2023年9月27日水曜日

運転免許更新の顛末

 行ってきました、フィリピンでの運転免許更新。

マニラ首都圏やセブなど大都市に比べるとまだマシとは言え、身の危険を感じるレベルの運転マナー。隣街のバコロドへドライブするだけでも、すごいストレスで疲れ果ててしまいます。本当はこっちでハンドル握りたくないものの、自家用車を運転できないと、不便この上ないネグロス島。

タクシーにGrab(ライドシェア)、路線バスやジプニー(小型乗り合いバス)、トライシクル(オート輪タク)など、用途に応じた交通機関はあって、最近はジプニーが電動化してきれいになったりもしてるんですが、如何せん、深夜はほとんど運行してないし、スケジュールが至ってエエ加減。雨が降ってたりすると、どれも全然つかまらないので、急いでる時など、本当に困ってしまいます。

ちなみに私のフィリピンでの免許歴。移住直後の2013年に、日本の免許を書き換えました。これが実に面倒で、何日も待たされた挙句、やっとバコロドの陸運局(LTO / Land Transportation Office)に行ったら、最後の受け取りの段になって「日本大使館から許可証が必要」とか、まったく訳の分らない要求。つまり、免許証渡して欲しかったら賄賂を寄越せってことらしい。この時は、関西訛りの英語でまくし立てて、余分な金を払わずに免許を手にすることができました。

その後2回更新したんですが、直近のは、カードのプラスティックが入手困難になるという、これまた訳の分からないトラブル。ネグロスだけでなくフィリピン全土で同様の事態だったそうで、カードができるまでの約1年間は、紙に一部手書きの代用免許証を携帯してました。

そして来月、(2023年10月)私の誕生日で切れる免許有効期間。何と、プラスティック不足はまだ続いている上に、オンライン化して10年間有効になったのは良いけど、なぜかオンラインで適正検査みたいな試験があって、さらに不可解にも、それをプリントアウトして最寄りの陸運局に持っていくというプロセス改変。うわぁ面倒臭ぁ。

こういう時に頼りになるのが、何かとフィリピン人離れした実務家肌の家内。LTO同様に政府機関である教育省勤務のアドバンテージをフル活用して、バコロドのLTOで管理職をやってる、高校の同級生に手を回してくれました。家内だけではなく、オフィスでは常套手段なんだそうです。

その結果が、事前に免許を渡しておいて、2週間ほどで「できたよ〜」との連絡。窓口まで行って携帯メールしたら、間もなく名前を呼ばれ、その場で写真撮影して即日交付。30分ほどで10年免許ゲット。本来必要な各種書類提出やメディカル・チェックもなし。ついでに手数料の支払いもなし。


相変わらず人が多い
ショッピングモール内のLTO窓口

その同級生に直接2,000ペソは払っているので、もちろんタダではないけれど、これはどう考えたって裏取引。まともにやっても1,000ペソぐらいはかかるので、そんなにボラれたわけでもないし、下手すれば早朝から夕刻まで待たされることを思えば、安いとさえ言えるんですが、やっぱりちょっと後ろめたい。実際、よほど待たされてるのか、何人かのオっちゃんたちがブチキレて、窓口で喚いてましたから。

ということで、完全に贈賄側にまわってしまって、偉そうに非難できる立場ではないものの、やっぱりこういう部分が、どうしようもないフィリピンの後進性。特にドゥテルテさんが任期を終え、ボンボン・マルコスが大統領になってからというもの、せっかくの綱紀粛正の流れが止まって、国中が ユルみまくってる感じがします。


3ヶ月で壊れたポータブル・バッテリー

 前回の続きで、やたらとモノがぶっ壊れるフィリピンのお話。今日は電気周りの製品について。まずは、毎度お馴染みの停電時に使うガソリン・エンジン式の発電機。

前回投稿でも触れた通り、今使ってる発電機は2代目。最初のはディーゼルエンジンで、温水シャワーもエアコンも使えるほどの大容量だったんですが、電気式スターターを選んだのが失敗。すぐにバッテリーが上がってしまい、肝心な時に動かない。手動でワイヤーを引っ張って始動もできるはずが、なぜかこれがダメ。しかもフィリピンで(!)近所から苦情が来るほどの騒音。結局、何度も修理した挙句に、5年ほどで安くに転売してしまいました。

