2019年4月30日火曜日

フィリピンで迎える平成最後の日

まぁ実際問題として、20世紀から21世紀、昭和から平成になったと言っても、何かが変わったわけではないんですよね。何年、何十年と経ってから、20世紀は「ナントカの時代」だったとか、「激動の昭和」なんて、それらしく意味づけできても、リアルタイムには無関係。特に今の私は、日本から離れてフィリピン、ネグロス島に住んでいることもあり、蚊帳の外状態。

ただ前回の改元時、昭和天皇崩御の当日のことは、かなりはっきりと覚えています。1989年の1月7日、私は26歳。あの日は土曜日で、週末には、当時付き合っていた彼女のアパートにお泊まりするのが習慣になってました。我ながら、若かったですねぇ。

もう天皇の病状は絶望的で、いつ亡くなるか時間の問題。朝、少し遅めに目を覚まし、FM大阪の番組を聴こうと、ラジオのスイッチを入れた瞬間、「異変」に気づきました。この時間なら、桂文珍さん(上方の落語家)がDJを務める番組のはずが、クラシック音楽のみ。阪急百貨店のコマーシャルもなし。(文珍さんの番組は、阪急百貨店がスポンサーでした。)

テレビを見ても報道番組ばかりで、これまたCMシャットアウト。これが、何日も続くことになる「自粛」の始まりでした。インターネットは普及前で、仕方なくレンタルビデオ屋さんに行ったら、考えることはみんな同じ。目ぼしい映画は全部貸し出し中。天皇が亡くなると、日本はこうなるのかと実感した次第。

自宅に戻ってから何をしてたかの記憶は、さすがに定かではありませんが、昼過ぎか夕方にテレビで生放送された「平成」発表のシーンだけは、脳裏に焼き付いています。それを発表した官房長官、後に「平成おじさん」と呼ばれた、小渕恵三氏の顔も。

あの日は、書道の師範免状を持っている母が、近所の子供を自宅に集めての書道教室の日。家でテレビを見ていたのは私だけだったので、隣室の母に「新しい元号は『へいせい』やて」と教えに行きました。「なんか変な語感やなぁ」というのが、私も母も共通に感じたところ。すぐに慣れましたけど。

さて、同衾する彼女と、1月初旬の寒い朝に迎えた昭和最後の日。それから30年後の平成最後の日は、真夏のフィリピンで、前日と変わらぬ、熱帯の太陽が昇る朝からスタートということになりました。


今日、平成31年4月30日朝の風景
ほぼ快晴で真夏の青空です。

さて、新しい今上陛下は、私より2つ年上なだけ。「現役」の重圧から解放されて、呑気な退職者生活を過ごしている我が身と比べて、これから、ものすごい重責を同世代の人が背負っていかれることを思うと、何とも言いようのない気持ちになってしまいます。


2019年4月28日日曜日

10連休のインパクト


今年は天皇の生前退位と、新天皇の即位という特別な行事で、日本は10連休なんだそうですね。ネットの記事を見ているだけでも、かなり前から、10連休をいかに過ごすか、どこへ行くかと、ずいぶんとざわついてました。

私が日本に住んで働いていた頃、図体のデカい会社に所属していたこともあり、9〜10連休は珍しくなかった。こう書くと、各方面から反感を買いそう。

私が勤めていたのは、某電気製品メーカー。1980〜90年代の前半ぐらいまでは、海外生産が進んだとは言え、まだ相当な規模の工場が国内で稼働していました。休日の基本はこの工場労働。要するに生産ラインの効率的な運用が最優先。

飛び石連休だからと、日替わりで動かしたり止めたりは、非効率的。なので、一斉年休や特別休日を設けて、ゴールデンウィーク、盆休み、年末年始は、無理やりにでも1週間以上の連休にしてしまう方が経費の節約になるという理屈。

ところが、工場は全部海外に出て行って、オフィスワーカーばかりなのに、この古い慣習が続いたのはご存知の通り。こうなると、形骸化した休みのフレームを守るためだけに、連休中は下請けさんに仕事を丸投げ。盆暮れでも中小企業は休めないという、よくある話になってしまうわけです。

