2019年12月13日金曜日

何もしなかった地震大国日本



先週(2019年12/4〜12/8)日本では、NHKスペシャル「パラレル東京」という、日本の首都圏で直下型大地震が発生したという想定のドラマが、4日間に渡って放送され、大きな反響があったそうです。SNS経由で予告編が共有されたり、番組に関する記事がニュースサイトで多数投稿。

ネットでの評判によると、被害の映像がリアルすぎて吐き気がしたとか、ここまで深刻な内容を地上波の総合テレビで放送した、NHKの英断への称賛など、概ね高い評価。

ネグロス島の我が家では、日本語のNHKはケーブルテレビの契約に入っていないので、フィリピン国内で同時期に視聴できたのかどうかは分かりませんが、翌日にはYouTubeに上がっていました。

そこまでの評判なら、これは見ないわけにはいかないと、パソコン画面で鑑賞。放送時刻と、架空の地震発生時間をシンクロさせ、NHKお得意の分かりやすい映像表現で、実際に東京周辺に大地震があったら何が起こるかを、視聴者に実感させるという点では、大成功と言っていいでしょう。

確かに、被害が想定される場所に、家族と一緒に住んでる人なら、吐き気...とまでは行かなくても、背筋が凍る思いだったと思います。

ただ、これを見てヤバいと思ったとしても、現実問題として何ができるかとなると、少々疑問。1995年の阪神淡路大震災を経験した者としては、地震発生がいつで、その時自分がどこにいるかで、生死の運命はほぼ決まると思うのが、正直なところ。

あの時は、たまたま地震発生が通勤ラッシュ前の早朝5時台。3連休明けだったので、もし7時とか8時だったら、おそらく多くの人が混雑する電車内や駅構内にいたはず。当時も言われていたように、その数時間の差で、死傷者数は何倍にもなっていたでしょう。今頃私は、フィリピンに移住どころか、兵庫県内のどこかのお墓の中だったかも知れません。

私の実家は、倒壊こそしなかったものの、重たい本棚・食器棚が軒並みぶっ倒れて、もし下敷きになっていたら、死なないまでも大怪我は間違いなし。実際に多くの方が、それが原因で亡くなっています。私と家族が無事だったのは、偶然以外の何でもない。

人口がざっと300万人程度だった、阪神大震災の被災地域でもそうなのですから、その10倍以上の人口3,800万の首都圏が同程度の地震に見舞われれば、個人や町内レベルでどんなに防災活動をしても、劇的な効果は望めないでしょう。

率直なところ、ドラマの出来云々より、テーマ自体に関しては、今頃何を言うてんねんと感じ。番組で紹介されていた「群衆雪崩」や大火災で発生する「火災旋風」など、呼び名は多少違っても、今まで何度も映像化や書籍化されたものばかり。

最も有名なものは、私の敬愛する小松左京さんが、半世紀も前に書かれた「日本沈没」。これを機会に、フィリピンにまで持ってきたこのSF小説の「第二次関東大震災」の箇所を読み返してみました。

さすがに、携帯電話の広域障害はありませんが、地震発生時が冬場の夕刻という設定は同じだし、被害のアウトラインはよく似ている。地下街でパニックになった人々が折り重なって多数圧死、大火災が都内各所で同時に発生。つまり、パラレル東京で描かれた状況は、1970年代初頭にはかなり予測可能だったわけです。

要するに、この50年間。あるいは、堺屋太一さんが「遷都」を論じた、1980年代以来の30年間としても、日本は、首都を襲うであろう直下型地震に対して、抜本的な対策は何も講じてこなかった。何もしないどころか、東京への一極集中は、21世紀に入ってもまったく止まる気配もありません。

