2023年3月24日金曜日

子育てを阻む日本、放置するフィリピン 後編

 引き続き、子育て支援のお話。

前回の投稿では、明石市の泉房穂市長の子育て支援を取り上げました。彼の取り組んでいる「所得制限なしの五つの無料化」に代表される政策は、本人さんも言っている通り、ある意味当然。本気で出生率を上げて経済を回したいのなら、誰が考えたってそれしかないだろうという王道。

ところが、素人でも分かるシンプルな話って、変に裏を知っている玄人ぶった連中が、滔々と出来ない理由を数え上げて潰してしまいがいち。これは政治の世界に限ったことではなく、組織が大きい民間企業でも同じなんですよね。私もサラリーマン時代、嫌というほど思い知らされた日本の現実。

実際、子育てには心配が山積み。もし障害を持って生まれたら、病気になったら、学費が高過ぎたら...。特に、病的なほど失敗を恐れる傾向が顕著な若い世代。保険も年金も、自分たちの負担額は上がるのに、老後には年金が貰えるかどうかも分からない。あまりの待遇の悪さに教員の成り手がない。PTAに入らないと子供が不利益を受ける。イジメ(と呼ばれる犯罪)で子供が自殺。

これだけ嫌になるような報道ばかりだと、いざ子供を持とうと思っても躊躇してしまって当然でしょう。一人目はもちろん、二人目三人目には相当なハードルになる。

幸いにも私たち夫婦の場合、経済的にはそこそこ余裕があって、家内の出産に際しては、多少高くても英語が話せるドクターのいる産婦人科を選んだり、保育園〜幼稚園一貫のモンテッソーリ式施設に通わせたり。家内が専業主婦だったのも大きかった。

これまた幸いに、生まれた時から息子は健康優良児。言葉も早く、幼稚園の時には、最寄り駅まで歩く間、商店街の漢字や英語の看板を全部読み上げて、ママ友を驚かせたりしてました。これは少々親バカが過ぎますね。

それでも小学校に入ろうかという頃に心配したのが、日比混血であることを理由にしたイジメ。実際には日本の小学校には1年通っただけで、2年に上がるタイミングで移住。その間、イジメに遭うことはありませんでした。

そこから現在に至る10年の間、小中高、ずっとネグロス島の地元私立学校に在籍する息子。なぜ私立かと言うと、全教科を英語で教えてくれるから。もちろん教師も生徒もほぼ全員がイロンゴ語(西ネグロスの方言)ネイティブで、一般の会話はイロンゴとなるんですが、少なくとも授業中は英語。

おかげさまで、普通に友達もできたし、不登校になるようなこともない。むしろ小学校低学年の頃は、日本人っぽい風貌が珍しがられて、女の子にモテたりしてました。その後、モテ期(?)は過ぎたものの、成績は上々で英語・数学・科学(理科)では、時々学年トップの賞状を貰ってます。

この経験を持ってして、フィリピンでの子育てが日本より楽だと言うと、かなり語弊はあるでしょうけど、親同士や教師との人間関係の不和、あるいは差別・イジメの類で悩んだことがなかったのは事実。もっとも、日本への帰国前提で、マニラやセブの日本人学校に通学となったら、いろいろあったかも知れません。

ともかく、国公立ならば大学まで含めて学費は無料。また、予期せぬ妊娠・出産、あるいは病気や貧困、服役などで義務教育の機会を失った人のための専門のスタッフもいます。私のイロンゴ語家庭教師のバンビの本職が、このALS(Alternative Learning System / 代替学習制度)の先生。

とは言うものの、五つの無料化なんて夢のまた夢だし、親の無知・貧困による教育格差は、残酷なほど厳然とあるのがフィリピンの現実。国民皆保険がなく、たとえ生き死にに関わる病気になっても、満足な医療も受けられない子供は、決して少なくない。実際フィリピンの新生児の死亡率は、1000人当たり13人にも及び、1人未満の日本に比べると大変な高さ。(2022年WHOの調査