それに懲りて、3年前、裏庭にゲストハウスを増築した時に買ったのが、やや小ぶりのガンソリ式。これを母屋とゲストハウスに1台づつ設置しました。小ぶりとは言っても、温水シャワーとエアコン以外はカバーできる程度の電力はあって、冷蔵庫・照明・扇風機・インターネットはすべて同時使用可。音もディーゼルに比べると、静かとまでは言えないけれど、まぁまぁ許容範囲。その時の投稿がこちら。(ダブル発電機・設置完了

ところが使い始めて2年ぐらい経った頃に、まず1台が突然の異音。見に行くと盛大にガソリンが漏れ出してます。慌ててエンジンを止めて、購入したお店に修理依頼。この時は、担当のフリオ君がすぐに来てくれて、部品交換とエンジンオイルの入れ替えで解決。ちなみにフリオ君は、フィリピンではなかなか得難い、信頼できるセールス・エンジニア。専門は配管関係で、加圧ポンプの修理もフリオ君にお願いしました。

そして先月。今度は同時購入のもう一台がまったく同じ症状でダウン。ガソリン漏れって見てて心臓に悪い。ちょうど今、日本で毎日のように報道されている、京都アニメーションのガソリン放火による殺人事件が脳裏をよぎります。

今回は、前に来てくれたフリオ君の同僚で、発電機担当の人が店を辞めちゃったので、自分で車に積んでの持ち込み修理。ちょっと手間はかかりましたが、前回同様すんなり治って、費用も部品代のみの僅かな金額。

と、ホッとしたのも束の間。なぜかこの手のトラブルは続くもの。今年(2023年)5月の初めに購入したポータブル・バッテリーがトラブル。これは、短時間の停電の時、パソコンとインターネットだけ稼働させるためのもの。ソーラー発電にも対応してます。

発電機があれば不要と思われそうですが、どうしてもエンジン回すとうるさいし、雨が降ってる時など外へ出て発電機を始動させるのって、結構面倒なんですよね。さらには、何日も電気が止まるような事態への備えの意味もあります。一昨年のセブでは、台風被害で3ヶ月ぐらい停電が続き、ガソリンも入手困難になったそうで、携帯電話の充電にさえ困ったと聞きましたから。

さて、このポータブル・バッテリー。まだ購入後3ヶ月弱しか経ってないのに、フル充電して扇風機回したら、1分も持たずにストップ。ここまで分かりやすいトラブルなら、新品交換かと思って持って行ったら、交換ではなく修理とのこと。無条件に交換できるのは、30日以内なんだそうです。半年のワランティー(保証)って、メーカーが交換に応じるって意味じゃなかったのか。それでも1週間後には修理完了で、費用はタダ。一応は使えるようになったので、良しとしましょう。

ということで、発電機もバッテリーも、数万円単位の買い物。インフレが進んで諸色高くなったネグロスでも、決して安い買い物ではないのに、次から次へとぶっ壊れてしまいます。特に水回りと電気は、放っておくわけにもいきませんから、困ったものです。



2023年9月25日月曜日

モノがすぐ壊れるフィリピン

 相変わらず、モノがすぐ壊れるフィリピン。10年前に新築したネグロス島の我が家。工事中は、手抜きや質の悪い建材を使わせないよう、ほとんど付きっきりで監視したにもかかわらず、竣工数年にして毎年のようにどこかが壊れて、修理やら建材の取り替えやらが発生。まぁどれも、住めなくなるような致命的なレベルではないし、平均すると数万円程度の出費で済んでいるので、フィリピンにしては上出来と言えなくもない。

その内容というと、覚えているだけでも、まず2階ベランダの雨漏りに伴う大屋根の新規取り付け。これが一番大騒ぎで10万円以上はかかりました。その後、別の箇所で雨樋が腐食しての部分取り替えに、シャワーブースがぶっ壊れたために、二つあるトイレ/浴室のリノベ。配線周りは、電源スイッチの交換は何回もやったし、最初に買ったディーゼル発電機は5年ほどでスターターの不調で修理後に売却。

