2016年9月23日金曜日

奥さまはフィリピーナ...か? その2「教会で会いましょう」



前回に続き、今回は家内との出会い編です。

もし私たち夫婦が、日比国際結婚のカップルとしてユニークだとしたら、それは出会いのきっかけになったのが、少々変わった場所だということになるかも知れません。1980年代頃のフィリピン女性と日本人男性の出会いの場と言えば、多くがフィリピンパブやバーだったのだろうと推測されます。

ここ最近では、フィリピンが安価に英語を学べる留学先として人気で、中高年のオジさんばかりではなく、大学生、あるいは高校生が休暇を利用するなどして渡航。また、日本のNGOへのインターンや、産学協同プロジェクトに参加したり、短期の観光以外の長期滞在する若い世代の日本人が確実に増えています。

それでも、カトリックの教会を通じて出会い、ゴールインする日比の男女というのは、まず滅多にいないでしょう。少なくともカトリック信徒である私も、聞いたことがありません。

今から約20年前の1997年、最初の結婚生活に破れた後、仕事で行ったマニラで知り合った、若いフィリピン女性マリーとの、辛い恋愛真っ只中だった頃。私は、数ヶ月に一度しか会えない彼女への恋慕と将来への不安で、心療内科で睡眠導入剤として処方してもらったデパス無しでは眠れないほど、精神的に追い詰められていました。

当時の私は、自動車通勤。毎朝決まって信号待ちで停車していた交差点にあった、目立つ建物が気になっていました。それが「王たるキリスト・カトリック伊丹教会」通称・伊丹教会。フィリピン人は、ほぼすべてがカトリックの信徒。もちろんマリーも例外ではありません。この教会は、何となく彼女のとの接点のように思えました。

そんなある日、停車した車のドア越しに見えたのが、教会の壁にあった貼紙。

  求めなさい。そうすれば与えられる。
  探しなさい。そうすれば見つかる。
  門をたたきなさい。そうすれば開かれる。

  新共同訳 新約聖書 マタイによる福音書7章7節

こういうのを「背中を押された」とでも言うんでしょうね。心が弱っている時に、さぁどうぞお入りなさいと促された気分。実は私、小学生から中学生にかけての数年間、友達とバザーに行ったのがきっかけで、尼崎市内の塚口教会というプロテスタントの教会に通った経験があります。とは言っても洗礼を受けるには至らず、そのままいつの間にか教会とも疎遠に。

なので、この言葉も知ってはいました。でも、聖書の一節が、こんなに心に響いたのは、生まれて初めて。その次の日曜日の朝、私は伊丹教会のミサに参加したのでした。

早速ミサの後、暗ぁ〜い顔してた私に、教会の世話役みたいな初老の男性が、声をかけてくれました。自殺でもしそうに見えたのかも知れません。そこで、教会の門をくぐることになった(日曜日は最初から開いているので、叩きはしなかった)顛末をお話ししたところ、まるで待っていたように紹介されたのが、たまたま同じミサに与っていた、日本人の夫とフィリピン人の奥さんのカップル。

これが今にして思えば、家内の叔母さんとの出会いでした。

ということで、長くなりそうなので次回に続きます。

 

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