2022年5月31日火曜日

信仰を甘く見てはいけない

 「私はSNSには向いてない?」の続きです。

ミクシィ全盛期の10年以上前から、SNSで失敗を繰り返してきた私。昨年の後半辺りから、ツイッターにハマり出して、フィリピン在住の日本人、女性や比較的若い人たち中心に、新たな交友を広げることができて喜んでいたのも束の間。

前回投稿の、反ワクチン関係のブログをツイッターでシェアして、友達付き合いをしていた人を怒らせてしまってから、どうもいろいろ上手くいかない。心に小さな棘が刺さるような出来事は多々あれど、一番キツかったのは、マニラ近郊在住のある若者とのやりとり。

まだ未婚らしい彼は、フィリピンの若い女性とのお付き合いを楽しんでおられるようで、時々それに関するトピックを投稿。それはいいんですが、どうやらそのお相手が、プロテスタントの信徒さんらしい。

その彼女に誘われたのか、自分から頼んだのか、教会に足を踏みいれたそうです。恋人や配偶者の影響で、信仰の道に目覚めるのは割とよくある話。ところが何を勘違いしたのか、その教会には美人が多いので、宗教にこだわりのない人は、パートナー探しにどうですか?みたいなツイート。

私自身がカトリック信徒で、その宗派には、私の友達や知り合いが多数入信しています。私はともかく、フィリピンで大人になってからプロテスタントに改宗するような人って、男女を問わず、とても真摯に信仰に向き合っている人がほとんど。

そんな人たちが集う場所に、ガールハント目的で他人を誘うなんて、いくら冗談でもちょっとタチが悪すぎる。私の場合は、信仰が縁で今の家内と知り合ったという経緯もあり、心の中で大切にしていたことを、踏みにじられたような気分。

そしてここからが、大人気ないというか、私がSNSに向いてないところで、黙ってミュートにするかフォロー止めればいいのに、つい「信仰を甘く見ちゃダメですよ」とチクリ返信。

相手にすれば、ロクに自分のことを知りもしないジジィが、何をイチャモン付けとるんや?てなもので、逆ギレの反撃。まぁそうですよね。多少なりとも「マズかったかな?」と思ってたとしても、あるいはまったくの言いがかりだと感じたとしても、「お言葉ごもっとも、私が悪かったです」とは、普通、ならないでしょう。

その後、2回ほどコメントの応酬はあったものの、双方歩み寄るでもなく、私の方からツイートを消してブロック。実に後味の悪い結末。それ以降、自己嫌悪も相まって、ツイッターへの気持ちが一気に冷めてしまいました。

ダメ押しが、ツイッター経由で知った、フィリピンで事業を展開する、ある日本人経営者による求人面接。フルリモートで、パートタイム的な働き方もできるとのことで、Zoom面接を受けたんですよ。面接自体は、特に問題もなく、来週結果をお知らせしますね、と言われて終了。

ところがその来週になっても、一週間過ぎても、十日目になっても梨の礫。こっちは還暦間近だし、特別なスキルがあるわけでもないから、断られるのは仕方ありません。ただ自分から期限を切っておいて放置ってのは、どうなんでしょう。

10年ぶりの再就職への期待も雲散霧消してブロック。これまた、後味の悪さだけが残りました。

ということで、ツイッターだけでなくフェイスブックも含めて、SNS全般に嫌気が差した私は、ツイッターのアカウントを削除。フェイスブックも過去の投稿を全消去。一旦リセットして気分転換することに。

その後、ツイッターは新しいアカウントを起こして、フォローする人の数を絞り、フェイスブックも投稿数をかなり減らして、1週間以前ものは順次消去。そうすると就寝時間が1〜2時間早くなりました。

どうやらSNSが向いてないと言うより、少々依存し過ぎてたようです。たまにはリセットも必要なんですね。いくら平均寿命が伸びても、私の残り時間はせいぜい20年程度。日に何時間もSNSに費やすのは勿体なさ過ぎると、ようやく気付きました。



フィリピンでウケる卵焼き

 このブログで卵焼きの話をするのは2回目。もう5年前に、家内の親友マジョリーとその娘さんのゼニアが、私の作った卵焼きを喜んで食べてくれたという投稿が最初でした。(卵焼き大好きフィリピーナ

私は生まれ育ちとも関西ですが、子供の頃に母がお弁当に入れてくれたのは、関東風と言われる砂糖入りの甘い味付け。卵焼きと言えば、ほんのり甘いのが当たり前と思って育ちましたが、塩で味付けした卵焼きもあるんですね。

プロの料理人ならともかく、素人感覚では卵焼きなんて簡単にできるし、ホームパーティに出すほどのご馳走でもない。せいぜい家内の弁当に入れる定番アイテム。ただ、おにぎりとか卵焼きって、フィリピンでは滅多にお目にかからないせいか、珍しがった家内の同僚が、ちょっと味見させてとなることがあるらしい。

これが評判になって、昨日の夕食時に家内から「明日、定年退職する人が卵焼きを気に入って、旦那さんに食べさせたいと言ってるから、作ってあげて。」と頼まれてしまいました。

そして私の卵焼きも、母譲りの甘い味付け。今はサトウキビの島ネグロス在住なので、使う砂糖は地元のブラウンシュガー。どうやらこれが、フィリピン人の口にも合うらしい。トマトソースやマーガリンが甘く味つけられてるお国柄。それにしても「旦那さんに食べさせたい」とは、たいへんな惚れ込みよう。

別にそれほど凝ったことは、やってないんですよ。

生卵2個を溶いて、砂糖と醤油を少し。出汁は本だしの省エネ調理。唯一凝ってると言えるかも知れないのは、日本から持ってきたセラミック製の四角い卵焼き器を使ってることぐらい。

腕前の方も、全然大したことなくて、フワフワ仕上げがどうしてもできない。せっかちだから、ゆっくり火を通してというのが苦手。それでも家内も息子も、美味しい美味しいと食べてくれるので、敢えて技術革新は目指さない、マイペースな主夫。