上記の母屋だけでなく、3年前に増築したゲストハウスも、翌年からトラブル続き。こっちは建材や設備がボロと言うより、大工さんのチョンボが原因。水の加圧タンクは、サイズを間違えて設置したので、2年目に破損。シャワールームの床は傾斜が逆で水溜まりができて、たたみ一畳分ぐらいの広さをタイル貼り直し。

特に昨年は、ゲストハウスにシロアリが湧いて、ベニヤ板製の押入れの中の棚と、扉の木枠を総入れ替え。これは不可抗力としても、数ヶ月で枠を替えた扉の建て付けが悪くなっての再修理は、余計な手間でしたね。

そして今年。最初に書いた母屋の大屋根の雨樋が錆で腐食して、盛大な雨漏り。雨漏りといっても、屋外なのでしばらく放置してたら、その隙間から強風が入り込んで、石膏ボードの軒天井の一部が捲れ上がってしまった。これが外からよく見えて、部分的ながら廃屋のような佇まい。仕方がないので、雨樋の交換と石膏ボードを貼り直すことになりました。

やってきたのが、屋根材メーカーとしてはフィリピン国内最大手の代理店「カラースティール」。母屋もゲストハウスも全部依頼したお馴染みの営業さんが曰く。「これは雨樋が長過ぎ。」つまり、本来両側から排水すべき長さなのに、ズボラこいて片側しか排水パイプを取り付けなかったので、雨水の重みで樋がたわみ、そこに水が溜まって錆びてしまったとのこと。

ちなみにこの仕事は、加圧タンクのサイズを間違えてくれた、大工のトニオ。これでトニオの我が家への出禁は決定的となりました。

ということで、雨樋は新品になり、捲れ上がった石膏ボードはきれいに張り替えてもらって、総額は約3万円程度。ボードを張り替えを頼んだ、カラースティールとは別の大工さんには、部屋の模様替えでベッドの移動なども手伝ってくれたので、かなりお得な買い物となりました。こういう所がフィリピンは気楽なんですよね。


やれやれと思ったら、今度は3年前に買ったガソリン式の発電機と、3ヶ月前に同じ店で購入のパワーステーション(家電製品用バッテリー)が壊れました。そのお話は次回に続きます。



2023年9月18日月曜日

ツイッターで見てるアマゾン・ジャパン

 ここ1年ぐらい、よく使うようになった日本のアマゾン。フィリピンに長く住む日本人でも、意外と知らない人が多いようですが、日本国内からと同様、注文すれば普通にフィリピンまで配送してくれます。これは以前にも、このブログに書きました。

「普通に」と言っても、配送料は数千円程度かかり、小出しに頼むと商品の価格より高くなってしまうので、ある程度欲しい物の数がまとまってから。なので、数ヶ月に1回、年に2〜3回の利用。それでもずいぶんと便利です。

ただし食品と医薬品はフィリピンへの配送対象外。医薬品と言っても処方箋不要の、風邪薬や頭痛薬、下痢止め、胃薬なんかもダメなようです。味噌・麦茶・乾燥わかめなど、日本からの輸入食材は、ラザダやショッピーなど、フィリピンの業者で扱っているので大丈夫なんですけどね。

さて、今月(2023年9月)、アマゾンに発注したのは、フォトフレーム、電子蚊取り器、電動コーヒーミル(コーヒー豆挽き器)、アニメ監督の宮崎駿さんの書籍、そして浴室で使う椅子。

まずフォトフレームなんて、フィリピンでも普通に売ってるんですが、品質に段違いの差があります。私の場合、パソコンで描いた家族の肖像画やイラストを飾るためのもの。ところが近所のナショナルブックストア(フィリピン全土にある書店チェーン)で買ったフレームは、微妙に歪んでたり、すぐに壊れたり。決して安物じゃないはずなのに。


次がフィリピンでありそうでない電子蚊取り。日本ではすっかりお馴染みになった「ノーマット」ってやつです。電圧の違いがあるので、電池式はUSB充電のが欲しかったんですが、なぜかフィリピン配送対象外。仕方がないので変圧器を使う前提で、電源コード式のものを一つ。