これだけインターネットが普及して、多くの職種・職場で、在宅勤務やフレックスタイムも導入できるんだから、別に土日とか国民の祝日に縛られず、従業員の都合で変えられるようにすればいいのに。これが本当の「働き方改革」のはずで、労働時間、残業時間に枠を嵌めることじゃないだろうと思います。

そもそも、なんで全員一斉に同じ日程で休もうとするんでしょう。ものすごい混雑の中、必死の形相で新幹線に乗ったり、行列に並ぶためのようなテーマパークに出かけたり。昔から不思議で仕方ありません。

それもかつての日本や、今のフィリピンのように、遠方に離れて暮らす、家族や親戚が年に数回集まる、とか言うのならともかく、義理親には会いたくないと、大量の恨みつらみがネットに投稿されるご時世。現代日本人の休み方は、「みんなで不幸になりましょう」キャンペーンにしか見えない。

ちなみに来月、私たち家族は、移住後7年目にして、初めて家族3人で同時に一時帰国をします。そのために家内は、勤め先のフィリピン教育省を2週間お休み。手続きには手間がかかったようですが、別にルール違反でもなく、日本のような「空気を読め」プレッシャーは皆無。

もうそろそろ日本も、周囲と違う日に休むのは当たり前に、また、長時間労働より、他人より早く仕事を終わらせることに価値を見出す社会になっても、良さそうな時代なんですけどね。10連休程度で大騒ぎするのは、ちょっと情けない気がします。


2019年4月27日土曜日

狂犬病の「戸別訪問」予防接種

今を去る事かれこれ24年前の1995年。生まれて初めての東南〜南アジア業務出張。当時勤めていた会社が置いていた、マレーシア・クアラルンプールの拠点を中心に、シンガポール、バンコク、ジャカルタ、そしてマニラ。さらにインドのデリーとムンバイを回って1ヶ月。日本を出たのが金木犀の季節で、帰ったらもう師走というタイミングでした。

これが忘れもしない、私のフィリピン初渡航。インドと並ぶニノイ・アキノ国際空港の暗さ、汚さや、交差点で車が信号待ちをする度に集まってくる子供の物乞い、現地駐在社員に連れて行かれた、夜の街の猥雑さ...。思い返せば悪い印象の方が断然多かった。

中でも、どこにでもいる野犬の数には、かなり驚きました。もっともこれはマニラだけの話ではありませんが。都市部の野良犬って、どこの国に行っても痩せて、生活に疲れたような顔つきばかり。皮膚病を患っている個体も目立ったし。

それから四半世紀近くが経ち、いろんな成り行きが重なって、私はフィリピンに住んでいます。景気が上向き、大統領が代わって、昔に比べればずいぶんと暮し向きが改善。場所によっては、かつてのスラムが、小綺麗な住宅地に変わったり。それは田舎のネグロスも同様。

ところが野良犬に関しては、ほとんど状況に変化はなさそう。私がいるサブディビジョンは、生活に余裕があって、野犬に餌をやるような人もいるので、あんまりガリガリだったり、皮膚がボロボロというワンさんは少ないけれど、相変わらず、小さな子供ばかり外で遊ばせることはできません。

言うまでもなく、これは狂犬病を恐れてのこと。

私は犬が苦手ではなく、自宅でも「ゴマ」と名付けた雑種を一頭飼ってます。でもさすがに、いくらおとなしそうでも、飼い主がいない犬に近づいたり、触ったりする気にはなりません。


我が家のゴマ

JICAのレポートによると、フィリピンでは今でも年間200〜300名もの死者を出している狂犬病。WHO(世界保健機関)が「顧みられない熱帯病(Neglcted Tropical Disease)」に指定しているそうで、マラリアやデング熱などに比べると、対策が遅れている熱帯性の感染症ということらしい。発症すれば、死亡率ほぼ100パーセントという恐ろしい病気です。