それでもフィリピンの出生率は、まったく下がる気配すらない。これだけ子育てに対する不安要素があっても、結構若いカップルはガンガン結婚するし、結婚しなくてもガンガン子供を作っちゃいます。また生まれた子供は、たとえ母子家庭でも、周囲の親戚や隣近所が寄ってたかって育てちゃう雰囲気がある。

この辺りは、ベビーカーで満員電車に乗ると露骨に嫌がられる、日本の社会的な子供嫌いからは想像も難しいレベル。ほんと、フィリピンでは老若男女、子供好きが多いですから。

ごく最近、21世紀になって20年以上経過した今頃になって、カトリックの総本山バチカンでは、避妊を認める動きが出てきたので、ひょっとするとフィリピンでも、多少の人口増加抑制のきっかけにはなるかも。

誤解のないよう書き添えますが、フィリピンでも、マトモな教育を受けた男女なら普通に避妊はするし、薬局で避妊具はちゃんと売ってます。

ということで、積極的に子育てを難しくしている(としか思えない)日本と、ほぼ子育て支援は放置状態なのに、子供がうじゃうじゃいるフィリピン。正直、ここまで差が極端だと、どっちが幸せなのか判断が難しい。いつものことながら、中間ぐらいの国って、ないものかと溜息が出ます。



2023年3月22日水曜日

子育てを阻む日本、放置するフィリピン 前編

 1年ほど前からツイッターでフォローし始めた、明石市の泉房穂市長。最近にわかに各種メディアに取り上げられることが増えているようです。その政策は至極真っ当でシンプル、しかも私より一つ年下なだけの世代、私と同様、コテコテの関西弁話者とあって、親近感を持たないわけにはいきません。

子育て支援だけがクローズアップされてはいますが、彼がずっと主張しているのが、弱者に優しい社会の実現。貧しい漁師の家に生まれ、弟さんが身体障害者。政治や社会がいかに弱者を冷遇しているか、身をもって体験されたそうです。確かに私が子供の頃って、高度経済成長のイケイケどんどんの時代。ハンディのある人を、思いやる余裕さえなかったなぁ。貧困や障害者だけでなく、被差別部落や韓国・朝鮮籍の人たちへ差別意思がむき出しでした。

そしてそこからが泉さんのすごいところ。本気で社会を変えるために東大の教育学部へ進学し、NHKやテレビ朝日のマスメディアの職を経て弁護士に。普通なら、それだけでもすごい経歴なのに、そこから衆議院議員に当選。紆余曲折のあと現在の明石市長に就任されました。

以後は、よく知られているように、子育て支援(医療費・給食の制限なしの無料化など)の予算倍増を推進して、全国の自治体ではトップクラスの出生率を実現。子供が増えたお陰で地域の経済成長も回復し、今では日本で一番住みたい街、住みやすい街の常連となるほど。

ただ、最優先である子育て支援への充当のために、不要不急のインフラ予算を削るという、本来あるべき「政治」を行った結果、そちらに利権を持つと思われる、多くの市会議員の執拗な反対を受けたそうです。言論によるものだけなく、完全な虚偽まで含む誹謗中傷にエスカレート。果ては殺害予告まで受ける始末。

肝心の市民からの評価はというと、2019年の出直し選挙で、70%を超える得票率で再選されたことを見れば明らか。

ここまで有言実行で分かりやすい実績を残し、しかも関西弁のお喋り市長というタレント性も兼ね備えた泉さんを、マスコミが放っておくはずがありません。最初は現政権の顔色伺いをしながら...みたいな感じだったのが、今年(2023年)に入った頃からは、やたらワイドショー出演や取材が相次いでいるらしい。YouTubeでは、ホリエモンこと堀江貴文さんと対談もされてますね。

こうなると、本人が言ってるだけでなく、近年稀に見る実行力のない岸田政権と比べられるのは仕方がない。ほんと、いつまで「検討」するんでしょうかね。弱小地方自治体とは言え、こんなにはっきり効果が出てるんだから、子供のための医療費・給食の制限なしの無料化ぐらい、さっさと実現すればいいのに。