この電子蚊取り、蚊避けよりアリ対策。晴れて暑くなると、台所の壁をアリが行列を作って、ありとあらゆる食材を狙ってくる。殺虫剤を撒くと食器などに付着する可能性があるので、やっぱりノーマットが一番有効。案の定、ダーティキッチンに仕掛けたら、あれだけしつこかったアリがまったく寄ってこなくなりました。

そしてコーヒーミル。いつもこのブログを読んでいただいている方の中には「あれ、つい最近買ったはずじゃ?」と思う方もおられるかも。はい、ラザダで買って使ってました。ところがこれ、コーヒー豆を挽く機能は十分なんですが、掃除の手間がすごく面倒なんですよ。水洗いもできないし。とても頻繁に使う道具なので、考えた挙句にアマゾンで再度の購入。

こんなに単純機能のものでも、日本市場向けの製品は実によく考えられてます。USB充電式でどこでも使えるし、挽きの粗さも微調整可能で挽き終わったら自動停止。何よりも掃除しやすく水洗い可。驚くのがラザダで買ったのと同じくメイド・イン・チャイナなのに、値段のそんなに変わらない。やっぱりフィリピン市場って、中国メーカーに舐められてるのかなぁ?


左がラザダ、右がアマゾン

書籍に関しては、特別に語ることもなくて、最後が浴室用の椅子。実は、もうすぐ日本から高齢の両親が来ることになってます。要介護...までは行かないけれど、さすがに80代も半ばを過ぎているので、足腰が弱っている。なので、シャワーを浴びる時には、しっかりした作りで滑りにくい椅子を使ってるんですよ。

さすがにこの手の介護用品はフィリピンでは入手が難しく、アマゾンから購入一択となりました。すぐに組み立てましたが、やっぱりこれもよく出来てます。

ちなみにアマゾンでポチって、実際にネグロスの自宅に届くまでが1週間とちょっと。配送はDHLの担当で、セブ経由で配達されました。アマゾンのサイトから状況は追跡できて、大きな問題はなかったものの、なぜかセブで数日止まっちゃっいました。苦情でもないんですが、ツイッターで「一体いつ届くのかなぁ」と呟いたら、なんとアマゾン公式のアカウントが謝罪と地元配送業者に確認してくださいとのリプライ。DHLのサイトからも、同じ番号で追跡できるんですよね。

ということで荷物が届いて、その箱の写真をもう一度投稿したら、またもやアマゾンから「箱に貼ってあるシールで個人情報が漏れるから、削除してください」とのリプ。すごいなぁ。アマゾンの中の人って、こんな対応までしてるんですね。(添付した写真は、配送関係の情報すべて、ボカしを入れてます。)



2023年9月16日土曜日

海外で感じるタイガース優勝の衝撃波

 リーグ優勝してしまいましたねぇ、阪神タイガース。聞くところによると、1935年(昭和10年)創設で、巨人に次ぐ長い歴史を持つ球団なのにもかかわらず、現在のセ・パ2リーグ制になって以来の優勝回数は10回。まぁ巨人の47回と横浜ベイスターズの2回という両極端の数字を除けば、セリーグの他3球団がすべて9回なので、弱いわけでもないけれど、やっぱり18年ぶりとなると、ファンとしては大騒ぎにもなるでしょう。

ちなみに私は、兵庫県尼崎市生まれのコテコテの関西人なんですが、阪神ファンではありません。父が巨人贔屓だった影響で、社会人になるぐらいまでは、どちらかと言うと巨人ファン。キャリアの晩年ながら王・長嶋がまだ現役だったし、アニメでは「巨人の星」「侍ジャイアンツ」を見て育った世代。意外に思われるかも知れませんが、関西地方でも、一定の割合で巨人ファンがいたんですよね。

ところが私の人生の節目には、なぜか阪神が優勝していて、まず私が生まれた昭和37年(1962年)。21年ぶりの昭和60年(1985年)は、私が就職した年。この時に、熱狂した虎キチが道頓堀に飛び込んだり、ケンタッキー・フライドチキンの店先にあったカーネル・サンダースの人形を「バースや!」と言って川に放り込んだりの事件がありました。そこから18年間、優勝できなかったのは「カーネル・サンダースの呪い」だと言われたものです。

