2019年4月30日火曜日

フィリピンで迎える平成最後の日

まぁ実際問題として、20世紀から21世紀、昭和から平成になったと言っても、何かが変わったわけではないんですよね。何年、何十年と経ってから、20世紀は「ナントカの時代」だったとか、「激動の昭和」なんて、それらしく意味づけできても、リアルタイムには無関係。特に今の私は、日本から離れてフィリピン、ネグロス島に住んでいることもあり、蚊帳の外状態。

ただ前回の改元時、昭和天皇崩御の当日のことは、かなりはっきりと覚えています。1989年の1月7日、私は26歳。あの日は土曜日で、週末には、当時付き合っていた彼女のアパートにお泊まりするのが習慣になってました。我ながら、若かったですねぇ。

もう天皇の病状は絶望的で、いつ亡くなるか時間の問題。朝、少し遅めに目を覚まし、FM大阪の番組を聴こうと、ラジオのスイッチを入れた瞬間、「異変」に気づきました。この時間なら、桂文珍さん(上方の落語家)がDJを務める番組のはずが、クラシック音楽のみ。阪急百貨店のコマーシャルもなし。(文珍さんの番組は、阪急百貨店がスポンサーでした。)

テレビを見ても報道番組ばかりで、これまたCMシャットアウト。これが、何日も続くことになる「自粛」の始まりでした。インターネットは普及前で、仕方なくレンタルビデオ屋さんに行ったら、考えることはみんな同じ。目ぼしい映画は全部貸し出し中。天皇が亡くなると、日本はこうなるのかと実感した次第。

自宅に戻ってから何をしてたかの記憶は、さすがに定かではありませんが、昼過ぎか夕方にテレビで生放送された「平成」発表のシーンだけは、脳裏に焼き付いています。それを発表した官房長官、後に「平成おじさん」と呼ばれた、小渕恵三氏の顔も。

あの日は、書道の師範免状を持っている母が、近所の子供を自宅に集めての書道教室の日。家でテレビを見ていたのは私だけだったので、隣室の母に「新しい元号は『へいせい』やて」と教えに行きました。「なんか変な語感やなぁ」というのが、私も母も共通に感じたところ。すぐに慣れましたけど。

さて、同衾する彼女と、1月初旬の寒い朝に迎えた昭和最後の日。それから30年後の平成最後の日は、真夏のフィリピンで、前日と変わらぬ、熱帯の太陽が昇る朝からスタートということになりました。


今日、平成31年4月30日朝の風景
ほぼ快晴で真夏の青空です。

さて、新しい今上陛下は、私より2つ年上なだけ。「現役」の重圧から解放されて、呑気な退職者生活を過ごしている我が身と比べて、これから、ものすごい重責を同世代の人が背負っていかれることを思うと、何とも言いようのない気持ちになってしまいます。


2019年4月28日日曜日

10連休のインパクト


今年は天皇の生前退位と、新天皇の即位という特別な行事で、日本は10連休なんだそうですね。ネットの記事を見ているだけでも、かなり前から、10連休をいかに過ごすか、どこへ行くかと、ずいぶんとざわついてました。

私が日本に住んで働いていた頃、図体のデカい会社に所属していたこともあり、9〜10連休は珍しくなかった。こう書くと、各方面から反感を買いそう。

私が勤めていたのは、某電気製品メーカー。1980〜90年代の前半ぐらいまでは、海外生産が進んだとは言え、まだ相当な規模の工場が国内で稼働していました。休日の基本はこの工場労働。要するに生産ラインの効率的な運用が最優先。

飛び石連休だからと、日替わりで動かしたり止めたりは、非効率的。なので、一斉年休や特別休日を設けて、ゴールデンウィーク、盆休み、年末年始は、無理やりにでも1週間以上の連休にしてしまう方が経費の節約になるという理屈。

ところが、工場は全部海外に出て行って、オフィスワーカーばかりなのに、この古い慣習が続いたのはご存知の通り。こうなると、形骸化した休みのフレームを守るためだけに、連休中は下請けさんに仕事を丸投げ。盆暮れでも中小企業は休めないという、よくある話になってしまうわけです。

これだけインターネットが普及して、多くの職種・職場で、在宅勤務やフレックスタイムも導入できるんだから、別に土日とか国民の祝日に縛られず、従業員の都合で変えられるようにすればいいのに。これが本当の「働き方改革」のはずで、労働時間、残業時間に枠を嵌めることじゃないだろうと思います。

そもそも、なんで全員一斉に同じ日程で休もうとするんでしょう。ものすごい混雑の中、必死の形相で新幹線に乗ったり、行列に並ぶためのようなテーマパークに出かけたり。昔から不思議で仕方ありません。

それもかつての日本や、今のフィリピンのように、遠方に離れて暮らす、家族や親戚が年に数回集まる、とか言うのならともかく、義理親には会いたくないと、大量の恨みつらみがネットに投稿されるご時世。現代日本人の休み方は、「みんなで不幸になりましょう」キャンペーンにしか見えない。

ちなみに来月、私たち家族は、移住後7年目にして、初めて家族3人で同時に一時帰国をします。そのために家内は、勤め先のフィリピン教育省を2週間お休み。手続きには手間がかかったようですが、別にルール違反でもなく、日本のような「空気を読め」プレッシャーは皆無。

もうそろそろ日本も、周囲と違う日に休むのは当たり前に、また、長時間労働より、他人より早く仕事を終わらせることに価値を見出す社会になっても、良さそうな時代なんですけどね。10連休程度で大騒ぎするのは、ちょっと情けない気がします。


2019年4月27日土曜日

狂犬病の「戸別訪問」予防接種

今を去る事かれこれ24年前の1995年。生まれて初めての東南〜南アジア業務出張。当時勤めていた会社が置いていた、マレーシア・クアラルンプールの拠点を中心に、シンガポール、バンコク、ジャカルタ、そしてマニラ。さらにインドのデリーとムンバイを回って1ヶ月。日本を出たのが金木犀の季節で、帰ったらもう師走というタイミングでした。

これが忘れもしない、私のフィリピン初渡航。インドと並ぶニノイ・アキノ国際空港の暗さ、汚さや、交差点で車が信号待ちをする度に集まってくる子供の物乞い、現地駐在社員に連れて行かれた、夜の街の猥雑さ...。思い返せば悪い印象の方が断然多かった。