「明日、起こるかも知れない」なんて口では言っても、おそらく心底そう考えている首都圏住民は少数派。そうでなければ遠の昔に大勢の人が、地方に移住しているでしょう。

冗談ではなく、私が今ネグロス島に住んでいる理由の一つには、日本に比べると地震が少ないということがあります。台風被害や治安の悪さはあっても、大地震の予測のできなさ、被害の防げなさに比べれば、まだ何とかできる。

兎角、後進国扱いされるフィリピンですが、連邦制を導入して、行き過ぎた首都圏への一極集中を防ぐという点では、日本より現実を直視している。実現には至っていないものの、剛腕大統領ドゥテルテさんの公約の目玉。少なくとも、日本ではすっかり忘れられた(としか思えない)「道州制」「遷都」の議論に比べれば、本気度が段違い。

ということでせっかくNHKが、わざわざ東京オリンピックの開催直前にぶち上げた渾身の問題提起。結局今まで同様、せいぜい対処療法的な政策が小出しに講じられるだけで、終わっちゃうんでしょうね。


2019年12月10日火曜日

またも水難

過去の投稿を紐解いてみると、「水難」をテーマに4本ぐらい書いてました。ここで言う水難とは、洪水などによる水害ではなく水漏りのこと。

母屋が完成してしばらくの、5年前ぐらいまでは雨漏り。2階のベランダは、当初、屋根のないオープンな設計。ところが防水工事が全然ダメで、階下の玄関や子供部屋に雨がダダ漏り。広さ30畳分にも及ぶ大屋根を増設して、この水難とはサヨウナラ。(2階ベランダのリノベーション

それ以降は、新築時に購入した洗面台やシャワーブースが、大ハズレの不良品だったことによる、水漏れ対応。こちらは小規模リノベを繰り返すことで、何とか凌ぎました。(シャワールーム・リノベ大作戦

しばらくは、大丈夫だったのが、またもやあちこちにガタが出始めた今年(2019年)。雨樋の腐食でベランダへの派手な雨漏り。たまたま同時期にゲストハウスを建て始めた頃だったので、新築の屋根を発注した業者に修理を依頼。これだけでも結構な出費に。(やっと終わった屋根修理

そして今年2度目の水難は、例の洗浄便座の設置に伴って起こりました。と言っても、洗浄便座の品質が問題だったのではなく、その取り付けを頼んだ大工さんが「やらかした」失敗。

試験的にゲストハウスに導入した、アメリカン・スタンダード製の洗浄便座。(快感、洗浄便座)これがとても良かったので、母屋にある2つのトイレ用に追加購入したのが、先週の土曜日。新規に雇ったドライバーに運転してもらい、隣街のタリサイ市にあるホームデポのウィルコンに行ってきました。

まだ売ってるか、品切れしてないかとの心配はまったくの杞憂で、トイレタリー商品の売り場では、洗浄便座の大キャンペーン状態。ずらりと並んだアメリカン・スタンダードの商品だけでなく、18,000ペソ(約40,000円)という、日本のウォシュレットと同じく、温水、温風乾燥機能など備えた高額機種も。



”スパレット”という呼称で商品訴求


まだまだ庶民に行き渡るまでは、時間がかかりそうですが、元々、排便後に水洗いするカルチャーを持つフィリピン。おそらく価格が下がれば、使ってみようと思う人は多いでしょう。

さてこれでトイレが一段と快適になると喜んだのも束の間、翌日の日曜日に来てもらった、大工のリトとリーボイ。やたら取り付けに時間がかかってると思ったら、2階トイレで元栓パイプと便器をつなぐ、樹脂のコネクター部分を壊してしまったようで、ジワジワと水漏れが止まらない。

日曜日なので、新しい部品を買うにも、店が開いてない。仕方がないので、月曜日の朝に再工事となりました。その上、水を止める時に、関係のないバルブをいじってしまい、使っていない水タンクに注水。いつまで経っても加圧ポンプが動きっぱなし。それに気づいてバルブを閉めたら、今度は家中の水圧が下がってしまった。

