むのが食後の楽しみ。潰れずに末長く商売をしてほしいと、切に願っている次第です。

2022年8月24日水曜日

二つの弁当

 今週(2022年8月の第4週)から、ほぼフィリピン全土での対面授業が再開されました。息子が通う、ここネグロス島シライ市内の私立学校、聖テレシタ学院での新学期は、一足早く先週からだったものの、3日間がオンラインで対面は2日のみ。それも午前中だけの短縮授業だったので、お昼ご飯はここ2年半と同様、自宅で喫食。

そして遂に本日水曜日、夕方までのフルタイム対面授業の実現となりました。ほんとうにやっと、生活全般の復旧が実感されて、喜ばしいことこの上なしなんですが、食事担当主夫としては、ちょっと困ったのがお昼のお弁当。

以前は、昼前にゆっくり作って、メイドのライラおばさんに家内と息子の弁当を配達してもらってました。家内の勤務先のフィリピン教育省・シライ分室と、息子の学校は筋向かいの目と鼻の先。自宅から徒歩でも15〜20分ぐらいの至近距離なので、こういう芸当ができました。

ちなみに、小学生ぐらいまでなら、親やメイドが弁当届けて、中には一緒に食べて、空の弁当箱を持ち帰ったりする保護者も多い。まぁ弁当と言っても、おかずとご飯を、タッパー代わりのアイスクリーム容器に、無造作に詰め込んだ「食糧パック」みたいな感じ。

こういう中だと日本式の弁当は、妙に珍しがられたりします。特に普通のフィリピンの食卓には、まず登らない「おにぎり」と「卵焼き」。息子が学校に通い始めた当初には、弁当見学に友達がいっぱい集まってきたんだとか。

これは家内の職場でも似たような状況で、たまたま卵焼きをお裾分けした上司が、いたくお気に入り。定年退職のパーティに、ぜひ卵焼きを用意してほしいと、リクエストがあったほど。(フィリピンでウケる卵焼き

それなりに、やりがいを感じて毎日用意していたお弁当なんですが、ライラが急に辞めてしまい、家内だけの分を自分で届けるのも億劫なので、この1ヶ月ほどは無弁当状態。家内の食職場には、社員食堂みたいな施設はないものの、毎日、白米やおかずを売りにくる、行商の惣菜屋さんがいるので、困ることはありません。

今回のフルタイム対面授業再開で、どうしようかと考えたのが息子の昼食。学校にはキャンティーンがあるにはあっても、品数は少ないし、はっきり言って決して美味しいとはいえない内容。毎日これではちょっと可哀想。

ということで一念発起して、朝早く起きて、二つの弁当を作ることにしたのが、昨日のお昼。息子に訊いてみたら、やっぱりお弁当の方がいいそうです。

朝早くと言っても5時半起き。日本で子供さの弁当を用意している親御さんなら、当たり前の時間帯。よ〜く考えたら私の母って、6人兄弟姉妹の長姉で、中学生ぐらいから弟や妹の弁当を作り。その後、結婚、出産、子育てを通じて、ほぼ半世紀ぐらい、これをやってたんですよね。すげぇ。

今日は初日ということもあって、前夜に家内が、豚肉を醤油とお酢で煮込んだ「アドボ」を作り置きしてくれたので、私はおにぎりと卵焼きのみ。30分ほどで出来上がりです。トーストの朝食を済ませ、息子を送り出した7時前には、二度寝をしてしまいました。

次のメイドさんが見つかるまで、しばらくの間は「朝シフト」生活が続くことになります。



2022年8月22日月曜日

玉ねぎが無い、砂糖も無い


白玉ねぎと紫玉ねぎ 出典:CNN Philippines


ネグロス特産のモスコバド糖 出典:ウィッキペディア

 ここ最近、テレビのニュースを賑わせているのが、フィリピン国内での玉ねぎと砂糖の価格高騰。なぜかこの二つの品目が品不足。

ここ1ヶ月近くは、メイドのライラおばさんがバっくれちゃったので、自分で買い物に行くんですが、突如として公設市場から白玉ねぎが消えてしまいました。本当に全然無くなったので、今のところ一回り小さな、紫の玉ねぎを使ってます。

ネグロス島では一般に玉ねぎと言うと、この紫玉ねぎを指します。日本でお馴染みの方は、わざわざ白玉ねぎ(Puti nga bombay)と呼んで、やや高級品の扱い。私が家内と結婚した25年ほど前には、市場に行っても紫しかなかった覚えがあるんですが、最近は、どちらも普通に売ってますね。

さて供給不足の原因が、テレビを見ても新聞の記事を読んでもイマイチよく分からない。天候不順による不作かと思うけれど、他の農作物には影響が出たという話は聞かないし、本気なのかポーズだけなのか、政府も調査中なんだとか。どこかの中間業者が、価格高騰狙いの大量買い占めでもやってるんでしょうか?