要するに、泉さんの政策が注目を集める背景には、裏を返せば、どれだけ今まで自公の与党が、問題を先送りしてきたかということでしょう。これから親になろうという若い世代の給与を上げない、教職に至っては残業代の支払いも認めない。支援どころか、徹底して子育てを阻むのが目的としか思えません。

手前味噌で恐縮ながら、息子が小学校1年生になった10年前に、日本を離れてフィリピンに移住したことは、子育ての観点からすると、残念ながら大正解だったとしか思えません。もちろん、ライフスタイルの違いや、フィリピン暮らしの向き不向きがあるので、誰にでもお勧めする特効薬でもないですが。

ということで、序盤が長くなり過ぎましたので、お話は後編に続きます。



2023年3月21日火曜日

恐怖の鳥軍団「ピスピス」

 ピスピス(Pispis)っていうのは、個別の鳥の名称ではなく、私の住むフィリピン・西ネグロスの方言イロンゴ語で、鳥全般の意味。

公用語のタガログでもそうなんですが、こちらの言葉って、名詞でも動詞でも繰り返し音が多い。例えば、雑貨屋はサリサリ(Sarisari)、散歩はラカット・ラカット(Lakat lakat)。形容詞は、繰り返すことで強調するので、「大きい」のダコ(Dako)が、すっごく大きいとダコダコ(Dako dako)。何だか幼児言葉のようで、オっさんが喋っても妙に可愛く聴こえます。

この辺りの語感が、フィリピン国内でもイロンガ(女性イロンゴ話者)が、魅力的だと言われる所以。差し詰め日本なら、京都弁みたいな感じかも知れません。

ところでピスピス。タガログとも、お隣のセブアノとも全く違う言葉。タガログではイボン(ibon)でセブアノだとランガム(langgam)だそうです。あまり可愛くないですね。

なぜイロンゴ語の鳥の話から始めたかと言うと、最近、自宅の向かいにある木に大量の鳥が集まるようになって、毎日鳴きまくっているから。日本でもありそうな、椿に似たような葉の樹木で、それほどの大木でもなく、高さがせいぜい4メートルぐらい。ただ、水平に広く繁茂して大きな木陰ができるので、庭木にすると良さそうな樹相。

今この木に、小さなサクランボみたいな実が鈴成り。おそらくそれを目当てに鳥が来るんでしょう。実と同様、鳥もかなり小型で、成鳥でも鶏のヒヨコ程度。これが何十羽、あるいは百羽近くいるのか、朝からやかましいことこの上なし。なるほどなぁ、確かに「ピスピス」と聴こえます。さすがネグロスの鳥だ。

一羽づつなら可愛い小鳥でも、これだけいたらちょっと怖い。私の同世代なら、映画『ヒッチコックの鳥」を思い出すでしょう。もっと怖いのは、子供の頃に見た「妖怪人間ベム」のエピソード。無数のカラスが路面電車を襲い、満員の乗客を皆殺しにしてしまうという、およそ子供向けとは思えない、トラウマ級のアニメ。

それはさて置き、音量から言うとすごいレベルのはずが、意外にもそれほどの不快感がないのが不思議。ブログやイラスト作業に集中すると忘れてしまう程度で「あれ、いつの間に鳴きやんだ?」てな具合。何なら余裕で昼寝でもできそう。

同じ鳥類でも鶏だとこうはいきません。なぜか近所で数羽の雄鶏が放し飼いされてるもんだから、朝の暗いうちに至近距離で時を告げられると、早朝覚醒で二度寝もできないという目に遭います。我が家の飼い犬、ゴマも同様。まぁゴマの場合は番犬なので、吠えないと意味がないんですけどね。

ということで、緑が多い(つまり周囲が空き地ばかり)私が住んでいる宅地セント・フランシス。今、このブログを書いている書斎の窓からの景色も緑がいっぱい。冒頭のピスピスだけでなく、何種類いるのか分からないぐらい、毎日・毎朝、いろいろな野鳥が囀ります。これが本来のフィリピンの自然。

