2023年4月5日水曜日

移住して10年経ちました

私たち家族がここフィリピンに移住してから、 丸10年が経過しました。2013年4月6日の福岡発マニラ行きのフィリピン航空。家内と結婚してから15年で、その大半は大阪府下の賃貸マンション暮らしだったんですが、私の転勤によって、最後は福岡からの出発。午後の便しか無くて乗り継ぎが間に合わずマニラで一泊。ネグロスに着いたのは翌日の4月7日となった次第。

本当なら、若干の寒さが残る日本から真夏のフィリピンではなく、両国の気温差が一番小さな6月ぐらいが望ましかったんですけど、私の退職のタイミングやまだ小一だった息子の学校の関係もあり、日本の新年度に合わせることになりました。なので、マニラに着いた時は暑かったなぁ。

渡航の1ヶ月前には、家内が先発して仮住まいの借家をキープ。小さいながらも2LDKだったので、空港からそちらに直行する手もあったものの、まだ何もない空っぽの状態。取り敢えずの家財道具が揃うまではと、数日は家内の実家に泊めてもらいました。


最初の1年間住んだ借家
そして翌日から、早速隣街の州都バコロドにある大型ショッピングモールで、家具と電化製品の買い出しツアー。まるで新婚時代を再現してるようで、私も家内もかなり舞い上がっていたのを覚えています。仮の新居に注文した物が届く頃には、もう家の新築は止めて、このままそこに住もうかとさえ思いました。

とは言え、やっぱり手狭だし、隣家はなぜか毎日曜の朝にプロテスタント系の新興宗教が集会をやってる。牧師さんの説教にやたら絶叫が多く、それに煽られて信者が号泣するという、危ない集団。その反対側では、若いカップルが平日の昼間っから熱烈な愛の交換をしちゃうので、子供を育てるにはまったく不向きな環境。

そこから夢のマイホーム着工まで、いろんな手続きや大工さん集めで、結局半年ぐらいかかってしまった。実はこのブログを書き始めたきっかけが、自宅建設工事の記録。ご興味のあるかたは、そっちを読んでみてください。(フィリピンで家、建ててます

ちなみに建設資金として、日本での貯金と退職金のほぼ全額を、フィリピンの大手銀行メトロバンク大阪支店経由ですでにシライ支店の家内と私の共同口座に送金済み。後から支店長さんにから聞いたところでは、結構な話題になってたらしい。資産が数億、数十億ペソの大金持ちがいたり、出稼ぎで大金をやり取りする銀行でも、日本から一度に千万円単位の送金っていうのは珍しい。

翌年には自宅は無事竣工し、3年前には二期工事でゲストハウスも完成。若干心配していた生活費も、家内が役所勤めを始めたりで、私が年金もらえるまでの残り5年は、何とか無理せず持ち堪えられる見込み。まぁいろんな事がありましたが、少なくとも移住という選択を後悔するような羽目には陥ってません。控えめに言ってもかなり幸福な生活だと、10年前の私に教えたいぐらい。

その間には、思いもしなかったポジティブな想定外も多かった。相変わらず停電は多いものの、インターネットがブロードバンド化して、ネットフリックスやアマゾンプライムが視聴可能。日本の映画やドラマが普通に観られるようになりました。

さらには、田舎、田舎と馬鹿にしてたシライ市内でも、大手のスーパーやショッピングモール、建材店、電気製品の量販店などが相次いで開店。移住当初はいちいちバコロドまで行ってた買い物の半分以上は、市内で事足ります。

結構嬉しかったのは、こっちの建材店で洗浄便座を見つけた時。何とつまらないことでと、笑うなかれ。最近では、ウォシュレットがないから、海外生活は無理と言う若者がいるぐらいなんです。ついでに日本のアマゾンにネットで注文すると、食品・医薬品以外なら数日後にちゃんと届く。これは単に私が知らなかっただけですけど。

そして何よりも家族三人、大病や大怪我もなく、健康に歳月を重ねられたのは、まったくもって神さまに感謝です。



1 件のコメント:

  1. 私も10年です。あっと言う間ですね。これからも健康第一でお幸せに😁

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