水圧が足りないので、せっかくの洗浄便座は使えないし、シャワーもダメ。まったく何やってんだか。やっぱり専門外の大工さんじゃなく、配管工に頼めばよかった。

翌日、約束通り朝8時に来てくれたリーボイ君。防水テープぐらいではラチが開かず。結局周囲のタイルをカチ割って、大穴を開けてコネクターの交換。水漏れは何とかなりました。


ところが、加圧タンクは空っぽになっているのに、ポンプが動かないので、やっぱり水圧は上がらない。大工さんが3人ぐらい寄ってきて、ワイワイガヤガヤやってるけど、所詮は専門知識のない烏合の衆。勤務中の家内に電話して、職場にいる配管工の人に、終業後に来てもらうことに。

家内が勤務する、フィリピン教育省の地方事務所。教師のサポートやカリキュラム作りだけでなく、田舎の小さな学校で、電気や水道メンテナンスの面倒も見ているんでしょうね。配線、配管関係のエンジニアも雇っている。来てもらったのは、そのうちの一人。実は以前にも、ポンプの修理を頼んだことがあり、私も顔見知り。

夕方、暗くなってから来てくれたエンジニアによると、ポンプ自体ではなく、タンクの水圧を感知してポンプの自動オンオフをする部品が、ダメになっているとのこと。手動でポンプを動かして、明日、新しい部品と交換するまで保たせることになりました。やれやれ。

ということで、今年も最後まで、「水難」に追われることになってしまいました。


2019年12月9日月曜日

声優さんの訃報に思う


フィリピンでも若年層を中心に人気の日本製アニメ。フェイスブックで、若いフィリピンの友達のプロフィール写真を見ると、日本のアニメキャラか、韓流ポップス・映画のスターというパターンも多い。

おそらく、私を含む昭和30年代生まれの日本人は、物心ついた時に既にテレビがあって、連日のようにアニメが放映されていた最初の世代。母によると、2歳の私は、日本初のテレビアニメ(当時は「テレビまんが」と呼ばれていました)「鉄腕アトム」の主題歌を「でんで〜ん、あと〜む〜」と歌っていたそうです。

つまり、日本でのアニメの発展と共に育ったようなもの。「巨人の星」でプロ野球に憧れ、「サスケ」「忍風カムイ外伝」を見て忍者ごっこ。「マジンガーZ」が流行れば、親に「超合金」の玩具をねだったり。

「ガッチャマン」を始めとするタツノコ作品には大ハマりして、「ふしぎなメルモ」で性に目覚め、「宇宙戦艦ヤマト」でハードSFの世界を知ったという具合。その他にも最初の「機動戦士ガンダム」は、たまたまリアルタイムで放送第1回を見て、衝撃を受けました。

私にとって、キャラクターを演じる声優さんは、ヒーローであり恋人、時には親友だったり、家族の一員にすら匹敵するほど近しい存在。ちょっと大袈裟に言うと、人生の伴走者。

ところが最近立て続けに、声優の方々の訃報が。

2013年/納谷悟朗さん(銭形警部、沖田艦長)、内海賢二さん(ブライキング・ボス、則巻千兵衛)

2014年/永井一郎さん(磯野波平、佐渡酒造、ダイス艦長、錯乱坊、小鉄)、仲村秀生さん(力石徹、島大介)

2015年/大塚周夫さん(ねずみ男、石川五エ門)、熊倉一雄さん(ヒゲオヤジ、ゲゲゲの鬼太郎・主題歌)

2016年/大平透さん(宇宙の帝王ゴア、ハクション大魔王、南部博士、喪黒福造)、肝付兼太さん(ジャングル黒べえ、ギャートルズの父ちゃん、銀河鉄道999車掌)

2018年/藤田淑子さん(一休さん、マライヒ)、麻生美代子さん(磯野フネ、ロッテンマイヤー)