そして平成に入って2回目の優勝時の2005年(平成17年)には、息子が誕生。この当時は、会社生活が一番ツラく鬱を患ってたので、タイガースのことなどまったく記憶に残ってないのですが、後から思えばそういうことでした。そしてその息子が成人した今年2023年、再び18年ぶりにリーグ優勝。

日本からフィリピンに移住してもう11年目に入るのに、いまさら日本のプロ野球のネタでもなかろうとも思うものの、タイガースに限らず、熱狂的なファンの場合、そういう環境でも贔屓チームへの想いは継続するんですよね。私の知り合いの中にも、ハンガリーやマレーシア在住にもかかわらず、「猛虎会ブダペスト支部長」や「ベイスターズファンクラブ・クアラルンプール代表」を名乗っている人がいます。

まぁ阪神にしても横浜にしても、滅多に優勝しないチームなので、何年も実らぬ声援を送り続けるのは、なかなか切ないだろうと推察。私など、巨人には興味がなくなってからは、イチローや松井、今は大谷選手のカジュアルなファンというミーハーな路線を保っていて、精神衛生上はとても楽なもの。要するに特定の球団ではなく、メジャーで活躍する日本人選手全員のファンってことです。

とは言え、フィリピンからネット経由で眺めているだけでも、地元出身者としては、ネタとしての阪神優勝は、極上かつ超レアなエンターテイメント。何しろ経済効果969億円に達するという試算もあるぐらい。そう言えば1985年の時には、大阪府池田市に本社があるダイハツが、ボディサイドに黒と黄色のストライプが入った「タイガース・エディション」のミラを発売したりしてました。調べてみたら、今年もやるそうですよ。




2023年9月15日金曜日

フィリピン親戚ガチャ

 最近の日本では「親ガチャ」なんて言い方が、当たり前のように使われているそうです。あるいは「実家が太い」なんてのも。ガチャは、カプセル・トイの玩具を取り出す時の音「ガチャガチャ」が由来なんでしょう。アメリカ発祥で私が子供だった1960〜70代にも、すでにカプセル・トイは、遊園地などにありました。

つまり、自分が欲しいものかイマイチの玩具か、何が出てくるか分からない。「太い実家」=裕福だったり、優しい親の元に生まれれば、親ガチャがアタリで、貧乏夫婦や毒親だったらハズレというわけ。「毒親」もかなり最近の言葉。

ただ呼び方は変わっても、そういう状況は大昔から同じで、貧乏で子沢山家庭の長女に生まれた母などは、駄菓子屋やってた祖母に代わって、幼い弟や妹の面倒を見てました。毎朝の弁当作りから果ては父兄参観日の代行まで。まさに親ガチャ大ハズレ。「一人っ子でお金持ちの家に生まれたかったなぁ」とこぼしたら、六人兄弟姉妹の末っ子の妹に「私なんか、生まれんかったらよかったんや〜」と泣かれたらしい。もちろん今と時代が違っていて、子沢山は当たり前で、敗戦で日本全体が貧乏だった頃のお話。

それから高度経済成長を経て、私が就職した1980〜90年代はバブル経済真っ盛り。貧困なんて日本からは無くなったと思ってたら、バブル崩壊に続く政治の失態続き。気がついたら給料は上がらないのに、税と保険料は上がり、かつては世界一と言われた技術力も低迷。IT化や男女平等など多くの分野で、明らかな後進国に成り果ててしまいました。なので「親ガチャ」という、前世紀の遺物みたいな概念が持て囃されるんでしょう。

ところで、私が今住んでいるフィリピン。戦前の日本か、ひょっとしたらそれよりエゲつなく、親ガチャで人生が決まってしまうお国柄。運悪く貧困層に生まれてしまったら、まともな教育機会もなく、10代で親になり、貧困の連鎖の歯車の一部になるしか生きる術がない。国民的英雄、ボクサーのマニー・パッキャオや前マニラ市長のイスコ・モレノなど、極貧から身を起こして富裕層の仲間入りできるのは、幸運と才能に恵まれた一握りの人々。

