2017年9月30日土曜日

2階ベランダのリノベーション

ネグロスに自宅を新築して3年と少し。懸案だった2階ベランダのリノベがようやく完了しました。このベランダは、相当な曰く付きの案件。

もともとは、屋根なしの完全オープンスタイル。ところが床の防水が全然ダメで、激しい雨が降ると完成直後から漏水が。1年が経過した時点で、階下の4カ所からの雨漏り発生で、応急処置的にベランダ全体を覆う大屋根を追加設置することになりました。その経緯を2年前に「ノー・モア・雨漏り」で詳しく書いております。

仕方なくの工事だった割には、屋根を掛けることで、雨漏りだけでなく強い日差しも遮ることになり、ベランダ自体がずっと居心地のいい場所に変身。ダンベル置いて簡易ジムにしたり、来客時には第二ダイニングとして、食事やお茶をしたり。典型的な結果オーライ。


そうなると、人間はだんだん贅沢になるもの。リラックスした時間を過ごす場所にしては、少々殺風景な感じで、急ごしらえのトタン屋根の天井がだんだん目障りになってきました。これは、他の部屋と同様、ちゃんと天井板を貼り、照明器具もそれなりのものを設置したい。

フィリピン人の家内には、十分きれいにできているのに、何もこれ以上お金を使う必要があるのか? と言われました。それでも、ずっと夢だったフィリピンの自宅。大げさに言うと、悔いを残したまま死にたくなかった。そこで、とうとう大工さんと電気屋さんに来てもらうことに。8月の1階浴室に続いて、今年(2017年)第二弾のリノベーション発動です。

大工さんは、新築時の中心メンバーだったアントニオ君。彼をリーダーとして、合計3人1週間で、人件費9,000ペソ(約2万円)の約束で工事が始まりました。

この3年で、田舎のネグロスでも工法は多少の進化があったらしい。以前は天井板の下地は角材だけだったのが、今回は、薄いアルミ板を加工したメタル・ファーリン(金属桟)を使用。軽いし加工しやすく値段も安い。何より腐食に強く、シロアリ被害の心配もありません。


天井板は、ハーディフレックス。日本では石膏ボードの商品名で知られている素材。いい加減な大工さんの場合、材料費を浮かせるためにベニヤ板を貼ることも。年中湿気の多いフィリピンで軒天井にベニヤを使ったりしたら、数ヶ月もしたらカビが生えて、煤けたように黒く変色してしまいます。我が家の周辺でも、そうなっている家がチラホラ。


アントニオは、さすがに市役所の仕事もしているだけあって、フィリピンの大工さんにしては、ずいぶんとしっかりしています。クライアントが不要の出費をしないようにと、安い建材や工法の提案もしてくれる。最近では、材料の購入も任せているほど。これができる人って、なかなか見つからないんですよ。

ただし、工数の見積もりはかなり甘いのが玉に瑕。結局2週間と少しかかって、工賃は5000ペソ追加の14,000ペソ(約3万円)。材料費が28,000ペソ(約6万円)の合計42,000ペソ(約9万円)となりました。やっぱり、ほぼ10万円仕事になってしまいましたね。それでも、30畳敷きほどの大屋根に天井板を貼って、目止めに塗装。雨樋も完備して、フィリピンにしてはという条件付ながら、出来上がりにはかなり満足。




そしてタイミング良く、もうすぐ私の誕生日。今年は、ここでパーティをしようと目論んでいます。さっそく折りたたみ式の、キャンプで使うようなテーブルも購入。嬉しがりの関西人気質丸出しで、いろいろと準備をしています。



2017年9月28日木曜日

disる日本人


【ディスる/disる】

ディスるとは、俗に、相手を否定する、または侮辱することなどを意味する表現である。
ディスるの語源としては、否定的な意味を持たせる英語の接頭辞「dis-」を動詞化したもの、あるいは、「無礼をはたらく」といった意味の「ディスリスペクト」(disrespect)を略したもの、などの見解がある。日本では2000年代後半以降、インターネットスラングなどとして頻繁に用いられるようになっている。

引用元:IT用語辞典 バイナリ

言葉というのは生き物なので、新しい言い回しや表現がどんどん出てくるもの。ジジぃ共が嘆こうが騒ごうがお構いなしで、日本語は日々変化。かく言う私も、年齢的には完全にジジぃサイドにいますが、自分で使うかどうかはさて置き、時代の流れを静観しております。

さて、ここ最近、善人・ほのぼの路線が続いていたこのブログ。そろそろ筆者の本性を表して、今日は辛口で。他でもない、この「disる」という言葉。私はあまり好きではないけれど、まさに「disる日本人」という感じの書き込みを見つけてしまいました。

リアルで会ったり話したりの有無に関係なく、他人のことを虚言も交えて誹謗中傷するのは、2ちゃんねるなどの電子掲示板を始めとして、もう掃いて捨てるほど。最近ではツィッターで、韓国にルーツを持つ女優さんのCMに、差別的な書き込みが集中したことが問題になりました。この傾向は、子供の世界にまで蔓延して、学校の裏サイトなるものがあり、そこで陰口や言葉のいじめが蔓延してるんだとか。

そして当然のように、フィリピンに住んだり、フィリピンに足繁く通う日本人が集まる、ネット上コミュニティでも、同じことが起こっているというわけです。規模は小さくても、やっぱり日本社会の縮図なんですね。

私がたまたま見かけたのが、爆サイ.comという掲示板。地域別に書き込めるこのサイト、地域というのは日本国内に限らず、アメリカ、中国、韓国、タイ、ベトナムと並んで、ご丁寧にフィリピン版も用意。その中には、私も利用している、FB内フィリピン関連グループの裏サイトのようなスレッドが立ち上がってました。そこで、実名入りでdisり放題。