それでも、そこまで喜んでくれる人がいるんなら、頑張りましょうとばかりに、今日は卵6個で、3本作った卵焼き。出来栄えは、相変わらずフワフワには程遠いものの、まぁまぁという感じ。チーズでも巻こうかと思ったけれど、最初に食べたのと印象が違うと、逆にがっかりさせるかもと思い、やめときました。

ということで、いつものように弁当と一緒に、メイドのライラおばさんに家内の職場への配達を頼みました。歩いて15分ぐらいの距離なので、弁当は早朝ではなく昼前にのんびり作れます。何事もユルユルなフィリピン主夫。

しばらくすると、家内からFBメッセンジャーで連絡が来ました。「ありがとう、オバちゃん嬉しい。」昔の電報みたいですが、どうやら喜んでいただけたようです。


2022年5月30日月曜日

私はSNSには向いてない?

 ここ最近、このブログを含め、私が参加しているSNS(フェイスブック、ツイッターなどのソーシャル・ネットワーキング・システム)で、不愉快な出来事が連続しております。

会ったこともなければ、顔も本名も、場合によっては性別すら定かではない人たちと、会話をするわけですから、かなり注意をしていても、ある程度のトラブルは避けられないのがSNS。

私の場合は、まったく知らない相手から不快なコメントがあったら、即刻ブロックしてしまうタイプだし、別に有名人でもないので、複数の人から執拗な嫌がらせがあるわけでもありません。

数年前には柄にもなく、フィリピン関係の人たちが健全な情報交換をできる場を提供しようと、フェイスブック内にグループを立ち上げました。ところがこれがまったくの企画倒れ。ほんの数ヶ月で管理人である私が、参加者の何人かと険悪な雰囲気になってしまい、共同の管理人である方に任せて、早々の退会。

少々言い訳をさせて頂きますと、少数ながら、明らかに荒らしが目的の人が必ず紛れ込んでしまうのがSNS。それをモグラ叩きのように対応して、いささか神経が参ってきたところへ、荒らしとまではいかなくても、棘のあるコメントをする人がチラホラ。

ちなみに私は、幼稚園の時の先生から私の母へ「息子さんは、自分にも厳しいけれど、他の子にも同じ厳しさを求めるところがありますねぇ。」なんてことを言われてしまった子供。「三つ子の魂、百まで」とは名言で、半世紀以上たっても、性格はそのまんまの問題児。

そんな困った男なので、つい無礼には無礼の倍返しをしちゃうんですよ。もうこの性格は、死ぬまで治りませんね。

とまぁ、あんまり知らない相手とのネット上の争いは、決して気分は良くないものの、それほどダメージは残らないんですが、辛いのは、気が合うと感じてそれなりに交流を重ねた人と衝突してしまった時。

ミクシィの頃から同じことの繰り返しで、大抵は、何気なく投稿した文章や写真に、こっちの想像を遥かに超えるヒステリックな反応をいただくのが発端。セミの写真アップしたらマジギレされたり(虫が大嫌いな人だったんですねぇ。)、日本の社会問題を批判的に書いたら、それまでとは別人かと思うほど激昂した調子でコメントされたり。ちなみに両方、相手は女性でした。

お二人ともリアルの友達だったんですよ。

こうなってしまうと、根性無しの私は、言い返す前に恐怖心で萎縮してしまって、それ以降の付き合いを続けることができません。

さすがに最近はそんなこともなくなり、ちょっと油断してたら、今度はツイッターで火の手が上がりました。こちらはコロナ禍が原因。

病的に反ワクチンや陰謀論を唱える人について書いたブログに、もう何年も家族ぐるみでお付き合いしている、これまた女性が、猛烈な勢いで噛みついて来られました。「自分の意見を押し付けるな!」「コロナ禍で拡まった社会の分断に、加担するのか!」と、それはエラい勢い。

別に意見を押し付ける気はなかったし、社会の分断を煽ってるような大それた内容でもないと思うんですが、そう取られたなら仕方がありません。また、反ワクチン...とまでは行かないにしても、ワクチン接種に懐疑的な人だったと知って、そちらの方がショック。すぐにツイートは削除してブロックと相成りました。

そしてそれだけでなく、ツイッターから距離を置くきっかけになった、決定打みたいな出来事が、ここ2か月ぐらいで連発。長くなりそうなので、次回に続きます。



シロアリ騒動の結末

 結末と題した今日の投稿。切に終わりであることを願ってるんですけど、果たしてこれで終わるかどうか。

ゲストハウスの竣工2年目にして、数少ない木製部分を狙い撃ちするように、ベニヤ板で作った押し入れ内の棚と、ドアの枠に巣くったシロアリ共。それだけでなく、引き出しの中に仕舞っていたパスポートまで齧られる被害。

最初は自分でシロアリ用の殺虫剤を撒いたりもしましたが、それだけでは全然太刀打ちできず、年明け早々に駆除業者に依頼。根絶やしにしたと思ったらまた出没〜薬剤再散布を2回繰り返して、どうやら駆除に成功したようです。残ったのは、穴だらけになった棚板とドア枠。


シロアリはいなくなったとは言え、このまま放置するわけにもいかず、取り敢えず棚板は撤去、ドア枠は新しいものに付け替えすることにして、今朝から大工さんに来てもらいました。

担当は、ゲストハウスを建ててくれたメンバーから二人、リーボイとココイ。

このリーボイ君は、まだ若くて腕前はそこそこながら、私に通じる英語を喋るし、工事の段取りもちゃんと説明してくれる人当たりの良さ。材料の買い付けも、数千ペソもの現金を渡しても信頼できる、フィリピンにあっては得難い人材。

今回の相棒ココイ君は、棚を撤去した後の塗装担当。ただペンキを塗るだけでなく、下地が面倒な塗装作業なので、シンプルな仕事でも塗装のプロが必要です。

さて、この棚板。フィリピンの住宅ではあまり見ない、押し入れというか、納戸のような収納である上に、日本でもちょっと珍しいスタイル。実は、元々このゲストハウスは、近所にあった日本人向けの英語学校の、生徒さんの宿泊に使えるようにとの配慮で、自分で図面を引きました。