そして、そんなフィリピンの人たちを、配偶者に選んだ日本人にも当てはまるのが「親戚ガチャ」。夫なり妻なりは、自分で選ぶわけですから「ガチャ」的要素は少ないけれど、結婚相手の親戚なんて、一体どんな人がいるのか、結婚するまで分からない。 7〜8名のおじ・おばがいるのが普通で、母方・父方でその2倍、従兄弟姉妹に至っては何十名のオーダーが珍しくない。さらに誰かの誕生日やクリスマスパーティなど、大人数が頻繁に顔を合わせたり。

日本でも義母・義父との関係がギクシャクして、相手の実家とは絶縁になったり、最悪の場合はそれが原因で離縁にもなりかねないほど難しい関係。それに加えてフィリピンの場合、なぜか義理の兄弟姉妹、あるいはおじ・おばが同居していて、事あるごとに理不尽な振る舞いだとか、初対面の親戚からいきなり借金頼まれたりすることもあるらしい。

「らしい」と書いたのは、幸運にも私の「親戚ガチャ」は大アタリ。このブログにも何度か書いた通り、お金や時間を守る感覚は日本人と大差なし。特に行き来が頻繁な、母方の叔母や従兄弟姉妹たちは、気遣いも細やかだし、お金を貸すどころかいつもお世話になっています。少なくともこっちが困惑するようなことは、滅多に起こらない。

さらに、数日前にツイッター見てて驚いたのが「友人ガチャ」。カトリック信徒でもないのに、よほど人数が足りなかったのか、あるフィリピン在住日本人の方がフィリピンの友達から、生まれた子供のゴッド・マザーになってほしいと頼まれたんだとか。

日本のカトリックだとゴッド・ペアレンツ(代父母)は、かなり重い存在で、当然信徒以外には声がかからないし、将来に渡って、その子の信仰を正しく導く「師」であることが求められます。ところが、その辺りが大らかと言うか、エエ加減なフィリピン。一人の子供に何人もの代父母が選ばれるし、それほど深い付き合いがなくても、数合わせで適当に人選。

ちなみに私の家内など、独身時代から親戚や友人の子供のゴッド・マザーになっていて、その数はもう本人も覚えていないほど。と言うことは自動的に、その家内の夫になった私のゴッド・チルドレン。家内から詳しく教わったことがないので、ほとんどの子供は、その名前を知りません。

それぐらい軽いノリなので、ツイッターで「これって引き受けて大丈夫なんでしょうか?」となっている人に、上記のような事情をリプライしたんですよ。ところが、そのチャットににかぶせて、フィリピン暮らしが長そうな別の日本人の方から、代父母になって、その子が学校に入る時にの入学金を払うハメになったとのリプライ。いやそれは、いくらフィリピンでも有り得ないでしょう。カトリックの代父母に、経済的支援の義務はありませんよ。

私が想像するに、代父母だからというのは体の良い言い訳で、金持ち日本人だからダメ元で吹っかけてみるかと、カモにされたんじゃないでしょうか。そもそもフィリピンでは公立学校なら無料で、入学金が必要ということは私学。親が周囲に「日本人のゴッド・ファーザーが入学金を払ってくれた」と、見栄を張るためなのかも知れません。友人ガチャ大ハズレ。

ということで「親ガチャ」だけでなく、「親戚ガチャ」に「友人ガチャ」まで気にしないといけないフィリピン社会。夫や妻の親戚や友人相手だと、無視や絶縁も難しい事情もあるでしょう。やっぱり人間関係に関しては、日本もフィリピンも一筋縄ではいないものです。



2023年9月8日金曜日

復讐するは我にあり

 タイトルに使った文言は、新約聖書の一節。ローマ人への手紙の中でパウロが語った言葉です。あなたを迫害する者のために祈りなさいと諭し、徹底して耐え、悪に対して悪で応えてはいけないと戒めます。さらに、自らの手による復讐を禁じ、復讐は神によって為されると続くわけです。つまり「我」とは神さまのこと。

日本では、昭和38年(1963年)に起こった連続殺人事件に材を取った、佐木隆三さんの小説の題名に使われたことで有名になりました。これは、あまりにも理不尽で理解不能な殺人動機に、佐木さんが被害者側の視点で書くしかないと、考えたからだそうです。ただ、本来の意味ではなく、あたかも復讐を肯定して、強く念じる言葉として理解した人がほとんど。まぁ、聖書に馴染みのない人なら、ちゃんと説明されないとそう思うのも無理はないでしょう。