中でも、どこにでもいる野犬の数には、かなり驚きました。もっともこれはマニラだけの話ではありませんが。都市部の野良犬って、どこの国に行っても痩せて、生活に疲れたような顔つきばかり。皮膚病を患っている個体も目立ったし。

それから四半世紀近くが経ち、いろんな成り行きが重なって、私はフィリピンに住んでいます。景気が上向き、大統領が代わって、昔に比べればずいぶんと暮し向きが改善。場所によっては、かつてのスラムが、小綺麗な住宅地に変わったり。それは田舎のネグロスも同様。

ところが野良犬に関しては、ほとんど状況に変化はなさそう。私がいるサブディビジョンは、生活に余裕があって、野犬に餌をやるような人もいるので、あんまりガリガリだったり、皮膚がボロボロというワンさんは少ないけれど、相変わらず、小さな子供ばかり外で遊ばせることはできません。

言うまでもなく、これは狂犬病を恐れてのこと。

私は犬が苦手ではなく、自宅でも「ゴマ」と名付けた雑種を一頭飼ってます。でもさすがに、いくらおとなしそうでも、飼い主がいない犬に近づいたり、触ったりする気にはなりません。


我が家のゴマ

JICAのレポートによると、フィリピンでは今でも年間200〜300名もの死者を出している狂犬病。WHO(世界保健機関)が「顧みられない熱帯病(Neglcted Tropical Disease)」に指定しているそうで、マラリアやデング熱などに比べると、対策が遅れている熱帯性の感染症ということらしい。発症すれば、死亡率ほぼ100パーセントという恐ろしい病気です。

そのJICAの協力もあってか、最近は、このネグロス島でも狂犬病撲滅に向けての取り組みが活発化しています。

飼い犬を連れていけば、予約なしで予防接種をしてくれるサービスというのが、その一つ。もちろん無料。「近所でこんなのやってるよ」と家内に教えてもらい、それなら今度メイドのライラにゴマを連れて行ってもらおうと思って、何となく忘れてたら、先週「訪問」予防接種が来ました。

アポなしのいきなり訪問だったので、タイミングが悪く私はトイレ中(しかも大)。子供に「ゴマの予防接種に来たよ」と扉越しに言われても動けません。まぁ、そのうちまた来るだろうと、急ぐこともなく用を足し終わったら、予防接種は済んでました。

メイドのライラに聞いたら、やって来たのは一人で徒歩。カバンに注射器を忍ばせての往診(?)だったみたい。「今日、シャワーはだめね。」と言い残したそうです。日本で戸別訪問はあっても、呼ばなけれ来ないでしょう。

でも考えてみたら、こうでもしない限り、フィリピンで自発的に飼い犬を予防接種に連れてくる飼い主は少数派(特に貧困層)。いつまで経っても、狂犬病撲滅は実現しないんでしょう。

ちなみに野良犬の捕獲もたまに実施されているらしく、シライ市内で、捕まえた野良と思われる犬を、荷台の檻にたくさん積んだ、軽トラックを見たことがあります。やっぱりみんな殺処分されちゃったのかなぁ。


2019年4月26日金曜日

呪術的な地鎮祭


鉄筋の柱が立ち、地中梁設置の作業も進み、今週は、ちょっと遅めの地鎮祭となりました。母屋を建てた時と同様に、生きた鶏の首をはねて、血を敷地に撒く儀式。土地の精霊に、お騒がせの謝罪をするという趣旨は、日本の地鎮祭そのもの。ただし血を汚れとする日本の神道ではありえない、とても呪術的なやり方。

6年前にも投稿しましたね。(これがフィリピンスタイル

今回はそれだけでなく、コンクリート打ちに先立って、柱の根元にお供えも。何を供えるかと言うと、櫛に綿、そして25センタポ硬貨。このコインは金色で、ぱっと見が金貨っぽいためか、結婚式でのお祝いに使われたりもします。一種の縁起物みたいなものなんでしょうね。

分からないのは櫛と綿。私の想像では、精霊は女性で、お化粧の道具をお供えすると、機嫌が良くなるからかも知れません。こういう事になると、やっぱり地元の人に任せるのが一番。平日の日中は仕事で不在の家内に代わって、メイドのライラに、必要な物を買いに行ってもらいました。



ふ〜ん、お供えの櫛だから手作りかと思ったら、プラスティック製の派手な色。それを綿とコインをビニール袋に詰めて、柱の数だけ用意するんですね。ちょっと安っぽい感じ。ちなみにこの儀式、カトリックとは何の関係もないようで、神父さんではなく、大工さんが自分で執り行います。

ということで、無事、地鎮祭も済んで、残った鶏さんはありがたくお昼のおかずに化けました。さばくのも料理も、これまたライラに一任。パパイヤや野菜と煮込んで、美味しいチキンスープの出来上がり。大工さんにも振舞います。


おかげで、精霊さまのご加護もあってか、工事は順調に推移。セメントも鉄筋もガンガン消費して、ATM通いの毎日です。


相変わらずヘルメットなしの
サンダル履きで高所作業

以前にも書いた通り、カード2枚を使ってATMで下ろせるキャッシュの上限が1日6万ペソ。そしてフィリピン紙幣の最高額は1000ペソなので、1回ATMに行くと札束状態。日本円なら13万円ぐらいでも、手に持った感じは100万円相当。輪ゴムで止めたら自立しました。


数年前、振り込まれた退職金の一部300万円を、諸般の事情で現金化してカバンに入れた時の緊張を思い出します。ただ、フィリピン紙幣って何となく玩具っぽい。一万円ほどの重厚感はないので、緊張も半分くらい。

4/18〜26の出費

角材 2x2 100本、1x2 30本:18,400ペソ
鉄筋 150本とワイヤー:35,200ペソ
鉄筋 20本追加:3,920ペソ
砂利・砂(各6立米)・ブロック200個:15,900ペソ
セメント 50袋:11,100ペソ
大工さん給料:6,000ペソ

計:90,520ペソ

本日までの合計:219,825ペソ


2019年4月24日水曜日

やっぱり地震は怖い


地震で倒壊したスーパー
出典:ABS-CBN

聖週間休暇が明けたと思ったら、いきなり地震二連発に見舞われたフィリピン諸島。月曜日はマニラ首都圏を含むルソン島で、火曜日には、東ビサヤのサマール島。両方ともマグニチュードが6を超え、震度は3〜4。場所によっては震度5に達したという情報も。

過去、このブログでも何度か取り上げた、フィリピンでの地震。日本と同様、火山島の集まりのような国土なので、当然のように噴火も地震も多発します。ただ、相対的に日本ほどの頻度ではないせいか、歴史的に大地震があった場所でも、災害に対する警戒度はずいぶんと低い。

私たち家族が移住した2013年にも、ネグロスの隣島ボホールを震源として、セブなどに死者を出す被害をもたらした地震があったばかり。それなのに、建築物の設計・施工の際に耐震基準を厳しくした、なんて話は、ついぞ聞いたことがありません。

折しも、私は新しい家を建てている真っ最中。せいぜい100平米もない平屋でも、鉄筋コンクリートの地中梁を採用を要望したら、申請図面を書いてもらった地元の建築士には驚かれ、家内には「お金がもったいない」と嫌な顔をされました。やっぱり自分と家族の安全は、自分の意思で守るしかないのが、フィリピンということでしょうか?

