2018年5月13日日曜日

中国陰謀論


この2年間ほどで、中国資本の流入によりフィリピンの不動産価格が高騰し、それに連動してマニラ金融街に、10万人もの外国人(そのほとんどが中国人)が移住したそうです。(出典:レコード・チャイナ

こういう話を聞くと、すぐに裏で中国政府が糸を引いていて、遠からずフィリピンは中国領になってしまう、現在のドゥテルテ大統領が南沙諸島の領有権問題で、中国に譲歩の姿勢を取っているのは、その前触れだ、なんて訳知り顔に語る日本人が、必ず現れます。

常識的に考えて、この手の移民は、フィリピンのバブル経済で儲けるのが目的で、別に領土的な野心とは関係ないでしょう。そもそも、貧困層は多いし、それほどの資源があるわけでもないフィリピン。20世紀初頭の帝国主義の時代ならいざ知らず、まずアメリカ黙っているはずもない。小さな島の一つや二つではなく、わざわざ戦争のリスクを冒してまで、全土を占領するとは思えない。

記事には、中国系の移民が増えたことで、レストランで中国向けのメニューが増えたとか、商業施設で中国語のアナウンスを始めたとか。それはお金を落としてくれるお客さんに対して、サービスがよくなるのは当たり前。韓国語だって日本語だって、乗客が多ければ空港でのアナウンスに使われますよ。

ドゥテルテ大統領の対中国政策にしても、領土問題は棚上げにする代わりに、民間を含めた経済支援を取り付ける、名を捨てて実を取るもの。小国が大国と付き合う時の常套手段だし、日本のアメリカへの追従姿勢なんて、もっと露骨で骨がらみ。日米安保で揉めてた1960年代には、日本はアメリカの51番目の州になる、なんて散々揶揄されてました。

つい最近も、元自民党衆議院議員が、テレビ局が中国・韓国に乗っ取られている、と発言して記事になってました。ここまで来ると、失言どころか妄言の域。どうやらこれは、今の日本に限ったことではなく、自国の立場が不利になると、陰謀で陥れられたと言い出すのは、万国共通の人間心理なのかも知れません。ユダヤ人陰謀説なんて、ずいぶん昔から流布されてましたからね。

中国・韓国を目の敵にし始めたのも、GDPで中国に追い抜かれたり、お家芸だった家電分野で韓国メーカーの後塵を排するようになってから。余裕があれば、他所さんの悪口なんて、そうそう言わないもの。

私が驚いたのは、ボランティア活動や英語の勉強で、フィリピンの自宅に来てくれる日本の若者の言葉。「日本の家電メーカーが韓国に負けちゃったのは、技術者がたくさん引き抜かれたからでしょう。」

実際にサムスンやLGなどの韓国系メーカーとの競争の渦中にいた私にすれば、それは完全に話が逆。そういう流れが起こったのは、決断が早く、経営戦略が明確な韓国勢が、市場シェアを席巻してからのこと。

移籍の理由も、単に給料がいいと言った単純な話ではなく、愚にもつかない会議の繰り返しで、物事は決まらないし、正当な人事評価もされない、日本の大企業勤めに疲れ果てたから。私だって現役の頃は、本気で転職を考えたことがありますよ。

話をフィリピンに戻しますと、この国に中国系の人々が移り住むのは、もう何百年も前からのこと。一説によると中国系フィリピン人は115万人もいて、フィリピン独立運動で名を馳せたホセ・リサールや、エドゥサ革命のきっかけを作った、アキノ元上院議員も中国系メスティーソの家系。

別に今更大騒ぎしなくても、フィリピンの歴史・政治・経済には、中国系の人材がなくてはならないほどに根を下ろしているのが現実。むしろ、アキノ氏の息子で前大統領だったベニグノ・アキノ3世は、対中国強硬派として知られました。

まぁ、日本に住む日本人が、そうした陰謀論を喚きちらし、自己憐閔に耽るのは勝手だけれど、フィリピン在住の日本人がそれを言い出すのは、かなり危険。以前にも少し書いたように、マイノリティとして他国に住む者は、本当に細心の注意を払い、マジョリティーに対して無用な敵愾心や警戒心を抱かせないことが、どれだけ大事か。

「何を考えているか分からない」と思われるだけでも、大きな災害や経済危機で政情不安になった時に、焼き討ちを食らう恐れがあります。実際、中国系住民は、フィリピン国籍を持つフィリピン人なのに、犯罪の標的なりやすいし、金持ちと思われがちな日本人も同様。

関東大震災直後の流言飛語で、少なくとも千人を超える朝鮮人の虐殺があったし、1965年インドネシアでは、40万もの中国系インドネシア人が殺害(9月30日事件)されています。同じことがフィリピンで、日本人を対象に絶対起こらないと思い込むのは、まったく楽観的に過ぎる。

他国からの移民を快く思わないのは、何も日本人の専売特許ではないし、被害者になるのは、中国系と限ったことではありません。太平洋戦争時に、強制収容所に放り込まれた、日系アメリカ人の悲劇は、フィリピン在留邦人にとっても他人事ではないですよ。


0 件のコメント:

コメントを投稿