2019年/白石冬美さん(星明子、サイボーグ001、ミライ・ヤシマ、パタリロ)

()内は、私にとって印象深い役

私がフィリピンに移住してからだけでも、お馴染みの声優さんが、こんなにたくさん鬼籍に入っています。そしてつい先月(2019年11月)、ルパン三世の第2シリーズ以降の石川五エ門や、巨人の星の花形満、キャプテン・ハーロックなどを演じた、井上真樹夫さんが亡くなりました。

この他には、ルパン三世役で有名な山田康雄さんと、タイガーマスクの伊達直人、侍ジャイアンツの番場蛮、宇宙戦艦ヤマトの古代進などで知られる富山敬さん。(二人とも1995年逝去)

こうして書き並べてみると、本当に溜息が出る思いですね。

どの声優さんも、草創期から日本のアニメを支えたパイオニアばかり。今回、この投稿を書くに当たって調べたら、戦前の中国や旧満洲ご出身の方もちらほら。考えてみると、私の親の世代。

声優さんの場合、テレビや映画でお姿を見ないことが多く、声だけでは年齢がよくわからない。中には、観る人の夢を壊したくないと、敢えてカメラの前には出ないことを信条にする、峰不二子役の増山江威子さん(ご存命)のような方もおられる。

私が子供の頃から活躍されているんだから、もう相当な年齢になっているのは当然。それでも突然の訃報に接すると、その役のキャラクターも一緒に死んでしまったかのように錯覚して、ショックも大きい。

井上真樹夫さんが亡くなった時、ルパン三世の次元大介役で共演の小林清志さんが、「残されたのは不二子ちゃんと次元の二人になっちまった」とコメント。そうなんですよ。こうなると私も、自分の年齢についてしみじみ考えてしまいます。


2019年12月8日日曜日

運転手・メイド・セラピスト


前回に続いて、個人で運転手を雇ったお話。

メイドのライラに紹介してもらった、57歳の運転手ナルシソおじさん。約束は土曜日朝の10時だったけど、15分前には自家用トライシクル(三輪バイク)に乗って、我が家の前に到着。フィリピンでは、これだけでも信頼の証になる快挙。

実は先週、家内のオフィスで働いている、別の運転手さんを頼んでいたけれど、まさかのドタキャン。それも時間を過ぎてからの連絡でした。

さて、やって来たナルシソ。よく日に焼けて、年齢よりだいぶ老けて見えます。ただ、いい感じに年齢を重ねてたようで、表情が柔らかな田舎のおじさんという佇まい。オートマティックには不慣れなようですが、運転は見かけ通りの穏やかさ。

無茶な運転はしない私でも、ナルシソの真似は難しそう。横暴なトラックが強引に割り込んで来ても、すんなり減速して道を空けるし、そのあとノロノロ走られても、十分余裕ができるまで、追い越しをかけない。

日本の職業ドライバーなら、安全運転は当たり前と思われるでしょうけど、フィリピンに限っては決してそんなことはありません。どちらかというと、タクシーやジプニー、路線バスの運転手の方が、総じて運転は荒っぽい。

特にバスは、運行スケジュールはなく歩合制なので、できるだけ速く、たくさん乗客を詰め込んだ方が手取りが増える。満員でブっとばすから、事故ったら大惨事。ネグロスのバスのコーポレートカラーは黄色。そこから「黄色い棺桶」なんて、恐ろしい渾名で呼ばれています。

そんな公共交通に比べると、はるかに穏やかな運転のナルシソ。タクシーに比べたら少し時間は長めだけど、久しぶりにゆっくり周囲の景色を眺めてのドライブ。土曜日は天気も良かったし、家内と無意味な言い争いをすることもないし、なかなか快適な時間でした。

この日回ったのは、隣街のタリサイ市内にある、一部で日本の食材も扱っているスーパー、その近くのホームセンター、その後、州都バコロドのショッピングモールでお昼を済ませて、別の場所をさらに2箇所。最後はバコロドの街外れにある、家内の叔母の家を訪問。