こんな楽園に生まれ育った人たちが、なぜ騒音のような大音量音楽を好むのか、はなはだ理解に苦しむところです。



2023年3月15日水曜日

突然普及の電動ジプニー

 フィリピンの代表的な公共交通機関と言えば、フィリピン人も、私のような外国人でさえ「ジプニー」だと答えるでしょう。それぐらいこの国の生活に定着しているジプニー。日本のバスと違い、ルート上ならば停留所の有無に関係なく乗り降りできるし、数十円から百円程度で利用できる手軽さ。私も、このフィリピンらしい大雑把さは嫌いではありません。

だからと言って、ジプニーの車両そのものが好きかと訊かれたら、私は即答で「ノー」。混雑時は狭い車内にぎゅう詰めにされるし、一部のエアコン付きを除けば、窓ガラスがないので雨が降るとたいへん。透明ビニールのカバーを下ろすと濡れない代わりに蒸し風呂状態。

何よりも問題なのは、ほとんどが何十年も使い続けた旧式のエンジン搭載車ばかりだということ。あの黒煙を撒き散らしながら走る姿を見ていると、フィリピンの大気汚染の元凶は、ジプニーであるのは間違いない。

そもそも「ジプニー」という愛称は、太平洋戦争で米軍が使い古して置いていった「Jeep」が語源。つまりアメリカの自動車ブランドが、交通機関そのものの名前に転化したわけです。何となく、ベトナムでバイク一般を「ホンダ」と呼ぶのに似てますね。

そんなわけで、かれこれ80年に及ぼうかというジプニーの歴史が、今年(2023年)は大転換を迎えそうな勢い。2017年から始まった、ジプニーの近代化政策が、いよいよ今年で総仕上げ。つまり、古い車両を全部電動車に置き換えるそうです。

実際のところ、5年かけて徐々にという感じではなく、ガソリン車廃止の期限が3月末に迫った頃になって、いきなり電動車が走り出した印象。これはマニラなどの首都圏ではなく、私が実際に見た、西ネグロスの州都バコロドでのお話。

先日、久しぶりに出かけてバコロド市内に入った途端、見慣れないマイクロバスみたいなのがたくさん。一緒にいた家内によると、あれこそが噂に聞くE(電動)ジプニー。よく見ると日本の日野自動車のマークが付いてます。正直、あんまりスタイリッシュな見栄えではなく、個性的なクラシック・ジプニーの外観に比べたら無味乾燥。これも時代の流れなのか?

それはさて置き、何となくこういうのって、全部中国製になるのかと思ってたんですが、以前の日経の記事を見てみると、ドゥテルテ大統領の時代に、日野といすゞがいち早く動いたらしい。

私はまだ乗ったことはないけれど、地元新聞の記事によると、静かだしエアコン効いてるし、乗客にすれば少しぐらい高くなっても、もう古いのには乗りたくないそうです。そりゃそうでしょう。ちなみに乗り合いバスやオート三輪の電化の流れは、フィリピンだけでなく、タイやインドネシア、インドなどでも同様とのこと。

ただ、こうなると問題になるのが、ジプニーのオーナーやドライバーへの経済負担。新車購入には5〜600万円ぐらいかかるの言うのに、政府からの補助金が無い。当然のように今月には大規模なストライキが起こり、切り替え期限が当初の3月末から年内一杯にまで延期となりました。昨年の大統領選で、公約の一つにジプニー・ドライバーの収入増を掲げて当選したボンボン・マルコスは「嘘つき」の謗りを受けている始末。

私としては、新しくて快適なジプニーになるのは大歓迎だし、バコロドに住んでた日本人の友達が、揃って気管支炎を患うほどの大気汚染も少しはマシになるでしょう。日本メーカー生産の車両ならば尚更です。