確かに梁を増やせば、鉄筋、セメント、砂利に砂、枠を作るための角材や合板、加えて手間が増えるのは間違いありません。日々、建材屋さんに材料を注文し、その度にキャッシュで支払っているから、その実感はすごくあります。

ということで、話は移って工事について。
4連休明けになった昨日の月曜日。どうも休み明けに弱いフィリピンの人々。案の定、大工さんが6人来る予定なのに、3人だけの片肺飛行。

今までも聖週間やクリスマスなどの1週間前後の休みの後、住み込みメイドが田舎から帰ってこないことが多かった。数日から時には1週間もズルズル休暇が延長。うち2人のアミーとネルジーは、結局そのまま辞めちゃったし。

オフィスでも似たような事情で、「会社行きたくない病」が蔓延するらしい。まぁ気持ちは分かりますけど。

地震のことも重なって、何となく嫌ぁな雰囲気の週明けでしたが、火曜日には新規加入の2名を含めて、6人全員が元気に出勤。一人は力仕事専門のヘルパーさんで、もう一人がバイクに乗って颯爽と登場した大工さん。金槌などいい道具を持参し、なぜか作業中は麦藁帽子。

ちなみにフィリピンでは、道具を持たない大工さんも多くて、クライアントが貸したり買ったりするケースもあります。


マンパワーが5割り増しの昨日、例の地中梁の作業も一気に進みました。ヘルパーさんが人間パワーショベルの如く、溝をガンガンと掘って行き、棟梁のリトが鉄筋を組んで、新しい大工さんが仮枠を作っていくチームプレー。ただの空き地が、見るからに「工事現場」の様相を呈してきました。




この調子で、少々の地震にはビクともしない、丈夫な家をよろしくお願いします。


2019年4月21日日曜日

炎熱ホーリーウィーク

今日(2019年4月21日)はイースター。十字架で死んだイエス・キリストが3日目に復活したことをお祝いする日曜日です。カトリック信徒が人口の8割を占めるフィリピンでは、このイースター前の1週間、ホーリーウィークは、時期的に日本のゴールデンウィークのように、里帰りや旅行が集中します。

4〜5月が夏休みなので学校はもちろんお休み。オフィスなども水曜日か木曜日から休業になる場所が多く、特にイエスさまが亡くなったとされる「聖金曜日」は、スーパーや個人経営の商店に至るまで、ほぼ全面的にクローズ。

金曜日夜から土曜日の日中は、1年に1度だけ神さまが不在。教会でミサが行われない日。さすがにカラオケや屋外ディスコも、この24時間だけは鳴りをひそめる、フィリピンでは貴重な静かさが訪れます。

そんな例年通りのホーリーウィーク〜イースターだったのですが、今年はやけに暑い。前述の通り、フィリピンでは真夏で連日暑いのは当たり前ながら、2013年1月の移住以来、一番暑いような気がします。

お天気アプリを見ると、ここネグロス島シライの最高気温は30〜34度。最近の日本、特に大阪や東京などの大都市なら、盛夏には35〜40度が珍しくなくなったので、それに比べるとずいぶんマシだと言われそう。


その上、地面を全部アスファルトやコンクリートで固めた大都市とは異なり、市街地以外は、全島サトウキビや森林に覆われたネグロス島。日中はいくら暑くても、日が沈むと一息つけるぐらいに気温は下がります。夜中でも30度超え、みたいなことはありません。

それでもやっぱり、暑いものは暑い。自宅新築後5年目の昨年、ようやく4つの全寝室に取り付けたエアコンが、この夏は大活躍。この新しく買った日立の機種は、なかなかのヒット商品みたいですね。日系メーカーなのに安いし、運転音が静か。何より電気代控え目。今建てているゲストハウス用にも、3台まとめ買いをしようかと思っています。

ちなみに、ネグロスでは、ちょうど工事を始めた4月の第2週は、毎日曇ったり、夜間には土砂降りだったりが続きました。マニラやセブでは、酷暑や水不足に悩まされていることを思うと、ここは恵まれているのかも知れません。

ということで、ホーリーウィークも終わり、明日からは工事も再開です。少々の暑さは凌ぎますので、この晴天を活用して、作業がはかどりますように。


2019年4月18日木曜日

柱がにょきにょき

この日曜日(4月14日)に、カトリックの暦では「枝の主日」を迎え、キリストの復活を祝うイースター前の「ホーリー・ウィーク」(聖週間)に入りました。

フィリピンでは、聖木曜日の今日4月18日から週明けまでがお休み。我が家のゲストハウス新築工事も、ついでに反対隣の大工さんたちも4連休。やかましいラジオに文句を言わなくてもいいので、かなりホっとしております。

先週、ずいぶんたくさん建材を買ったので、今週はもう大丈夫だろうと油断していたら、セメントの配達が遅れるし、棟梁のリトからは「鉄筋が足りない」との直訴。仕方がなく急場凌ぎで、近所のお店で材料購入。手持ちの現金がかなり寂しくなってしまった。これでは砂利と砂、コンクリートブロックの支払いができません。

大慌てでシライ市内の銀行に走ったところ、タイミングの悪いことに、その日は3ヶ月に一度の4Ps(フォーピース)の支給日にぶち当たり、どの支店も建物を人が取り囲むほどの大行列。あっちゃ〜〜。

フォーピースとは、Pantawid Pamilyang Pilipino Program(フィリピン家庭の架け橋プログラム)の頭文字、4つのPから来た愛称。かんたんに言うと、貧困層の子育てを支援するために、年に4回、14歳までの子供一人につき、政府が1,500ペソを支払う制度。