ここは、2〜3名の相部屋ができる寝室。収納機能だけでなく、簡単な学習スペースとしても使えるようにと、棚板の高さをデスクと同じにしました。さらに幅1メートルに仕切って3人分、それぞれのスペースには電源コンセント付き。

ところが残念なことに、宿舎としてオープン後ほんの3か月でコロナ禍。結局、ほとんど使われることのないまま、シロアリの餌食となった次第。悔しいこと、この上なし。

約束に違わず、月曜日の朝8時に来てくれたリーボイ君。まずは豪快にバリバリ、ガンガンとベニヤの棚板を引っ剥がしにかかります。1時間もしないうちに、棚板もドア枠もただの廃材に。ドア枠の裏側を見ると、恐ろしいまでのシロアリの食い跡。




どうやらシロアリの侵入経路は、このドア枠の接地部分からだったようです。日本の木造建築とは違い、床下に空間はなく、砂利の上にコンクリートを打ってあるんですが、その程度ではシロアリを防げないものなんですねぇ。

枠の撤去後には、徹底的に薬剤を散布。

ということで、ここまでで午前中の作業が終わり。このブログを書いている時点で、リーボイ君が、新しいドア枠や塗料などの建材の買い出しに行ってます。全部終わったら、また続きを投稿しますね。


2022年5月25日水曜日

前夜にドタキャン、セブパシフィック


幻となったカオハガン島滞在
出典:Wonder Era

 すっごく楽しみにしていた、セブ・マクタン島近くの離島リゾート、カオハガン島での宿泊。ところが出発前夜、と言うか0時を回った当日の早朝に、まさかのフライトキャンセルの知らせが。

フィリピンでは一般的な、携帯電話の番号で直接テキストを送るSMS。これを通じて「あなたのフライトはキャンセルされ、以下の内容に変更になりました。」とのメッセージが送り付けられ、承諾か他のオプションはここからと、URLが添付。

航空会社が理由も告げず、一方的にフライトをキャンセルして来るってのは、他人事では時々聞きましたが、いざ自分の身に降りかかってくると、ちょっと焦りました。

元々のフライトは、ここネグロスから隣島セブの短距離便。実際に飛んでる時間は30分程度なのに、代替フライトは、わざわざ大阪〜東京間と同じぐらいのマニラまで1時間強飛んで、3時間のトランジット待ちを経て、さらに1時間かけてセブに戻るというもの。合計7時間って、これでは普通に、ネグロスから日本まで帰れますよ。

さらに、午後1時だった出発時刻が午前11時になってるので、3時間も前倒し。到着が2時から5時へと3時間遅くなる。これはひどい。

これでは、カオハガンへの渡航が夜になってしまいます。それでなくても小さなボートしかない、空港のあるマクタンからカオハガン。波の状況によっては1時間はかかるそうだし、島に留まれる時間が、すごく短くなってしまう。

実は、今回のセブ行きは、息子のパスポート受け取りが主目的。コロナ禍で身動き取れなかった間に失効し、更新ではなく新規申請になってしまい、戸籍謄本が必要でした。ところが日本からEMSで送付してもらった戸籍謄本はこれに間に合わず。結局カオハガン島だけのための旅行。

それなのに、このセブパシィフィックのドタキャンは、その楽しみすら台無しにしかねません。まったくもって、腹立たしいことこの上なし。と、深夜に一人怒ってても仕方がないので、対応策を考えました。

日程を変えるとして、それならば戸籍郵送が間に合うであろう、2週間後ぐらいに設定するのが妥当。しかしそうなると6月に入ってしまい、季節は雨季。しかも息子の学校も始まっているかも知れない。

かも知れないと書いたのは、通常ならば6月がフィリピンの新学期開始次期。ところがコロナの影響で、丸2年間もオンライン授業が続いていて、ようやく対面授業が再開するかどうかの端境期。学校が始まる日程がはっきりしてません。

カオハガン込みのリスケジュールでは、下手すると三日間の欠席となってしまうので、これはちょっとよろしくない。などなど諸条件を勘案すると、6月中旬ぐらいでカオハガンは諦めての1泊旅行しかない。

と腹を括って、指定されたセブパシフィックのサイトで日程変更かけようとしたら、これが全然ダメ。電話番号や住所など、結構な手間で入力しても、「実行」を押したら元の木阿弥で最初のページに戻ってしまう。

何回も確認してトライしても同じで、朝になってから空港の窓口で変更かけるしかないと、諦めて就寝したのが朝4時。

翌朝は7時に起きて、万一変更が効かなかった時に備えて、そのままカオハガンに行ける装備で空港へ。通訳要員の家内を伴い、8時半の窓口オープンと同時にチェックインカウンターに突撃したところ、特に問題なくフライトは2週間後に変更完了。

さて、カオハガンの方は、リゾートを運営されている日本人移住者のヨシエさんの、慈母の如き計らいによって、キャンセル料などは一切なし。ここまでの神対応されると、私には責任はなくても罪悪感を覚えることしきり。時期は未定なれど、いずれ必ず行きますからね、ヨシエさん!(人気ユーチューバー、ヨシエさんの動画はこちらから。)

ということで、旅行キャンセルなのに悲しくなるほどいい天気のリゾート日和に背を向けて、帰宅してすぐ二度寝。昼食の支度はメイドのライラおばさんに丸投げでさらに昼寝。


ピーカンのバコロド・シライ空港

それにしても、私たちの場合は、空港へ車で10分程度の場所に住んでたから対応できましたが、同じ西ネグロスでも、バスで何時間もかかるような、南部のシパライやカバンカラン、北部のサガイ、エスカランテ、トボソなんて遠隔地。朝起きてからメッセージに気づいても、もう変更されたフライトには間に合わない、となった乗客が結構いたんじゃないでしょうか。

ちなみに空港ロビーに貼られたセブパシフィックのポスターに書かれたコピー。「安全な飛行、責任ある旅行」だそうです。どの口が言うとるんや!