自宅に戻ったのは夕方4時過ぎだったので、ざっと6時間。車で移動している時間は、全部足してもせいぜい1時間程度。つまり運転手さんは、5時間もただひたすら雇い主を待っているということになります。それこそ絶対に私には真似のできない仕事。

本当は最後に、近所でもう少し買い物をしたかったのですが、途中で奥さんから「待ってるから、早く帰って来て」との催促電話。スピーカーを使っての通話だから、会話の内容がダダ漏れなんですよ。これでは、早く仕事を終わらせてあげないと可哀想。

ということで、昼食時の待ち時間に渡した、ランチ代100ペソと合わせて、支払ったのは500ペソ(約1,000円強)。半日拘束でこの値段は、やっぱり安い。ちなみに、自宅からバコロドの市街地までの片道で、タクシーやGrabだと、時間帯によっては400ペソもかかります。

好調な経済成長が続くフィリピンで、物価はどんどん上がっているとは言え、相対的に、まだまだ安い人件費。メイドのライラと、週一で出張マッサージに来てもらってるセラピストのリケル(中年女性)、それに続く運転手のネルシソ。日本では想像もできなかった、使用人に支えてもらう、フィリピンでの生活です。


2019年12月7日土曜日

運転手を雇える身分


今年(2019年)の8月、信号待ち中に追突されてからというもの、車の運転に嫌気が差して、滅多に自分でハンドルを握らなくなっていました。(踏んだり蹴ったりの誕生日

実はそれ以前から、できることならフィリピンでは、自分で運転したくなかった私。運転自体が下手くそで、今までもあちこちぶつけたりもしてる。ただ、一番の理由はそれではなく、自家用車を購入して6年以上も経つのに、こちらでのドライブ環境にどうしても慣れないから。

それは何かと言うと、日本の常識はまったく通用しない運転マナー。ウィンカー出さずに進路変更、右左折なんてのはまだマシで、トラックやバス、ジプニー(乗り合いバス)などが、無茶苦茶に強引な割り込みをするし、横断歩道の有無などお構いなしに、道幅の広い道路を歩行者が渡る。さらに、信号無視は多い。そもそも信号そのものが、何ヶ月も故障したまま放置されてる。

こんな状況なので、止むを得ず、急ブレーキを踏むことだってあります。ところが、助手席に陣取っている家内は、まるで私が無謀運転をしたかの如く怒りだす始末。私も相当なストレスを感じながら運転しているので、つい強い口調で応戦。よくないですね〜、こういう夫婦喧嘩。

そんな事が積み重なった上での、8月の事故だったので、それ以降、隣街のタリサイやバコロドに出かける際には、Grab(グラブ)使ってばかり。

Grabとは、最近、世界的に普及した、スマホ経由の配車サービス。タクシー会社に所属するのではなく、Grabに登録した運転手が自分の車をシェアするというスタイル。地図アプリを駆使して、目的地やルートが明確で料金も最初に提示される。

時間帯によっては、タクシーより少し割高になることもありますが、自宅前まで来てもらえるし、運転手や車種の情報、ナンバーまで記録に残るから、タクシーに比べると、はるかに安心、しかも車内がきれい。移住した当初に利用できていれば、おそらく自家用車は買わなかっただろうと思うほどの便利さ。

とは言え、既にある車を、ガレージの肥やしにするには勿体なさ過ぎる。そして、一箇所に行って帰ってくるならまだしも、3箇所、4箇所と回るような時は、さすがに費用がかさむし、電波が届く場所にいるとも限らない。それなら運転手を雇えばいいと気が付いたわけです。