「爆サイ」で検索してみると、弁護士への誹謗中傷削除依頼とか、被害者の会とかばかり。よほどタチの悪い連中が集まっているらしい。

バカというか暇人というか、一体何のためにこんなことしてるんだろうと思います。ネット上では匿名だという思い込みもあるんでしょう。でも、フィリピン在住者や関連の人たちという、とっても狭いコミュニティの中。書き込み内容や書き方のクセを見れば、だいたい誰が書いたのかは分かってしまいます。

しかもフィリピンの場合、本気で頭に来たら、警察や裁判所に頼らず、乱暴な方法で一気にカタをつけてしまうことも可能。極端な話、拳銃は数万円で入手可能だし、安価に殺人を請け負う物騒な人も、探せばいくらでもいます。事実、フィリピン国内での邦人殺傷事件は、実行犯がフィリピン人でも、依頼元が日本人というのはよくある話。

そんなに嫌な人がいるなら、さっさとブロックして放っておけばいいのに。わざわざ、ストーカーのように付きまとい、相手が何か投稿したら、ことごとく暴言コメント。その上、表だけでは飽き足らず、裏に回ってコソコソと陰口。(本当はコソコソではなく、丸分かり)

私のように、明らかに人生の折り返し点を過ぎた者にすれば、時間の無駄遣いとしか思えません。しかも、日本ではありえないような仕返しのリスクまである。ほんまにアホちゃうか?


2017年9月27日水曜日

パパは最高


2年前(2015年)の息子の宿題で、タガログ語で自分の父親のことを書いた作文が見つかりました。私が自分でフェイスブックに投稿していて、それをすっかり忘れていただけのこと。そもそもタガログ語なので、読んだって分からないから、アップだけして放置していたんでしょうね。

しばらく前に、同じく小学校の宿題で、親から子供への手紙を書かされたばかり。向こうからこちらはどう見ているのかと、興味が湧いたので、グーグル先生にお願いして翻訳してもらいました。ただし、直接タガログから日本語だと、実に変な訳文になるので、一旦英語にして自分で日本語に書き直し。


僕のパパは最高

僕のパパはフランシス(私の洗礼名、フィリピンでの通り名)。京都市立芸術大学でデザインを専攻しました。工業デザイナーになり、エレベーターや産業用ロボット、携帯電話にテレビのデザインをしました。

それからパパは早期退職して、僕たちはここフィリピンのお家に引っ越ししました。絵を描いたり本を読んだりしています。スタートレックやアニメのDVDを見るのが大好きです。

パパは料理も大好きで、毎日僕のお弁当と晩ご飯を作ってくれます。僕はパパが作るカレーライス、オムレツ(オムライスのこと?)、ラーメンにスパゲティが大好きです。パパは最高のコックです!

こちらが原文。

Da Best ang Tatay Ko
Ang aking tatay ay si Francis Nakamura. Sya ay nagtapos ng kursong disenyo sa Kyoto City University of Arts. Siya ay dating industrial designer. Nag disenyo sya ng mga elevators, robots, cellphones at telebisyon. 
Sya ay nag retire ng maaga sa trabaho at kami ay umuwi na dito sa Pilipinas upang dito na manirahan. Magaling syang gumuhit at mahilig magbasa ng aklat. Hilig nya rin kagaya ko ang manood ng DVD ng Star Trek at mga anime.
Masarap magluto ang tatay ko. Araw-araw ay nagluluto sya ng aking lunch. Sya din ang nagluluto sa gabi. Paborito ko ang kanyang curry rice, omelette, ramen at mga pasta. The best magluto ang the best kong tatay!


料理のことは、多分書いてるだろうなとは思ってましたが、卒業した学校の正式名称や、勤め人時代に担当した商品分野のことなど、息子に面と向かって喋ったことはないはず。お客さんと話していた内容を、側で聞いて覚えていたんでしょう。

それにしても、意外に細かいことを見てるもんだと感心しました。早期退職のこともちゃんと理解してるようだし、パソコンでイラストを描いたりしてるのも分かっています。フィリピン暮らしとは言え、メンタリティは日本人の父子。それほど毎日会話をするわけでもない。やっぱり背中を見られてるのか。

振り返って、自分が小学生の頃、父親をどんな風に見てたでしょう。これがほとんど記憶にないんですよ。今の私と息子どころか、おそらく1年間で数分ぐらいしか会話がなかった、私と父。今なら立派なコミュ障と言われるかも。早朝から深夜まで仕事だったし、日曜日は寝てる。その上、家では私とだけでなく、家族の誰ともほとんど話さない変人でした。

それでも、誕生日のプレゼントとかはちゃんと貰ったので、愛情がなかったわけでもない。ただ、表現する手段を知らなかっただけなんでしょうね。その点、フィリピン人の家内とその父親(私にとっては義父)は、もう娘が50歳を過ぎていても、実に細やかな愛情表現。たまに我が家に遊びに来ても、よく喋ってるし。

フィリピン人親子には遠く及ばないけれど、私の父に比べれば、言語・非言語を問わず、息子とのコミュニケーションは、そこそこできているのかも知れませんね。息子が大人になって私がいなくなってから、息子の頭には、どんな父親像が残っているのでしょうか。


2017年9月25日月曜日

私的フィリピン美女図鑑 ホワイトレディ


今週のフィリピン美女図鑑です。
今日は少々を趣向を変えて、ホラーっぽいイラスト。意外に思われるかも知れませんが、フィリピンって、お化けや幽霊、妖怪、怪奇現象の話が多く語られる国なんですよ。ゲゲゲの鬼太郎でお馴染みの水木しげる画伯が、もしフィリピンに滞在したら、きっとフィリピン妖怪の絵姿をたくさん残したと思われます。

フィリピンのお化けについては、以前にも投稿しました。(ご近所さんはお化けがいっぱい)実は今現在私の住んでいる自宅や、その周辺でもお化けを見たという話が。築3年でまだそんなに古びてもいないのに。

特に印象的なのがホワイトレディ。数あるフィリピンのお化け話の中でも、かなり名の知れた存在。小学生の息子でも知ってるほど。目撃情報や噂はこの国全土にあるそうで、白いドレスを着た若い女性ということらしい。中には白ではなく透明だとか、出血多量で死んだ女の霊なので、服ではなく肌が真っ白だという説も。