と、聖書の講釈のような書き出しになってしまいましたが、まるでこの言葉を地で行くような体験をしたというお話。実は私、社会人になった頃から、深刻なトラブルを起こした相手が、それほど時を経ずに、意に沿わない異動や辞職になったり、不測の病になるということが多いんですよ。もちろん喧嘩した相手がすべてそうなるというわけではなく、こっちにも非があるなと思える場合は、何も起こらない。

覚えている範囲で数えてみると、ちょっと異常なまでに指示が細かく、それが原因で深夜に及ぶやり直しが日常茶飯事だった上司が、いきなりの左遷。見方によってはそうかも、ではなく、誰がどう考えたって、なぜそんな地方都市に転勤させるか?という類のもの。

次は、人を怒らせるのが趣味みたいな同僚。吐き出す言葉のほとんどすべてに毒を含んでいて、相手へ皮肉や侮蔑なしに会話ができないという、ある意味天才的な人物。あれほど上からも下からも嫌われた人には、会ったことがありません。彼の場合は、内臓に致命的な病気が見つかり、医師に長生きはできないと告げられたそうです。

一番ひどかったのが、エゲつないパワハラで、私を半年の休職に追い込んだ上司。このオっさんの被害者は私だけでなく、何人もの部下が心を病んだり転職したりが相次ぎました。さすがに事態を重く見たさらにその上の管理職に、辞職を勧告されたんでしょうね。ほどなくオっさんの姿は、社内から消えました。

これ以外にも心当たりはあるのですが、10年以上経っても差し障りがあって書けない人もいます。

そして50歳で早期退職してフィリピン移住。日本でのドロドロの人間関係から逃れて、遠くネグロス島の片田舎までやって来たので、もうこれで終わりかと思ったら、やっぱり続きがあったんですよ。

まずは、たまたま購入した宅地のすぐ近くで活動していた日本のNGO。最初はボランティアで協力してたんですが、このNGOを現地で仕切っていた日本人マネージャーというのがとんでもない人物。公私の区別が全然できず、NGOで雇ったローカルスタッフを飲食店で働かせてその上前をハネたり、部下と肉体関係を持ったり。

仕事の約束は守らないし貸した金は返さない。私は早々に縁を切りましたが、結局はNGOの代表にクビを切られたそうです。またその怨みつらみをSNSに垂れ流したりしてました。

フィリピン人相手でも同様のことがあって、すぐ裏手の豪邸のオーナー。宅地の真ん中で闘鶏を飼育して、鶏を鍛えるためと称して昼夜関わりなく大音量の音楽。数ヶ月に一度は広大な庭で闘鶏大会を開催。迷惑を通り越して災害のレベル。宅地で闘鶏って、フィリピンでも違法なんですよ。

ところが半年もした頃でしょうか。突然、たくさんの鶏がいなくなり音楽もパタっと止みました。どうしたのかと思ったら、当のオーナーがパーキンソン病で寝たきりになってしまったそうです。なので養鶏も闘鶏も廃業。

直近の話題では、コロナ禍の最中にモメた近所のオジさん。これはブログにも書いた通り、買った宅地を畑にして野菜作り。それだけなら良いんですが、フィリピンあるあるで、デカいスピーカーを持ち込んで轟音を響かせながらの畑仕事。警備員に頼んで苦情を入れたら逆ギレされて、バランガイ訴訟になってしまいました。これはバランガイ・キャプテン(町内会の会長みたいな要職)が上手に取り成してくれて、大事には至りませんでしたが。

そのオジさん、しばらく姿を見ないと思って先日その畑の前を通ったら、あれほど通い詰めたご自慢の畑がすっかり草ぼうぼう。もう怖いので詳しくは聞いてませんが、やっぱりどこか具合が悪くなったらしい。

ということで、私が本気で相手の不幸を念じたりしたことはないんですが、なぜか結果としてこうなることが多いという、ちょっとオカルトじみたお話でした。