2022年5月22日日曜日

シライ憲政史上初、普通のオッちゃんが市長さん

 フィリピンの総選挙が終わって2週間。内外の注目は、新大統領にほぼ確定したBBMこと、フェルディナンド・マルコス・ジュニアの動向。テレビ報道などによると、なぜかこのタイミングでオーストラリアに家族旅行したんだそうです。

大統領としての公務に就いたわけでもないし、厳密にはまだ次期大統領に決まっていない。自腹切ってるんだったら、好きにすりゃいいってことなんですが、庶民の感覚からするとこれはちょっと解せませんなぁ。

本人に会って直接聞いたわけではないけれど、浮かれ気分で海外旅行としか見えない。本来なら、今後6年の任期に向けての閣僚人事やら、政策の詳細を詰めるなど、いくらでもやることがあるはず。国民を舐めるにも程があると思うのは、外国人の私だけではないでしょう。

それはともかく今日のお題は、グっと身近な、オラが街シライの新市長について。


市長に当選したガレゴさん(左)と
落選したマーク・ゴレツ前市長

以前にも投稿した通り、新たなシライ市長に選出されたのは、貧困層の市民が多く住むイーロペス地区出身のジョディス・ガレゴさん。1960年生まれでもうすぐ62歳になるという、私と同世代。

家内によると、若い頃はシライ市内にある製糖会社の「ハワイアン・フィリピン・カンパニー」で、警備員として勤務してたそうです。この精糖会社、名前の通りアメリカ資本で、1918年創業ですから、もう100年以上の歴史を持つ老舗企業。

砂糖産業に依存するネグロス島経済を支える大黒柱、と言うと聞こえは良いものの、地元の評判はあまり芳しくないハワイアン。なぜなら、炎天下でのサトウキビ刈り取りや運送などの重労働には薄給で報い、植民地時代から続く搾取の象徴のような存在だから。

方や工場勤務の管理職たちは、広大な敷地にスタッフ専用の一戸建て住宅を充てがわれ、ちょっとした上流階級気取り。庶民を露骨に見下した態度が鼻につくほど。ちなみにネグロスのサトウキビ畑の肉体労働者は、典型的な貧困層とされています。

実は私、ネグロスに移住した直後は、このハワイアンにあるコートで、当の「偉そうな」管理職の面々とテニスをしてました。日本人なので裕福と思われたせいか、嫌な思いをしたことはありませんが、そう言われれば、ボールボーイの子供への接し方が、いかにも偉そうでしたねぇ。

そんなハワイアンで警備員をやってたガレゴさん。貧乏人の悲哀を嫌というほど味わったことは、想像に難くありません。

ところで昨日、家内が友達のお母さんの葬儀で、新市長となったガレゴさんに偶然会ったそうです。その友達がガレゴ姓の親戚。遅れてきた市長は、別に偉ぶるでもなく最後列で葬儀ミサに参列。

家内曰く「あれがマーク(前市長)やったら、絶対一番前にしゃしゃり出てたわ。それに比べたらガレゴさんは、普通のオっちゃんや。」(私の影響で、家内の日本語は関西訛り)家内はシライ市の教育委員会(教育省のシライ・オフィス)勤務なので、マークは上司のようなもの。その人柄をよく知ってます。

シライ市の憲政史上、地主でも大金持ちでもない「普通のオっちゃん」がトップに立つのは、初めてなんだとか。

フィリピンの選挙は、キャッシュばら撒きの買票が当たり前。そんな中にあって、ポスターさえ満足に用意できないのに、市会議員から副市長、遂には市長と一歩づつ階段を登ったガレゴさん。ポスターがほとんど無いから、部外者の私など、彼の顔を知ったのが市長に当選してからというぐらい。

選挙戦の終盤には、追い詰められた現職マークのばら撒き資金が底をついて、投票前日に金をもらえると思ってた人が、大挙してガレゴ支持に流れたそうです。これはメイドのライラおばさんが見聞した実話。

さてこうなると、当然、新市長は、支持基盤である貧困層救済に向けて動き出すでしょうし、それについては疑いはありません。むしろ心配なのは、今までの利権を失うであろう富裕層、支配層の思惑。

少し前に大統領のドゥテルテさんが「市長になりたいならまず副市長になって、市長を暗殺したらいい」なんてジョークを飛ばしてましたが、フィリピンでは地方都市でも冗談にならないんですよ。

10万円も出せば殺し屋が雇えるという、恐ろしいお国柄。ヘルメットにサングラスのバイク二人乗りが、追い越しざまにターゲットを射殺するパターンが後を絶たない。実際にこの選挙期間中もフィリピン各地で、選挙絡みの流血の惨事が報道されてました。

ということで、ガレゴさんには貧困層目線の善政を敷いてもらいつつ、天寿を全うされんことを、本気で祈っております。



2022年5月20日金曜日

私的フィリピン美女図鑑 オフィレニア5人姉妹再び

 フィリピン美女図鑑、最近のスローなピッチから一転して、今月(2022年5月)2回目の更新です。しかも一気に4枚。これもタッチを軽めにしたお陰。アイデアに費やす時間はまったく変わってませんが、描き始めから仕上がりまでが、ずいぶんと楽になりました。

今回の4枚というのは、前回の家内の従妹ドリーの姉妹。昨年描いた(というか、描き直した)オフィレニア5人姉妹全員に、再度のモデルをお願いしたという次第。

もちろんモデルになったと言っても、リアルで目の前に来てもらったわけではなく、フェイスブックに投稿された大量のセルフィー写真から、イメージを構築していくスタイルは今までと同じ。

以前と違う工夫を凝らしたのは、それぞれの嗜好とか服装の好みを類推して絵にするというやり方。つまり最初のドリーがプロのダンサーだったので、ヒップホップを踊っている場面にしたという感じ。