日本だったら、よほどの金持ちでもない限り、まずあり得ない選択肢。ところが、新車をキャッシュで買えるぐらいの経済状態なら、むしろ運転手を雇わない方が不自然なフィリピン。私たち家族の住む、ビレッジと呼ばれる宅地では、メイドと同様、住み込み運転手がいるという世帯も、それほど珍しくはありません。つまり人件費が安いわけです。

ではどうやって運転手さんを探そうか、となれば、困った時のライラ(我が家のメイドさん)頼み。親戚か知り合いに、運転してくれる人いない?と訊いたら、たちまち同じバランガイ(町内会)に住むオジさんを紹介してくれました。

名前はナルシソ。(ナルシストではない)年齢は私と同じ57歳。少し前まで、シンガポール人家族の運転手でしたが、雇い主が仕事の都合で帰国してから失業状態だったとのこと。

その初仕事が本日、土曜日。生まれて初めて、自分が所有する車を、雇った運転手さんに任せるという経験。考えてみれば、いい身分になったものです。

ということで、前振りだけでずいぶんと長くなってしまったので、続きは、次回の投稿へ。


2019年12月5日木曜日

フィリピン強いぞ 東南アジア競技大会


11月30日から12月11日の日程で、現在フィリピンで東南アジア競技大会(South East Asian Games / 略称 SEA Games)が開催中です。

フェイスブックでフィリピン人の友達が、盛んに「SEA Games」の記事をシェア。何も知らなかった私は、遠泳とかヨットなどの海に関連する競技の大会でもやっているのかと思いました。

調べてみると、1959年(昭和34年)から続く、かなり歴史のある国際大会で、その名の通り東南アジア諸国によるスポーツの祭典。参加するのは、第1回大会が開かれたタイ、そしてミャンマー、マレーシア、シンガポール、ラオス、ベトナム(ここまでが当初の参加国)。その後、フィリピンに、インドネシア、ブルネイ、カンボジア、そして東ティモールが加わって、現在は総勢11カ国。

最初の6カ国が、すべてインドシナ半島に位置する国だったためか、第8回までは東南アジア「半島」競技大会(South East Asian Peninsula Games)という名称だったそうです。

種目は、オリンピックにも採用されている、お馴染みの陸上競技や水泳、サッカー、バレーボール、テニスなどに加えて、シュノーケルを付けて行う「水中ホッケー」とか、ドリブル無しのバスケみたいな「ネットボール」。東南アジアのローカルスポーツ「セパタクロー」「チンロン」など。

さらに、フィリピンでは大人気の、エフレン・レイズという世界的に有名なプレーヤーを輩出したビリヤード。チェスに、eスポーツ(ビデオ・ゲーム)まで、超多彩。

2年に1回開催で、今回のマニラが30回目。この記念すべき大会で、我がフィリピン選手たちは破竹の快進撃。このブログの投稿時点(12月5日)で、金と銀の獲得数、およびすべてのメダル合計で堂々の1位。へぇ〜、フィリピンってこんなに強かったんや。



出典:Philippines 2019 30th SEA Games

フィリピンの国際大会でのスポーツと言うと、最近のオリンピックで、ボクシングと重量挙げでメダリストが一人づついたぐらいしか記憶にありません。敗戦後間もない時期、サッカー全日本チームが、フィリピン代表に負けたと、何やら屈辱的に語られたテレビ番組を見たことがあるぐらい、一般的な日本人の認識からすれば、フィリピンのアスリートなんて大した事ないということなんでしょう。

国対抗のスポーツで、その強さは、人口の多寡(競技人口)と、経済力が大きく影響すると言われています。例えば、同じようにサッカーが人気の国でブラジルが強いのは、人口(約2億人)が多いからという説も。

そう考えると、フィリピンも人口は1億を超えたし、ここ10年ぐらいでの経済成長は著しい。国民的スポーツのバスケを除くと、昔はボクシングぐらいしか金を稼げるスポーツがなかったのが、ネグロスのような地方でも、サッカーのプロチームはあるし、学校ではバレーボールも盛ん。ちょっと驚くのは、シライ市内でさえ競泳用のプールができたこと。