玉ねぎより少し前に、供給不足となったのが砂糖。コカコーラなどの大量の砂糖を必要とする清涼飲料水業界では、すでに生産に支障を来たしてるレベル。本来は砂糖輸出国のフィリピンが、緊急で輸入すると騒ぎ出して、マルコス大統領に拒否されるというドタバタ劇まで報じられる始末。

何を隠そう、フィリピン最大の砂糖の生産地である、私の住むネグロス島。四国よりちょっと小さい島の、平坦な土地の大部分がサトウキビ畑。別にすごい不作に見舞われたようなことはないんですけどね。白玉ねぎと違って、近所のスーパーにも普通に砂糖は売ってるし。

仮にこの騒動が、価格操作を狙った意図的なものだったとしても、なぜ玉ねぎと砂糖なんでしょう?最初にも書いた通り、玉ねぎの場合は代替品はあるし、少なくとも一般家庭では、無ければ無いでなんとかなる代物。

フィリピンの代表的な家庭料理である、アドボやチョプスイで玉ねぎは使いますが、無かったら調理ができない、というわけでもない。最新の情報では1キロ当たり400ペソ(約1,000円)になってるそうで、それでは誰も買わないだけでしょう。

砂糖はもうちょっと必需品に近くて、特にコーヒー・アイスティーは、砂糖たくさんの甘ったるいのが好きな人が多いフィリピン。それでも嗜好品の類なので、我慢できないこともない。これが米や塩だったら事態は深刻ですけどね。

ということで、しばらくの間は我が家の料理は、紫玉ねぎを使うしかなさそうです。これって小さいので、同じ量だと皮むきの手間が多く、爪の先が紫に染まってなかなか落ちないという難点はあります。また、白玉ねぎの高騰に引っ張られて、やや値上がりもしてる。

原因は何であれ、早く元通りになってほしいものです。


2022年8月21日日曜日

私立学校の経営破綻


出典:INQUIRER

 一週間ほど前の8月15日ことですが、マニラ首都圏のケソン市にある、1988年創立で1996年には第二キャンパスもできた、30年以上の歴史がある聖ロレンソ大学 Colegio de San Lorenzo が、なんと始業式の当日に学校の閉鎖を発表しました。学費や教科書の代金はすでに徴収済みだったと言いますから、かなり悪質。

日本では考えられない...と言うか、フィリピンでもここまでひどい話は聞いたことがなく、当然ながら国内メディアでも大事件として取り上げられて非難轟々の大炎上。

ただ、始業式当時なんて極端なケースではなくても、コロナ禍に伴う失業や収入減で、学費を払えなくなった保護者が多かったようで、すでに900近い数の私立学校が閉鎖や廃校の憂き目に。

これは、まったく他人事ではなく、日比ハーフの息子が通う、ネグロス島シライ市内の小中高の一貫校、聖テレシタ学院(略称STA)も、2〜3割の生徒が転校。学期途中で閉鎖になったりしないことを、切に祈るばかりです。小学校以上ではまだ大丈夫のシライ市ですが、複数の私立幼稚園では、廃園もあったらしい。

今回は規模が大きく、廃校・廃園というショッキングが例が多発したので、注目を集めていますが、私の知る限り学費の未払いは、ずっと以前から私立学校経営者の頭痛の種。STAでは、新学年開始前に一年分を先払いした生徒に対しては、1ヶ月分免除のサービスがあるぐらい。

ちなみに、早めに払うと安くなるのは、電気代や水道代も同様で、収支計算を計画的にするのが苦手なフィリピンの国民性が、露骨に表れています。

ちょっと話は逸れますが、家内が勤務する教育省の地方分室で、住宅ローンの支払いが滞って、銀行カードをローン会社に取り上げられた人が何人もいるらしい。つまり、給与が口座に振り込まれた瞬間に、ローンの分が自動的に徴収。ATMは使えないので、残った預金の引き出しは、業務時間中に窓口へ行かなければならない。

要するに、身の丈に合わない借金をして、首が回らなくなってるわけです。こういう人は、昼食の支払いにも窮して、注文したおかずの代金を踏み倒すなんて、国家公務員とは思えない振る舞いが日常化。ちなみに銀行カードを担保にするのは、さすがのフィリピンでも違法行為。