そのJICAの協力もあってか、最近は、このネグロス島でも狂犬病撲滅に向けての取り組みが活発化しています。

飼い犬を連れていけば、予約なしで予防接種をしてくれるサービスというのが、その一つ。もちろん無料。「近所でこんなのやってるよ」と家内に教えてもらい、それなら今度メイドのライラにゴマを連れて行ってもらおうと思って、何となく忘れてたら、先週「訪問」予防接種が来ました。

アポなしのいきなり訪問だったので、タイミングが悪く私はトイレ中(しかも大)。子供に「ゴマの予防接種に来たよ」と扉越しに言われても動けません。まぁ、そのうちまた来るだろうと、急ぐこともなく用を足し終わったら、予防接種は済んでました。

メイドのライラに聞いたら、やって来たのは一人で徒歩。カバンに注射器を忍ばせての往診(?)だったみたい。「今日、シャワーはだめね。」と言い残したそうです。日本で戸別訪問はあっても、呼ばなけれ来ないでしょう。

でも考えてみたら、こうでもしない限り、フィリピンで自発的に飼い犬を予防接種に連れてくる飼い主は少数派(特に貧困層)。いつまで経っても、狂犬病撲滅は実現しないんでしょう。

ちなみに野良犬の捕獲もたまに実施されているらしく、シライ市内で、捕まえた野良と思われる犬を、荷台の檻にたくさん積んだ、軽トラックを見たことがあります。やっぱりみんな殺処分されちゃったのかなぁ。


2019年4月26日金曜日

呪術的な地鎮祭


鉄筋の柱が立ち、地中梁設置の作業も進み、今週は、ちょっと遅めの地鎮祭となりました。母屋を建てた時と同様に、生きた鶏の首をはねて、血を敷地に撒く儀式。土地の精霊に、お騒がせの謝罪をするという趣旨は、日本の地鎮祭そのもの。ただし血を汚れとする日本の神道ではありえない、とても呪術的なやり方。

6年前にも投稿しましたね。(これがフィリピンスタイル

今回はそれだけでなく、コンクリート打ちに先立って、柱の根元にお供えも。何を供えるかと言うと、櫛に綿、そして25センタポ硬貨。このコインは金色で、ぱっと見が金貨っぽいためか、結婚式でのお祝いに使われたりもします。一種の縁起物みたいなものなんでしょうね。

分からないのは櫛と綿。私の想像では、精霊は女性で、お化粧の道具をお供えすると、機嫌が良くなるからかも知れません。こういう事になると、やっぱり地元の人に任せるのが一番。平日の日中は仕事で不在の家内に代わって、メイドのライラに、必要な物を買いに行ってもらいました。



ふ〜ん、お供えの櫛だから手作りかと思ったら、プラスティック製の派手な色。それを綿とコインをビニール袋に詰めて、柱の数だけ用意するんですね。ちょっと安っぽい感じ。ちなみにこの儀式、カトリックとは何の関係もないようで、神父さんではなく、大工さんが自分で執り行います。

ということで、無事、地鎮祭も済んで、残った鶏さんはありがたくお昼のおかずに化けました。さばくのも料理も、これまたライラに一任。パパイヤや野菜と煮込んで、美味しいチキンスープの出来上がり。大工さんにも振舞います。


おかげで、精霊さまのご加護もあってか、工事は順調に推移。セメントも鉄筋もガンガン消費して、ATM通いの毎日です。


相変わらずヘルメットなしの
サンダル履きで高所作業

以前にも書いた通り、カード2枚を使ってATMで下ろせるキャッシュの上限が1日6万ペソ。そしてフィリピン紙幣の最高額は1000ペソなので、1回ATMに行くと札束状態。日本円なら13万円ぐらいでも、手に持った感じは100万円相当。輪ゴムで止めたら自立しました。


数年前、振り込まれた退職金の一部300万円を、諸般の事情で現金化してカバンに入れた時の緊張を思い出します。ただ、フィリピン紙幣って何となく玩具っぽい。一万円ほどの重厚感はないので、緊張も半分くらい。

4/18〜26の出費

角材 2x2 100本、1x2 30本:18,400ペソ
鉄筋 150本とワイヤー:35,200ペソ
鉄筋 20本追加:3,920ペソ
砂利・砂(各6立米)・ブロック200個:15,900ペソ
セメント 50袋:11,100ペソ
大工さん給料:6,000ペソ