実は、このブログを書いている2階の書斎から見える、空き家の周囲にも出没するというホワイトレディ。私が直接見たわけではないけれど、向かいのばぁちゃんや、空き地を利用して畑仕事をしている水牛飼いのオッちゃんが見たと言ってます。

日本語のブログでも取り上げている人が多いですね。「ホワイトレディ フィリピン」でググったら、10本以上の記事がすぐに見つかりました。

さて、ここから私の妄想。
白い服を着た若い女の幽霊ならば、それは当然美女に決まっている。肌は青白く、唇だけは血のように赤い。髪は漆黒でロング。やっぱり彫りの深い絶世の美女でなければ...。

そこでモデルには、一昨年(2015年)ミスユニバースの栄冠に輝いた、フィリピン代表のピア・ウォルツバック嬢にお願い(?)しました。この方はドイツ系のフィリピン人。ドイツ生まれで、ミンダナオ島のカガヤンデオロ育ちです。

日本の浮世絵や欧米の絵画では、幽霊は半透明だったり、足がないように描くのが定石。今回、ホワイトレディというお題で描いてみて、その理由が分かりました。もし普通に描いたら、ただの美人画になってしまうから。いくら不気味な背景や、人魂・鬼火の類を描き添えても、全然幽霊に見えません。


ということでいろいろ工夫して、それらしいイラストに仕上げてみました。何となくホラー映画のポスターっぽい。こんな美女だったら、取り憑いてほしいかも。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。
王女カンシライ
マイティ・フィリピーナ
クリスティン
サウンド・オブ・パラダイス
フィリピーナ in キモノ
マニラ・ガール
スーパーの警備員
タクロバンの薔薇
ジュリア・バレット
オフィレニア5人姉妹


2017年9月22日金曜日

超禁煙大国フィリピン


出典:GAHAG

喫煙者には厳しい姿勢で臨んできたドゥテルテ大統領。ダバオ市長時代には、公共の場所での喫煙を全面的に禁止。それを無視して飲食店で喫煙していた外国人観光客がいたそうです。店からの通報でやってきたのは、なんとドゥテルテ本人。銃を突きつけて、煙草を止めさせたとか。

これは噂とのことですが、ドゥテルテ氏ならやりかねない。そして昨年(2016年)11月の大統領令で、公共の場での禁煙がフィリピン全土に拡大しました。マニラ首都圏などの大都会ではかなり厳しく、愛煙家の邦人からも、悲鳴が上がっているようです。

実は私も、フィリピン人の家内と一緒になる前は、1日1箱・20本のペースで煙草を吸う喫煙者。大学時代から30代の半ばまでで約15年間の喫煙歴。ところがある日、勤め先の後輩社員が「私なんて、止めようと思えばいつだって禁煙できますよ」と、エラそうに言ったことがきっかけで、それじゃ二人で禁煙しようとなりました。日頃からこの後輩は、ちょっと生意気だったので、負けられるかと本気に。

やってみたら、あっけなく煙草と縁が切れたのは自分でも驚き。後輩が数日でギブアップしたのを尻目に、何週間、何ヶ月経っても全然煙草を吸いたいと思わない。禁煙って、こんなに簡単だったのか。

それ以来20年近い月日が経った現在に至るまで、1本も吸っておりません。家内は大喜びだし、毎日の食事は美味い。毎月1万円近い出費(当時)が減るし、部屋も汚れず良いことばかり。

気がつくと、私の身の回りには、かつてヘビースモーカーだったのが、諸般の事情で煙草を止めたという人が多かった。そして、そういう人に限って喫煙者には厳しいんですよ。俺が・私が、止められたのに、お前らはまだ煙を撒き散らして、周囲に迷惑をかけるのか、という理屈。

そういう個人体験があるので、ドゥテルテの禁煙政策にはエールを贈っています。でも、ネグロス島までは大統領の威光もまだ届いていないらしく、道端で煙草吸ってるオっちゃんは以前と変わらない。我が家のリノベーションを頼んだ大工さんも、休憩時に一服してましたね。私もそこまで目くじら立てる必要はないと思ってますが。

さて、ネット上のフィリピン在留邦人コミュニティーでは、どの場所で煙草が吸えるか、なんて情報のやり取りもしてるようです。まぁ、私からすれば、せっかくの機会なんだから、もう止めたらと思いますけど。なかなか簡単にはいかないんでしょうけどね。


2017年9月20日水曜日

ネグロスで聴くユーミン


昨日の投稿でアップしたオフィレニア5人姉妹のイラスト。このシリーズとしては、マニラ・ガール以来となる気合の入れようで、2週間以上も、生活のかなりの時間をイラスト描きに費やしました。勤め人だった頃を思い出すほどの勢い。

勤め人と言っても、営業や事務ではなくデザイン職。40歳過ぎても管理職になるでもなく、28年間ずっとデザインの現場にいました。プレゼンテーションやミーティングを除けば、結構地味で孤独な作業が多い仕事。なので、アイデア発想やスケッチ、図面を描く時は、ヘッドフォンで音楽。企業内でもこれが許されるのは、デザイン職能の良さだったのかも。

考えてみれば、芸大でデザインの勉強してた頃から、このスタイルでした。1980年代当時は、スマホもiPodもなく、ウォークマンが出始めた時期。多分私たちが、最初にヘッドフォン付けて街を歩いた世代。難聴になるとか脳に良くないとか、いろいろ言われましたね。



愛用していたウォークマン(赤)
出典:The Walkman Archive

久しぶりにガッツリ作業で、朝から作業用に流していたのが、他でもないユーミンの曲。おそらくネグロス島内で現在ユーミン聴いてるのは、私一人じゃないかと思います。

実は私、中学生の頃からのユーミンファン。初めてお小遣いで買ったLPレコード(CDじゃないですよ!)が、デビューアルバムの「ひこうき雲」。意識して聴き始めたのは「あの日に帰りたい」や「ルージュの伝言」がヒットしてからなので、1975年頃から。