ところで、人口の減少に歯止めがかからない日本では、大学の統廃合は珍しくないし、過疎地での小学校の廃校なんて、私が子供の頃からあった話。私が通った、兵庫県尼崎市立の上坂部幼稚園は、私の通園中に新しい園舎ができるほど賑わっていたのに、もうずいぶん前に廃園となり、今では地域の集会所になっています。

翻って、近代になってからひたすら人口が増加し続けたフィリピンの場合、在園児や在学生の数が減るなんて事態は、想定外もいいところだったんでしょうね。それも徐々にではなく、2年ぐらいの間に急激だったので、あっという間に財政が悪化。

さらに対面授業の再開には、学生や教師が密にならないよう、各種の設備の準備がないと許可が降りない。ただでさえ生徒の減少で弱っていたところに、トドメの一撃になってしまったのかも知れません。

ということで、8月から11月にかけて予定されている、フィリピン全土の学校での本格的な対面授業の再開。まだまだ予想外のハプニングが起こりそうな気がします。


2022年8月19日金曜日

引き継ぎできないフィリピンのメイド

 前回の投稿でも少し触れましたが、4年間我が家で働いてくれたメイドのライラおばさんが、どうやら辞めてしまったようです。「ようです」というのは、無断欠勤が今日で丸2週間。「身体がキツいので、10月までで辞めさせてもらいます。」と宣言したのはいいけれど、結局それが最後でフェードアウト。

フィリピン移住後、メイド雇い始めてもう10年目。ライラが5人目で、辞める時っていつも後味が悪いパターンばかり。働き始めて四日で「私には無理です」って辞めたジャジャの除くと、最初のカトリーナは無断外泊多過ぎで、家内が解雇。アミーとネルジーは、クリスマスやイースターの長期休暇明けにそのまま戻らず。

ベテランのライラは、ちゃんと2ヶ月も前に意思表示して、後任者に仕事の引き継ぎを済ませて、きれいに辞めてくれるのかと期待したんですが、やっぱりダメでした。

つい先日、フィリピンで人を雇うのなら、大卒でないと使い物にならないと自分で書いた通り、やっぱり高等教育を受けてない人って、肝心なところで社会人としての訓練ができてないんでしょうねぇ。当然ながら、これは人柄とは無関係で、我が家の歴代メイドは5人とも真面目だったし、怠けたり盗んだりといった悪癖は皆無。さらに言うと、教育機会を逸したのは、本人の責任ではありません。

ただ、雇い主の立場で守ってほしいのが「辞める / 休むなら連絡する」。ほんとこれだけなんですけど、それができない。まぁ、気持ちは分からないでもない。日本でサラリーマンやってた頃は、ちゃんと理由があっての欠勤でも、上司に連絡するのは気が重かったのは事実。

それにしても、無理な仕事をやらせたり、厳しい言葉で叱咤したことなんてないのに、私ってそんなに難しいボスなんでしょうか? これでもずいぶん気を遣ってるつもりなんですけど。

私としては、こうも不義理な去り方されると、とにかく残念でならない。一応は「次の人を探します」と言ってたライラなので、もう一回連絡してみようかと家内に提案したら「もう顔も見たくない」とご立腹。あ〜あ、フィリピンで主婦を怒らせたら、もう絶望ですね。仮にライラが戻ってきても、敷地にも入れてさせないでしょう。

こうなると、6人目のメイドさん探しに注力するしかありません。

最初に聞いてみた、マッサージ・セラピストのラケルおばさん。気合いを入れて探してくれたんですが、当てにしていた奥さん友達が、学校再開のために皆さん多忙でダメ。今のところ、家内の高校以来の友人で、ライラとも付き合いのあった隣人のナンシーと、私の家庭教師のバンビ&エイプリルに依頼中。

それだけでは心許ないので、我が家の修理をやってくれてる大工のリーボイにも打診することに。ちなみにライラは、別の大工さんからの紹介でした。

ということで、メイドの需要はたくさんあるのに、なぜかメイド・エージェンシーが存在しない、ネグロス島シライ市。こうなると頼れるのは、友人・知人・親戚の口コミネットワークのみ。早く次の人が見つかってほしいものです。


我が家の歴代メイドさん


2022年8月18日木曜日

遂にフィリピンの学校再開


出典:UNICEF Philippines

 昨日の水曜日(2022年8月17日)、高校生の息子が、約2年半ぶりに登校しました。フィリピンでコロナ禍が本格化した2020年の3月以来の長い夏休みにようやく終止符。もちろん夏休みと言うのは冗談で、その間もインターネットでのオンライン授業、プリントで出された宿題はあって、ちゃんとテストも実施。