計:90,520ペソ

本日までの合計:219,825ペソ


2019年4月24日水曜日

やっぱり地震は怖い


地震で倒壊したスーパー
出典:ABS-CBN

聖週間休暇が明けたと思ったら、いきなり地震二連発に見舞われたフィリピン諸島。月曜日はマニラ首都圏を含むルソン島で、火曜日には、東ビサヤのサマール島。両方ともマグニチュードが6を超え、震度は3〜4。場所によっては震度5に達したという情報も。

過去、このブログでも何度か取り上げた、フィリピンでの地震。日本と同様、火山島の集まりのような国土なので、当然のように噴火も地震も多発します。ただ、相対的に日本ほどの頻度ではないせいか、歴史的に大地震があった場所でも、災害に対する警戒度はずいぶんと低い。

私たち家族が移住した2013年にも、ネグロスの隣島ボホールを震源として、セブなどに死者を出す被害をもたらした地震があったばかり。それなのに、建築物の設計・施工の際に耐震基準を厳しくした、なんて話は、ついぞ聞いたことがありません。

折しも、私は新しい家を建てている真っ最中。せいぜい100平米もない平屋でも、鉄筋コンクリートの地中梁を採用を要望したら、申請図面を書いてもらった地元の建築士には驚かれ、家内には「お金がもったいない」と嫌な顔をされました。やっぱり自分と家族の安全は、自分の意思で守るしかないのが、フィリピンということでしょうか?

確かに梁を増やせば、鉄筋、セメント、砂利に砂、枠を作るための角材や合板、加えて手間が増えるのは間違いありません。日々、建材屋さんに材料を注文し、その度にキャッシュで支払っているから、その実感はすごくあります。

ということで、話は移って工事について。
4連休明けになった昨日の月曜日。どうも休み明けに弱いフィリピンの人々。案の定、大工さんが6人来る予定なのに、3人だけの片肺飛行。

今までも聖週間やクリスマスなどの1週間前後の休みの後、住み込みメイドが田舎から帰ってこないことが多かった。数日から時には1週間もズルズル休暇が延長。うち2人のアミーとネルジーは、結局そのまま辞めちゃったし。

オフィスでも似たような事情で、「会社行きたくない病」が蔓延するらしい。まぁ気持ちは分かりますけど。

地震のことも重なって、何となく嫌ぁな雰囲気の週明けでしたが、火曜日には新規加入の2名を含めて、6人全員が元気に出勤。一人は力仕事専門のヘルパーさんで、もう一人がバイクに乗って颯爽と登場した大工さん。金槌などいい道具を持参し、なぜか作業中は麦藁帽子。

ちなみにフィリピンでは、道具を持たない大工さんも多くて、クライアントが貸したり買ったりするケースもあります。


マンパワーが5割り増しの昨日、例の地中梁の作業も一気に進みました。ヘルパーさんが人間パワーショベルの如く、溝をガンガンと掘って行き、棟梁のリトが鉄筋を組んで、新しい大工さんが仮枠を作っていくチームプレー。ただの空き地が、見るからに「工事現場」の様相を呈してきました。




この調子で、少々の地震にはビクともしない、丈夫な家をよろしくお願いします。


2019年4月21日日曜日

炎熱ホーリーウィーク

今日(2019年4月21日)はイースター。十字架で死んだイエス・キリストが3日目に復活したことをお祝いする日曜日です。カトリック信徒が人口の8割を占めるフィリピンでは、このイースター前の1週間、ホーリーウィークは、時期的に日本のゴールデンウィークのように、里帰りや旅行が集中します。

4〜5月が夏休みなので学校はもちろんお休み。オフィスなども水曜日か木曜日から休業になる場所が多く、特にイエスさまが亡くなったとされる「聖金曜日」は、スーパーや個人経営の商店に至るまで、ほぼ全面的にクローズ。

金曜日夜から土曜日の日中は、1年に1度だけ神さまが不在。教会でミサが行われない日。さすがにカラオケや屋外ディスコも、この24時間だけは鳴りをひそめる、フィリピンでは貴重な静かさが訪れます。