そんな草創期からのファンなので、いまだにユーミンというと私にとっては、松任谷ではなく、荒井由美さんの方がしっくりきます。レコードはあんまり針を落とすと傷むからと、カセットテープにダビングしてテープが擦り切れるまで聴いたのは、「ひこうき雲」「ミスリム」「コバルト・アワー」「ユーミンブランド」「14番目の月」辺りまで。

その後、レコードからCDの時代に移っても、アルバムは買い続けました。でも一番多感な時期を過ぎたせいか、全曲の歌詞を暗記するような聴き方はしなくなり、1987年の「ダイアモンドダストが消えぬまに」で、一旦ユーミンの音楽を卒業。

それでも、約15年間のアルバム20枚186曲。プレイリストにすると13時間を超えるボリューム。オイルショックからバブルまで、私にとっては中学生から社会人になるまでの、まさに青春時代のBGM。

作業に熱中すると、音楽の存在は忘れるものの、ちょっと一段落ついた瞬間にかかっている曲で、昔のことを思い出してしまいます。ユーミンは、ほとんど全部が恋愛の歌。やっぱり目に浮かぶのは、中学や高校で片思いだった子や、大学で付き合っていた子、さらには別れたしまった女性のこと。いろいろありましたね。

特に80年代後半の頃は、CMや「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマに使われていた曲があって、私にとっては、まさにバブルを代表するサウンド。一緒にスキーに行った、人事部の女の子とか、今頃どうしてるかなぁ。

それにしてもこの時代には、電話や手紙がとっても大事な恋愛アイテム。ガラケー時代すら過去になり、今ではLINEやSNSがコミュニケーションの主流。私が知らないだけで、ラブソングの歌詞もそちらにシフトしてると思います。今の高校生が荒井由美の歌を聴いたら、どんな風に感じるんでしょう。(と書いてから思い出しましたが、「やさしさに包まれたなら」や「ひこうき雲」はジブリ映画に使われてましたね。)

今日はフィリピンとはあまり関係のない、ユーミンの思い出話でした。


2017年9月19日火曜日

私的フィリピン美女図鑑 オフィレニア5人姉妹


たいへんお待たせしました。2週間ぶりの美女図鑑です。
やる気をなくしたのではなく、サボっていた訳でもありません。今回のお題は5人姉妹。5人描いたので、単純に作業量が多くなってしまいました。

家内の従妹の5人。彼女たちのことは、2年前にこのブログで取り上げたことがあります。その時は姉妹の容姿のことではなく、父親、つまり家内の叔父の急逝について。以前から読んでいただいている方は、ご記憶にあるかも。

享年69歳の父親、パパ・ボーイことフルバート・オフィレニアさん。かなりのプレイボーイだったそうです。実は5人姉妹以外に、母親が違う子供が3人いて、すでに孫まで。そして5人姉妹の長女・ディアンと次女ドリーは、後妻さんの連れ子。三女・ダリア、四女・ミニー、五女・ダリルはパパ・ボーイの実子という、少々複雑なことに。

葬儀の様子は、なかなかスリリングな展開だったので、興味のある方は読んでみてください。

イースター、そして通夜の始まり
棺の前の修羅場
出て行け〜
家を壊すということ
コメディな人たち

とまぁ家族構成はともかく、この5人姉妹、揃いも揃って魅力的。若い頃は散々悪さをしたパパ・ボーイは、娘たちが心配で仕方ない。ちょっとでも帰宅が遅くなると、玄関先で待っていたそうです。25歳のディアンを筆頭に、末っ子のダリルはまだ12歳。子供5人は珍しくないフィリピンでも、5人とも女の子というのは、あんまり聞きませんね。

さて、イラストのお話。
かなり以前から構想は練っていた、オフィレニア5人姉妹のイラスト。5人なので、ゴレンジャー...と言うと何とも安直ですが、ゴレンジャーはフィリピンでも人気なんですよ。もっとも日本製の特撮ではなく、アメリカでリメークされたパワーレンジャー。こちらは1色増えたりしてますが...。


出典:IGN.com

もちろんパワーレンジャーのコスチュームを着せるのではなく、5色展開をうまく使えないかな、と試行錯誤。途中からアルフォンス・ミュシャのポスター風にもしたいとか、いろいろ考えてしまい、どんどん深みにハマることに。


そんな紆余曲折を経て出来た絵は、我ながらすいぶん少女趣味な作品。ミュシャというより、若草物語? 一度に、こんなにたくさんの花を描いたのも、たぶん初めて。ちなみにこのイラスト、パソコンで描画しておりまして、データ量が大きくなり過ぎて、JPEGに書き出すのに、今までにないほどの時間がかかりました。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。
王女カンシライ
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2017年9月17日日曜日

活躍する日は来なくてもいい


今年(2017年)5月にフィリピン・ミンダナオ島のマラウイ市で、政府軍とイスラム系過激派との軍事衝突より、戒厳令が布告。その後、12月末まで戒厳令の期間延長がフィリピン議会に承認され、4ヶ月が経過した現在の死者数は、過激派660名、政府軍兵士145名、一般市民45名の合計850名となっています。(9/13付け日経の記事による)

日本に住んでいる人にとっては、遠い国の戦争。ところが、フィリピン国内に住む私たちにとっては、たとえ戦闘地域ではなくても、とても生々しく感じられます。それは、テレビのニュースで、政府軍の戦死者の情報が詳しく報道されるから。

家族で夕食を囲む、午後7時前後。亡くなった兵士の顔写真が一人づつ紹介され、それに続き、葬儀で嘆き悲しむ家族の様子が、テレビに映し出されます。フィリピンのテレビ局は、こういう内容の映像にBGMをつけるのが一般的。息子と一緒に見ていると、ちょっと勘弁してくれよ、という気分。