それでも、ずっと家にこもっているのと、実際に登校して、先生や他の生徒と顔を合わせるのでは、まったく別の体験。少し前に、息子のワクチン接種が終わったのを期に、宿題を自分で取りに行かせたら、たまたま学校にいた先生や、顔見知りの守衛のおじさんに「大きくなったなぁ」と驚かれたそうです。

そりゃそうでしょうね。14歳から17歳にワープしちゃったようなもんですから、背も伸びたし顔つきもだいぶ大人っぽくなったでしょう。

おそらく世界中でも珍しい、国家レベルで長期間の学校閉鎖。内外からの批判も多かったようだし、報道によると、勉強についていけなくなって一人で悩んだ子供の自殺だなんて、およそ楽天的な国民性のフィリピンとは思えない、痛ましい事件もありました。

さて、我が息子はどうかと言いますと、以前の投稿でも書いたように、元々、一人で部屋にこもって絵を描いたり、読書したりが好きなタイプ。このパンデミックの間には、英語と日本語で世界史や日本史をネットで調べたりもしたようで、特に大きなストレスは感じなかったらしい。まぁ、お喋りな私と違って、口数が少ない息子なので、実際のところは分かりませんけど。

ちなみに息子を通わせているのは、自宅から徒歩圏内(日本人の感覚ならば)の、市内にある私立学校。小学校から中学・高校までの一貫校で、途中で卒業や入学はなかったものの、親が学費を払えず、ひっそりと公立校へ転校した子供が、かなりいたらしい。

日本円で年間十数万円の金額ながら、物価が日本の1/4程度のネグロス島にすれば、相当な負担。おそらくコロナ禍の影響で失業したり、収入が激減した親御さんもいたんでしょうね。学費無料の公立に流れるのも、仕方がない。

息子によると、以前は1クラス38名だったのが、25名になったとのこと。寂しいですねぇ。

肝心の授業内容はと言いますと、オンライン授業は月曜日から再開していて、昨日と今日の二日間だけお試しの対面形式。明日の金曜日は、またオンライン。来週からは、対面が週3回となる予定です。フィリピン教育省のサラ・ドゥテルテ大臣の発表では、11月には完全に通常の授業に復帰。

ちょっと困っているのは、まるで対面授業再開のスケジュールに合わせたかのように、メイドのライラおばさんが辞めちゃったこと。当初は10月までは働きますと言ってたのに、かれこれ2週間も無断欠勤で、どうやらこのままバっくれる模様。家内は激怒。

その影響で、息子が帰宅するお昼までは一人で留守番。家内の弁当配達もできないし、午後からは夕立のパターンが多い雨季真っ只中で、買い物での外出もままなりません。正確には、できないのではなく、面倒なだけですが。

ということで、一つ問題が片付いたと思ったら、次が湧いてくるフィリピン暮らしなのでした。



2022年8月16日火曜日

貧富で二極化するフィリピン社会

日本での紹介や報道では、枕詞として「貧富の差が激しい」と付くことが多いフィリピン。確かに大地主で資産が数億、数十億ペソの超金持ちがいる反面、今日の夕飯にも事欠く家庭がいっぱい。私が住むここネグロス島も例外ではありません。

ただ実際のところは、そんな極端な対比よりも深刻だと思うのが、中流と極貧の差。それも物質的なことより、考え方や感受性が違い過ぎる。

ここで私の言う中流とは、安定した収入源を持ち、少なくとも日々の食事には困っていない人たちを指します。つまり日本でも中流と呼んで、ほぼ差し支えのない範囲。広くはなくても、夫婦の寝室と子供部屋は別々にある家に住み、1ヶ月に何度かは外食。年に数回は、国内限定ながら家族で宿泊旅行も楽しめる。

持ち物では、大画面テレビ、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、エアコンなどなど。日本の一般家庭にあって当然の家電製品はだいたい揃っていて、一人一台ケータイとパソコン。これに加えて、自家用車や発電機(停電用)があれば、中流のかなり上となるでしょうか。

このレベルに到達するには、世帯の平均月収が10万円程度は必要。ネグロスでこの額を一人で稼ぐのは相当難しいので、夫婦共働きになるでしょうね。ちなみに私が頭に描いているのは、義弟夫婦。夫がシライ市役所の管理職で、妻が公立小学校のベテラン教師。大学生と高校生の子供は二人とも私学。ついでに高齢の義父も同居していて、わずかながら年金を貰ってます。