ということで、すんなりジプニーの近代化が今年で完了するかどうかは、まだまだ不透明ですが、ストをしている人たちも電化そのものには抗えないと自覚している様子。結局、政府が補助金をどれだけ出せるかが、軟着陸の鍵になりそうです。



2023年3月14日火曜日

フィリピンで運用開始のスターリンク

 前回は、12時間と思っていた週末の計画停電が、実は朝と夕方の1時間づつの2時間だけだったという投稿をしました。この停電来る来る詐欺(?)と直接関係があるのかどうかはよく分からないけれど、電源復旧後、ものすごく繋がりにくくなってしまった我が家のインターネット。

SNSやニュースの記事を読もうとしても、写真や動画の読み込みが遅すぎる。もうストレスが溜まって、閲覧できないレベル。まぁ、以前から公称 100Mbps のはずが、実際には20〜50 Mbps 程度で、30分ぐらい急に不通になる不安定さはあったとは言え、停電前は、これほどひどくはなかった。

さらに痛いのは、なぜかVPNを起動すると、ネットそのものが見られなくなってしまうこと。昨年末以来、日本版のネットフリックスやアマゾン・プライムを楽しみにしている身としては、腹立たしいことこの上なし。仕方がないので、家内に頼んで、PLDT(大手プロバイダーのフィリピン長距離通信)のサポセンに連絡。一旦ルーターの電源を落として5分後に再起動してくださいとのメール指示も虚しく、まったく改善の兆しなし。

結局、担当者のお兄ちゃんがやって来たのは、丸々1週間後の日曜日でした。

速度を測って「こりゃ遅すぎでダメです」って、分かっとるわ!だからあなたを呼んだんでしょうに。と、お約束のやり取りの後、サーバー側の問題らしいと、何やらメッセージを送ってます。そして数分もしないうちに、200Mbps まで通信速度が戻りました。こんなに簡単なら、なんで最初に苦情入れた時に対応できなかったのかなぁ?

ここまでがモデムを設置してある母屋2階の話。身分不相応なサイズの家を建てちゃったので、1階やら別棟のゲストハウスなどに配置したルーターをそれぞれ確認。この間、兄ちゃんには居間で待っててもらってたら、何やら本棚を興味深そうに眺めている。視線の先は、SFドラマのスタートレックのDVDボックス。フィリピンにも時々トレッキー仲間がいるんですよね。作業が終わって帰り際に、宇宙人スポックの挨拶「長寿と繁栄を」をやりましたよ。

そんなドタバタを経て、インターネット環境は回復したものの、相変わらず快適とは程遠い、フィリピンの通信プロバイダーとのお付き合い。このPLDTもそうだし、以前使ってたグローブもサービス品質の点では、どんぐりの背比べ。もう一つ、最近参入したディト(DITO)もありますが、あまり評判を聞きませんね。

去年までなら、フィリピン住まいだから仕方がないと、ここで思考停止になるところが、実は先月(2023年2月)から、何とこの国でもスターリンクがサービスを開始したとの報道が。コロナ禍で昨年末の予定から少し遅れたものの、すでに7万円程度の機材を買って、月額約6,000円を払えば利用できるとのこと。

ちなみにスターリンクとは、凄腕プログラマーにして実業家、今では世界一の富豪となったイーロン・マスク氏が運営する、人口衛星を使ったインターネット利用システム。詳しい理屈はともかく、テレビの衛星放送みたいに小さなパラボラを設置して、空から降ってくるシグナルを受信するというサービス。

気になる速度は20Mbps程度なので、まだ既存のブロードバンドの方が安くて速い。今の所、山間部や離島、あるいは災害時のバックアップということなんでしょうけど、低価格化・高速化はすぐでしょう。私としては、PLDTより少し高いが倍はしない、ぐらいになったら、トットと乗り換えようと思ってます。

かつての有線電話から携帯に大変革が起こったように、既存の通信業者は廃業の危機。もちろん日本も例外ではないでしょう。なるほどなぁ、ホリエモンこと堀江貴文さんが、宇宙事業に入れ込んでいるのも分かります。人口衛星打ち上げって、数少ない日本が生き残る可能性を秘めた、前途揚々たる先端技術。