これが、戦時下の国の現実。たいへん幸いなことに、私の生まれ育った日本では、1945年の敗戦以来、一度としてこのような事態になったことはありません。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と謳った憲法下で創設された自衛隊。私には、どう考えても自衛隊は「戦力」にしか思えないけれど、これまた幸いにして、その戦力を行使することなく、現在に至っています。

ここ最近、きな臭い雰囲気が満ちてきた日本周辺。新しい憲法解釈で、自衛隊の海外派遣が可能になったり、北朝鮮の軍事挑発が露骨になってきて、一つ間違えば、日本でも7時のニュースで、戦死した自衛隊員の追悼報道が流されることに、なりかねない情勢。

年齢的に、私はもう兵士として前線に駆り出されることは考えにくい。こうなると、やはり気になるのは小学生の息子の将来。今後、日本・フィリピン、どちらの国籍を選ぶにしても「お国のために名誉の戦死」なんてことにだけは、絶対になってほしくない。まさに「君、死に給うことなかれ」*の心境です。

そんな時に思い出されるのが、27年前に麗美が歌った「走るそよ風たちへ」という歌。1980年代、学園祭の女王と呼ばれて、たいへん人気のあったシンガーソングライターの麗美(れいみ/Reimy)。私も何枚かCDを買って、フィリピン移住後も、スマホに入れて時々聴いています。最近まで知らなかったのですが、この人、フィリピン人のお父さんと日本人のお母さんを持つ、ハーフだったんですね。私より3歳若いだけのほぼ同年代。

沖縄生まれの麗美さん、1985年、横須賀にある陸上自衛隊関連学校の学園祭で歌ったことがきっかけで、その5年後に自衛隊員を目指す学生に捧げる歌をリリースしました。これが「走るそよ風たちへ」。日本のポップソングとしては異例とも言える歌詞。いわゆる「反戦歌」ではありませんが、祖国を守るために集う若者たちに対する、何とも切ない思いが託された良い歌です。


特に終盤の「活躍する日は、来なくてもいい」という一節が胸を打ちます。そうなんですよ。兵士が活躍するということは、その兵士が傷ついたり、命を奪われたりすることに他なりません。当たり前のことだけれど、死んだ兵士の母が、父が、子供の棺に取りすがって涙に暮れる、ということになる。

フィリピンに移住して、この歌詞の重さを実感するとは想像もしていませんでした。本当にマラウイでの戦闘の一刻も早い終結と、日本の自衛隊がこの先もずっと、戦闘で活躍しないで済むことを祈るばかりです。

*君死にたまふことなかれ
明治生まれの歌人、与謝野晶子が、日露戦争に従軍した弟のために書いた詩。


2017年9月13日水曜日

マニラの地下鉄



出典:Carmudi Insider

ベニグノ・アキノ大統領の時代。彼の手腕なのか、たまたま幸運だったのかはともかく、フィリピンの景気が大好転。マニラ首都圏での経済活動が活発になり、あちこちで再開発による建設ラッシュ。こうなると深刻になるのが、世界のどの都市でも同じように交通渋滞です。

1990年代に、交通渋滞「アジア最悪」と言えばタイのバンコクが有名でした。今では我がマニラ首都圏が、ありがたくない後継者に。そこで日本のJICA(国際協力機構)に地下鉄建設の事前調査が依頼されました。調査はすでに完了し、報告書がネット上に公開されています。ちょっと読んでみましたが、実に広範囲に渡った綿密な内容。

この計画は、メガマニラ地下鉄プロジェクトと呼ばれ、前任のアキノ氏を引き継いだ、ドゥテルテ大統領の目玉政策にもなっています。そして先ごろ、終点がマニラ国際空港(NAIA)に延伸の形で変更され、第1期事業が政府機関によって承認されました。

さらに、この11月(2017年)、アセアン首脳会議で、安倍首相が日本からの大規模ODA(政府開発援助)を行うことを伝える見通し。これで、懸案だったマニラの地下鉄建設が、本格的に始動します。総工費は、今後3年間で 3兆6000億ペソ(約7兆9000億円)。2020年着工で2025年営業開始とのこと。

マニラ首都圏に地下鉄を建設については、フィリピン在住だったりフィリピンをよく知る日本人の反応は、だいたい二つに分かれます。「できたら便利だし嬉しいけど、たいへんだろうなぁ」という一縷の希望派と、「フィリピン人に、そんな難しいことができる訳がない」という頭から馬鹿にする派。

フィリピンに関わってかれこれ20年以上の私は、当然前者です。昔は「まるでダメ」なことばかりだったこの国。ところがネグロスの片田舎ですら、新しい空港が完成し、巨大ショッピングモールも開設。最近は停電も減ってきたし、曲りなりにもネットは通じる。日本食レストランだって何軒もある。

場所による格差もあるし、貧富の差は大きいのは相変わらずながら、いろんな面で生活は良くなり、インフラも整備されてきました。ところが、フィリピン人を配偶者に選び、フィリピン、それもマニラに住んでいるオっさんに限って「馬鹿にする派」の急先鋒が多い。すぐに道路が冠水するから、地下鉄作ったりしたら水浸しになるぞ、なんて。それは馬鹿にし過ぎ。

ここで他の東南アジア諸国の現状を見てみましょう。最も早かったのが、東南アジアの優等生シンガポールで、1987開業。1998年にはマレーシアのクアラルンプール。前出のタイ・バンコクが2004年。ベトナムの首都ハノイとホーチミン(旧サイゴン)で現在建設中となっています。

バンコクの場合、日本の円借款や軟弱な地盤、洪水の多発など、マニラとよく似たケース。相当な難工事だったようで、2本ある路線の1本「ブルーライン」は、1997年の着工から運行開始まで、7年を要しました。やはり最初は、地下鉄建設に否定的な意見が多かったそうです。

今回の国家プロジェクトは、フィリピン国内に留まらず、南沙諸島の領有問題などで、日本と中国の思惑が交錯した国際案件。ドゥテルテが、この状況を利用して日本からの援助を勝ち取ったという側面もあるでしょう。