日本からフィリピンに移り住んだり、フィリピン人との付き合いが頻繁な日本人が、民度が低いとか常識が通用しないと、ボロクソに言ったり書いたりしてますが、私が知る限りでは、上記のような中の上ぐらいの人たちならば、それほどの差異は感じません。

20世紀末で頭のアップデートが止まってしまい、女遊びでしかフィリピンに来ないような人は驚くかも知れませんが、ここ20〜15年ぐらいで、フィリピンの中流化は相当な勢い。問題は、高度経済成長時代の日本に比べて、その流れに取り残される貧困層の数が、尋常ではないところ。

これは外国人とフィリピン人ではなく、フィリピン人の間での二極化が進んでいるということになります。

一番わかりやすいのが時間とお金の感覚。さすがに約束の5分前には必ず来る人は滅多にいなくても、それなりに教育のある人なら、30分も遅れる時は連絡があるし、その理由も大雨でトライシクル(オート三輪)がつかまらないとか、本当に子供が熱出したとか。そして、知り合いだからと、気安く金貸して、とはならない。

もう一つ付け加えるとすれば、性に関する感覚。

フィリピンでも社会問題になって久しいのが、10代の妊娠・出産。間違いなく世代間の連鎖的貧困の最大要因で、早すぎる出産のために教育機会を逸し、学歴社会のフィリピンにあって、安定収入への道を自分で閉ざしてしまう人が、どれだけ多いことか。学校での性教育が、内容も分量も、日本よりはよほど充実しているのに。

避妊をタブー視するカトリックの影響だと言う人もいますが、そもそも教科書に使われている英語やフィリピノ語の読解力に問題があって、せっかくの初等教育の恩恵に浴せない子供が多いからじゃないでしょうか。

本当に貧乏な家の子供って、自宅で宿題するような環境になかったりします。近所中で毎晩、大音量のカラオケやってたり、土日は子供も家計を助けるために働いてたり。

こうしたことが重り、親の低収入=子供の低学力〜つまり社会常識を学ぶ力不足〜が固定化されて、社会人になってから一番基本的な、金銭と時間の感覚に欠陥をかかえたまま成人してしまう。嫌な言い方ですが、大卒じゃないと雇っても使い物にならないと、思わざるを得ない。

フィリピンで起業して人を雇ったり、フィリピン人の同僚と働く人なら、よ〜くご存じでしょうけど、大卒の人でもお金にだらしなかったり、時間にルーズな人はいっぱい居るフィリピン。それでも、昇進したり、自営業である程度成功する人は、やっぱりお金と時間はキッチリしてます。

また仕事ではなくても、会話が成り立たないことも。以前、我が家で働いていた高卒すぐの若いメイドさんの場合、ロクに本は読んでないし、テレビがないので映画やドラマも見ない。最近はユーチューブがあるじゃないかと言われそうですが、安いスマホがあっても、十分なロード(通話料)がないと、画像や動画が見られない。

さらには英語も怪しいとなったら、どうにも共通の話題を探しようがない。せいぜい韓流アイドルとか、ミスユニバースの話ぐらい。これではフィリピン人同士でも階層が違うと、友達になったり、ましてや恋愛関係になるのは難しそう。

というわけで、多数派が貧しく、ごく一部の金持ちが贅沢...ではなく、中流層と貧困層のボリュームに大差がないのに、その所得差がどんどん拡大すると、社会全体に蓄積する不満や不平等感の総量が、飛躍的に増える気がしますねぇ。フィリピンに永住するつもりの私としては、かなり怖い話です。



2022年8月10日水曜日

メイドさんの辞職願い

 我が家のメイド、ライラおばさんが我が家で働くようになってから、この7月で丸4年。ゲストハウス建てたり、コロナ禍があったりと、私と家族にとっては、かなり激動の4年間を共にしてくれたライラから、先週の金曜日、メイドを辞めたいとの意思表示がありました。

ネグロス島の自宅が完成して以来の8年、途中で数ヶ月ほどの空白期間はあったものの、合計5人のメイドさんに働いてもらった中で、最年長のライラ。私よりちょうど干支一回り若く、今年で48歳になります。

ライラによると、この数ヶ月ぐらい体調がすぐれず、昼間の暑い時間帯に家内の弁当配達や、市場への買い物がツラくなってきたとのこと。実はそれだけでなく、アレルギー持ちなので、サトウキビの焼畑シーズンには決まって咳がひどくなるし、暑過ぎると頭痛。雨が続くと右膝が痛む。年齢的に更年期障害もあるんでしょうねぇ、確かにここ最近は、側から見てても疲れ気味でした。