二枚目に描いたのは、まだ高校生で日本のアニメが大好きなダリル。少々安直かつオっさん的な発想ながら、セーラー服を着せたら喜ぶんじゃないかと思ったら、これが大当たり。インスタグラムにアップ後、速攻で大喜びのお礼メッセージが来て、自分のストーリーズにも転載。フィリピンの学生さんって、コスプレ好きな子が多いからなぁ。


三枚目が今年大学を卒業した「ミニー」ことハルメニア。この子は体格が良いし、肌の露出がやや多めのセクシーなドレスがお好み。自らハウスマヌカンやってアパレルのネットショップを経営するビジネスパーソンでもあるミニー。

ならばと、背中が大きく開いたドレスを選んでみたものの、さすがに「大丈夫かいな」と心配になって、事前に姉のドリーにメッセンジャーでお伺いを立ててみました。すると「ミニーの好みにぴったり過ぎてびっくり!」との返事。迷わず投稿できました。


一番あれこれ悩んだのが三女のダリア。学生時代にシライ市のビューティーコンテストで、バランガイ(フィリピンの最小行政単位)の代表に選ばれたほどの美貌と、引き締まったプロポーションの持ち主。

ところがイラストに描けるような、特徴的な嗜好を知らない。悩んだ挙句、これまたコスプレ風なチャイナドレスに。結果はまぐれ当たりで喜んでくれてホッとしました。


そして最後の大トリは長女のディアン。こちらは昨年末に結婚したばかり。と言っても、同居するパートナーとの間にはすでに、二人も子供がいるんですけどね。それはともかく、新婚さんには間違いないので、お約束のウェディング・ドレス。


というわけで、さきほど5枚をまとめて1枚にしたイラストをインスタにアップしたら、ご丁寧にも、ドリーから再度のお礼がフェイスブックのストーリーズに。ここまで手厚いリアクションがあると、また描いてあげたいと思ってしまいますね。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。

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間に合うか戸籍謄本


 早いもので、前回の投稿からもう一週間ちょっと。またもや放置になってしまいました。

さて前回は、息子のパスポート更新のために、セブにある日本総領事館に書類を提出したというお話。失効してたので更新ではなく新規申請になってしまい、6ヶ月以内に発行された戸籍謄本が必要で慌てたのは、すでに書いた通り。

それでも、取り敢えずは書類と古いパスポートは受け取ってもらって、日本で戸籍謄本を入手し、それをスキャン・PDFにしてメールすれば、手続きは進めておきますとのこと。

早速、日本にいる弟に連絡して、領事館にメールするところまでは、すんなり漕ぎ着けたものの、問題は原本の送付。普通郵便で送ったりしたら、何ヶ月も待たされた挙句に、郵便物は紛失なんてことになる、フィリピンの郵便事情。弟にはフェデックスで送ってくれと頼みました。ところがなぜかEMSで発送したとの連絡が。

まぁ、普通郵便に比べれば、EMSは、スピードも信頼も格段に上とは言え、急ぎの場合はどうなんでしょう。ホームページで調べたら、日本からフィリピンに書類を送るのなら、二日で届くと書いてあるし、郵便物ごとに付加された問合せ番号を入力すれば、今どこにあるかの追跡もできますが...。

案の定、関空の国際郵便局から発送されてから、丸三日間音沙汰なし。航空便なら一日でマニラには着くはずなのに。結局ようやくマニラの国際交換局に到着したのが金曜日の今朝。もうここまでで五日目。さらに土日を挟むので、火曜日のセブ行きに間に合うかどうかは、微妙な情勢になってきました。

こういうことがある度に思うのは、絶望的なまでにIT化が進まない、日本のお役所仕事。

もちろん内部の業務は、それなりにIT化されていて、何もかも紙に印刷してハンコ押してるばかりでもないんでしょうけど、顧客サービスの点では、まるっきりの20世紀というか昭和が続いている感じ。

戸籍云々の話以前に、そもそも個人が特定できればそれでいいはずなので、マイナンバーを普通に使えば、あらゆる場面でペーパーレス/オンラインができたはず。最近では、コロナのワクチン接種事業でそこが指摘されてましたね。

マイナンバー制度が導入されたのは、私たち家族がフィリピンに移住してから。国内に住民票がないと支給されないので、実際に使った経験はありません。ただ、一体どういう制度設計をしたのか、結局使い物にならないんだそうです。

当初、マイナンバーってアメリカの社会保障番号みたいなものだと思ってました。カード一枚あれば、いちいち役所に行かなくても、銀行口座開設やクレジットカード作成、納税も健康保険も年金の受け取りまで、ぜんぶこれで済む。便利なことこの上なしだけど、悪用されれば、ありとあらゆる個人情報がダダ漏れになるリスクもある。

ところが実際には、ほぼ何の役にも立たない。まず番号そのものを極秘扱いしちゃったのが大失敗。極秘にするのは番号じゃなくて、「暗唱」番号のはずなんですけどね。銀行カードやクレジットカードもそうだし。もっと言えば、指紋なり何なりの生体情報を使ってもいい。

マイナンバーを必要な相手に知らせるのに、簡易書留で書類を送るって本末転倒もいいところ。スマホやパソコンで入力できなかったら、今のご時世、存在意義が皆無でしょうに。

要するに、使い物になるマイナンバー制度があれば、世界中どこに住んでも、パスポートはすぐ発行してもらえるし、在外選挙にも役立てられるはず。あと何年かしたらお世話になる年金受け取りも然り。

ということで、マイナンバーのダメ出しブログになっちゃいましたが、差し当たっての問題は息子のパスポート。フライトは昼過ぎなので、当日の午前中に、ここネグロス島シライ市の郵便局に届けば何とかなるんですが、さてどうでしょう。

実は今回のセブ渡航は、ちょうど息子の夏休みでもあるし、前から一度行ってみたかった、セブ・マクタンの近くにあるリゾート、カオハガン島訪問も予定に入れてます。日程を遅らせる手はあるものの、6月以降は雨季になるし、学校も始まるし。悩むところですなぁ。



