2018年5月28日月曜日

劣化する国


この頃ネット上の記事で、よく見かける「劣化」という言葉。昔は、レコードからテープに音楽をコピーする際の音質だとか、経年変化する素材に対して使ったもの。ところが最近は、人や組織の形容に濫用されています。

特に女優さんの容姿に「劣化が激しい」とは、ちょっと失礼過ぎる。いくら芸能人が相手とは言え、私に言わせればもう人権蹂躙。身内や親しい友人に、そんな言葉を投げつける奴がいたら、2〜3発ぶん殴ってしまうかも知れません。

それほどまでに使用を躊躇する言葉ながら、昨今の日本の様子をネット経由で見聞きしていると、これは劣化したと思わざるを得ない。

国会でバレバレの嘘を吐きながら、平然と嘘の上塗りする首相。差別意識剥き出し発言を繰り返す閣僚に何のお咎めもなし。司法は政権に忖度してレイプ犯を見逃すし、国民から強制的に視聴料を巻き上げている放送局は、権力者に不都合なスクープをした記者を左遷。

学生に犯罪を教唆(あるいは指示)しても、大学は責任を取らないばかりか、その学生に罪をなすり付け、政府直轄の研究所に所属する研究員はデータを改竄。大手電機メーカーでは、社長みずから組織的に粉飾決算に手を染める。

社会全体を見ても、一時期より減っても年間2万数千人が自殺し、相変わらず学校でのいじめは続き、親は子供を虐待。

気が滅入るので、これぐらいで止めておきますが、これを劣化と言わずして何と言えばいいか。現在、日本とフィリピンの二重国籍保有者の息子が、あと10年経ってどちらかを選ぶとなった時、もしフィリピン人になると言われても、これでは何とも仕方がない。

フィリピンの政治や社会だって酷いものだし、汚職に麻薬犯罪、治安の悪さもある。いじめや虐待だって皆無ではないでしょう。それでも、フィリピンに住んでいる実感としては、一旦地に落ちた状況を、なんとか普通のレベルに戻そうとする、揺り返しのような動きを感じます。

これは、強権で知られたドゥテルテ大統領の、辣腕に依るところが大きいとは言え、2018年の第一四半期の時点で6割以上の国民が、ドゥテルテを支持しているという事実。一方日本では、自分の地位を守るために、公文書の改竄を命じる人物が率いる内閣を、まだ3割の有権者が支持をしている。自殺者まで出ているというのに。

たいへん不吉な話ながら、現状の日本政府と社会の劣化ぶりを見ると、1960〜80年代のマルコス大統領の治世を連想してしまって仕方がありません。どう考えても、今の内閣に憲法をいじらせるのは危険過ぎます。大統領の任期を無制限とし、戒厳令によって事実上の独裁を実現させてしまった、50年前のフィリピンの轍を踏みかねない。

トップが無茶苦茶すれば、当然の如く、その下は真似をするもの。政府と大学責任者の、まるで双子のように酷似した発言内容を聞くと、寒気がしてきます。フィリピンはその伝で、末端のバランガイ(町内会)にまで汚職体質が浸透してしまいました。

その後、フィリピンでは独裁者を追い出すのに20年、本気で汚職や麻薬犯罪を撲滅させようとするリーダーの登場まで、さらに30年を費やすことに。50年ではさすがに私は生きていませんね。

国外に出てしまい、もう税金も払っていない人間に、母国のことに口出しするのは筋違いかも知れません。そんなフィリピン在留邦人の私ですら、本当にいい加減にしろよと、言いたくなってしまいます。


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