私も詳しくは知らないけれど、最寄りの指定金融機関が窓口なんでしょうね。我が家のメインバンクであるメトロポリタン銀行を始め、大手の銀行はどこも、エラいことに。

それでもツケで配達をしてくれるのは、事情をよく知るご近所の業者さん。また「日本人=お金持ち、金払いがよい」という、フィリピン国内に今も流布する神話にも助けられた格好。おかげさまで工事が滞ることもなく、聖週間休み前に鉄筋の柱9が、にょきにょきと立ちました。




遅れて配達のセメント50袋
炎天下、すごい重労働

水曜日には無事、銀行でお金を下ろすこともできて、大工さんへの週給含めて、支払いは全部完了です。

4/15〜17の出費

セメント6袋:1,350ペソ
セメント運送費(トライシクル):50ペソ
コンクリート運搬用コンテナ4個:200ペソ
鉄筋20本:6,920ペソ
砂利・砂(各3立米)・ブロック200個:8,500ペソ
大工さん給料:6,000ペソ

計:23,020ペソ

本日までの合計:129,305ペソ


2019年4月17日水曜日

私的フィリピン美女図鑑 白いノースリーブ


このところ10日から2週間ぐらいで、コンスタントに更新しているフィリピン美女図鑑。今回は、アニメ・キャラクターのコスプレとか、映画・ドラマの主人公などのバックストーリーはやめて、シンプルにフィリピンの有名な女優さんを描いてみました。

以前にも、宇宙戦艦ヤマトの、スターシャ森雪になっていただいたリザ・ソベラーノ嬢(Liza Soberano)の再登場です。

フィリピンに住んでいる方なら、テレビCMやポスター、映画にドラマなどで、一度は見たことがあるはず、というほどの今が旬の人気女優。フィリピン人の父と、アメリカ人の母を両親に持つ、アメリカ・カリフォルニア生まれの21歳。13歳の頃からフィリピンでテレビに出ていたそうなので、この若さにしてもうベテラン女優。

素材の魅力は申し分ないし、コスチュームに関する制約も取っ払ったので、このイラストについては、私個人が感じる「萌え要素」をてんこ盛りに。

まずは白いノースリーブ。
きわどいビキニとか、セミヌードに近い女性ばかり、立て続けに描いていたせいか、ほんの少し手や胸元が露出した姿が、妙にセクシーに感じてしまいます。特に白い服は、ボディラインがはっきり出るので、さらに効果が高い。もう視点が完全にオっさんそのもの。

そして長い黒髪は、フィリピン女性の定番で、それに加えてポニーテールにしたところがポイント。これだと「うなじ」や「後れ毛」を自然なポーズで表現できます。

最初は髪飾りやピアスなど、凝ったアクセサリーを付けようかと思ってましたが、描いてみると、それも不必要に思えてきました。


ということで、今日はイラストそのものだけでなく、解説文もあっさりシンプル。たまには、こういうのも悪くないですね。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。
王女カンシライ
マイティ・フィリピーナ
クリスティン
サウンド・オブ・パラダイス
フィリピーナ in キモノ
マニラ・ガール
スーパーの警備員
タクロバンの薔薇
ジュリア・バレット
オフィレニア5人姉妹
ホワイトレディ
メイン・メンドーサ
スーパーの警備員 再び
日比カップル
人造人間キカイダー
ゴースト・イン・ザ・シェル




2019年4月15日月曜日

やまかしい現場


今日は自分が施主をやっている方ではなく、2月から新築作業が始まった、反対側の隣家について。

工事現場がやかましいのは、どこの国でも当たり前。コンクリートをミキサーで混ぜたり、グラインダーで鉄筋を切ったり。いくら神経質な私でも、そんなことに目くじら立てたりはしません。勘に触るのは、大音量で流されるラジオ。

フィリピンの人たち、特に貧困層生まれの場合、音に対する感覚が大らかと言うか、相当なボリュームで音楽を流していても、まったく気にならない人が多い。おそらく、子供の頃から隣近所でカラオケやってたり、野外ディスコで騒ぐことに慣れてるからでしょうね。

仕事中にBGMが必須なのは、私も同様ながら、大声出さないと会話もままならないようなレベルとなると、もはや音楽ではなく騒音。前述の機械的なノイズは聞き流せても、歌声やDJの語りを、音量を振り切ったひどい音質で聴かされては、堪ったものではありません。

そもそも人間の耳って、人の声には敏感に出来ているみたいですね。

また、隣人が雇った大工さんは「ステイ・イン」。住み込みメイドさんをステイ・インと呼ぶように、現場の敷地内にトタンと角材で建てたバラックに、大工さんが住み込むスタイル。工事時間中だけでなく、深夜や早朝までラジオ三昧。

さすがにこれでは、摩擦を起こしたくない私でも、文句を言わざるを得ない。

最初は「音量を小さくしてください」と下手に出てました。その時には対応してくれても、しばらくすると、あるいは翌日には元の木阿弥。こっちの口調もキツくなってくる。

そうなると家内から、まるで私の方に落ち度があるように、喧嘩になるから宅地の警備員に言ってと、レフェリーストップ。なんか以前にも同じようなことがありましたね。(深夜の轟音、隣の鶏舎)ついには、宅地の管理事務所にクレームを入れるまでに。

それから1週間ほどは平和だったけれど、また数日前からラジオの音。困ったことに、家内もメイドのライラも、私とは騒音への耐性がまったく異なっているようで、私がなぜ腹を立てるのか理解不能。孤立無援なつらい状況となっております。今朝も6時頃に、とうとう「ラジオを止めろ!」と直言。

建て込んだ住宅地のど真ん中なら仕方ないですが、それが分かっていて、閑静さが売り物の、シライ市内で一番の宅地で、さらに一番高額な物件を購入した経緯があります。つまり静けさを買ったようなもの。

隣の工事が終わるまで、おそらくまだ3〜4ヶ月はかかるでしょう。しばらく、不毛で不快な闘いが続きそうです。


2019年4月14日日曜日

最初の給料日


この土曜日(2019年4月13日)は、裏庭でのゲストハウスの工事が始まって以来、最初の給料日でした。

日当制で、棟梁リトの1日500ペソ(約1,100円)を筆頭に、大工さんは470ペソ、ヘルパーと呼ばれる力仕事専門の人は350ペソ、という具合に分けています。本来ならば、毎日手渡しても良さそうなところ、6年前に母屋を建てた時と同様に、週に一回、まとめて支払い。