2022年5月12日木曜日

3年ぶりに飛行機でセブへ

 ようやく、本当にようやく、ネグロス島の外へ出ることができました。週のど真ん中に、息子を伴ってのセブ島一泊旅行です。

目的は観光ではなく、期限切れになっていた息子のパスポートを、在セブ日本領事館に申請するため。それだけなら朝イチのフライトで出かけて、夕方の便で帰る日帰りもできる距離。実際に飛んでる時間はほんの30分程度。日本なら伊丹空港から四国の徳島までのフライトぐらい。(今そういう直行便はないようですが。)

ところがコロナ禍の影響はまだまだ根強く、我が家の最寄り、シライ・バコロド空港から、マクタン・セブ空港へは1日1往復のみ。それも、午前11時にセブ発の便が、到着後すぐ折り返して午後1時にバコロドから出るので、どうしても一泊にならざるを得ません。

バスでフェリーという手段はありますが、これでは片道が丸一日かかるので、2泊になっちゃうし、ものすごく疲れる旅程。なので一択の飛行機で行ってきました、日本領事館。

当日は、朝ゆっくりしてサイクリングや筋トレ。その後早めの昼食を摂り、余裕の空港入り。しかもたった一泊。自家用車を空港の駐車場に停めておけるので、実に楽チン。特にトラブルもなく、定刻通りにマクタン島に降り立つことができました。


一面緑のネグロス島を飛び立って...。

ネグロス島の背骨
マンダラガン、カンラオン山系を見下ろし...。

マクタン-セブまでひとっ飛び。

昨年末にセブを直撃したスーパー台風オデットの被害は、パっと見た目に、ほとんど分からないぐらい。

問題はここから。

マニラ首都圏を数年の差で追いかける感じで、経済成長著しいフィリピン第二の大都会セブ。周辺のマンダウエ、タリサイ、ラプラプの各市と合わせて、メトロ・セブと呼ばれる経済圏を形成。そしてマニラと同じく交通渋滞がひどい。

ただ、朝夕のラッシュ時ではなかったせいか、午後2時に空港のあるマクタン島を出て、橋で繋がったセブ市内には、意外とスムーズな車の流れ。1時間弱で日本領事館に到着しました。


移転先の2Quadビル。
湾曲した外観が特徴的。
ちょっとだけ手間取ったのは、領事館の場所。つい最近に移転して新しいビルに入ったと聞いていたので、タクシーの運ちゃんには3回ぐらい「場所が変わってるから気を付けてね」と頼んで、カーナビで検索もしたのに、案の定古い方に行っちゃいました。

とは言え、移転先が歩いてでも行けるぐらいの至近距離だったし、私も携帯のGoogleマップでナビゲートしたので、ロスしたのはせいぜい10分くらい。来館者はごく少なく、以前と違ってエレベータで延々と待たされることもなかったので、書類の提出はすんなり。

ところが予想外だったのが、戸籍謄本も必要だったこと。

本来なら、昨年(2021年)には、更新が必要だった息子のパスポート。更新だけなら戸籍藤本なんて不要だったのですが、未成年者は、飛行機に乗るどころか外出さえ禁止されていたコロナ禍のフィリピン。事情が事情なので、更新扱いにしてくれると思ってたんですが、ちょっと見込みが甘かった。

決まり事だと突っぱねられたら、書類の受理を拒否されて門前払いもやむ無しなところ、取り敢えずは、申し込み用紙2枚と、失効した古いパスポートは受け取ってくれました。

受付をしてくれた、なかなか美人の女性担当者の方によると、まず日本で家族か代理人に頼んで戸籍謄本を取って、それをスキャンして事前にメールしてもらえれば、発行手続きはするとのこと。そして、受け取り時までに原本を送って、パスポートはそれと交換する形にしてくれるそうです。

本音を言えば、それぐらい全部オンラインでできるようにしてくれたらとは思うものの、日本政府そのものが、絶望的なIT音痴。出先機関としての領事館としては、精一杯の対応なんでしょう。少なくとも窓口での受け答えがとても丁寧な「ジャパン・クオリティ」だったのは、素晴らしい進歩。

四半世紀前の家内のビザ申請時、在マニラの日本大使館なんて、サービスどころか尋問を受ける犯罪容疑者になったような気分に、させられましたからねぇ。

2週間後に予定していた受け取りはちょっと間に合いそうにないので、日程再調整は必要ながら、3度手間は回避することはできました。やれやれ。

その後は、領事館に隣接する巨大ショッピングモール、アヤラ・センター内のUCCカフェで一休み。こちらも「ジャパン・クオリティ」の美味しいコーヒーと、実は生まれて初めてエッグ・ベネディクトを注文。やっぱり都会はいい。高いけど。

宿泊は同じくアヤラ・モールの隣にある、セダ・ホテル。新しくてサービスも良好。3年ぶりのきれいなホテル泊で、ちょっと感動してしまいました。高いけど。


お待ちかねの夕食は、セブに住む友達夫婦に案内してもらって、日本人が経営する本物の日本食レストラン「一力茶屋」で、天ぷらにお刺身、揚げ出し豆腐、茶そば等々を堪能。こちらはそれほど高くなかった。


一夜明けて、ホテルの朝食。特別なメニューではないけれど、バイキング形式のブレックファストというだけで、嬉しくなってしまいます。なんだか、すごい贅沢をしているみたい。外国人と思われる家族連れの宿泊者を見かけたのも、感慨深かった。

そうこうしているうちに、空港に行く時間。天気はすごく良かったし、もうちょっと観光したかったなぁ。

ということで、滞りなく移動を終え、23時間のセブ旅行は無事終了しました。


国内便の出発も新しい第2ターミナル。
大幅減便に対応した合理化。

お客さんはかなり戻ったものの、
半分以上の売店は閉鎖したまま。




2022年5月10日火曜日

大勢が決したフィリピン総選挙2022

2022年5月10日の午後現在、 すでに日本語のメディアでも報じられている通り、フィリピンの次期大統領は、フェルディナンド・マルコスJr(BBM)、副大統領は現大統領の娘のサラ・ドゥテルテが、当選確実となりました。

