2019年9月26日木曜日

フィリピンで読む横溝正史


何を今更と言われそうなタイトル。フィリピン・ネグロス島に移住した際、大量に運んだ蔵書にあった横溝正史さんの探偵小説を、九冊一気に読み返したんですよ。

私の同世代、つまり1970年代の後半から1980年代にかけて、学生時代を日本で過ごした人々なら、知らぬ人はないと思われる横溝正史さん。彼が生み出した、日本史上最も有名な私立探偵、金田一耕助が活躍する一連のシリーズが、文庫本に映画、テレビ、果てはコミックやサウンドトラックのレコードに至るまで、本当に大ヒットの連続でした。

私も案に相違せず、当時の角川書店の若き経営者、春樹氏の計略にまんまと乗せられて、角川文庫の金田一耕助モノは、ほとんど全部読破。新品で買うお金がないので、最寄り駅の阪急塚口の駅前にあった古本屋さんで、何冊も買い漁ったものです。

横溝ファンには、説明するまでもないことながら、横溝正史さんの代表作、「本陣殺人事件」から「悪魔の手毬唄」までは、ほぼ昭和20年代に世に出た小説。作品が書かれた時代を反映して、金田一耕助本人は、ニューギニアからの復員兵だし、闇市やヒロポン(覚醒剤)中毒、農地改革による地主や庄屋階層の没落、斜陽族にロマンスグレーなどなど、私の親が学生だった当時の、世相や流行語が満載。

そして、作品の多くが山奥や孤島の村落を舞台としたもの。たとえ東京で起こった殺人事件でも、その原因は何十年も、時には何百年も昔の、因縁話や言い伝えなどが絡んでいる。横溝作品を語る上で必ず使われる形容詞が、「おどろおどろしい」でした。

一旦は忘れられた作家、横溝・探偵小説の魅力は、その精緻なトリックだけでなく、古い日本のビジュアルイメージを盛り込んだ独特の作品世界、それと対照的な、論理的で明晰な頭脳と、ユーモアを兼ね備えた「金田一耕助」という、人物像に依るところが大きい。これが、若い世代にアピールすると見抜いた、角川春樹氏の慧眼がすごい。

さらに印象的なのは、一連の表紙絵。担当は、杉本一文さんというイラストレーター。杉本さんの名前は知らなくても、横溝ワールドを完璧にビジュアライズしたイラストは、一度は目にしたことがあるでしょう。

私など、この表紙に惹かれて、横溝作品を買い求めたと言ってもいいぐらい。先日投稿したフィリピン美女図鑑のアゲハのイラストにも、杉本さんの影響が、色濃く残っています。




その杉本画伯がポスターを描いた、角川映画の第一弾にして、大ヒットを記録した「犬神家の一族」。そして当初は、角川と松竹の共同制作で始まった企画が、後に松竹単独の作品となり、「祟りじゃぁ」が流行語にまでなった「八つ墓村」。金田一耕助役は、前者が石坂浩二さん、後者は寅さん以外で唯一のヒット作となった、渥美清さんが演じました。

この2作、実はDVDを買って、ネグロスまで持って来てます。さらには「犬神家の一族」の英訳版「The Inugami Clan」まで。家内と一緒に楽しめたらと思ったのですが、どうもイマイチ、ピンとこない様子。何代にも渡る恩讐とか怨念というのが、分かり難いらしい。

考えてみれば当然かも知れません。家内の親戚で、親子二代で奥さんとは別に愛人がいて、それぞれに子供がたくさん、みたいな叔父や従兄弟がいても、あんまり陰湿に、恨み恨まれとはならない。腹違いの兄弟姉妹が笑顔で写真撮って、何の屈託もなくフェイスブックに投稿するようなお国柄。

もちろん修羅場になることがあっても、妻と愛人みたいな、当事者同士で一時的に血の雨が降るぐらい。延々とネガティブな感情を内に秘める人って、かなり少数派じゃないでしょうか。仮に人殺しがあっても、それこそ「八つ墓村32人殺し」みたいな、激情に駆られた犯行は、想像できるかも知れませんけど。

ということで、久しぶりで初読の頃を思い出しながら、金田一耕助シリーズを読み耽った、約2週間。やっぱりフィリピンには、陰々滅々なおどろおどろしさは似合わないようです。


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