ということで、近頃ツイッター買収など、何かとゴシップを提供してくれるイーロン・マスクさんですが、やる気のないPLDTやグローブに、鉄槌を下してもらいたい。



2023年3月12日日曜日

フェイント停電

 先週末、ここフィリピン・ネグロス島では、ほぼ定例行事化している計画停電がありました。だいたい1ヶ月から2ヶ月に一度、昼間の8時間とか12時間、土日のいずれかに電気が止まります。理由がメンテナンスなのは分かりますが、日本の電力会社だったら送電したままやりますよね?

おそらく、どこかの変電所の施設を点検だか修理をするんでしょうけど、今回は、私たちが住むネグロス島西側の主要部分を管轄するセネコ(CENECO / ネグロス中央電力)の責任ではなく、その上部組織である NGCP(National Grid Corporation of the Philippines / フィリピン国家配電網株式会社)が、送電を止めるからだとか。

住民からすれば、どっちでも結果は同じながら、セネコが何かをらかした場合は、影響が出る範囲は広くても市内レベル。こちらでは「ブラウン・アウト」という呼び方をします。たまに全市停電もありますが、大抵の場合、どっかの電柱が強風や車両の衝突、はたまた焚き火が延焼などの理由で倒れての断線。バランガイ(町内会)レベルの局所的な停電になります。

ところが NGCP が関わると大ごとで、一昨年のスーパー台風「オデット」の大被害による、ビサヤ全域に及ぶ広域停電なんて話になる。これが「ブラック・アウト」。そこまで行かなくても、以前には隣島パナイとネグロスを結ぶ送電線に問題があった時など、両島の州都とその周辺の100万人規模の地域で半日ぐらい電気が止まりました。

前置きが長くなりましたが、先週末の計画停電が、そのNGCP管轄。それを聞いただけで、もう長時間停電になる気配が満々です。案の定予定時間を見ると、朝6時から夜7時までの12時間。さすがにこれでは、自宅に設置した発電機をフル・タンクにしても全部はカバーできません。仕方がないので、前日に10リットルのポリタンク2つ分のガソリンを購入しました。

もちろん日曜日なので、わざわざ6時から起きて発電機回すのも勿体無い。目覚ましは8時にセットして朝食が済むぐらいまでは、電気なしの時間稼ぎをすることに。ちなみに昼間の時間帯に使えなくて不便なのは、扇風機とインターネット。ネットに関しては、電気がなくても、モデムさえ通電すれば問題なくアクセスできます。

唯一引っかかったのが、私のイロンゴ語(西ネグロスの方言)レッスン。いつもの授業は土曜日なんですが、家庭教師のバンビが体調不良で土曜日にダウン。日曜日に振り替えてほしいとの要望でした。発電機回しながらでも授業はできるものの、けっこうな騒音なんですよね。なのでその週は休講に。

そんな感じで準備万端整えて、迎えた日曜の朝。8時過に目が覚めたら、普通に電気が来てるんですよ。あれ?っと思ってフェイスブックのセネコのホームぺージを見たら、投稿が追加されてて「6:00am 〜 7:00am / 6:00pm 〜 7:00pm」になってる。何じゃそりゃ。こっちは12時間のつもりで準備してたのに、たったの2時間でした。

まぁ、ガソリンはいつでも使えるし、停電なんて無い方がいいに決まってます。結局イロンゴ・レッスンはキャンセルのままとして、いつも通りの日曜日...と思ったら、今度はインターネットが不調。モデムの電源は入るんですが、シグナル受信を示すLEDが全然点灯しない。リセットしたら、一応は繋がったものの、やたら遅い。SNSやニュースサイトの写真や動画が歯抜け状態で、とてもストレスを感じます。

停電の方は、夕方の部が予定通り1時間あって、その後復旧。ネット不調だけがそのまま残ってしまいました。ユーチューブやネットフリックスはブツ切りで、VPN入れるとネットそのものが見られない。難儀なことです。