そしてどうやら決定打となったのが、息子さんの就職。ライラが無理しなくても、収入の目処が立ったようです。

ライラは旦那さんと別れて、二人の男の子を育てるシングルマザー。就職したというのが上の子で、下の子は私の息子と同い歳の17歳。我が家に来る前は、クウェートでの海外出稼ぎを経験した苦労人。まだ引退には早いけど、実年齢以上に老け込んで見えるライラは、10歳上の家内の方が遥かに若く見えるほど。

ライラにはたいへん失礼ながら、40年近く前に亡くなった、私の祖母を思い出してしまいます。戦中・戦後に子育てで苦労したところは、似てなくもない。

ちなみに今までのメイドさんは、高校卒業してすぐ、みたいな人がほとんど。カトリーナ、アミー、ジャジャの3人がティーンエイジャーで、年嵩のネルジーでさえ20代の半ば。たった4日でギブアップしたジャジャ以外は、みんな長期休暇で実家に戻って、そのまま逃げてしまうパターン。

ライラは、10月までは働くそうで、それまでに次の人を探しますと言ってくれてます。後のことを考える辺りは、さすがに経験豊富なベテラン・メイド。ただ、週明けの月曜日以来、また体調崩したのか、無断欠勤が続いてはおりますが。

ということで、ライラだけに頼るのも少々危ないので、週一でマッサージに来てくれてる、ラケル(こちらもライラと同世代)に「ライラ辞めちゃうので、親戚か友達で、誰かメイドさんやってくれる人いない?」と訊いてみました。

ライラの住むギンハララン地区同様、ラケルの地元ランタッドの住民は、あまり裕福ではありません。おそらくメイド業で生計を立てる人も多いらしく、サラリーは? 子持ちだと通いになるよ? 交通費は出る?...などなど、すごく具体的な確認事項が、立板に水の如く。

今までの経験から、ティーンエイジャーとか若すぎる人はノーサンキューで、明るくてお喋りな人が希望、ついでに美人すぎるとカミさんが許してくれないと言ったら「じゃ、私みたいな人がいいんですね!ガハハハ」だそうです。

さて、通算6人目のメイドさんは、どんな人になるでしょうか。乞うご期待。


2022年8月9日火曜日

彼氏同伴で一週間宿泊

 このブログでも時々触れているように、あと2ヶ月足らずで、私は還暦を迎えます。ただでさえ、ええ歳の大人でも誕生日パーティは欠かさないフィリピン。やっぱり節目には多少なりとも気合の入れたパーティはしようかと思って、いろいろと計画中の最近。

結婚式ほどではないし、日本の家族や親戚を呼ぶのは無理なので、結局のところ家内の親戚や友達をメインに招待ことになりました。そうなると、いつもは感覚的に、平均的な日本人とあまり変わらない家内も、DNAに刷り込まれたお祭り大好きフィリピン気質が湧き上がるのか「私に任せて!」と、率先して準備を進めてます。

とは言っても何百人とかのレベルではなく、せいぜい30〜40人ぐらいでしょうか。ネグロス在住の親戚がざっと半分で、家内のフィリピン大学研究員時代の同僚が1/4、多くは隣島パナイにいます。そして残りは、マニラなど飛行機でないと来れないような遠隔地。

そのマニラに住んでいる「あの」美女揃いの従妹たち、オフィレニア・ファイブ・シスターズが来てくれることになりました。


昨年描いた、5人姉妹の似顔絵イラスト

この5人は、7年前に亡くなった家内の叔父、パパ・ボーイの娘たちで、上の2人、ディアンとドリセルは生まれも育ちもマニラ。下の3人、ダリア、ミニー、ダリルは、パパ・ボーイが心臓発作で急逝するまでは、ここシライで育ちました。

当初は、飛行機代も高いし、シライ所縁の下三人だけが来るかもと言ってたのが、急転直下で5人全員が来ることに。さらに私の予想の遥か斜め上を行く展開で、すでに子持ちの長女ディアンが二人の幼い子供を連れて、合計7名。何と一週間も、我が家に滞在したいと言い出しました。

そこまでならば、多少の戸惑いはあっても「まぁ、しょうがないか」てなものなんですが、驚くことに、ダリアとミニーがそれぞれの彼氏を同伴したいとの希望。ちょっと待ってぇな。

いくら子供が一緒とは言え、7名ですでに我が家のゲストハウスは満杯状態。そもそもベッドが5つしかありません。さらに追加でオっさん二人は、スペース的に無理。何よりも、夫婦でもない男女を、親戚である私が「はいそうですか」と宿泊許可をするわけにいかないでしょう。案の定それを聞いた家内が、軽くキレました。