ただしこの両天秤のやり方は、つい最近、インドネシアが高速鉄道建設計画で失敗しています。日本の新幹線方式に決まったと思ったら、金銭面で常識外れな好条件を提示した中国が逆転受注。ところが、中国の融資条件の「土地収用100%完了」が、実はまだ55%。すでに2年経過した2017年現在もほとんど建設が進んでおらず、計画そのものを危ぶむ声も上がっています。

実はフィリピンでも、2007年のアロヨ政権時代、中国に建設を任せた、マニラ首都圏と郊外を結ぶ旅客鉄道が、未完のまま挫折した苦い過去があります。その他にも、既に営業中のマニラの地上鉄道(MRT)で、38億ペソ(約87億円)で中国から購入した車両が、マニラに到着してから不具合が発覚。また、同じくMRTで保守点検を韓国に任せてから、ドア故障や脱輪のトラブルが頻発したり。

嫌中・嫌韓の連中が大喜びしそうな話ですが、フィリピンの納税者にしてみれば、笑い事ではありません。いずれにしてもマニラの地下鉄には、日本の資金が使われるのは間違いない。中国・韓国のことや、これまでの経緯は関係なく、とにかくちゃんと完成させて、ちゃんと運営してほしい。フィリピン在留邦人の一人として、切にそう願います。


2017年9月10日日曜日

やっぱりやめたネグロス・リージョン


前フィリピン大統領の、ベニグノ・アキノ氏の時代。私たちの住むネグロス島の東西2州を、新しいリージョン(地方)にするという決定がありました。リージョン(Region)というのは、日本でいうと、近畿地方とか関東地方などと同様かも知れません。ただし日本の地方とは違い、単なる呼称ではなく、正式な行政区分。フィリピンには18のリージョンがあり、例えばマニラ首都圏は中央ルソン・リージョン。

以前にも投稿した通り、ネグロスは四国より少し小さい島。中央の山岳地帯が、地理的にも文化的にも、島の東西を二分。四国山地に隔てられて、瀬戸内の徳島・香川・愛媛と、太平洋側の高知が、いろんな意味でずいぶん異なっているのと似た感じです。


ネグロスの場合、まず東西で言葉が違う。ちょっと訛りがキツくて聞き取りにくいというようなレベルではなく、語彙も文法も別もの。もちろん共有するボキャブラリーもあるので、相互理解が完全に不可能ではないけれど、外国人の私が耳にしても、言葉の響きがずいぶん違います。


私の感覚では、シライ市のある西ネグロスのイロンゴ語は、どちらかというと柔らくて女性的。それに比べて東のセブアーノ語は、やや硬質な耳触りです。すごく無理矢理に敢えて言うならば、京都弁と江戸弁みたい。

言語名から容易に推測できるように、イロンゴは西隣りのパナイ島の中心都市、イロイロが発祥の地で、セブアーノは言うまでもなく、東隣のセブの言葉。つまり、山越えが難しく、船での交流の方が容易で、それぞれ対岸の島々との関係が深かったことの名残り。そしてそれを反映するように、西側は西ビサヤ・リージョン、東側は中央ビサヤ・リージョンに所属。

今でも旅客鉄道も航空便もなく、西ネグロスの州都バコロドから、東のドマゲティまで車で5〜6時間の道程。それぞれに空港があるので、マニラやセブなら日帰り旅行ができます。こういう状況なので、「ネグロスアイランド・リージョン」ができても、誰が得をするのかよく分からない。

この発表があった一昨年(2015年)、家内は「どうせ選挙で議員が変わったら、どうなるか分からないよ」と冷笑的でした。さすがにこんな大事が、それほど簡単に覆らないだろうと思っておりましたが、驚いたことに覆ったんですよ。

先日ドゥテルテ大統領が、あっさりと「お金がないから、新リージョンは止める」と宣言。対麻薬戦争やらマラウイでの内戦など、重要案件が目白押しの政局で、ほとんど誰も関心を示さないまま、沙汰止みになってしまいました。こんなんでええんかいな。

ええ加減と言えば、ええ加減この上ない話。それでもよ〜く考えてみたら、金がないから止めると言えるのは、ひょっとすると至極マトモな政治判断ではないかと、思えてきました。原発を1機だけ作って、結局稼働させずに放置したりするフィリピン。これだって、無理に発電して事故を起こしていれば、どんな恐ろしいことになっていたか。

一度決めたことは、どれだけ周囲の状況が変わっても、頑固に変えない(変えられない)我が母国のお役所に比べると、よほど税金を大事に使っているとも言えます。例えば、本四連絡橋や整備新幹線。日本経済絶好調の時代に立案された計画なのに、景気が悪化しようが、飛行機の方が安くなろうが、頑迷なほどに見直しも修正もしない。

初志貫徹とか、朝令暮改を戒めるとか、日本の政治や経営では、最初に決めたことをやり抜くことばかり重要視。やってみてアカんかったら、止めるか、やり方を変えるというのは、ダメなことのように思う人が多い。それって、個人の生き方としても疲れるし、周囲も迷惑だと思うんですけどね。柔軟性がないのは、ちっとも自慢になりませんよ。


2017年9月8日金曜日

共益費の滞納

私たちが住む宅地、セントフランシス。面積は約300ヘクタールで、かなりな広さ。現在も造成が続いていて面積は拡大中です。周囲をコンクリートブロック製のフェンスで囲み、3箇所のゲートには、24時間体制のショットガンで武装した警備員が常駐。

こういうスタイルの宅地は、フィリピンではサブディビジョンと呼ばれます。私の知る限り、このセントフランシスは、かなり高級な部類。フェンスのないただの住宅地だったり、フェンスはあっても警備が雑で、コソ泥も強盗もフリーパスなものまであります。

ここは、元々はサトウキビ畑だった場所。オーナーはこの付近の土地を所有する大地主。フィリピンで地主というと、植民地時代から続く搾取の象徴のような存在で、その大金持ちぶりは半端ではありません。