これって、フィリピンのどこでもそうなのか、それともネグロス島とかシライ市のローカル・ルールなのかは不明。

まぁ、毎日渡したら、家に帰る前に酒代に消えてしまう人も多そうだし、一月待たせると、マジで家族の食費がない、なんてことも。そう考えると週給にするのが、一番妥当なやり方なのかも知れません。まず大工さんって、銀行に口座持ってる人は、滅多にいなんじゃないかと思います。

工事の方は、掘り方がだいぶ進んで、合計15本のうち、13本分の柱の基礎部分は終わり、金曜日午後に納品した鉄骨を、切ったり曲げたりの作業にも着手。週明けには、地中梁の掘り方に移行できそうです。



ちなみに、こちらでは何も言わないと、鉄筋コンクリート2階建ての住宅でも、柱周囲や底だけを固める、独立基礎にしてしまうらしい。日本ほど地震は多くないフィリピンとは言え、ネグロスや隣島のボホール、セブでも、ここ10年ほどの間に、建物の倒壊で死者が出るような地震が散発。

なので、今住んでいる母屋もそうだし、平屋の新規ゲストハウスも、地中梁にしてくれと、申請図面を描いてもらう時にお願いした次第。その図面を見ても、リトは地中梁だと思ってなかったみたい。

そして今日、日曜日。カトリックではイースター(復活祭)の1週間前に当たる「枝の主日」。作業はお休みですが、朝8時から、レギュラー4人の大工さんとは別に、6名のヘルパーが集合。敷地のど真ん中に設置してあるバンブーハウスを、工事の邪魔にならない位置への仮移動です。

いくら竹製でも、4人では運べない重量なので、大工の一人、マーロンくんの従兄弟たちに声をかけてもらいました。そのために前日、竹4本を購入済み。これを適当な長さに切って差し込み、お神輿のように担ぎ上げるわけです。この仕事には一人200ペソ。1時間もかからず完了。




ということで、久しぶに施主役の、最初の長い1週間が終わりました。

4/12〜14の出費

大工さんのサブディビジョン(宅地)入門ID制作費:300ペソ
大工さんの給料:8,450ペソ
竹4本+運送費:700ペソ
バンブーハウス移動工賃:1,200ペソ

計:10,650ペソ

本日までの合計:106,285ペソ


2019年4月11日木曜日

疲労困憊の現金払い

昨日と今日(2019年4月10〜11日)連続で、新築するゲストハウスのために建材を買いに走りました。

現在作業中の4人の大工さん。その棟梁、リトに書いてもらった建材リスト。ベニヤ板、コンクリートブロック、材木、各種サイズの鉄筋などなど。そんなに大きな家ではないけれど、何十、何百の単位で購入するから、結構な金額が必要になります。

昔に比べれば、ある程度はカードを使える店が増えたとは言え、ショッピングモールや大きなレストランばかりで、建材屋さんとなると現金のみがほとんど。建設業者をパートナーにする大手の総合建材店ですら、キャッシュカードだと割高になったりする。

結果、私のように業者を通さず、大工や職人を直雇いする施主は、大枚の現金をカバンに忍ばせて、あちこちのハードウェア店(こちらでは建材屋さんをそう呼びます)を駆け回ることに。今日のように、買い付け先が隣街の州都バコロドなんて日には、マジでドライバーと私設秘書が欲しいぐらい。

そんな貧乏施主の買い付けは、早朝、銀行のATMで現金を降ろすことから始まります。なぜ早朝かと言うと、ビジネスアワーだと混むんですよ。銀行はざっと10店舗はあるシライ市内でも、各店には1〜2機しかATMがありません。それもすぐに現金がなくなって「オフライン」。

1箇所がダメで次へとなると、昼間ではどこも長蛇の列。特に月に2回の給料日直後とか、年金の支払い日に重なると、もう絶望的な状況。人の少ない時間帯でも、深夜に現金を持ち歩くのは、危なすぎる。なので早朝、となるわけです。

しかも、カードで降ろせる金額は、1日30,000ペソ(約7万円弱)が上限。家内のカードを併用しても60,000ペソまで。何とかなりませんかね、この不便さ。

さらに追い討ちをかけるように、フィリピン紙幣の最高額が1,000ペソ。ATMだと500ペソが混じることがあって、60,000ペソも降ろすと、財布がパンパン。まるで100万円ぐらい持ってる感じで、それだけでも恐ろしい事この上なし。

さて、今日行ったバコロドの建材店の名前が「トライアンフ(Traiumph Hardware)」。「勝利」とか「大手柄」を意味する少々古めかしい言い方の英語。ここ何年かの好景気と建築ラッシュで、名前の通りの大成功を収めているようで、6年振りに行った店は、専用の大きなビルに移転してました。ちょっとしたホテルのロビー並みでびっくり。以前は小汚い村役場の受付、みたいな風情だったんですけどね。

そこで、リトが書いたリストそのままに注文したら、総額8万ペソ以上!。全然足りんがな。仕方がないので、量を半分に減らし、残りはまた来週ということに。電話での発注もできなくはないれど、支払いは銀行経由になって、かなり面倒。やっぱりもう一度、足を運ばないとダメのようです。

ちなみに昨日は、大工さん1名を伴ってシライ市内の建材店3箇所のハシゴ。ある店では、量が半端でトラックによる配送を断られて、道を走っているトライシクルを捕まえたり、砂利と砂では足し算間違えで、2,000ペソも過剰請求されたり。一瞬も気を抜けません。


超フィリピン的な
ベニヤ板の運送風景


ちょっと使い方が違うような気が...。


すごくフレンドリーなブロック屋さん


コンクリートブロック
こちらでは通称ハロ・ブロック
(Hollow Blocks)



そんなこんなで、夕方には疲労困憊。晩ご飯調理の途中にヘタリこんでしまった。食後は、犬の餌やりも忘れて、7時過ぎには爆睡。曇りがちの天候で、時折雨の蒸し暑さもあったし、何より気疲れでしょうね。久しぶりの10時間睡眠。

ということで、しばらくは週一程度で、建材の買い付け仕事をこなす日々となりそうです。


4/10〜11の出費

申請図面への弁護士確認の諸費用:1,900ペソ
ベニヤ板10枚:3,500ペソ
ベニヤ板運送費(トライシクル):100ペソ
角材(2x2x10)100本:16,000ペソ
砂利3立米・砂3立米・ブロック100個:7,400ペソ
シャベル等の工具一式:1,355ペソ
鉄筋、コンクリート釘等(トライアンフ):42,000ペソ
大工さんへの支払い:2,000ペソ