まぁ、ダリアもミニーも、最近大学を卒業した大人の女性。誰と付き合おうが外泊しようが、親でもない私や家内が、口出しすることではありません。しかし、タダで一週間、彼氏同伴で泊めてほしいって、それは厚かましすぎないかぃ? ラブホテルじゃないんだから。

念の為に書いておきますと、これはフィリピンでもかなり非常識な話。風俗関係からフィリピンに関わった日本人にはピンとこないかも知れませんが、カトリック・プロテスタント合わせると、国民の約9割がクリスチャン。少なくとも、ここまで堂々と「婚前交渉してます」みたいな振る舞いは、日本以上に白眼視されます。

言わでもがなのことを書き加えますと、フェイスブックを通じて顔だけは知ってる、その彼氏二人。両方とも美男でもなければ、頼れる感じでもない。選りに選ってなぜこの男?と思うような佇まい。すみません、それこそ大きなお世話ですね。

さらに腹立たしいのは、そういった言いにくいことを、全部末っ子で17歳(息子と同い歳!)のダリルからのメッセージで言わせているところ。可愛らしいし、なかなか頭の良いダリルなので、鼻の下伸ばした日本人の爺さんにはちょうどいいと、スポークス・パーソンにされているみたい。つい最近も、頼まれもしないのに似顔絵イラスト描いてあげたしなぁ。

ということで、さすがの美女に弱い私も「申し訳ないけど、まだ家族になってない人は、受け入れられません」と、英語で拒否。ダリルの返事は「Understandable」。それはそうですよねぇ、とでも訳しましょうか。これは分かった上でダメ元で頼んでるな。


2022年8月8日月曜日

ハーフの息子が17歳になりました

 先週の8月3日に、日比ハーフの一人息子が17歳の誕生日を迎えました。私の転勤で横浜に住んでいた2005年出生なので、ほんの半年足らずながら浜っ子。その後、私の地元、関西に戻って、小一まで大阪府茨木市で育ち、フィリピン移住前のこれまた半年だけ、福岡在住の博多っ子。そして今はシライノン(シライっ子)というわけです。

両親の文化背景や母語が違う場合、下手に多言語環境で育てると、どの言葉も母語として定着しない、バイリンガル・マルチリンガルならぬセミリンガルという、抽象的な思考に支障を来たす、かなり困った状況に陥る危険性もあるんだとか。

幸い息子に関しては、比較的言葉が早く、6歳までは家庭内も友達関係、幼稚園〜小学校でほぼ日本語だけだったせいか、第一言語=日本語が定着したようです。移住後の9年間は、英語教育のみながら、家では私だけでなく、フィリピン人の家内とも日本語で普通に喋り、一方で英語の映画やドラマは字幕なしで鑑賞。読書大好きで、「ハリーポッター」は原書、「精霊の守り人」は日本語で全巻読破という具合。

少なくとも言葉に関しては、特に悩んだりすることもなく順調に育ったようで、父親としては、ホっとしている次第。ただ、さすがに日本語はやや物足りないのか、まにら新聞が運営する、オンラインの日本語クラスの高校生コースを、自分から希望して受講中。実は、週一回の3時間ながら、メインで通っている近所の私立高校より学費が高い。もちろん、それだけの価値はあると思ってはおりますが。

それにしても、このコロナ禍の2年間。ちょうど対面授業が行えなくなった時期に合わせるように、背丈が急激に伸びました。昔から外で走り回るより、家で本読んだりするタイプだったので「逞しい」という感じはなく、ヒョロっとしますが、それでも家の中での存在感は爆増。母親の身長は遠に追い抜いて、今では私に迫る勢いです。

加えて、もうそろそろ「反抗期」っていうのが来ても良い頃合いながら、その気配は感じないですねぇ。まぁ、口数は少なくなって、スマホを向けるとおどけて変顔するようなことはなくなったものの、メイドさんがいない時には、食器洗いや犬の散歩を頼んでも嫌がらずにやってくれるし、食事時など、こっちから話題を振れば、それなりに会話が成立しております。

次はいよいよ大学進学を考えなければなりません。

私が息子と同年代の頃には、かなり早くから美大に行くと決めていて、夏休みには美術系進学での予備校に相当する「美術研究所」で、連日デッサンや色彩構成の精を出しておりました。息子もイラスト描いたりするのは好きなようですが、プログラミングにも興味があって、おそらくは理系、エンジニアを目指したい様子。

それならば、隣町のタリサイ市に、フィリピン工科大学 Technological University of the Philippines 略称 TUP という西ネグロスの州立大学があります。フィリピン国内では、なかなか名の通った学校だし、公立なので授業料がタダ。