広いと言っても、すべての区画に住宅が建設済みなのは、比較的価格の安いフェイズ1という地区だけ。それ以外のフェイズ2〜6はやや高額で、場所によっては最低でも2ブロック以上が購入条件。そのため売却済みでも投資目的のオーナーが多く、まばらにしか家が建っていません。

私が十数年前に土地を買ったのが、最も早くから売り出されていたフェイズ・エグゼクティブ(すごい名前)内の4ブロック。こんな書き方をすると、びっくりするような値段かと思われますが、全部まとめて200万円に届かず。ローンなしのキャッシュ払いが可能でした。

最新の情報によると、現在フェイズ・エグゼクティブの1ブロック(150平米)の価格が、46万ペソ。ざっと98万円なので、4ブロック(600平米)で 392万円。日本に比べれば桁違いの安さとは言え、購入時のほぼ倍になってたんですね。

この値段の土地を買える人は、ネグロス島の感覚ならば、1ブロックだけの所有でもかなりの金持ち。フェイズ・エグゼクティブのハウスオーナーとなると、「富豪」と言ってもいいぐらい。

ところが、こういう連中が、サブディビジョンの共益費を滞納してるんですよ。先日、クラブハウス(管理事務所)で緊急ミーティングが招集され、未納のハウスオーナーに警告が出ました。払わなかったら、名前書いてゲートに貼り出すぞという、最後通告だったそうです。

どんな高額の共益費なんだと言われそうですが、1ブロックにつきたったの100ペソ余り。(約200円)。4ブロック以上も所有して、超豪邸を建ててるオーナーに限って、全然払ってない。どうも、ネグロスの金持ちって、こういうことが恥ずかしいとは思わないものらしい。



こんな家に住んでて、月1000円程度を払わない

共益費を徴収できないと、警備員も雇えないし、宅地内の街灯の電気代も払えない。定期的に草刈りしたり、伸びすぎた樹木の枝打ちしないと、危なくて車を走らすこともできない。特に最近は、周囲の治安が悪くなってきて、宅地内でも強盗騒ぎがあったばかり。一体、何を考えてるんでしょう。

豪邸の主は、宅地の警備員とは別に、プライベートのガードマンを雇ってたりするので、自分たちには関係ないと思っているのか。それでも、宅地全体が物騒になれば、何をするにも不便で面倒になるのは間違いない。本当に、目先のことしか見えていない。罰則や罰金がなければ、どんなに余裕があっても必要な経費を払おうとしない。周囲から知られていても、平気で開き直る。どうも私の周囲の富裕層は、大なり小なり、こんな感覚の人が多い気がします。

「恥の文化」の国で育った私。その中では例外的に、関西人は体裁ばかり気にすることを「エエ格好しぃ」と馬鹿にする傾向があります。50年間、関西で生きてきて、日本は窮屈で鬱陶しいと思ってましたが、「エエ格好し無さ過ぎる」のも、考えものだったんですね。


2017年9月6日水曜日

私的フィリピン美女図鑑 ジュリア・バレット


今週はなかなか描き出せなくて、いつも通りの投稿ができるかどうか危ぶまれたフィリピン美女図鑑。なんとか完成しました。

今日の美女は、フィリピンで人気爆発中の女優、ジュリア・バレット嬢(Julia Barretto)。移住してからテレビ番組はほとんど見ない私でも知ってるぐらい、ドラマや映画に引っ張りだこ。芸能関係のニュースにもよく出てますね。フィリピンに親戚や友達がおられるなら、ジュリア・バレットって知ってる?、と訊いてみてください。

私がわざわざ「フィリピン美女」として取り上げるぐらいなので、美人には間違いない。でも、フィリピンのタレントに多い、スペイン系のセクシータイプとはだいぶ趣きが違っているジュリア。敢えて言うなら、飾り気がなくて庶民的。

えくぼがチャームポイントで、これほど笑顔が魅力的な人も珍しい。昔、「えくぼの〜、ひみ〜つ、あげ〜た〜い〜わ〜」という歌をBGMに使った、洗顔料のCMがありましたね。調べてみたら、歌ってたのは松田聖子さんでした。ひょっとすると、ジュリア・バレットは、当時の松田聖子さんに匹敵するぐらいの存在感かも知れません。(毎度、古いたとえばかりでスミマセン)


それにしても若い。まだ今年で二十歳。デビューは2006年のテレビドラマなので、9歳からカメラの前に立ってたんですね。両親ともに俳優の芸能人一家に育ったそうです。びっくりしたのは、お母さんのマジョリー・バレットがまだ43歳で、私より干支一回り若い。さらにその娘さんの世代が活躍してるんだと、シミジミしてしまいました。

実は私がジュリア・バレットを知ったのは、テレビや映画ではなくフェイスブック。家内の従妹(と言ってもまだ24歳)ドリーの投稿がきっかけ。プロのダンサー、ドリー。どうやらジュリアと友達付き合いをしているらしく、時々二人の写真をアップしてます。この話は、以前にこのブログでも書きました


ということで、今回は背景はいたってシンプルに、人物を中心にいつもより描き込んでみました。この人は、モデルとしても完成した容姿だと改めて実感。二十歳といっても、もう10年以上のキャリアがあるわけですから。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。
王女カンシライ
マイティ・フィリピーナ
クリスティン
サウンド・オブ・パラダイス
フィリピーナ in キモノ
マニラ・ガール
スーパーの警備員
タクロバンの薔薇


2017年9月4日月曜日

人権侵害

ドゥテルテ氏がフィリピン大統領に就任して、早くも1年3ヶ月が経過しました。公約通り、フィリピン全土で展開中の対麻薬戦争。今でも毎日のように、この戦争で殺害された人々のことが報道されています。

フィリピンのテレビニュースでは、今回の麻薬戦争に限らず、事件や事故の被害者の死体を撮影することに躊躇がありません。もちろん顔や死体の状況がはっきり分からないように、ボカシをかけたり、体の一部だけをクローズアップ。それでも夕食時に、子供も一緒に見る映像としては、ショッキングに過ぎる。