計 74,255ペソ

本日までの合計 95,635ペソ(約200,000円)


2019年4月9日火曜日

遂に着工、ゲストハウス

1週間遅れていた、裏庭でのゲストハウス着工。昨日(2019年4月8日)、ようやく棟梁のリトと、二人の大工さんが来てくれました。やれやれ。

着工と言っても、いきなりトンカチが始まるわけではありません。まずは、ほとんどジャングルに戻っていた状態を、更地にするところから。何しろ熱帯のネグロス島。意図的に植えたバナナやハイビスカスだけはなく、どこからか種が飛んできて、いろんな樹木が自生しております。

一度はきれいに芝生を敷き詰めた箇所も、すっかり草ボウボウ。伐採作業には、下手すると丸1日はかかるんじゃないかと危惧しておりました。ところが、さすがに手慣れたもので、1日どころか2時間もしないうちに伐採完了。こうして見ると、300平米って広いですね。


だいたいの見通しがついた時点で、地縄張り(建物のレイアウト決め)のための、角材50本とナイロン製の糸みたいなのを買い付けに、大工さん1名を伴って、シライ市内の建材屋さんへ。7年前、すべてが初体験だった母屋の時に比べると、まったくの余裕。大工さんはよく知ってる人だし、ボラれる心配もない。


市内最大手の総合建材店「ゴチャンコ」



廃材置き場みたいな材木屋さん

ただし、注文した材料が時間通りに届かないのは、この7年間でまったく変わってないですね。昼過ぎの2時と言ってたのが、搬入は結局2時間遅れの夕方4時。大工さんも「当たり前」という顔で、悠然としております。初日は、そんな感じで日が暮れました。予想外の展開になったのは夜半過ぎ。


通常ネグロスでは、4月〜5月は乾季。特に今年はエルニーニョの影響で、フィリピン全土で水不足。なので建築工事は、この時期に集中することもあります。それが、深夜になって、まさかの土砂降り。う〜ん、家を建ててなければ、久しぶりのお湿りを歓迎するところなんですが、選りに選ってこのタイミングか?

蒸し暑さもあって、寝付きの悪い一夜が明けました。朝になってもまだ小雨ながら、作業には差し障りのない程度。今日から参加の、4人目の大工さんは、きっちり雨を理由に30分ほど遅れてきました。もちろんその程度は想定内のフィリピン。怒ったりはしません。

さて、地縄張りが本格的に進み、何とか切らずに残せるかと思っていた、裏庭で一番大きな木。やっぱり屋根に当たってしまうことが判明して、止む無くリトに伐採を指示。宅地を購入した頃にはすでにあったので、もう樹齢20年は超えていると推定。2013年のスーパー台風ヨランダの風雨にも、生き残ったんですけどね。


ということで、本日までの出費は以下の通り。

申請図面作成料:12,000ペソ
宅地への建築許可手数料:5,000ペソ
1×2角材50本:4,000ペソ
その他、建材:380ペソ

計 21,380ペソ

2019年4月8日月曜日

私的フィリピン美女図鑑 ゴースト・イン・ザ・シェル



前回のアンドロイド「人造人間キカイダー」に続き、今日はサイボーグ美女です。

1995年に映画化されて以来、日本だけでなく世界中から注目を集め続けている「攻殻機動隊/ゴースト・イン・ザ・シェル」の最強にして美しきヒロイン、草薙素子(くさなぎもとこ)に挑戦してみました。

知ってる人には、今更説明されてもなぁ、という感じでしょうね。攻殻機動隊のストーリー・コンセプトやビジュアル・イメージが、以降の映画監督や脚本家、特殊映像のクリエーターに与えたインパクトの大きさは、ほんとうに大きかった。

特に、ハリウッドの映像シーンに、一大センセーションを巻き起こした、ウォシャウスキー兄弟の監督作品「マトリックス」シリーズなんて、全体の世界観から、銃撃戦、主人公が羊水の浸かるイメージ、首筋にプラグを差し込んで、バーチャル空間とコンタクトするアイデアに至るまで、ほぼ「まんま」な影響の受け方。

しかし何と言っても、攻殻機動隊の魅力は、主人公の素子でしょう。子供の時に飛行機事故に遭い、両親を失っただけでなく、自身も重傷を負い、全身を義体(サイボーグ)化するしか生きる道がなかった。

映画の後に作られたテレビシリーズでは、子供が全身義体化すると、成長に応じて身体を交換する必要があり、その度につらいリハビリに耐えるという、ずいぶんとシリアスな過程が描かれています。

1960〜70年代の、キカイダーやサイボーグ009でも、善と悪の葛藤や、戦争の悲惨さをベースにしたストーリー展開だったり、決して単純に「悪い奴をやっつける」だけではありません。009の原作コミックでは、当時、戦火の真っ只中だったベトナムを舞台にしたエピソードがあったぐらい。キカイダー・ジローも、009・ジョーも、必然的に複雑な性格の、悩めるヒーローにならざるを得ない。

それでも今にして思えば、素子の複雑さは、それを遥かに凌駕。少女時代の重い体験だけでなく、過酷な戦場を知る兵士であり、超一流のハッカー。でも孤独な一匹狼にはならず、公安9課では、部下から絶大な信頼を勝ち得ているリーダーで、時折、母性的な優しさも垣間見せる。そして同性愛者。こんな複雑な主人公って、ちょっと他にいないんじゃないですか?