正副とも「強権」で知られた大統領の二代目。私は前回の投稿で書いたように、討論会をすべて欠席し、自分に都合の良い情報だけをSNSで発信することで、支持を集めたBBMの選挙手法には、大きな疑問を感じます。

しかしながら、これはフィリピン国民の選択。相変わらずの現金ばら撒きが横行し、不正が皆無とは、とても言えないものの、得票数が倍以上の大差では、その影響もあまり関係ないようです。

反マルコス陣営からは、マルコス家がマラカニアン宮殿(大統領官邸)に戻れば、1960~80年代の汚職天国、戒厳令の悪夢の再来との声も。もちろんそんな兆しがあれば、フィリピン国民伝家の宝刀ピープルパワーが炸裂するでしょうから、少なくともBBMは、父マルコスのような、あからさまなやり方はしないでしょう。

いずれにせよ、フィリピンに住まわせてもらっている外国人の立場としては、誰がリーダーになっても、経済成長して治安が安定した国であったほしいものです。

さて、地方住まいの私には、大統領選もさることながら、日々の生活に直結するのは市政。特に今回は、地主階級に属し3期目を目指す現職マーク・ゴレツ氏と、貧困層からの支持を集める新人ジョディス・ガレゴ氏の、事実上の一騎討ち。

すでに2期、6年間市長を勤めたマーク。(市民は皆、彼をファーストネームで呼んでます。)田舎町のシライに、大型ショッピングモールや、全国展開のファーストフード店を呼び込むなど、派手な施策を連打。その反面、貧困層への無料医療サービスを打ち切ったり、多発する水害にはまったくの無策。中流以上だけを見た政治が、目立ってました。

案の定、我が家のメイド、ライラおばさんを代表とするような、日銭暮らしで経済的に余裕がない人々には不人気。そのアンチテーゼとも言えるのが、ジョディス・ガレゴ。

このブログで度々名前が出てくる、シライ市内でも貧困層が多いことで知られるイーロペス地区の出身者。地名の最初に「アシエンダ」とつく集落が多いバランガイ(最小行政単位)で、これはスペイン統治時代の農園の名残り。つまり、代々続く小作人が多く住む場所。

川沿いの低地にあるイーロペスは、市内でも洪水被害が年に数回もあって、中洲のような地形なのに橋がなく、いまだに市街地に出るには渡し船が必要な集落も。いわば、シライの貧困を代表するような地域です。

そして、注目の投票日。僅差ながらシライ市民は、ジョディス・ガレゴ氏に軍配を上げました。家内によると、シライ市長が地主などの富裕層以外から選出されるのは、おそらく初めてとのこと。トライシクル(オート輪タク)ドライバーからの支持が多かったんだとか。

ということで、中央政府では、かつて国民から搾取の限りを尽くした人物の家系からリーダーが選ばれ、極貧から身を起こした元ボクサーや俳優が落選したのとは対照的な結果となった、シライ市長選でした。



2022年5月7日土曜日

最終盤のフィリピン総選挙


出典:Kalye Survey BBM VS LENI
YouTube 動画

 遂に活動最終日を迎えた、フィリピンの総選挙。今回の投票日は5月9日で、この日は毎回、5月の第二月曜日と決められています。そして私たち家族が、ここフィリピン・ネグロス島に越してきて、通算4回目の選挙。

カレンダー的には、まだ明日の日曜日があるんですが、どういう配慮なのか、投票日の前日は一切の活動が禁止。それだけでなく、アルコールの販売や屋外での飲酒もダメ。

おそらく以前は、「明日は決戦だ!」とばかりにテンション上がりまくった関係者や支持者が、酒も入って大騒ぎ。その結果、暴力沙汰や死人まで出て、翌日の投票にも支障が出たりしたんでしょうね。

それにしても、もう何ヶ月もお祭り騒ぎが続いて、投票権...だけでなく選挙活動への関与が、法律的にNGな外国人としては、少々うんざりしてきました。フィリピンでは9月からクリスマスの準備が始まるのと同様に、とにかく騒げることは、出来るだけ早めに長く楽しもうという国民性。特に今年は、3年目に入ったコロナ禍がようやく沈静化の兆しを見せて、今までの鬱憤を一挙に晴らすような勢い。

さて、そんなフィリピン在住外国人の私にも目が離せないのが、大統領選の行方。

結局BBMこと、ボンボン・マルコスが過半数の支持率をずっとキープして、このまま勝利しそうとのこと。めずらしく投票日前にNHKが記事を投稿してました。(支持率トップは”独裁者の息子” なぜ?)それによると、BBM優勢の背景には、フェイスブックの影響が大きいらしい。

実は現大統領のドゥテルテが当選を勝ち取ったのも、同じようなフェイスブック戦略が功を奏したから。貧困層ですらスマホだけは持っていて、国民の9割以上がアカウントを持っているというフェイスブック。確かに候補者にすれば、このメディアを使い倒さない手はありません。

しかしながら、今回BBMが取った手法が、どうやらフェイクのような手口らしい。言うまでもなくBBMの亡父フェルディナンド・マルコスは、1965年からの約20年間、独裁者としてフィリピンに君臨し、かつて「東南アジアの優等生」と呼ばれたフィリピン経済を「アジアの病人」にまで堕としてしまった大統領。

多くのフィリピン人にとっては、思い出したくもないはずのマルコス家の長男がBBM。なのに彼は、フェイスブック上では父フェルディナンドを、フィリピン経済を発展させた英雄として祭り上げ、その息子である自分が大統領に相応しいというロジックを展開。それをまた、多くの若いフィリピン人が信じてしまってるんじゃないか、というのが記事の内容。