設備や道具にお金が掛けられるようになり、スポーツ選手として生活できるようになれば、自然と競技人口が増える。「大和魂」とか「ど根性」と言った精神論は関係なく、それ相応の環境が整うことで、世界に通用するアスリートも出てくるでしょう。

これは意外と近い将来、アジアでは日本がナンバーワンだと思われている種目でも、フィリピンが肉薄して来るかもしれません。基礎体力や持って生まれた身体能力では、平均すれば、フィリピンの子供達の方が、上なんじゃないかと思うことさえある。

フィリピン勢が頑張っている、東南アジア競技大会を見ていると、そんな気がしてきます。


2019年12月3日火曜日

工事が終わって燃え尽きた


半分以上の日々を、ゲストハウス新築に費やした今年、2019年も、とうとう12月になってしまいました。日本にいて会社勤めしてたら、気忙しくなっていたであろうこの時期。10日前に工事が終わってから、何となく燃え尽きたみたいで、怠惰な日々を過ごしております。

7ヶ月以上も同じパターンが続くと、朝8時にはまだ大工さんが来ないなぁとか、給料日の水曜日と土曜日には、500ペソや100ペソの紙幣を用意しなくてはと考えていたり。あ、そうか、もう工事は終わっちゃったんだと、1日に何度も苦笑い。

その上、ゲストハウスを建ててくれた同じメンバーの大工さんが、こちらの仕事が終了するのと同時に、反対側の新築の隣家で再雇用。2ヶ月ほど放置されていた庭とフェンス作りをすることになり、相変わらず棟梁のリトや、おしゃべりココイ、元気なリーボイ君の声が聞こえてくるので、尚更勘違いが続く日々。

ところで、怠惰と言っても、本当に何にもしないわけではなく、毎日3回の食事の用意はサボるわけにはいかないし、メイドのライラがお休みの土日は、近所のスーパーで買い物したり、隣街のバコロドに出かけたり。

他には飼い犬ゴマの散歩もあれば、庭がきれいに整備されて、やらた目立つようになった雑草抜きやら隣家からの落ち葉の掃除。この2日日間(12月2、3日)は、ライラが風邪でも引いたらしく、発熱で出勤できないので、お弁当の配達も。

ただ、かなりの集中力を必要とするこのブログの更新と、一部のファンがお待ちかねの美女イラストは、なかなか筆が進まない。ついでに2階のベランダでダンベル使っての筋トレも滞りがち。

特に昨日の午後など、つい魔が差して、日本から持ち込んだコミック「バガボンド」の第1巻に手を伸ばしたのが運の尽き。夕食の用意を挟んで、深夜2時まで読み耽ってしまい、朝起きてからも読み続け、お昼前に全37巻(未完)を読了。完全に逃避してますね。

本当は、工事が終わったら手を付けようと思っていた、物置の整理、長らく放置していた自転車の手入れ、来年から計画しているゲストハウスの案内ホームページ作成など、頭の中ではいくつかの作業が待機状態。

とは言っても、齢50を過ぎてから2軒家を建てるという大事業を完遂。(1軒目は6年前の51歳の時で、今は57歳)20代の頃に比べれば、人生の残り時間を意識するようにはなったけど、1ヶ月ぐらいは休憩してもいいかという心境になっております。

それにしても熱帯のフィリピン。
12月になったからと木枯らしが吹くわけでもなく、まだ台風は来るし、それが通過して日差しが戻れば当たり前の真夏日30度超え。まったく気忙しくもなりません。ほぼ毎日、メイドさんが掃除しているので、改めて大掃除も不要で、年賀状書きとも縁が切れました。

唯一年末らしい習慣は、このブログで恒例の年間10大ニュースを投稿することぐらいでしょうか。ということで、そろそろそちらの準備を始めようかと思っている次第です。