ということで、このフェイント停電。その後始末が片付くのに一週間かかることに。その顛末は次回の投稿に続きます。



2023年3月5日日曜日

日本が排他的なのは田舎だけじゃない

 少し前の話題ですが、福井県の池田町という町の役所が発表した「池田暮らしの七か条」。(ご存知ない方は、リンク先をご覧ください。)私が感じるに、都会からこの町に移住しようとする人への警告みたいなもの。

人は少なく自然は厳しいので相互扶助が必要だ、というのは分かります。ところが「どんな人か、何をする人か、どうして池田に、と品定めされることは自然です」とか、「これまでの都会暮らしと違うからといって都会風を吹かさないように」なんてのは、内容も書き方も、明らかに文句があるなら移住するな、としか読めません。

ところが、本当は来て欲しくないわけではなく、移住は歓迎というのがまったく解せない。調べてみるとこの100年前に9,000人近くいた人口は、現在3,000人を切るまでに落ち込んで、福井県の条例で定められている「人口1万人以上」の町としての条件すら満たしていません。これでは、ネットで炎上するのも仕方ないでしょう。

ただでさえ昔から、田舎というのは若い世代には居心地の悪いもの。閉鎖的・排他的・プライバシーはダダ漏れ。学生時代によく読んだ、金田一耕助の探偵小説に出てくる、八つ墓村とか鬼首(おにこべ)村の描写では、こういうのを嫌って故郷を捨てた若者が登場するのは、お決まりのストーリー展開。

ちなみに私の母は、大阪市内の都島区出身。市内とは言え梅田や心斎橋界隈に比べると、終戦の頃はまだまだ人間関係が濃密。大家族に加えて、又従兄弟姉妹ぐらいまで近所に住んでいたこともあって、高校卒業してすぐに私の父と駆け落ちしちゃいました。

さらに、私が大きくなってからも親戚への愚痴は尽きることなく、特に母の叔父、通称「表具屋のオっさん」のことは、何十年経っても悪口を言い続けてたぐらいの嫌いよう。なので、田舎暮らしの鬱陶しさは、実体験はなくてもだいたい想像はつきます。

そしてこの類の話は、日本に限ったわけではなく、何を隠そう私が今住んでいるネグロス島のシライも似たようなもの。自宅は中心地からやや離れた新興住宅地にあるので、母のいた頃の都島とは違いますが、家内の実家がある、昔からの建て込んだ地区などでは、隣近所との人付き合いはかなり濃いめ。兄弟姉妹の多さや、親族が固まって住むのも同じ。

仕事がなくてマニラやセブ、あるいは海外に出稼ぎが多いというのも、実は日本同様、田舎から逃げ出したいという気持ちもあると思います。基本は家族大好きなフィリピン人なので、割合は少ないかも知れませんけど。

まぁ日本でもフィリピンでも、度を越した排他性・閉鎖性が改善されないなら、いずれは限界集落化して地図から消えてしまうだけのこと。ましてや、ここまで田舎の嫌ったらしさを明文化しちゃった池田町。煮えガエルを通り越して自爆ですね。

ところがどうも現在の日本は、国ぐるみこうなってるんじゃないか、という気がしてます。

若者に良い仕事が少なく、官民こぞって子供とその母親に冷たい社会。会社勤めすれば、給料は少ないのに長時間労働の上にプレッシャーだけはキツくて、心が病むまで追い詰められる。自分のことだけでなく、子供の将来も考えると、私がフィリピンに移住した背景は、まさにこれです。

致命的なのは、この後に及んでも断固として移民の受け入れない石頭。この辺りがフィリピンとの決定的な違いとも言えるでしょう。私がネグロス島で暮らし始めて10年。少なくとも外国人であることを理由にした、生き辛さは感じたことはありません。

ということで、冒頭に引用した「池田暮らしの七か条」。田舎者の爺いたちの、世間知らずな戯言と笑ってられない気分になっております。