フィリピン大学卒の家内にすれば、TUPも悪くないけど、やっぱり国内最高学府とされるフィリピン大も...という思いがあるようです。でも一番近いビサヤ校でも、隣島パナイのイロイロ市内。子離れできてない家内は悩むところ。どっちにしても親が強制することではないので、息子が好きな道を選べばいい話。

ということで、遂に来年には成人年齢に到達する息子。大学進学や就職なんて、ずっと先のことだと思ってたのに、いつの間にか具体的な準備が、必要な段階になってまいりました。たまに息子から聞き出すところでは、日本やフィリピンよりも、シンガポールで働きたいとの漠然とした希望もあるらしい。

40年前の自分の学生時代からすると、振り出しからいきなり、当たり前のように海外というのが、たいへん羨ましいですなぁ。



2022年8月4日木曜日

歌えない三日間

 あっと言う間に7月が終わり、8月1日の月曜日。丸々2週間休んでいた我が家のメイドのライラおばさんが、やっと出勤しました。先々週、喉が痛くて声が出なくなったので病院に行きますと言ってましたが、それがずっと続いていたらしい。

フィリピンで人を雇うと、本当はやる気がないだけなのに、病気だの家族が怪我しただの、すぐにバレる嘘を言い訳に使うケースも多いようですが、ライラおばさんに限っては、その手の嘘とは無縁のタイプ。ただ40代真っ只中の年齢のせいか、体中にいろんな爆弾を抱えてます。

アレルギーなので、サトウキビの焼畑があると咳がひどいし、雨が続くと右膝が痛む。暑さには頭痛がセットで、生理は重い。2〜3ヶ月に一度は数日から一週間休むのは、もう諦めるしかないようです。

それならクビにして、別の人を雇えばいいと言われそう。ところが、ライラほどキチンと仕事してくれる人は、なかなか得難いのがフィリピンの現実。ライラの前に4人雇って、いろいろありましたからねぇ。

そしてもうひとつ重宝しているのが、ライラの人脈。

明るくてお喋り好きなライラオバさんは、ちょっとした大工仕事や、不燃ごみが大量に出た時、モーター・電熱系(つまり難しい電子部品交換の類ではない)家電製品の修理などを頼みたい時に、ご近所さんや知り合いを紹介してくれます。

草刈りや樹木の伐採ならば、子供のドドンも労働力。ちなみに、不定期で来てくれる運転手のナルシソおじさんは、ライラの隣人つながりでした。

それはともかく、コロナ禍のロックダウン時を除くと、最長の2週間、合計16連休となったライラの欠勤の原因。決して財布に余裕があるとは言えないライラが、お医者さんに診てもらうほどひどい喉の痛みで、一時はまったく声が出なくなった風邪引き。最初は、私も家内も、コロナ感染を疑ったんですよ。

私たち家族もライラも、全員ワクチン接種はブースターまで済ませているので、以前ほどには恐れはしないものの、もし陽性となったら家内は濃厚接触者となって、オフィスに出ることができなくなるし、私も買い物に出られなくなる。検査結果を隠していてもすぐに噂になる、狭い社会のシライ市ですから。

何より、いくら重症化はしにくいと言っても、軽症でも相当ツラい目に合う可能性はありますし。

幸いにも、ライラはただの風邪だったんですが、厄介なことに、一週間以上の時間差で私まで喉の調子が悪くなってしまいました。まぁ普通に生活する分には、何の支障もなく、ちょっと声が出にくくなる程度ながら、この2年半、毎日欠かさないボイストレーニングには、相当な影響が。

実は先週の土曜日の、従弟パウロの誕生日パーティ。ここで1曲歌ってあげようと目論んでたのが、全然無理。寝不足や疲れが溜まった時って、だいたい高音が出にくくなるだけなのに、今回は中域以上がほぼ壊滅状態。歌い出しからいきなりしゃがれて、どうにも誤魔化しが効きません。なぜかフォルセット(裏声)は出るんですけどねぇ。

こんな状態で喉に負担をかけても、症状が悪化するだけなので、自らに3日間の歌唱禁止を課しました。一昨日からの再開も、最初は恐る々る。案の定、平井堅さんや山下達郎さんの曲で、ラストに転調して高音を引っ張るような箇所は、まだダメ。完全復調までは、1週間以上はかかりそうです。

ということで、日頃普通に出来ていたことが出来ないって、どれだけストレスになるかを思い知った次第。私もだんだん「出来なくなる事」が増えいてく年齢なので、ちょっと落ち込んで考え込んでしまった数日間でした。