そもそも士郎正宗さんの原作自体が、すごくディープで情報量が多い作品。アニメではそれに輪が掛かった印象。セリフの量が半端ではない。脳以外が全部機械に置き換わり、さらに意識がネットに直接繋がると、どうなるのか? 個人を識別するアイデンティティとは、記憶とは何なのか? もう哲学レベルの深い問いかけに満ち溢れている。

加えて私が惹きつけられるのは、造語センスの素晴らしさ。前出の「義体」や、脳を格納するケースが「脳郭」。その他にも「電脳化」「光学迷彩」「攻性防壁」「招慰難民」などなど。タイトルの「攻殻」もそうですね。

とまぁ、このネタは語り出すとキリがないのですが、イラストは至ってシンプル。超ナイスボディのスカーレット・ヨハンソン嬢が、実写版素子を演じたぐらいなので、美女図鑑の路線にはピッタリ。髪の色を青紫にして、後頭部に「有線」用のソケットを付ければ、フィリピナ素子の出来上がり。

敢えてオリジナルのイメージから逸脱させたのが、ロングヘアーと少し褐色の肌。今回は背中からヒップラインにかけて、かなり時間をかけて描き込んでみました。


それにしても、攻殻機動隊で描かれる近未来のメカの中で、唯一違和感があるのが、携帯電話。アップルのiPhoneが登場する10年以上も前の作品なので仕方ないけれど、全員が10キーの付いた携帯を使ってるんですよね。


過去の「私的フィリピン美女図鑑」は、こちら。
王女カンシライ
マイティ・フィリピーナ
クリスティン
サウンド・オブ・パラダイス
フィリピーナ in キモノ
マニラ・ガール
スーパーの警備員
タクロバンの薔薇
ジュリア・バレット
オフィレニア5人姉妹
ホワイトレディ
メイン・メンドーサ
スーパーの警備員 再び
日比カップル
人造人間キカイダー



2019年4月6日土曜日

着工、いきなり1週間遅れ


いやぁ〜、やってくれましたねぇ、大工のトニオ君。

7年前、母屋を建てた時に、メインで仕事に加わってくれたトニオ。通常の大工仕事だけでなく溶接もこなすし、最近では配管技術までマスター。竣工後も、メンテナンスやリノベなど、我が家の守護神みたいなオールラウンド・プレーヤー。

今回の裏庭でのゲストハウス建設では、棟梁を務めてもらおうと、半月ぐらい前から約束をしてました。ところが着工予定の4月1日になっても音沙汰無し。他に3人、前回のメンバーから選抜して連れて来るはずが、誰も来ない。

真面目で仕事がキッチリしているトニオだけに、不慮の怪我とか病気とか、何らかのアクシデントに見舞われたのかとマジで心配してたら、木曜日になってようやく家内の携帯にメッセージが。他の仕事が入っちゃったんだそうです。

建設業に限らず、フィリピンで往々にして起こるのが、この手のダブル・ブッキング。あんまり早手回しに先の予約をしてしまって、直前になって別の条件のいい仕事オファーされると、先約を忘れてしまったり。

トニオの場合は、忘れてたわけではなく、元々、建設会社と2年間の契約を結んでいたんだそうです。隣街タリサイ市での大手ショッピングモールの現場が入り、そっちが断れなかったらしい。なので、家内からの連絡を待っていたって、それは話が逆やんけ。

とは言えトニオとは口約束だし、ここでブチキレても何の効果もない。一応、タリサイの現場と掛け持ちで、週に2日ぐらいは、配管の仕事をしてもらうこととして、棟梁とその他の大工さん取りまとめは、リトという人に任せることになりました。

このリト君。もう50歳になろうかというベテランで、実は前回の棟梁でもあります。仕事がトニオと同レベルにできるし人柄もいい。トニオとは顔馴染みの同僚みたいな感じ。唯一、大酒飲みなのがちょっと心配の種。

久しぶりにリトが、これまた前回の工事に加わってくれた大工さん一人を伴って、我が家にやって来ました。今日は、図面を見ながらの業務打ち合わせ。格好良く言うとキックオフ・ミーティング。

支払いはパッキャオ方式(料金定額)ではなく、日当制で話がまとまりました。棟梁のリトが1日500(約1,100円)ペソで、他に3人の大工さんが475ペソ。力仕事のみのヘルパー(助手)が、もう少し安い賃金で、必要に応じて加わります。

ちなみに、私のイロンゴ語家庭教師のロマへの支払いが、2時間の1レッスンで300ペソ。出張マッサージが1時間で同じく300ペソなので、大工さんはあまり割のいい仕事ではないですね。これでもここ5年ぐらいで、1〜2割はレートは上がったんですけど。おそらく州都のバコロドならもう少し高いでしょうし、マニラやセブとかの大都市では、さらに上乗せになると思われます。

ということで、たまたま日本での年度始めのタイミングで、幸先良く4月1日の月曜日と思っていた着工が、いきなり1週間遅れで出鼻をくじかれた格好。それを取り戻すように、今度こそ間違いなく月曜の仕事スタートになりそうです。


2019年4月5日金曜日

葬式に3人の妊婦


4年前の昨日、2015年4月4日に、家内の叔父パパ・ボーイが心臓発作で急逝。69歳の誕生日を、美貌の異父姉妹の娘5人(美女図鑑にも登場)と一緒に祝った数日後のことでした。

アメリカからはパパボーイの先妻が、急遽一時帰国。マニラから駆け付けた後妻と長男。そして結果的に死を看取ることになった娘5人(うち2人は後妻の連れ子)。これだけでもややこしいのに、長男にも先妻と後妻がいて、それぞれに子供がいる。こういうメンバーが1週間に渡る通夜で、棺の前に居合わせることに。

当然のように険悪な空気が漂い、葬式を待たずに双方の感情が爆発。先妻の子供である長男が後妻を追い出すことで、事態は収拾しました。一応、親戚の一員とは言え、外国人だし部外者みたいな私からすれば、かなり面白いドタバタ喜劇。

亡くなったパパ・ボーイには悪いけど、このブログでシリーズ化して投稿しました。

聖土曜日の訃報
イースター、そして通夜の始まり
棺の前の修羅場
出て行け〜
家庭を壊すということ
コメディな人たち
葬式スカイプ

ところが話はそれだけではなく、舞台裏でもドラマが進行。葬式に参列していた、パパボーイの肉親やその連れ合いが、3人も妊娠中だったそうです。それも揃いも揃って全部婚外子。

一人目は、パパボーイの長女にして、美女の多いオフィレニア一族の中でも、とりわけセクシーなディアン。二人目が後妻を通夜の会場から追い出した、長男ボンボンの内縁の妻。そして三人目は、そのボンボンの、まだ学生だった息子のガールフレンド。つまり、パパボーイにとっての孫二人と曾孫一人。すごいですね。

こう書くと、フィリピンでは当たり前だと勘違いする人もいそうですが、決してそんなことはない。やっぱりカトリックの道徳規範が根強い国なので、敢えて声高に、公表するような種類の話でもありません。だから私が、最近まで知らなかったというわけです。

とは言うものの、たとえ父親がいなくても、親類縁者、場合によっては近所の知り合いまでが、寄ってたかって子供の面倒を見るようなフィリピン。少なくとも日本に比べると、シングルマザーへの周囲の眼差しは優しい。