ドゥテルテ大統領による対麻薬戦争と超法規的殺人は、すでに日本でも繰り返し伝えられているので、ここで詳しく解説する必要もないでしょう。この8月には、薬物とは無関係とされる高校生が、警官に射殺される事件が発生し、国内からの批判が強まっています。

このブログでも、何度か取り上げたこの話題。死刑制度が廃止されたこの国で、裁判抜きでの容疑者の殺害は、議論の余地のない犯罪行為。それでも大統領の支持率が下がる様子は見られない。

私も、国民の支持があるから許される、というものではないと思います。深刻な人権侵害だと、国連や外国の政府が懸念を示すのも当然でしょう。とは言え正直なところ、ヨーロッパやアメリカの政治家や団体が、人権や人道を盾にドゥテルテを非難するのは、感情的に反発を覚えます。

そもそも、フィリピンを含むアジアなどの国を侵略し、何百年にも渡って搾取し続けてきた国に、そんなことを口にする権利があるとは思えない。今さら人権を持ち出すのなら、麻薬がここまで骨がらみの社会問題になる以前に、なんらかの支援策を取れなかったんでしょうか。

無茶苦茶な理屈なのは分かっています。法が無視され、一方的に殺害される人がいる現状に異を唱えるのに、その人の国籍は関係ありません。分かってはいるんですが、どうしても腹が立って仕方がない。

私は今のやり方が最善の方法だとは思いません。毎日、警官に殺された人の肉親や友人が嘆く姿を、テレビで見せつけられるのはうんざりです。でも、雑貨屋のオバちゃんまでが、覚醒剤の密売をするほど歪んだ社会を、他にどんな手段で矯正できると言うのでしょうか。

実は、私たちの住むネグロス島のシライ市にも、対麻薬戦争の影響がジワジワと迫っています。道端で容疑者が射殺、というような直接的な事件はないけれど、こんな田舎街のバランガイ(町内会)でさえ「対麻薬戦争」をポスターで呼びかけ。


そして、麻薬取引ができなくなって生計の道を絶たれた密売人が、窃盗や強盗に流れている。自宅近くでも、目に見えてそうした犯罪が増えています。実際にホールドアップの現場を目撃したり、銃声を聴いたという話も。

フィリピンに住む限り、他人事ではない対麻薬戦争。一刻も早く収束してほしいと願っていつつも、ドゥテルテ大統領のやり方を、単純に批判する気にはなりません。


2017年9月2日土曜日

犬と猫

昔から「犬と猫」比較の話題は尽きないようです。ペットとしてどちらを好むか? 飼い主への愛情や忠誠心はどちらが上か? あなたは犬派?猫派? などなど...。

2ヶ月ほど前から計らずも、犬と猫、両方の飼い主になってしまった私。幼稚園ぐらいの頃は、両親が自宅で犬を飼っていて、小さな庭はほぼ犬に独占されていた時期がありました。ところが本来は動物が大嫌いだった母が、もう絶対に犬や猫は飼わないと宣言。50年経った今に至るまで、実家では熱帯魚や金魚ぐらいしか、生息を許されていません。

その影響もあったし、実家を出てからはずっと賃貸マンション暮らし。フィリピンに移住するまでは、私もペットを飼うことはありませんでした。

ところが生まれて初めて自分の持ち家ができたとたん、仔犬や仔猫が持ち込まれたり、家内が鶏を飼い始めたり。犬と猫は数ヶ月も持たずに死んでしまったものの、鶏はしぶとく生き残り、飼いたくもないネズミが天井裏に住み着いてくれました。

今年(2017年)の初め頃からネズミ駆除を目的に、たまに裏庭に侵入してくる野良猫を餌付け。最初は、うまくいくかどうか半信半疑だったのが、やってみたら雄2頭、雌1頭の猫が我が家をテリトリーに。特に雌猫はすごく懐いて、今では完全に飼い猫状態。

そして7月。今度は成り行きとか必要に迫られてではなく、純粋に愛玩動物として仔犬を1頭もらい受けました。

こんな経緯で、毎日、犬と猫に餌を与えている毎日。しかも少し前からは想像もできないことに、両方から慕われています。単に餌をくれる人間と、認識しているだけとは言え、朝起きて玄関の扉を開けたとたんに、「クンクン、ニャアニャア」とすり寄ってこられると、やっぱり気分がいい。

この状況だと、どうしても犬と猫をいろいろ比べてしまいます。今さら、どっちが優れているとか、不毛な議論をするつもりはないけれど、ゴマ(犬)とチャコ美(猫)と接している限りにおいては、圧倒的にゴマがアホだと思います。

ゴマはまだ仔犬、ということもあるでしょうが、とにかく単純。空腹だとか構ってほしいとか、欲求の表現があからさま。すぐに腹を見せて「服従のポーズ」をするし、変なプライド皆無で、飼い主に全面服従の全面依存。


それに比べると姐さんのチャコ美は、餌の時以外は、それほどベタベタしないし、人間とはそれなりの距離を取っている。餌を催促してニャアニャア鳴いても、しばらく放置したらあっさり諦めて、どこかに行ってしまいます。自主自立の精神満載。


こうなると犬か猫かは、好みの問題。私の場合は、どうもアホな子ほど、可愛いく感じる性分だったらしい。美女猫のチャコ美が嫌いなわけではないけれど、私がもし今日突然死しても、明日から何もなかったかのように、平然と生きていくだろうという感じ。その点ゴマは、いつまでも私の姿を探してクンクン鳴いている気がします。

ここまで感情移入してしまうと、人間の子供を育てるのと、心情的にあまり変わらなくなるもの。息子は、あと10年も経てば、家を出て独立するでしょう。そうしてくれないと困る。しかしゴマはあと何年生きるにしても、飼い主を頼るしか生き方がありません。考えようによっては、ずいぶん重い責任ですね。


餌の時以外は、平和に暮らすゴマとチャコ美


距離を詰めすぎると
チャコ美のネコパンチが炸裂