そんな例年通りのホーリーウィーク〜イースターだったのですが、今年はやけに暑い。前述の通り、フィリピンでは真夏で連日暑いのは当たり前ながら、2013年1月の移住以来、一番暑いような気がします。

お天気アプリを見ると、ここネグロス島シライの最高気温は30〜34度。最近の日本、特に大阪や東京などの大都市なら、盛夏には35〜40度が珍しくなくなったので、それに比べるとずいぶんマシだと言われそう。


その上、地面を全部アスファルトやコンクリートで固めた大都市とは異なり、市街地以外は、全島サトウキビや森林に覆われたネグロス島。日中はいくら暑くても、日が沈むと一息つけるぐらいに気温は下がります。夜中でも30度超え、みたいなことはありません。

それでもやっぱり、暑いものは暑い。自宅新築後5年目の昨年、ようやく4つの全寝室に取り付けたエアコンが、この夏は大活躍。この新しく買った日立の機種は、なかなかのヒット商品みたいですね。日系メーカーなのに安いし、運転音が静か。何より電気代控え目。今建てているゲストハウス用にも、3台まとめ買いをしようかと思っています。

ちなみに、ネグロスでは、ちょうど工事を始めた4月の第2週は、毎日曇ったり、夜間には土砂降りだったりが続きました。マニラやセブでは、酷暑や水不足に悩まされていることを思うと、ここは恵まれているのかも知れません。

ということで、ホーリーウィークも終わり、明日からは工事も再開です。少々の暑さは凌ぎますので、この晴天を活用して、作業がはかどりますように。


2019年4月18日木曜日

柱がにょきにょき

この日曜日(4月14日)に、カトリックの暦では「枝の主日」を迎え、キリストの復活を祝うイースター前の「ホーリー・ウィーク」(聖週間)に入りました。

フィリピンでは、聖木曜日の今日4月18日から週明けまでがお休み。我が家のゲストハウス新築工事も、ついでに反対隣の大工さんたちも4連休。やかましいラジオに文句を言わなくてもいいので、かなりホっとしております。

先週、ずいぶんたくさん建材を買ったので、今週はもう大丈夫だろうと油断していたら、セメントの配達が遅れるし、棟梁のリトからは「鉄筋が足りない」との直訴。仕方がなく急場凌ぎで、近所のお店で材料購入。手持ちの現金がかなり寂しくなってしまった。これでは砂利と砂、コンクリートブロックの支払いができません。

大慌てでシライ市内の銀行に走ったところ、タイミングの悪いことに、その日は3ヶ月に一度の4Ps(フォーピース)の支給日にぶち当たり、どの支店も建物を人が取り囲むほどの大行列。あっちゃ〜〜。

フォーピースとは、Pantawid Pamilyang Pilipino Program(フィリピン家庭の架け橋プログラム)の頭文字、4つのPから来た愛称。かんたんに言うと、貧困層の子育てを支援するために、年に4回、14歳までの子供一人につき、政府が1,500ペソを支払う制度。

私も詳しくは知らないけれど、最寄りの指定金融機関が窓口なんでしょうね。我が家のメインバンクであるメトロポリタン銀行を始め、大手の銀行はどこも、エラいことに。

それでもツケで配達をしてくれるのは、事情をよく知るご近所の業者さん。また「日本人=お金持ち、金払いがよい」という、フィリピン国内に今も流布する神話にも助けられた格好。おかげさまで工事が滞ることもなく、聖週間休み前に鉄筋の柱9が、にょきにょきと立ちました。




遅れて配達のセメント50袋
炎天下、すごい重労働

水曜日には無事、銀行でお金を下ろすこともできて、大工さんへの週給含めて、支払いは全部完了です。

4/15〜17の出費

セメント6袋:1,350ペソ
セメント運送費(トライシクル):50ペソ
コンクリート運搬用コンテナ4個:200ペソ
鉄筋20本:6,920ペソ
砂利・砂(各3立米)・ブロック200個:8,500ペソ
大工さん給料:6,000ペソ

計:23,020ペソ

本日までの合計:129,305ペソ