出典:OPTICO |
年末年始、気楽なフィリピンでの退職生活でも、それなりにバタバタしたら、もう1月の半ば。日本では成人式も終わり、ラニーニャが原因かとも言われている、大寒波と豪雪だそうですね。フィリピンでは雪じゃなくて雨続きの1月。例年ならそろそろ乾季が近づいて、天候が安定する時期のはずなんですが、やはり世界的に気象が狂っているようで、もう何が普通か分からない。去年の乾季は異常に暑くて長かったし。
さて、ようやく前年9月から続いたクリスマスシーズンも最終盤のフィリピン。大抵の家ではまだツリーを出したままで、そろそろ仕舞おうかというタイミング。我が家でも11月にはツリーを出して、年明け早々には片付けました。ただ、家内が寂しがるので、電飾のない卓上におくような小さなツリーは、まだリビングに置いてあります。
ということで、去年の話で恐縮なんですが、クリスマス前最後の週末、突如としてインターネットがダウン。システム障害ではなくても、数時間毎ぐらいでプツプツ切れたりするので、最初はそれかと思ってしばらく待ちましたが、何時間たってもモデムのLEDは赤点滅のまま。プロバイダーのPLDT(フィリピン長距離通信)に連絡して、一応返事はあったものの、例によって対応は遅い。
PLDTユーザーの親戚宅ではアクセスできてるそうなので、少なくとも広域障害ではありません。なので修理が来るのを待つしかないんですが、案の定土日はお休み。結局48時間後の月曜日朝に業者が二人でやって来て、家の敷地内の配線ボックスを点検したら、蟻の巣になっていて、開口一番「バイゴン(フィリピンの殺虫剤)を貸してください」。修理自体はほんの30分ほどで完了し、何事もなかったかのようにあっさりネットが復旧。
その日のうちに復旧しなかったのは久しぶりで、自分たちの生活がどれだけインターネットに依存しているか、改めて実感させられました。まずSNSが使えないのは当然として、以前にも書いたとおり、最近ケーブルTVを解約してテレビは全部ネット。ネトフリにユーチューブ、ニュースはNHKワールドにフィリピンGMA。その他には時々アマプラも。
そして一番困ったのが、高三の息子のオンライン日本語教室。毎週土曜日朝に2時間、日本人の先生と結んで、日本語作文を学んでます。これが、フィリピンにしては高額で、月8,000ペソですから、日本円だとざっと2万円強。1回とぶと結構な損害なので、息子は親戚の家でネット難民。
さらに私のイロンゴ語(西ネグロスの方言)学習にも支障が出ました。と言うのは、コツコツと新しい語彙を、ブログを利用して自家製の日本語-イロンゴ語辞典にしてるので、ネットが使えないと辞書を使えません。仕方がないので、宿題のイロンゴ日記は、間違いだらけのイロンゴと英語混じり。まぁ、地元の人同士でも英語混じりの会話は普通で、そんなに変な感じはなかったですけど。ちなみに英和 / 和英はオフラインでも使えるものを、携帯にインストールしてます。
ただよく考えたら、これが普通の土日ではなくクリスマス休暇中だったら、下手すると1月の2日か3日ぐらいまで、放置されてたかも知れません。48時間で済んだのはラッキーだったのかも。
ところでインターネットに限らず、相変わらず脆弱なフィリピンのインフラ。停電はクリスマス以降だけでも、すでに計画内外合わせて3回もありました。幸い私たちの住むシライ市の水道は、電力に依存しないシステムなので断水は滅多にないけれど、隣のタリサイは停電するとポンプも止まり、停電と断水はワンセット。
交通に関しては、そもそもネグロス島に旅客鉄道はないし、自家用車がなければ州都バコロドへは、「黄色い棺桶」(つまり死亡事故が多い)と陰口を叩かれる真っ黄色のボディのセレスバスか、真っ黒な排気ガスを吐く旧式ジプニーしかありません。コロナ禍前ごろから実用化された電動ジプニーは、田舎のシライまで来てないし、カーシェアのグラブも、最近はなぜか、なかなかつかまらない。
ということで、雨続きで気が滅入ってるせいか、年明け早々ネガティブ満載の投稿になってしまいました。
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