特にこの3人の子供の場合、父親はちゃんと一緒に暮らしているし、時々フェイスブックに投稿される写真を見る限り、両親が婚姻届を出しているかどうかなんて、まったく関係ない、ごく普通の家族。こういう所が、東南アジア諸国でもブッちぎりの出生率を支えているんでしょうね。


2019年4月3日水曜日

選挙の季節


フィリピンに移住して、7年目に入ろうというこの時期、3年毎のフィリピン一斉国政選挙も、早や3回目になります。

日本では、衆参各議院の解散が不定期だったり、知事や市町村長などの選挙時期はバラバラ。しかも内閣総理大臣は、国民の直接投票で選出されないシステムなので、フィリピンのような、上から下まで毎回同じタイミングで、全部いっぺんに選挙なんてのはあり得ない。

こちらでは3年に一度、上院・下院議院、州知事・市長(副知事・副市長を含む)と、各地方議院、バランガイ・キャプテン(町内会の会長)までを、同日の投票で選出します。ただし大統領選は6年に1度なので、今回は「中間選挙」という位置付け。投票日は5月13日で、ここネグロス島でも、1ヶ月半前の先週末、選挙活動が解禁となりました。

ただしポスターの張り出しは規制がないようで、昨年末頃から「メリー・クリスマス」の文字が入ったものも。サイズや場所も決まりがなく、各候補、やりたい放題。

では何が解禁になったかというと、候補者を囲んでの集会や、選挙カーによる広報。正確には「集会」なんて穏やかなものではなく、鳴り物入りのお祭り騒ぎ。深夜まで花火上げたり、野外ディスコやカラオケ。バランガイ単位のフィエスタと何も変わらない。「怪気炎を上げる」とは、まさにこのこと。

シライ市での中間選挙の場合、特に盛り上がるのが市長選。やっぱり地元の生活にはっきり影響が出ますから。公共工事の指定業者とか、市長が変わると明らさまに総入れ替えになったりするし、市民サービスの質が思いっきり左右される。

現市長のマーク・ゴレツさんになってから、交通信号は壊れたまま放置だし、道路の舗装が傷んだ箇所も補修されなかったり。我が家のメイド、ライラおばさんによると、彼女の住むバランガイに、以前は毎週あった、無料の医師巡回がなくなったとか。

家内に聞いたら、市長室にはマークの両親の席が用意されて、実際には親が市の行政を好き勝手にやっている。40歳過ぎで独身だから、ゲイではないかとの噂も。まぁ、性的指向は政治手腕とは無関係なので、どうでもいいけれど、選挙で選ばれたわけではない人が市政に関与し、それを隠そうともしないのは、マズいですね。

そうなると、返り咲きを狙う前市長、「オティ」こと、ホセ・モンテリバーノさんが優勢かと思いきや、税金を選挙活動に使えるから、現市長が有利なんだそうです。それはアカんうやろ。ちなみに今回の「相場」は、1票につき1,500ペソらしい。前回が確か800ペソと言ってたので、倍近い値上がり。そこまでキャッシュをばら撒けば、集会にも人が集まりますわな。

ただ必ずしも買収が、選挙結果の決定打でもなくなっているようで、ライラはずいぶん前から、オティ支持を公言。今は、集会で配られたと思われる、オティの名前が入った、プラスティック製のブレスレットをしてます。

ということで、しばらくは全国的に騒がしいフィリピン。日本大使館には、選挙に伴う事件・事故に警戒して、人の多い場所には近づくなとのメールも来ました。近所で見かける騒ぎを見ていると、対立候補の支持者グループが鉢合わせしたら、流血の惨事になっても不思議ではない加熱ぶり。私も投票までの1ヶ月は、大人しくしようと思います。


2019年4月1日月曜日

卒業生を褒めるフィリピン


今日、2019年の4月1日は、日本で新元号発表とのことで、ネットの日本語環境も、そっちの話題で持ち切りな雰囲気。でもフィリピンでは、なぁ〜んの関心もなく、普通の月曜日。このブログも当然のような顔をして、前回から続く卒業式のお話です。

日本の卒業式ならば、メインは卒業証書の授与。受け取り方や礼の仕方、歩き方に至るまで、ずいぶんと事前練習をさせられた記憶があります。

フィリピンでも、一人づつステージに上がり、卒業証明書を貰うというセレモニーはあるものの、あんな型にハマった感じじゃないですね。笑いながら登壇したり、客席に手を振る子がいても、誰も怒ったりしないし。

ただそれだけじゃないのが、息子の母校、STA(Saint Theresita's Academy)。小学校から高校まで、全生徒を対象にした、一年間の活動への表彰を行います。

どんな活動かと言うと、成績優秀者や、学外模試での入賞者は言うに及ばず、バレーボール・水泳・テコンドーや、ダンス・ブラスバンド・歌唱コンクール、果ては料理のコンペ(それも創作料理、伝統料理とかの分野別)まで。へぇ〜、そんなことまでやってたんか?という程、多岐に渡る分野。

成績優秀者も、全教科の平均ではなく、算数や国語(フィリピノ語)、理科などの目立つもの以外に、体育に美術、音楽、コンピューター・サイエンスなどなど...、科目別に表彰されるので、いろんな能力に秀でた子供にスポットが当たります。

フィリピンでは、どこでもそうなのかは分かりませんが、少なくともSTAを見ている限り、できるだけ幅広く、子供を褒めようという意思が感じられる。何か褒めるネタはないかと、血眼になって探し回っている印象。

もちろん、無意味に万遍なく表彰するわけではないので、一人の子供に複数の賞が集中したり、何も貰えない子供もいます。一部の日本の小学校のような、みんな仲良く一等賞みたいな、ナンセンスなことはしない。

その趣旨には賛同し、とてもいいことだと思う反面、表彰にすごく時間がかかってしまうのが難点。集合時間が午後1時半で、表彰を含む、卒業式全体が終わったのが夕方の5時。3時間半も座りっぱなしなのは、少々たいへんでした。

面白いのは、受賞するのは先生からではなく、子供と一緒に親が登壇して、先生から渡されたメダル(賞状ではなく)を親が受け取って、子供にかけるのがルール。しかも、カメラマンが待ち構えていて、壇上で親子の受賞ポーズを撮影します。フィリピンの「嬉しがり」メンタリティを色濃く反映したスタイル。

ということで、息子も何やらいっぱいメダルを貰いました。よかったよかった。