ほんまかいな?と思って、フィリピンで小学校から中学まで教育を受け、今年から高校生の息子に訊いてみました。すると、学校では歴史は学ぶものの、マルコス政権下で何が起こったかの詳細は、きちんと教えていないと言います。本格的な近代史は、大学に入ってからになるんだとか。

う〜ん、それはちょっとマズいんじゃないかなぁ。18歳になれば選挙権があって、大学進学率が高くないフィリピンで、一番大事な近代史、特にマルコス時代の20年の実態を、教えられないまま高校を卒業するなんて。

まぁ日本でも、明治維新以降の日本史は選択しなかったので「日本の近代史は知りません」なんて言い放っちゃう大学生に何人も会ったので、それと同じことなのかも。

この記事を裏付けるように、BBM最大の対抗馬であるレニ・ロブレドを支持するのは、大学生や、それなりの知識層が中心の印象。なるほどなぁ。

もちろんマルコス時代にもその恩恵を受けて、いまだに家族ぐるみでマルコス家に忠誠を誓う人もいるし、マルコスの地元である北イロコス地方で熱狂的に支持されているのは分かります。でもそれだけで過半数とは、調査が間違ってんじゃね?と思ってたぐらい。実際、世論調査を鵜呑みするのは、ちょっと危ないフィリピン。

さて、ごまめの歯軋りはそれぐらいにして、実は今回の選挙、意外にも静かだったというののが私の印象。もちろん日本のそれに比べると、十分に喧しいんですよ。選挙カーは日本で軍歌を大音量で流しながら走る街宣車並みだし、あちこちで野外ディスコのような騒音で集会はやるし。

確か、2013年の最初に経験した選挙では、深夜どころか翌朝まで、ものすごい騒ぎ方だったような記憶があるんですよ。

それが最近は、深夜10時を過ぎると、だいたい静かになります。ドゥテルテさんのお達しが効果を発揮してるのか、それともたまたま私がいるのが、地方都市の宅地だからそう錯覚してるだけなのか。

ということで、長かった選挙戦も今日の12時でおしまい。本当にやれやれです。


2022年5月3日火曜日

私的フィリピン美女図鑑 従妹のドリーはプロダンサー

 遡って見て自分でも驚いてるんですが、何と美女図鑑は、昨年末の「アイドルまーちゃん」以来、これが今年(2022年)初の更新。

何も描いてなかったわけじゃなくて、数年前の連作、人魚姫のイラスト4枚を再描画してたんですよ。元々ずいぶん頑張った作品を、さらに緻密に描き込んだので、まだ3作目が出来たところ。年明け早々に洪水やらシロアリ騒ぎなどいろいろあって、すべて完成までは、まだもう少しかかりそう。

ちなみに私の描き方って、自虐的なまでに手間がかかってます。肌の陰影は8〜10段階ぐらいに分けてるし、頭髪は一本づつ描画と言ってもいいほど。半日もイラストに向き合ってると、肩も首もガチガチで、年齢的にもなかなかツラい。

ただ、描きたいイメージは、次から次へと湧いてくる感じ。このスタイルに固執すると、あれもこれも描きたかったのに...と悔恨に苛まれながら、人生の持ち時間終了になりそうなので、ちょっと違うアプローチを模索することにしました。

実は最近私の中では、江口寿史さんのイラストが、ブーム再燃。

江口寿史さんと言えば、最近では「可愛い女の子を描かせたら世界一」のイラストレーターとして、日本各地での個展が大盛況。メインの版画作品だけでなく、Tシャツなどの関連グッズも売れ行き好調。

それでも私の世代にとっての江口さんは、かつて少年ジャンプ誌で一世を風靡した「すすめ!!パイレーツ」「ストップ!! ひばりくん!」で知られたギャグ漫画家。私が高校生の頃でした。ただ、ファンとしては残念なことに、1990年頃から漫画家からイラストレーターに、仕事をシフトされたようです。

油彩画のように分厚く塗り重ねるように、体力勝負での描き方から、どちらかと言うと、水彩とペン画のようなライトなタッチを模索していた私にすれば、江口さんの絵は参考になりそうだと、まず模写をしてみました。

まぁ描く前から、そんな簡単なわけないと分かってましたけど、実際にやってみると、江口さんの凄さの一端を垣間見た思い。何気なく引かれたように見えるラインも、強弱の付け方や濃淡など、まさにこれしかないという筆致。

一日がかりの模写作業

くちびるのハイライトの置き方、髪の毛のいわゆる「天使の輪」にしても、考え抜かれた表現。おそらくこのレベルに達するまでは、とんでもないほどの試行錯誤があったんでしょうねぇ。結局、ゴールが最初から見えている模写ですら、たっぷり朝から夕方までかかりました。

さて、そこからがたいへん。

模写はできても、自分なりのモチーフを江口さんのタッチを真似て描くなんて、何ヶ月、ひょっとしたら何年もかかりそう。こうなると田中圭一さんが、どれだけのテクニックを駆使してるか、おぼろげながら想像できました。田中圭一さんとは、手塚治虫、藤子不二雄、松本零士、宮崎駿、などなどの巨匠のタッチで、パロディ作品や新作を発表されている、人呼んで「イタコ漫画家」。

そんなプロセスを経て、江口寿史さんの足元にすら遠く及ばないものの、なんとか似顔絵ぐらいは描けそうになりました。そして、このブログに投稿することを前提に描いてみた習作のモデルは、マニラ在住で、家内の従妹のドリー。彼女は正真正銘プロのダンサー。

ヒップホップ風キレッキレのダンスをインスタグラムやTikTokに投稿する、フォロワーが数万人もいるインフルエンサーでもあります。

ということで、昨夜遅くに描き上げたのがこの一枚。インスタに載せやすいよう、縦横比を若干変えております。これからは、従来の油彩タッチと並行して、アニメ風のイラストも描いていきます。まだまだ未熟なのは本人が一番よく分かってますので、何卒温かい目で見守ってください。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。

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