2020年5月24日日曜日

コロナ禍で得たもの


今回のコロナ禍では、国家や社会全体、そして個人としても、失った時間、お金、健康、生命は、とんでもないレベルになったわけですが、それと引き換えに、今回の騒動がなければ得られなかった教訓や気づきが、これまた世界中で、とんでもなくあったのも間違いないでしょう。

特筆すべきは、これが、インターネットがグローバルに普及した後、最初の世界規模の厄災だったこと。特に、当初は「対岸の火事」視していたアメリカが、あっという間に感染者数が世界一になって、ネット上での英語の情報量が激増。我が家の夕食時に視聴しているCNNでも、この数ヶ月、コロナ以外のニュースが流れているのを、滅多に見なくなりました。

もちろんフィリピンの国内報道も、ほぼコロナ関連一色。先日、停波処分を受けたはずのABS-CBNのゴールデンタイムのニュース番組、テレビ・パトロール(TV Patrol )が違うチャンネルでシレっと放送されているのも含めて、テレビもネットも、さらにはSNSでの友達の投稿さえ、もうそればっかり。マニラ首都圏やセブ周辺の主な情報は、すぐ日本語に翻訳されて記事になってます。

私たち家族がフィリピンに移住したのが、もしネットのない時代だったら、相互のリアルな状況を知ることは、容易ではなかったことでしょう。それが、私がフェイスブックで共有した記事を通じて、日本に住む友達が日本の最新ニュースを知ることすらある時代。

デマやフェイクが大量に出回ってしまうのは大問題ながら、一次情報の確認やダブルチェックを厭わなければ、概ね正しい現状認識は、世界のどこにいてもできてしまう。少なくとも、何がどうなっているのか、まったく分からないという不安に、苛まれることはありません。

ここまでは、どちらかと言うと受け身。能動的な話では、在宅勤務の一般化。別にコロナ前にできなかったわけではなく、私が日本で働いていた10年以上前から、やろうと思えばできた事。実際、私も時々活用してましたよ。やってみたら、多少のデメリットと引き換えにして十分お釣りがくるほど、メリットが圧倒的に大きい。

最近では当たり前に言われているように、無駄な通勤をしなくていいし、生産性を下げるためだけで何も決まらない会議もない。自分の好きなペース、ラフな格好で作業に没頭できるのが、どれだけ効率がいいか。女性の場合は、毎日のメークから解放されたとのこと。

案の定、日本では、緊急事態解除の動きが出るにつれて、また以前のように地獄の満員電車に揺られ、顔を見るだけで、心の病を誘発するような上司に会うと思うと、憂鬱になると言う声が、ツィッターで拡散されています。

ただ、まともな経営者だったら、在宅勤務の方が仕事がはかどることを理解して、事態が鎮静化した後も、積極的に仕事のやり方を変えていくと思いますよ。図らずも、1ヶ月間も在宅勤務を社会全体で実験できたわけですから。

おそらく今後は、在宅勤務ができるかどうかで、人材の確保や定着率に大きな差が出るだろうし、合理的な理由なしに、毎日の出勤を強いる企業は、淘汰されるでしょう。やればできる、しかも、やれば楽なことを、みんな知っちゃいましたからねぇ。

そして、後進国のフィリピンでは、そんなこと関係ないだろうと思っているとしたら、大間違い。日本ほど広範囲には無理でも、家内の勤務するフィリピン教育省シライ分室では、規制が大幅に緩和され、毎日の通勤ができるようなってからも、週の半分は在宅勤務に切り替わりました。

実は、たまたまオフィスの冷房設備の不備で、建物の半分で空調が止まってしまい、修理の目処が立たないのが直接の原因ながら、やっぱりデスクワークの多い家内の職場では、在宅のメリットが大きい。

ということで、ほとんど全世界を覆い尽くした、今回のコロナ禍。日本でもフィリピンでも、思いもしなかった「働き方改革」「学び方改革」が、否応無しに推進されたようです。大きな代償を払ったんだから、得るものがあってもいいでしょう。


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